第二章 2-5 恋のバカンス - LES VACANCES DE L'AMOUR
どうも、堀江咲也です。
王に『ブラザー・プリンシィズ』と称された、僕ら召喚同期生。
昨日、十一人が十人になりました。
出席番号三番:小林衛が帰らぬ人となったのだ。
死因は……何と書けばいいんだろう? ……蒸発死?
通常、火事なら性別不明の焼死体くらいは残るんだろうけど……彼の場合、骨すら残らぬ温度で焼かれてしまったから――災龍ブレスの直撃を受けて。
僕らが経験した初めての【龍災】、その翌朝、
僕らブラザープリンシィズが住む豪邸・パルテノン神田の共用掲示板には、
小林の死と、新たな影武者・桑谷の就任が告知された。
というか桑谷、昨日、僕らが貴族の防空壕へ集められた時点で、既に居なかった。
小姓たちによって、首都近隣の小さな砦に移送されていたらしい。
【不死鳥王】の演説に相応しいスタジオセットが組まれた砦に。
本来、「私設防空壕」には十人、居なければいけなかった。
なのに、召喚者は九人しか居なかった。
つまり――――
【王は知っていた】んだ。影武者の末路を。
【龍災】の果てにもたらされる、僕らの運命を。
全て想定済みだったんだ、王様は。
でなけりゃ、あんなにも手際よく進められたはずがない!
ハメられた。
僕らは王にハメられたんだ。
耳障りのいい「アメ」をエサにして、不平等条約を結ばされてたんだ。召喚された時点で。
日米修好通商条約なんて目じゃないほどのアンフェアな契約を。
そもそも!
平行世界間の通行の自由がない時点で、僕らは王の隷従下にある。
決して外せない枷を着けられているに等しい。
この異世界という【檻】の中での、限られた自由を謳歌しているに過ぎない。
『勝手気ままな貴族生活』などという耳障りの良い言葉に騙され、浮かれていたんだ!
………そう、浮かれてた。(※過去形)
「アレ?」
朝食タイム。
王宮お抱えシェフの作る極上モーニングを摂りつつ、アレやコレや有意義な貴族の生活を報告し合う(≒自慢し合う)のが、僕らブラザープリンシィズの恒例行事だったのに……
「誰もいないじゃん……」
テーブルには九人分の席が用意されているのに……食堂に現れたのは僕一人。
「他の奴らは?」
「皆様、お部屋でお休みでございます」
ま、考えてみれば致し方ないか……
昨日まで、
『王城の増築は順調さ! 早くお披露目したいね、僕がデザインした新しい天守を!』
とか張り切ってた桑谷(※元ゼネコン社員)は、一瞬で成果が灰になったし。
『今度の公演は、僕がコンサートマスターを任せてもらえるんだよ!』
と鼻高々だった川澄(※音大生)も、肝心の宮廷楽団が全員、消し飛んでしまった。
神崎(※化学メーカー研究員)が最高待遇で迎えられた錬金術工房も半壊、
冒険者ギルトは被害を免れたものの、相当数の登録冒険者が自警団へと参加。その損耗率の高さはギルドを機能不全に陥れた。常連の望月や嘉数が冒険パーティを組みたくとも、マッチング相手が居なくなってしまった。
しかし……それだけなら、まだ救いはある。
僕らは影武者候補として召喚された身。
誰が【次の影武者】に指名されてもおかしくないし、一旦指名されたら、ずっと【災厄の龍】の襲来に怯え続けなくてはならない。
結果として、自分の影武者在任中に災龍が飛来しない可能性はある。
でも現れれば、確実に死ぬ。
究極のノブレスオブリージュの担い手(の影武者)として。
【龍殺しのメロディ】――龍を弱らす音響兵器の指揮者として。
ところがソレは欠陥兵器。
災龍を無力する前に、アンプ役の音響魔道師たちが力尽きる。
ヤバい。
龍が復活すれば、楽団は明白な報復対象となり――怒りの火球で城ごと蒸発する。
これが生贄でなくて何なのか?
☆
「ほっといてくれ……堀江」
食事を口実に召喚同期生たちの部屋を訪ねてみるも……
「食欲なんて出ると思うか?」
「お先真っ暗だよ……こんな世界、来るんじゃなかった……」
「もはや何をする気も起きない……全てが虚しい……」
「ジーザス・クライスト……」
完全に心を折られている……川澄も神崎も半場も水木も……
それほどまでに、昨日の【龍災】は凄まじかった。ディープなインパクトだった。
実際、目の当たりにした巨龍の迫力もさることながら、
僕ら【ブラザープリンシィズは生贄である】という避けがたい事実が、皆を鬱にした。
☆ ☆
反面、龍の災厄を、自身の追い風に転化した人も。
「見たか臣民! 王の威光を!」
邪教信徒の摘発を終えた思想警察、お決まりの路上アピールタイムである。
「我が王・マクシミリアンは不死身のカリスマ!」
本日もテュルミー中尉による青空独演会の始まりだ。
「讃えよ、王を! 我らが偉大なる不死鳥王、マックス・ザ・ダイハーデッド!」
子飼いの思想警察隊士のシュプレヒコールも、より熱を帯びる。
「偉大なり! 偉大なり! マクシミリアン!」「讃えよ! 讃えよ! 不死鳥王!」
龍災の痕も生々しい町並みを背に、テュルミー中尉の舌は冴え渡る一方、
「文明開化の英名君主」に加え、「龍の襲来にも負けぬ不死身の帝」という惹句を手に入れ、帝を称える言葉が湯水のように湧いてくる。
「 む な し い … … 」
僕も思想警察の一員として、中尉を囲む輪で拳を突き上げるものの……上司の熱弁が、右の耳から左の耳へと抜けていく……
そんな腑抜けた僕を見て、
「ふっ……あなた、何か悩み事があるわね?」
そのナースキャップには不幸レーダーでも備わっているのか?
と勘ぐりたくなるほどのタイミングで現れる、自称・流しのハートフルケアマネージャー。
彼女――ルッカ・オーマイハニー嬢。
本日も、コスプレまがいのミニスカナース服で登場です。
「悪いけど勤務中なんで。営業は勘弁……」
「ちがうわよ」
「え?」
「まさか、男爵から喜捨を頂こうだなんて思ってないわよ」
と、しおらしくルッカ嬢、
「むしろ男爵が欲しいのなら、仏壇でも壺でもイルカ様の絵でも、何でもあげちゃう。それとも数珠がいい? 写経セットとかもあるけど?」
「あー! あー! あー!」
不穏当な単語を並べ過ぎだ! このコスプレナース!
思想警察は摩利支丹狩りを生業にしてる人たちだよ?
いくら庶民語が通じない貴族揃いとは言っても! すぐ傍で、こんな会話は危なすぎる!
「ねぇ男爵……何か欲しい物とかない? 私、本当に感謝してるの、あなたに」
「いや、いいって!」
僕は見返りが欲しくて婆を助けたワケじゃない。
置き去りにされる老婆など見たくなかったから、助けたまでのことだ。
お礼なんて別に……
「ふ、ルッカよ……ワシら的に、礼といえばコレじゃろ!!!!」
くわっ!
「出たな妖怪! 見合い写真千手観音! 五百羅漢!」
カードマジシャンか孔雀の羽か、とでも言わんばかりに見合い写真を掲げるアルコ婆、
「このワシが特に選りすぐった極上の女子を紹介してやる! 親切な男爵のために!」
「結構だ! このクソババア!」
ほんともう、ちょっと油断するとコレだ。婆のお節介は死ぬまで治らない。
(でも……)
死ななくてよかった。
あんなところで突然の別れ、なんて本当に忍びない。気の毒にも、ほどがある。
いくら大迷惑ストーキング婆さんでも、死に際は安らかでないとね……
「ま……しかしながら、じゃ。今日のところは勘弁しといてやる」
「え?」
「少々、この婆も予定が立て込んでおってな」
またあの超美人眼鏡エルフみたいな嫁候補をグイグイ推されるのかと身構えたのに……
「いずれじゃ! いずれまた、男爵殿がグウの音も出ないような嫁子を娶せてやる! 楽しみにしておれよ、ポイゾナススネイク男爵・咲也殿! さ、行くぞルッカよ!」
「またね男爵。必ず、必ずお礼するから!」
僕の手を痛いほど握りしめたルッカ嬢、名残惜しそうにしながらアルコ婆を追っていった。
「しかし……今回はヤケにアッサリと解放してくれたな……アルコ婆」
一度噛んだら離さない、マムシの仲人。
お節介婆の強烈ストーキングに辟易した身としては、いささか拍子抜けだ。
『ふこうぎょうかいに、とくじゅがきてるのよ~』
何ですか妖精さん、そのバチ当たりな特需は????
龍の災厄で凹む人、あり。
それでも、図太く生きる人、あり。




