第一章 1-9 テュルミー中尉のズバリ言うわよ
咲也の意志などガン無視で進められた、思想警察の強制捜査。
当の咲也にしてみれば、何が何やら…………
何故か、酒場で絡まれたコスプレナースに、再び絡まれちゃったし！
「大戦果である！」
集合住宅前の広場にうず高く積まれた、仏壇、数珠、壺、御札――そしてイルカの絵。
「諸君ら隊士の目覚ましい働きで、今日も龍都ドラゴグラードの治安は守られた！」
「「「「オーッ！」」」」
「数十万龍都の臣民も、これで枕高く眠れるであろう！ まこと天晴、思想警察諸君！」
「「「「オーッ！」」」」
倒した仏壇を演説台代わりにテュルミー中尉、隊士たち数十人を鼓舞する。
そのノリノリ具合たるや、さながら世界的カリスマＤＪとオーディエンスのコール・アンド・レスポンス。貴族の言葉など意味が分からないはずだが、庶民街の子供たちも中尉のアジ演説に盛り上がっている。
「恐れ多くも今上帝、マクシミリアン・フォン・カストロプ・スターリング様は、龍都臣民を遍く照らす、慈悲の天子である！
英名なる陛下の御采配により、これまで深く秘匿されてきた教会の知恵が公のものとなり、臣民は新たなる職と富を得た！ これぞ知性の大解放！ 世に名高き【インパク知】！」
「インパク知！ インパク知！ 稀代の名君、文明開化帝！」
「そうだ、文明は開かれるべきなのだ！ それが帝のご意思である！ 情報革命を以って臣民を豊かにせよ、それこそが御上の意志である！」
「オーッ！」
「なればこそ、古い悪弊は除かねばならぬ！ 迷信は人心を惑わす絶対悪である！ 疫病すら凌駕する邪悪の源泉である！」
「オーッ！」
「我ら思想警察、帝の御心のままに情報を革命する！ 革新する！ 我らが先鞭たるかな！」
熱の籠もった中尉の演説に、昂ぶる隊士たち、
「淫祠邪教の摩利支丹！」「問答無用の社会悪！」
「排除するべし死霊操者！」「果たするかな廃賢毀釈！」
「迷信は」「邪ナリ！」「迷信は」「悪ナリ！」「解放拒まば」「斬って斬って斬り捨てる！」
「我ら輝く！」「思想警察！」
「帝の御威光！」「我らが照らす！」
「文明帝！ 開化帝！ ビバ・マクシミリアン！」「ウェェェェェェェェーイ！！！！」
と吠えるがまま、押収品に火を着けた。
華々しく燃える【戦利品】を前に、雄叫びを上げる隊士たち。勝利の宴に酔いしれる。
ご満悦のテュルミー中尉――――部下たちの昂りが収まるのを待って、
「諸君、最後に一つだけ言わせて欲しい……」
勇猛な口調から一転、情感たっぷりに声を絞り出した。
「私は……君たちを愛している。一人一人、全員を心から愛している！」
ワーッ！
感極まる中尉の姿に、隊士たちも貰い泣き。無関係の子供たちまで泣いている。
「なぁ～にが、「愛している」よ？ ケッ！」
そんな男たちの感動系サークルに対し……
囁きが届かない程度の距離から、あからさまな侮蔑を呟く女子がいた。
あの子である。
自称「流しの癒やし系ケアマネージャー」を名乗り、僕にイルカのリトグラフを売りつけようとしたコスプレ少女は……思想警察のアジテーションショウに渋面を浮かべた。
「人前で涙を流せる男ほど、胡散臭いものはないわ！」
彼女、ルッカ・オーマイハニー嬢の言説に一理あるとしても、それにしたって彼女の評価はクソミソだった。
「確かに、ちょっと自己陶酔気味かもしれないが……」
「【ちょっと】じゃないわよ！ あんなの誰が見ても演技でしょ！」
そんな大声出しちゃ、思想警察に睨まれるでしょ！ …………とキモが冷えたが……
あ、そっか。
ルッカ嬢の話す庶民語は、貴族（隊士）たちには理解不能。
どんだけ痛烈な罵声を浴びせようと、彼らには届かないんだ。
「あんたね、ミブローなんて信用できると思ってるの？」
「ミブロー？」
「思想警察の屯所がミブロー村にあるのじゃ。通称みたいなもんじゃな」
「あっ、そうなんですか。ありがとうございます」
見ず知らずのお婆ちゃんが補足してくれた。翻訳妖精も固有名詞はそのまんまらしい。当然か。
「ミブローなんてね、所詮はロクデナシ貴族の弱小人斬りサークルよ！ そんなの龍都民なら誰でも知ってるわよ！」
そ、そんなに評判の悪い職場だったのか……僕が就職したのは。
言われてみれば、遠巻きに思想警察の「勝鬨儀式」を眺める庶民の皆さん、こころなしか僕の制服に対する目線が痛い。
「ミブローは貴族の次男坊・三男坊が徒党を組んで暴れ回る、ゴロツキ集団じゃ」
お婆さんも呆れた調子で説明した。
「家督を継げない貴族の子弟が、軍歴と武勇伝欲しさに入隊する組織じゃ、思想警察とは。主に夜の女に自慢するためにな」
まさか、貴族の経歴ロンダリング用の組織だったとは……
「そんな狼藉者たちに【お墨付き】を与えてるのが、アイツよ――――」
とコスプレ女子はテュルミー中尉を睨みつける。
「帝が発布した【魔利支丹婆羅門追放令】を口実に、我が物顔で龍都を荒らし回る諸悪の根源、仮面の扇動者――――テュルミー・ヴァンジューイン中尉」
コスプレ女子＝ルッカ嬢は庶民の迷惑を代弁した。
「ねぇ、あんた！」
「はいぃぃ！」
「あんた死ぬわよ！」
と、コスプレナース・ルッカさん、ものすごい豪速球アドバイスを僕へ投げつける！
「死にたくなかったら転職なさい！ 即刻、退職届、出して来なさい！ あの、いけ好かない仮面野郎に！」
ルッカ・オーマイハニーのズバリ言うわよ、だった……？
