第二章 2-7 魔宮の伝説 - DANCING IN THE PLEASURE LAND
テュルミー中尉の特命を受け、「邪教・摩利支丹、最後の大物」を偵察に向かう咲也、
果たして、場末のアジトには、どんな恐ろしい組織が巣食っているのか…………?
賑やかな大店が並ぶ商業地区とは一線を画す、裏通り。
「ここか……」
中尉が放った斥候の情報では、この建物が【邪淫導師・アルカセット】のアジトらしい。
「ここに【僕を世界から解放する知識】が秘匿されている……」
強制召喚された異世界で、ただ死を待つだけの絶望モラトリアム。
その地獄から、僕が本当に居るべき世界へ――帰還するための召喚術式。
この帝都で、探せる書庫は探し尽くした。
あとはここしかない!
邪教・摩利支丹が隠し持つ秘義、
「それさえ手に入れれば……」
もはや僕が影武者として縛られることもなくなる!
王の支配を逃れ、自力で元の世界への帰還を果たせるのだ!
そう、召喚術式さえ手に入れば、そこで僕の異世界ストーリーは終了だ!
いきなり連載中止だよ、どんなに読者から惜しまれたって。
→ 思想警察の斥候任務?
→ ジュンコさんやアナさんとのお見合い問題?
→ (王様と契約した)影武者のお勤めノルマ?
知らんがな!
全部、あの身勝手な王様が、この世界へ僕を強制召喚したせいだ!
苦情なら、(文明開化帝改め)不死鳥帝マクシミリアン様へお願いしたい!
ちゃんと僕が元の世界へ帰った後に、ね!
――まぁ、できればジュンコさんやアナさんには直接、謝ってから帰りたかったけど……
そんな悠長なこと言ってられない。
召喚術式を入手次第、速攻帰るべきだ。でないと、全てが水泡に帰す。
チャンスの女神は前髪しか生えてないパンクス女神だから、躊躇はNG!
そして僕はやり直す。
元の世界で正しい人生を。
僕が歩むべきだった、売れっ子作家ライフを、さ!
「『ダーイケ屋』……」
と看板には書かれているらしい。妖精さんの翻訳に拠ると。
「旅館?」
いかにも築年数が古く、良くいえば風情のある、悪くいえばボロい木造二階建ての建物。
『りょこうしゃむけのじゅんすいなりょかんではないわ~』
そうなの?
『へやをかりきって、しょうばいしてるひともいる系~』
異世界の雑居ビル的なものか。
そういう需要もあるよな、この帝都ドラゴグラードみたいな大都市ならば。
「でも裏を返せば……」
怪しげな組織が根城にしていても不思議はない、ってことか。
都会の隠れ家的な旅荘が、実は本当に邪宗門徒の隠れ家でした、的な。
「よし…………」
潜入捜査と行くか……覚悟を決めて。
邪宗指導者の所在なんて、僕にはどうでもいい。異世界転移の術式さえ手に入れられれば!
(目的は一つだ、咲也!)
と、褌を締め直したところで…………
「なにやってんの? あんた?」
ビクッ!
突然、背後から声を掛けられた!
「は? …………ルッカ嬢?」
振り返れば奴がいる。
フリーの癒やし系ケアマネージャーを自称する、看護婦ルックの女の子。
ルッカ・オーマイハニー嬢がいらっしゃる!
「いや……その……なんというか……」
なんでこんなところで知り合いに会うかな? この広い帝都で!
「もしかして男爵、ようやく観念したの?」
「へ?」
「で、どっちにするの? 眼鏡エルフ? それとも巨乳プリースト?」
「いやいや! そんなつもりで来たワケじゃ……」
「じゃあ、なんで来たのよ?」
「【来た】??」
「だってここ、ウチじゃん」
『良縁、お探しします』、『縁談ご紹介 オソレヤマ会』
ボロい旅荘の最奥に、そんな看板が掲げられていた。
「な、なんという偶然……」
この異世界風雑居ビルが、アルコ婆の仲人事務所だったとは……!
「おお男爵殿、ようやくご決断なされたか!」
中へ入ると……当然のように、例の婆さんが孫と同じ台詞で出迎えてくれた。
「たまたま会っただけですよ、そこで。ルッカ嬢と」
「なに~? まだ悩んでおるのか? 情けない! (※自主規制)ついとるのか?」
ピー音まで自動で被せてくれる妖精さんの品位機能よ……
ありがたいけど、まぁ、だいたい分かるよ。
「どちらの娘を選ぼうが百点満点じゃろが? このアルコ婆が見繕った極上の花嫁候補ぞ? 何を悩む必要があるのか、男爵殿?」
「お相手には不満はありませんがね! 葬式で見合いをセッテイングするの止めてもらえます?」
常識というものがないのか? 異世界の婚活サービスには?
掟破りの残虐ファイターかよ?
「なぁに、どちらも人の節目のセレモニーじゃろ? 大した違いはないわ」
と高笑いだよ、このババア。
夏の終りのハーモニーみたいに軽々しく言ってくれる。
まったく……困った人に付きまとわれてしまったものだ……
「まぁ、ジックリと選ぶがよかろう。お主の人生じゃからな」
なのに、僕の意志を尊重してくれる……
「残りの人生を共に分かち合う伴侶じゃなからのぅ。心ゆくまで悩んで結論を出すがいい。嬉しいこともツラいことも、この人となら乗り越えていけると納得できる女を選ぶべきじゃ」
せっかちなんだか優しいんだか……アルコ婆……
「まず饅頭でも食いなせ。お茶もあるでよ」
なんとも憎めない婆さんではある。すごい勢いで婚活を強いてくる以外は。
「お茶請けに龍の巣漬けがあったんじゃ、これも食いなせ」
うわぁ、しょっぱい。
お年寄りが塩辛い漬物を好きなのは、現代も異世界も同じか。
なんだか、懐かしいな……
コンコン、
窓越しに、伝書鳩ならぬ伝書妖精さんの手紙を受け取ったルッカ嬢、
「お婆ちゃん、キャリントンさんが『これから伺いたい』だって」
「なに、今からか? 急な話じゃの……」
どうも、この仲人事務所に来客の様子。
「じゃ、僕はこの辺で……」
と腰を上げかけたところ、
「男爵殿」
「ん?」
「ちと、この婆の頼まれごとを汲んでもらえぬか?」
思想警察の偵察任務があるのに、アルコ婆のペースに乗せられてしまう咲也。
そんな調子で大丈夫か?




