第一章 1-12 You Spin Me Round (Like a Record)
アルコ婆と名乗る、お婆さんの読心術? に度肝を抜かされた咲也。
果たしてこの婆、いったい何者?
「幸せになりたいじゃろ? お主も」
「なりたい!」
「ならば、ワシの言う通りにせい。まずは、このリストからビビッときた女子を……」
「だからといって、そういうのは結構ですから!」
隙あらば僕に見合い話を勧めようとする、この敏腕占い師? 読心術の使い手? ――アルコ婆と名乗る老婆。
この老婆が魔法使いでも読心術者でも、どっちでもいいけど、
ここで所帯を持つつもりなどないんだよ、僕の人生設計には!
異世界でも自分の才能を謳歌する召喚同期生に引きずられ、初心を見失っていたが……
僕は還る!
帰れさえすれば、輝く未来が待っている!
僕の居場所は異世界じゃない!
「なので、遠慮させて頂きます!」
☆
そうだった。
僕は、思想警察で邪宗門徒狩りに粋がったり、
お節介婆に勧められるがまま、異世界婚活とかやってる場合じゃなかった。
『元の世界へ還る』
これが唯一の最優先事項なのだ。
僕たちがこの世界へ召喚された際、マクシミリアン帝は言った――「これで次元扉は、来年の魔術式典の夜まで開かぬ」
果たして、それは本当なのか?
労働法規に疎い勤労者を騙す、経営者の口先三寸ではないのか?
十二人とか大量の召喚は無理でも、僕一人くらいなら返してもらえるのではないか?
その辺の疑問を「直接」マクシミリアン王へ問い質したかったが……
今の僕らは泡沫貴族である。カネとヒマはあるが、身分は下の下。
例えるなら……
「上様に謁見したい!」と、親戚である尾張紀州水戸の御三家が要望すれば、そりゃ幕府首脳も丁重に話を進めるだろうし、
伊達や島津や前田みたいな大藩でも「粗略にはできぬ」となる。
この世界で言えば、広大な領地を抱える公爵家や侯爵家に当たるのがソレだ。
僕らのような下位貴族は完全に後回し、何ヶ月待てば叶うのか知れたもんじゃない。
なので、一刻も早く帰りたい僕は、自力で調べるしかないのだ。
なにせ僕には、翻訳妖精が憑いている。
この世界では小説家、何の役にも立たない木偶の坊だが……この妖精さんだけは本物だ。
なぜか僕にだけ適合した妖精さんのお陰で、あらゆる言語を読解可能なのだ!
それを活かさぬ手はない!
☆
「ここか!」
追いすがる婆を振り切って、足を運んだのは……都のド真ん中に建つマックスプランク教会。
龍都ドラゴグラードで、最も大きな書庫を持つ大聖堂である。
見渡す限りの蔵書、数万冊を数えるほどの。
本棚が壁を埋め尽くす書庫は、教会関係者以外には門外不出のシークレットな空間だった。
この大書庫を僕が利用できるのも、マクシミリアン帝、肝煎りの【インパク知】政策の賜だ。啓蒙君主万歳である。ビバ文明開化帝である。
ありがたや、ありがたや……と名君の肖像を拝みながら、蔵書を漁り始めたが……
「うむむむ……」
ない。
翻訳妖精さんのお陰で、どんな古語・難解語・希少言語の文献でも読解できるが……
肝心の【並行世界の召喚儀礼】に関する書物は、まるで見当たらなかった。
「諦めるな、咲也。諦めてなるものか」
帰れさえすれば、僕には未来が待っている。栄光が約束されている。
帰れさえすればカネも! 名誉も! 美女も!
「そうさ、こんな美女だって……」
カビ臭い魔法大辞典のページをめくると……不意に挿絵が目に飛び込んできた。
(……かわいい!)
すんごい好みなんですけど、この美少女。
更に、めくると……美しい少女たちの肖像が! 何枚も! 何枚も! 何枚も!
あれ? これ魔術解説書じゃなかったのか?
美少女魔術師名鑑か何か、か?
不審に思いながらも、美しい少女たちの肖像画から目が離せずにいると………
「どうだい男爵殿? オキニの娘は居ったかい?」
お前の差し金かーっ! お節介ババアー!
まさか聖堂の大書庫まで追いかけてくるなんて!
「アルコお婆、しつこい!」
そこまでして僕に見合いをさせたいのか?
そんなの、ありがた迷惑だって言ってるじゃないか!
「くそっ!」
こんなんじゃ落ち着いて調べ物も出来ないよ!
(とりあえず、ここは撤退だ!)
調べ物を中断し、僕は大書庫から脱兎のごとく逃げ出した。
☆
山手線一駅分くらいは走っただろうか? 現代の基準で言えば。
「ハァハァ……」
こんだけ走れば御老体は付いてこれまい。振り切ってやったぞ、お節介バァさんを!
「しかし、喉が渇いたな……」
それどころか、ずっと飯抜きで古文書・魔法書と格闘していたので、腹も減った。
「ふむ……」
ちょうど目の前に、お誂え向きの食堂があるじゃないか。
「せっかくだし食事でも摂ろうか……」
☆
「メニューが決まりましたら、お呼び下さい」
「ありがとう」
ケモミミのウエイトレスにチップを渡し、やっとこさ一服。
「しっかし、なんなんだよ、全く……ここ異世界だぞ?」
異世界なら、美少女に付きまとわれるのがお約束でしょ? 定番でしょ?
エルハザードとか、あの辺の昔から定まっている金科玉条でしょ?
どうして僕だけ、あんな嗄れた婆さんにストーキングされなきゃならんのだ?
「間違ってる!」
異世界ものとして間違ってる!
「異世界転生といえば美少女でしょ?」
ピッチピチの美少女たちが、群れ成して主人公へ迫ってこないとおかしい!
それが視聴者の求めているものでしょ?
何を考えてるんだ? こんな異世界を創造したライターは……?
こんな筋書きで誰が喜ぶってんだよ?
「こんな異世界! 修正してやる!」
どうにか帰る方法を見つけて、僕が正しい異世界作品に書き換えてやるわ。
なにせ僕は小説家、連撃大賞受賞のスーパー異世界ライター様だからな!
「僕が本物の異世界転生小説を見せてやりますよ!」
はっ!
気がつけば――――周囲のお客さんから奇異の目を向けられてしまってるし!
なにシレッと訳してんだ妖精さん! こんな厨二イキリフレーズを!
普段ならTPOに合わせて、完璧なオンオフで翻訳する/しないを自動判別してくれるのに……
『えだまめ』
なんか燃費悪くないか? 妖精さん……?
『こすとをしはらわずしていちりゅうのしごとはえられないのよ……』
と僕に箴言して力尽きた。
「枝豆? 枝豆、食べれば復活するのか?」
このシナシナ妖精の状態から?
「てか、枝豆とか置いてるの?」
ここは場末の居酒屋じゃない。有閑マダムがランチしてそうな、小綺麗なレストランだぞ?
酒のツマミ的なサイドメニューは無いものか? とメニューをめくれば……
「…………ん?」
あるページを境に雰囲気が変わった。
「むむむ?」
料理の代わりに娘たちが。
様々な給仕系の制服をまとった美しい少女たちが「陳列」されている。
なんだ? なんだこのレストランは?
料理だけでなく、嬢まで注文できるのか?
すごいな異世界のレストラン!
異世界らしい様々な種族の美女の「品揃え」に、目移りしてしまいそうだ……
などと、冗談か本気か分からない謎メニューに見入っていると……
「いかがかな? お客様?」
カラカラカラ……まだ料理の注文もしていないのに、運ばれてきたサービスワゴン。
「へ?」
「――――お気に入りの娘子はござったか?」
「はぁ!?」
ワゴンに載っていたのは……料理ではなくお婆さんだった。
☆
当然、逃げた。
ところが、アルコお婆の追跡は留まるところを知らず。
コスプレ女・ルッカ嬢の手を借りて、無限に僕を追ってくる!
思想警察の屯所は元より、「ここならば入り込めまい!」と踏んだ公衆浴場(男湯)にも、男子用の厠にもズカズカと踏み込んでくる! おそるべし、老婆の行動力!
ほとんどフォース使いのジェダイマスターばりに、何のお咎めもなく踏み込んでくる!
就学前の幼児と同じ扱いなのか、老婆は! 老人にキープアウトゾーンは存在しないのか?
御意見無用の異世界暴走トラックかよ?
見合い写真を五百羅漢、というか、千手観音状態で追ってくる!
しかし!
しかしだ!
僕にだって我慢の限界がある!
その婆――――ゾンビの如し!(※死んでません)