第一章 1-13 僕にその手を汚せというのか - Kill me, Baby
何の因果か、会ったばかりの老婆に気に入られてしまった咲也、
いきなり「ワシが嫁を紹介してやる!」と強引な縁談を勧められてしまう始末!
そんなことされても困る!
ストーカーまがいのお節介婆さんに、咲也は……
「いっ、いい加減にしろ! このクソババァ!」
見ず知らずの老婆に、こんな言葉づかいをするのは気が引けるが……しかし!
僕だって我慢の限界はある!
堪忍袋は有限だ!
聞き分けの悪い婆さんには、一度シッカリと言い含めておかないといけない!
頼むよ、翻訳妖精! あとでタップリ枝豆を食わせてやるから!
『しおゆで、あつあつ、さんちしてい』
分かった! 分かったから、頼む!
立て籠もりの最終防衛ラインと考えていた、男子トイレまで突破され、
籠城戦の破棄を余儀なくされた僕は――
腹を括って、異世界スーパー銭湯の大広間。
進撃の婆さん+コスプレ女を相手に、真正面から対峙した。
そして、「何事か?」と集まった野次馬(銭湯の客)数十人を前に、
「もう我慢ならん! 物には限度があるぞ、クソババア!」
と言い放ってやった!
いくら人権感覚が希薄な中世風世界だからって、越えてはならない一線があるだろう!
僕にだって選ぶ権利がある!
僕自身の生き方は僕が選ぶ!
過干渉はノーセンキューだ!
「もう沢山だ! 僕に関わらないでくれ!」
僕は元の世界へ還るんだ!
どうにかして召喚術式の秘密を暴いて、僕だけでも帰る! 一刻も早く!
帰れさえすれば、最高の未来が待っている! ラノベ界の寵児として花開くんだ!
こんな世界に根を下ろすつもりは、毛頭ない!
だから、放っておいてくれ!
「分かったか? このクソババァ!」
――――最後の力を振り絞ってハラペコ妖精さんが訳してくれているのに――――
「悪いことは言わぬ、男爵殿。お受けなされ」
一歩も退かない、この婆さん。
なんて頑固なんだ!
これだけ僕が露骨に嫌がっているのに――なんで、ここまで?
「男爵殿のことを思って、この婆が勧めておるのじゃ! どうか騙されたと思って……」
「うるさい!」
ならぬものはならぬのだ! たとえ年長者とは言えども!
「ありがた迷惑だって言ってるだろ、クソババア!」
ここは心を鬼にして拒否を貫かねば! 甘く見たら際限がない、婆の侵略は!
「……男爵殿」
「な、何?」
「――――ならば、お手打ちになさるがよい」
「は?」
なに言ってんの? この婆さん? 自分が言っていること分かってるのか?
「なぁに、たかだか老婆一人、無礼討ちなすったところで、何のお咎めもござらんよ」
それは確かに、そうかもしれないけど……
ここは中世封建国家、
貴族が、名も知らぬ庶民を一人斬ったところで――コップの中の嵐で終わる。
何事もなかったように日常がリスタートするだろうさ。
命の重さが違うのだ、そういう時代なのだ。
徳田新之助でも若き日の水戸黄門でも、相手が「悪党である」「不埒者である」と自己申告すれば許される時代があったのだ、僕らの世界でも。
それを婆は分かった上で、僕に「斬れ」と唆す。
気に食わないのなら手打ちにせよと促す。
なんて胆力だ! ――命知らずにも程がある。
「さぁ! 手打ちなされよ! ポイゾナススネイク男爵殿!」
銭湯の板の間にチョコンと正座して、【煮るなり焼くなり、好きにせよ】と。
「どうして……」
どうしてそこまで出来るんだ? この婆さんは?
どうしてここまで僕に肩入れするんだ? なぜそこまで世話を焼きたがる?
見ず知らずの僕に対して?
タクティクスオウガですね。名作ですね。