第一章 1-10 Save A Prayer.
自分の就職先が、相当に嫌われている問題企業だった場合……どうします?
右も左も分からぬ世界の話でも、さすがにこれはマズいのでは?
戸惑う咲也の選択は……
タレコミのあった集合住宅への家宅捜査も、大☆成☆功!
ミブロー村の屯所へと凱旋した、テュルミー中尉率いる思想警察の面々、
リーグ優勝したプロ野球チームの勢いで、酒が振る舞われる。
飲めや歌えやの体育会系祝勝会で浮かれまくりである。
麦酒は飲むものではなくて掛けるもの、な宴である。
とてもとても退職届を上司に渡せる雰囲気ではない。
というか、僕には「部外者になる前に、やるべきこと」があるのだ。
宴の後、思想警察の隊士全員が酔夢に浸る、その隙を見計らって――――
☆ ☆
「これで間違いありませんか?」
翌日、僕は一人、サンタ並みの頭陀袋を引っ提げて、家宅捜索現場へと戻った。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 貴族さま! ありがとうございます!」
仏壇や壺は思想警察に焼却されてしまったが……かろうじて人形だけは、思想警察の押収品倉庫からコッソリと拝借することができた。
「もう、なんとお礼を申せばいいのか……差し出す財産も持たぬ、私のような者に……」
「いえいえ、お礼など要りません。どうか頭を上げて下さい」
「本当に、本当にありがとうございました、この恩は決して忘れません! 親切な貴族さま!」
「ルイーズさん、その辺になさって……まず、それを納めましょう。目立たぬ場所に」
泣き止まない女の肩を抱き、ナースコスプレの彼女――ルッカ嬢が促してくれた。
「これにて一件落着……」
昨日の彼女にイルカ人形を返すことが出来て、肩の荷が下りた……
「ふぅ……」
なんたって、今の僕は思想警察一味。
昨日の今日で、【あんなこと】した現場へ戻ってくれば、感謝よりも先に、石とか投げつけられても文句が言えない立場だ。
「しかし、これはひどい……」
昨日、荒くれ貴族の子弟が強引に蹴破った扉は……応急修理の跡が痛々しい。
そいつらと同じ制服を着ているんですよ、僕は。事情を知らないまま就職しちゃったとはいえ。
「まだ辞めてないんだ?」
摩利支丹の女性信者を自室へ送り届けたルッカ嬢、改めて、転職のススメ。
「僕にもね、事情があるんだよ……」
命の恩人から誘われたのに、即日退職では中尉の顔が立たないじゃん。
「じゃあ、なんでこんなことしたの? 思想警察は王に媚びへつらう権力の犬、でしょ?」
ルッカ嬢の指摘通り、思想警察は都に蔓延る邪教を取り締まる組織。
マクシミリアン帝の発した【魔利支丹婆羅門追放令】を大義名分として。
なればこそ、御禁制の品を信者に返すとか、自らの存在意義を否定する行為だ。
「でも僕は、これが正しいと思ったんだ」
「えっ?」
鳩が豆鉄砲を食ったようなコスプレナースに向かって、僕はキッパリと言い返した。
「【インパク知】だっけ? マクシミリアン帝は啓蒙君主として、旧弊排斥を行動で示しているよね。
迷信を排除して、科学や理性を尊ぶ。その考え方は立派だ。
実際、無知蒙昧の庶民は散々騙されてきたんだ、小狡い悪党に――迷信でね。それは歴史的事実だよ。それゆえに名君は、断固、迷信を排すべきと宣う」
「…………」
「そして、その上意を受け、思想警察は宗教弾圧に走る」
「…………」
「確かに宗教団体は腐るものだ。いくら高潔な人物が開祖でも、いずれ世俗の垢にまみれる。
異世界ライトノベルでも教団は九割方、悪の組織だ。教皇は生臭坊主で、色欲と賄賂に目がない俗物よ! 聖職を名乗りながらも七つの大罪を抱え込む、ゲスの極み教祖だ!」
「…………」
「なら弾圧されて当然だ! 腐り果てた教団など倒してしまえばいい! ――――果たして、そうだろうか?」
「…………」
「信者ひとりひとりの無垢な祈りまで、一緒くたに否定していいのか?」
「!」
「だって祈りは――心を映す鏡だ。祈る対象が何であれ、誰かのために祈ることは他者を思いやる行為だもの。祈りは優しさの表明だよ。人の心の最も善い部分さ! 敵を叩き潰して得る正義なんかよりも、よっぽど慈しみに溢れるものだよ! 一人一人の心に秘めた祈りって、さ!」
「…………」
「啓蒙君主様には、神の実在こそ迷信の極みかもしれないが……それを僕は否定する気にはなれないよ」
「あんた……」
「だから僕は彼女を助けたし、彼女の人形を返しに来たんだ」
「……ありがと……」
「え?」
親の仇の如く、僕の制服を睨んでいたルッカ嬢、
急に、しおらしくなって……
「勘違いしないで! これはルイーズさんの代わりだから! 彼女の代わり!」
おずおずと掌を差し出してきた。伏し目がちに頬を染めながら。
「お、おう……」
照れくさい。こんな照れくさい握手は、いつ以来だろう?
お互いに軽く汗ばんだ掌を、恐る恐る握りしめる。
粗末な労働者向け集合住宅の廊下で、僕とルッカ嬢、中学生みたいな握手を交わした。
『ヒューヒューだよ、あついあつい♪』
うるさいぞ、妖精さん。あんまり茶化すと、枝豆お預けにするぞ?
「でも、思想警察は辞めなさい、一日でも早く。悪に染まる前に」
「ははは……努力するよ」
どうせ、この子とはこれっきりだ。ここはお茶を濁しておくが吉、だろう。
恩人の手前、だらしない辞め方も出来ないしね……
「辞めるなど、とんでもない!」
「は?」
めでたしめでたし、今回の一件に幕を引こうとした僕らの会話に、
「ならんぞ男爵!」
突然、飛んでくる横槍!
それは、昨日のお婆さんの声だった。
思いがけぬ老婆の「ちょっと待った!」コール!
果たして、その意図とは?




