第一章 1-11 マインドシーカー - mindseeker
ルッカ嬢に「ちょっと待ったコール!」した、お婆さん。
果たしてその老女、咲也に何を言いたいのか?
「いかに貴族とはいえ、無職はイカン、無職は!」
「は、はぁ……」
「たとえ三軍に属さぬ思想警察でも、身分は王立軍人。誰もが羨む特別国家公務員じゃぞ?」
「はぁ……」
「あらゆる王国女が望む、安定職じゃろが! 釣書の見栄えが違う!」
いや、僕は別にハーレムを目指して転生してきたワケじゃないんですよ、お婆さん。
むしろ、一刻も早く帰りたいんです!
僕が座るはずだった新進気鋭のラノベ作家の椅子を、誰かに盗られるなんて耐えられない!
それが僕の最優先事項よ!
僕の神聖モテモテ王国はここじゃない。
「考えてもみな! 無職と公務員では、相手の心証が違いすぎるじゃろが!」
「相手? 何の話です?」
「決まっておろう――――縁談じゃよ」
「縁談ンンンン????」
なに言っててんだ? このお婆さん???? 急に?
「先程よりお主とルッカの話を聞いとったが……なんと立派な人物か、ポイゾナスネイク男爵! このアルコ婆、大層、感服した!」
「ありがとうございます……」
「ならばこのアルコ婆、一肌脱ごう。お主に最高の嫁子を娶らせてやる」
「……へ?」
嫁?
いやいや、何を言い出すんですか? 急に? 大丈夫ですか、お婆さん?
「男爵殿……お主、独り身じゃろ? まず嫁子の一人も娶らねば、一人前の王国人とは呼べぬ。いい歳して独り身では、上司の評価も散々じゃろ? 近所じゃ、甲斐性なしと嗤われる。兎にも角にも、身を固めることが正しき王国民の勤めじゃ」
「というかお婆さん、なんで僕が独身だと分かるんですか?」
それを推察できるような情報など一切、口にしていないのに?
「フムフム……」
アルコ婆と名乗る老女は、僕の頬をまさぐりながら、
「異人の相が見える……お主、ここではない、どこか遠~い場所から来た男じゃな? 男爵殿」
「は? どうしてそれを?」
この婆さんには分かるのか? 僕が並行世界から召喚された別世界人だって?
「王様の影武者」候補として待機中の僕ら「ブラザープリンシィズ」は、
どこにでもいる放蕩貴族として、誰からも怪しまれてはいけない。
そのためのカネとヒマは、充分すぎるほど与えられているのだ。
つまり「余計なことするな」「適当に遊び散らかして、暇をつぶしてろ」ってことだ。
リアル徳田新之助として「暴れてもいいが暴れすぎるな」、という身分である。
(隠さねば!)
僕の素性は絶対に隠さねばならない!
バレたら僕は打首だ!
ブラザープリンシィズ・出席番号七番:横手白雪と同様、王から始末されてしまう!
(こんなところで死んでたまるか! 僕は生きて元の世界へ帰るんだ!)
「ぼぼぼぼぼぼボクはこのセカイのニンゲンですヨ、どこをどう見たら別世界の……」
妖精さん! そんな動揺しまくりのニュアンスまで訳さなくていいから!
性能が良すぎる、翻訳妖精!
多少のことでは動じない、男前紳士風味でいいんだよ? 僕の口調は!
山寺宏一とか諏訪部順一みたいな話し方で頼むよ!
『ひょうじょうでバレバレだけど~』
「男爵殿、お主、外の世界からやってきた異邦人じゃな? 何の身寄りもない根無し草じゃな?」
ドキッ!
アルコ婆と名乗る老女は、老齢とは思えぬ眼力で僕の素性を喝破する。
(でも、まさかそんな……当てずっぽうだよね?)
「お主、長男じゃな? 兄弟は女が一人……家族に婆か爺が、おるじゃろ?」
「えっ!?」
「幼い頃、事故に遭ったことがあるな? 持病は……肺と、皮膚といったところか?」
あ、合ってる……僕は幼少時に転落事故の経験がある。そして喘息とアトピー持ちだった。
「ど、どうして、それを……?」
「女子と付き合った経験はない……おぼこじゃな」
翻訳妖精の指摘通り、アルコ婆の攻勢に僕はタジタジ。ポーカーフェイスには程遠い、狼狽ぶりを晒してしまっていた。
「だとすればお主の悩みは…………仕事じゃな? せっかく掴んだ仕事が上手くいかず、誰にも言えない悩みを抱えている……そうじゃろ? 男爵殿」
どうして?
どうしてこのお婆さん、そこまで知ってるの?
「自分の才能を活かせる場があるはずなのに、それを腐らす環境に不満を抱えとるんじゃな?」
僕しか知らないはずの個人情報を?
「解決の糸口は分かっちょるのに、人と人との柵で決断できないんじゃろ? つらかろう、つらかろう。ワシにはよ~く分かるぞ、若きポイゾナススネイク男爵の悩みが」
まさか魔法?
読心術の使い手なのか? この婆さん?
翻訳妖精みたいに、謎の尻尾で僕の脳神経へダイレクトリンクしてるんじゃなかろうな?
だって!
怖いくらいに僕の個人情報を当ててくる! 尋常じゃない! このお婆!
「なんでもお見通しじゃ、お主の心、お見通しじゃ――――このアルコ婆には」
と、老婆は不敵に笑った。