第一章 1-14 ゼロイチキセキ - photoshoped
「僕に、その手を汚せというのか?」とは、「そんなこと出来るかい!」の反語表現ですね。
つまり、出来ないんですよ。
手打ち?
僕に、その手を汚せというのか?
そんなの無理に決まってる。
いくら老い先短い老婆でも、僕が直接手を掛けるなんて。
「分かったよ……」
結局、僕は婆の話を受けることにした。
「一度だけだぞ?」と何度も何度も何度も何度も念を押して、アルコ婆の仲介を承諾した。
☆
「そう! これは【見合い】なのだ!」
そこがミソなのだ。
古今東西、お見合いには成立の条件がある。
男女「双方」からの同意が得られなければ成就しない。
「つまりだ!」
片方がカップリングを拒否すれば、自動でキャンセルされるのである!
いくらアルコ婆に縁組を強要されようと、形だけ顔合わせして適当に断ればいいのだ。
そのために「一度だけ」と固く約束させたのだから。
「勝ったな! ガハハ!」
さすが僕! 異世界一の知将! もはや敗北を知りたい! 見たか、ストーキング婆さん!
お節介婆&コスプレ女と別れ、宿舎であるパルテノン神田へ帰った僕、
ご褒美の枝豆を妖精さんへ与えつつ、
葡萄酒を呑みながら祝勝会である。前祝いである。
「にしても……」
現代のSNSでも、ムダに美肌化、瞳ウルウル化するインチキ写真アプリが横行しているが、
「異世界でも変わらんな……」
お節介見合い婆の持参した「見合い写真」(と、言う名の肖像画)は、どれも超絶美化されていてビビる。まるで、美術館が所蔵する歴史的名画の趣だ。
その昔、そういう「美化しすぎ」な肖像を各国王室に配りまくったプリンセスは、目論見通りに縁談が成ったものの、結局「話が違う!」と夫から離縁されたらしい。
何事も加減が大事なのだ。
あまりに高い下駄を履かせても、無様にコケるだけなのだ。
はむはむはむはむ(※妖精さん、一心不乱に枝豆を食む)はむはむはむはむ……
「とはいえ……あの婆さん……」
どうして、僕しか知らない個人情報を知っていたんだろう? 家族構成とか、病歴とか……
「…………」
更には、この肖像画……アルコ婆から手渡された見合い相手の絵だが……
ぶっちゃけ、相当、好みである。
透き通るような白い肌にサラサラの金髪、人間とは違う長い耳――――麗しきエルフ。
ラノベでは、エルフは美女の代名詞的に使われるけれど……本当に美しい。
それでいて、芯の強さを感じさせる瞳。深く、吸い込まれそうな碧眼の君。
その柔らかな笑みからは、並々ならぬ知性と思慮深さを感じる。
そして、豊穣の女神を象徴するかのような乳房。ご立派、の一言。
「ううむ……」
率直に言って、容姿だけならケチのつけようがない、100点彼女である。
「あの婆さん――エスパーか?」
異世界特有の魔法使いなんだろうか?
読心術でも会得していなければ、ここまで僕の好みを汲んだ人選など出来るはずがない。
だって!
眼鏡だよ! 眼鏡エルフだよ! どっから探してきたんだ? こんなニッチな人材?
拙者、ケモフェチでもエルフでもないが、眼鏡エルフとか辛抱たまらん侍!
結婚は無理でも、割り切ったお付き合いなら是非……
『なに考えとるんだ! ばかものー!』
不埒な僕を妖精さんが殴る! ぽかぽかぽかぽか妖精ぱんち。
いや、これは妖精さんの自発的行動ではなくて、脳波を通じて「殴って、殴って」と思念を送り込んだせいなのだが。
こんな小芝居ができるほど、僕と馴染んでしまった妖精さん。正直、愛いやつ。
できるのなら元の世界に連れて帰りたいくらいだ。一家に一台、翻訳妖精。夢の妖精生活。
いや、たぶん王室からのレンタル扱いで、帰る際には要返却、だとは思うが。
ま、それは置いといて……
実際のところ、そんなだらしない男女関係を食い散らかしてたらダメだ。
「了解、妖精さん! 立つ鳥、跡を濁さず!」
僕は身ぎれいなまま、元の世界へ帰るんだ。
世間様に後ろ指さされるような生き方をしてはイカン――そう教えられて僕は育ったのだから。
「だいたい、こんな可愛い眼鏡エルフが現れるわけないじゃないか! 盛ってるに決まってる!
…………ん?
……てことは、つまり?」
あ、そうか。そういうことか。
ふっふっふ……
「謎は全て解けた! 婆ちゃんの名に賭けて!」
論拠は、この絵だよ!
この(見合い用の)肖像画自体が矛盾を孕んでいるんだ!
「答えは簡単――――だいたい、こんな可愛いのならば、見合いなんてする必要がない、ってことさ!」
こんな可愛い女性なら、当然必然、縁談話はひっきりなし。
富豪や貴族に求愛されまくり=かぐや姫状態でも不思議じゃない。
わざわざアルコ婆に縁談の斡旋を頼む必要がないじゃないか。
「ハイ論破!」
この絵は嘘だ! モリモリ盛りすぎのフェイク画像だ! こんな見合い相手は来ない!
『ところがねー、そうでもないのよ~』
自称名探偵が一人でガッツポしてたところへ、ツッコんでくれる事情通。
異世界世情に疎い僕にも、適宜解説を挟み込んでくれる安心設計。
そう、翻訳妖精ならね。