第一章 1-15 花に嵐の喩えもあるさ - Farewell comes after the happy lives
現れた美人エルフにタジタジの咲也。
しかし彼には逆転の秘策が有った!
さてさて、目論見通り、咲也は見合いを御破算とすることが出来るのか?
「もちろん承知しています」
ジュンコさんは答えた。
意地悪な質問にも、笑顔で返してくれた…………笑顔????
僕の問いは要するに「お前の伴侶は早死するぞ?」という、身も蓋もない宣言なのだけれど……
それに対して、笑顔?
翻訳、間違ってない? 妖精さん?
『まちがってないわよ~』
「おそらく、私より咲也様の方が先に天寿を全うなさいますね」
「それを知っていながら、なぜ?」
「…………」
「ジュンコさん、もし伴侶に先立たれたら、悲しくはないのですか? 寂しくはないのですか? 虚しくはないのですか?」
この縁談、長命種族側から見れば、必然の別れが前提になっている。
伴侶の老いを間近で看取らねばならない。
「僕は死にますよ? あなたより随分と先に?」
それは自ら進んで――耐え難い別れを抱え込む因業ではないのか?
僕らの世界でいうならば……赤子と仔犬みたいなものだ。
兄妹のように育った赤ん坊と犬が、人の人生半ばで永遠の別離を強いられる。
そんな悲嘆を、彼女は覚悟しているというのか?
喜びも悲しみも幾歳月。多くを分かち合った相方の命が尽きていくのを、傍観せざるを得ない。
その必然を甘んじて受け入れる、と?
そんな疑問にジュンコさん、
「花に嵐の喩えも有りますから」
儚げな笑みで応えてくれた。
「サヨナラだけが人生だ、と?」
長命種族にとって、【別れ】は割り切るべき運命なのだと?
「いいえ、咲也様」
穿った僕を、ジュンコさんは否定した。
「もし、咲也様が先に極楽へと旅立たれたとしても――――祈りは残ります」
「えっ?」
「咲也様が神様に祈ったことを――大事にしたこと、大切に思ったこと、全部、私が受け継いでいきますから――私と子供たちと、で」
[ ええが? 咲也。嫁は、きもづがいづばんだ ]
唐突に声が――――心の奥から声が聞こえた。
それは僕の、いちばん大切な記憶。
嗄れているが、とても優しい、慈愛に満ちた祖母の声が僕に届いた。
[ みがげなどぶがっこでもかまわね。こごろのきれいなおなごばえらべ ]
[ 人間、なにも気に入るどごろばっかりでねぇ ]
[ いいどこもわれどこも、みなしょうぢしてけるひとが、いいおなごだべ ]
[ んだから、おめもみなわがってけねどだめだ、おだがいさまだ ]
[ ほれが嫁子えらびのこごろえだべ ]
「咲也様」
「は、はい」
「どうか、それを――咲也様の祈りを、私に教えて頂けませんか? 咲也様が大切に思うもの、それを理解する時間を私に頂けませんか? 残りの人生、すべてを費やしても」
「喜んで!」
…………と答えるところだった。危うく。
だって彼女、ジュンコさんは、僕の理想の女性だったからだ。
そう、
パートナーの誠実さとは、愛とか恋とか、そんな主体的な感情の中には存在しないよ。
錯覚や幻想の揺らぎが大きすぎる。
相手の為人を理解するには、一歩一歩、ゆっくりでも確実に歩み寄るしかない、一人の人間として。
そういうパートナーを持てた時こそ、素晴らしき人生を謳歌できる。
――と教わった。
婆ちゃんが言う「理想の嫁子」まんまの人が、今、僕の目の前にいる。
ちくしょう!
なんでここが異世界なんだ!
これが僕の世界なら、何も迷わないのに!
☆
陽も傾き、庭園のライティングも橙に染まりかける頃、
妖精さんの空腹が脳波で伝わってくる頃、
迎えの馬車へ乗り込む前に、ジュンコさん深々と一礼。
「咲也様、本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……」
「本当に愉しい時間を過ごさせていただきました」
ジュンコさん、最後まで礼儀正しい人だった。
もったいない。
ほんと、僕にはもったいない女性だ……
結局、僕は彼女にイエスともノーとも言えないまま、タイムアップとなった。
本来であれば、ドヤ顔でノーを突きつける予定だったのに……多少の上玉女を紹介されても。
(ジュンコさん……)
ああ、遠ざかる馬車が名残惜しい。
本当に美しく理想的なパートナー候補だったのに……
「さて、男爵殿」
そこでアルコ婆、満を持して僕に尋ねた。
仲人として、必ず訊かねばならない【お約束】を。
本日のマッチング対象が『好感触』か『ごめんなさい』か。
僕には応える義務がある。
そうだ。
僕の答えは「ノー」しか有り得ない…………はず、なんだけど…………
この世界へ根を下ろすつもりなど微塵もない僕には、適当に現地妻を食い散らすことなど不誠実にも程がある行為だ……と理解ってるけど……
あまりにも理想的な嫁候補に、返事が躊躇われる……
「断っても構わぬ」
答え倦ねる僕に対して、アルコ婆の方から助け舟が!
「異性の好みなど千差万別。気に入らぬのなら、それはそれで構わぬ」
「アルコ婆……」
――正直、驚いた。
お節介見合い婆的には、多少強引にでもカップル成就をグイグイ推してくると思ったら……
意外にも、僕の意志を尊重してくれるのか……アルコ婆。
ストーカーのくせに。
「ただし!」
「え?」
「この婆――嘘は聞かぬ」
アルコ婆、老婆とは思えぬ眼光で、僕を見据えながら告げた。
「男爵殿の本心から出ずる誠の言葉であれば、この婆も止めはせぬ」
「お婆……」
「止めはせぬが、嘘は聞かぬ」
あの読心術者の目で、僕を射抜く。
『何でもお見通し。お主の心、お見通しじゃ』と断じたマインドシーカーの言葉に、息を呑む。
無理だ――
アルコ婆に嘘などつけない。
取り繕った返事は、簡単に見破られてしまうだろう――――
絶体絶命、堀江咲也!
もはや「チョー気に入りました!」と答えるしかないのか? バカ正直に?
「さ! 答えは如何に?」
もはや僕に退路なし! お節介見合い婆の豪腕に屈するしかないのか?
「ポイゾナススネイクサンダーユー男爵! 咲也殿!」
あわわわわわわわわわわわ! どうする? どうする僕???? いったいどうしたら????
「この婆の前で申しなされ! 思いの丈を詳らかになされ!」
ひーーーーーーーーーーーーー!
ルッカ嬢に羽交い締めにされ、身動きもできない僕に、アルコ婆が迫る!
「如何か? 男爵殿! さぁ! さぁ!!」
もうダメだ!
しかし、そこで、
僕は、思わぬ【援軍】に救われることになる。
何の前触れもなく――【破談の使者】が到来したのだ。
以上を以ってイセカツ、第一章の〆でございます。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました m(_ _)m
第二章は、できるだけ早く……月内には、リリースしたい所存。
しばしお待ち下さい。
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