第二章 2-5.75 恋のバカンス 3 - LES VACANCES DE L'AMOUR 3
望月と柚木の葬式に参列していた、謎の美少女プリースト。
仲間の召喚者たちは全員、彼女に見覚えがないという。
仲間たちの「身元を確かめてこい」との声に促され、
ソロソロと彼女の元へ向かう咲也だったが……
結局、仲間たちに背中を押され、僕は席を立った。
「あの……故人のお知り合いの方ですか?」
葬式の進行を妨げぬよう、そっとプリーストの彼女に声を掛けると、
すると彼女は伏し目がちに、「どうぞ」と隣の席へ僕を促した。
「では、ご参列の皆様……亡き魂が安らかに召されますよう、お祈り下さい」
お経を唱えていた坊主? 神父? が参列者に語りかけると、
荘厳なパイプオルガンにリードされて、少年合唱団が賛美歌を捧げた。
鎮魂のメロディに聖堂が包まれる中――感極まる彼女は何を思うのか?
戦場で、共に死線を潜った仲間を悼んでいるの?
すると彼女、
「……冒険者の方々には、感謝しかございません」
ポツリと漏らした。
「修道院の修行や聖典だけでは得られぬ真理を、私、頂きました」
「真理ですか?」
真理……
聖職者服で呟くには、いささか重すぎる言葉だ……
ありがたい説法や経典に匹敵するような教訓って、何だ?
「私、最初は全然、気が進まなかったんです……プリースト派遣とか」
『ぼうけんしゃぎるどは、つねにひ~ら~が不足がちなのよ~。なので、しゅうどういんがプリ~ストをはけんしてりべ~とをくすねるの』
眠くなるような口調で生々しい解説。おなじみ、妖精さんの異世界講座、実に分かりやすい。
「英雄、色を好むって言うじゃないですか? ご多分に漏れず、男性の冒険者は私を性の対象としか見てくれず……私、本当に憂鬱だったんです。野良パーティーの支援役とか」
こう言っちゃなんだが、プリーストさん。
あなたに原因がないとも言い切れないのがツラいところ。
よくも修道院のお偉いさんは、彼女の入会を許したな? と穿ってしまうくらい、
なんというか、その……性的に熟れている。
年齢不詳の童顔のくせに、戦闘用プリースト服の上からでも分かってしまうくらい、ご立派な肉体をなさってる。ピッチピチですよ、ピッチピチ。
こんなフェロモンボディを見せつけられたら、教会の少年合唱団も即座に声変わりだ。
「でも…………実際に冒険してみると、認識が改まりました」
「ほう?」
「難敵との会戦ではですね、皆が私に求めてくるんです、『支援くれ! 早くくれ!』と、それはもう切羽詰まった顔で。私を女と侮っていた自称・強者の冒険者さんたちが、なりふり構わぬ形相で……ふふ……うふふふふふふふ………うふふふふふふふふふふふ☆」
さ、サディストかな?
内から滲み出る嗜虐スマイルが怖い!
「でも! 聞いて下さい男爵様! そこじゃないんです、重要なことは!」
気を取り直してプリーストさん、僕の手を握りしめながら熱弁した。
「私、分かったんです!」
ご自分のサド性癖以外に何を発見したんですか?
「神は本当に、人を平等にお作りになられた、ということに!」
「へ?」
「いくら『俺は強い!』と仰る勇者の方でも、平均的な剣士と比べたら、二倍も有りません。せいぜい一.五……いえ、一.二五倍でも『すごい戦士!』です。超人と持て囃される強者とて、一つの局面では二倍の成果など出せない。二人同時に斬りかかられたら、勝ち目がないんです」
「あー……」
分かる気がする。
たとえば野球なら、二割五分なら平々凡々な一軍選手だが、三割を打ては一流と認められる。
でも一年間五百打席立って、三割打者は百五十本ヒットを打つが、二割五分の打者だって百二十五本打ってるんだ。
天才と常人の差って、実はそのくらいものだ。
天才の偉業とは、その微々たる差を積み重ね積み重ね、その結果として生まれる金字塔だ。
つまり「短期的には」天才と常人の差は限りなく小さい。
一発勝負の甲子園なら、アップセットできるくらいの差なのだ。
「神は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず――古のフクザワ経典の通りです。それを私は戦場で教えられました」
「なるほど」
「だから私たちは隣人を愛すべきです! 武勇伝に彩られた偶像は要らない。それよりも、固き絆の仲間たちを作るべきなのです!」
「仲間……」
「たとえ一人では太刀打ちできなくとも、力を分かち合うことで強敵を打破できる。いくらソロで力を鍛えたとしても、精々、天井は一.五倍程度にしかなりません。でも! パーティでカバーし合えば一+一が二百になる! 十倍ですよ十倍!」
「分かる!!!!」
僕が作家志望として挫折しそうになった時も、「へこたれるな!」と励ましてくれたのは、志を同じくする仲間たちだった。
彼らの叱咤激励が有ったればこそ、僕は大賞受賞まで漕ぎ着けることが出来た。
仲間大事!
自分の力だけで伸し上がれるとか思ってる奴はバカだ。傲慢もいいところだ。
僕が適当な所で自己満足に浸りかけた時も、「甘えるな!」と怒ってくれる仲間が宝だ!
「お前なら、もっと出来る!」と尻を叩いてくれる奴こそ、人生の宝だよ!
「分かる! 超分かる! 僕もそう思います!」
「ですよね!」
うんうん、と頷きながら手を取り合う、僕とプリーストさん。
なんかこの人とは仲良くなれそうな気がする!
人生観が近い気がするぞ!
「では男爵様――――この私と生涯の固定パーティを組んで頂けませんか?」
「は?」
「この私、アーナセル・ダン・シャーリー……プリーストとして、精一杯ご奉仕いたします」
「は??」
「これでもヒール量には自信があるんですよ? 装備を盛れば5000は行けます! もちろん身体強化系・魔力強化系・攻撃回避はもちろん、聖職者の嗜みである遠距離転送術式も完備していますから! 便利な女です! アーナセルです!」
いやいやヒール5000とか言われても分かんないし。
そもそも僕は戦闘に参加したことなどない、根っからの文人召喚者だから。
プリーストに強化して欲しいスキルなんて一つもない!
「ダメですか? やっぱりヒール7000とか10000は必要ですか?」
とか迫られても困る……困るんですよ! そんなに密着されたら!
ここは大聖堂! 葬式の最中に、そんな! 圧がすごい! 特に胸の辺りの!
「いやいや! 待って下さいアーナセルさん! 僕は望月でもないし、柚木でもないんです!」
アイツらみたいな、元軍人の脳筋戦士じゃない!
「どなたですか? それは?」
「アイツらですよ、アイツら!」
と僕は祭壇の遺影を指したが、
「アーナセルさんって、アイツらとパーティ組んでたんですよね?」
「いいえ? 知らない人ですね?」
「は?」
じゃあなんで、二人の葬式に来たんですか?
「婚活サービスのご紹介で」
「 は ? ? ? ? 」
てことは…………………………………………索敵! 大聖堂内を緊急索敵!
「おい、クソババア!!!!」
僕らの席から空席を数列挟んで前方、見覚えのある腰の曲がった婆とナースキャップのコンビ!
「せっかく若い二人のトークタイムじゃろが……この婆に構わず、もっと仲を深めんか、男爵」
「き、聞いてねぇぞ! こんな話!」
「言ったではないか『次の機会は男爵殿に極上の相手を紹介してやる』と」
「だからって!」
まさかこんなところで不意打ちとか!
「卑怯だぞ、このクソババア!」
異世界の婚活ババァ、掟破りの暴虐ファイト!




