第一章 1-8 女はそれを我慢できない - The Girl Can't Help It
どう考えても「翻訳妖精がバグった!」としか思えない展開で、
思想警察なる怪しげな組織の「出入り」に同行させられてしまった咲也。
果たして、彼は生き残れるのか?
「我々はァーッ! アイズ中将様御預り、非合理思想摘発局であーる!」
「元」一番隊隊長の沖田さん、ギラリと光る名刀を掲げながら、住民たちへ通告する。
「恐れ多くも今上帝・マクシミリアン帝様御聖断、魔利支丹婆羅門追放令に従いィ!」
「我ら思想警察、淫祠邪教の悪弊を除くものであーる!」
「抵抗する者は、撫で斬りに致すッ!」
傾奇者の様式美よろしく、朗々と詠い上げる思想警察の隊士たち。
「かかれィ!」
テュルミー中尉の合図で【猟犬たち】は解き放たれた。
「中尉ーッ! ありましたーッ!」
ほとんど山賊の勢いで家探しを始めた隊士たち、間もなく【お目当ての品】を発見した。
「これはまさしく御禁制の壺ッ!」「さては貴様ァ、邪教徒かァ?」
怪しげな紋様の壺を見つけた隊士、その部屋の住民らしき男をグイグイ締め上げたが、
「◎△$♪×¥●&%#?!」
えっ?
『庶民語と貴族語じゃ無理よ~』
翻訳妖精さん、今まで貴族語に自動変換してくれてたのか……
『両方と合わせるから、ちょっと待つのよ~、えいとあみに~』
「○!※□◇#…………ちげぇます! こりゃ祖母の遺品で、ワシらは摩利支丹ではごぜぇません!」
うお、いきなり合った。翻訳のチューニングが。
「抵抗するか! この邪教信徒め!」
旦那さんを締め上げている思想警察隊士の言葉も分かるぞ。すごいな妖精さん!
……とか驚いている場合じゃなかった。
旦那さんの必死な釈明も、貴族である思想警察隊士には全く通じてない!
「ま、待って下さい!」
慌てて二人の間に割って入った僕は、旦那さんの言わんとしていることを代弁した。
「この人、自分は邪教信徒ではない、って言ってます! これは亡くなった家族の遺品だと!」
「本当かァ? ならばコレを踏んでみろッ!」
元隊長・沖田さん、何やら見覚えのある絵を持ち出してきた。
幻想的なイルカのリトグラフである。
あの酒場で僕が、コスプレ女から押し売りされそうになったアレだ。
「よしッ! 合格ゥ!」
信者と疑われていた旦那さん、隊士の前で絵を踏み、潔白を証明した。
「残りの者も調べろッ!」
沖田さんの指示で、集合住宅の各部屋へ散っていく隊士たち、
「ポイズン君も、コレでな」
テュルミー中尉、僕にもリトグラフを手渡してきた。
僕も信者の検分をやれ、と?
恩人の命令を無下にも出来ず、絵を携えて二階へ登ると……
「ヒッ!」
彼女は僕の骨仮面に驚い……違うな。
仮面じゃない。僕が着ている思想警察の制服に驚いた女性が、慌てて何かを隠そうとした。
明らかに「自分は怪しいです!」と言わんばかりの挙動で。
「あっ!」
その若い女性の手からこぼれたのは……人形だった。
【あの】イルカの人形――それは思想警察が押収すべき御禁制品だよね?
「堪忍して下さい! これだけは! お願いします! お願いします! どうかお情けを……」
女性は髪を振り乱し、涙で僕に懇願してきたが……
「いや、でも……」
仮に僕がお目溢ししたところで、
もし、御禁制の品を他の隊士に見つかってしまったら……言い逃れもできないじゃないか。庶民と貴族では言葉が通じないんだ。
ヘタに抵抗したら、問答無用で斬られかねない! そんな奴らが近くにいるんですよ?
「お願いします! これだけは……取り上げないで下さいまし! どうか! どうか!」
どうしたらいいんだ?
そんなに手放したくないものなのか? このイルカ人形?
「ポイズンく~ん? そちらはどうだね~?」
階下のテュルミー中尉が僕に尋ねてくる!
「はい! みんな、絵を踏んでくれました! 信者はいません!」
咄嗟に僕は、そう返事した。貴族語で。
そして、僕に縋り付いていた若い女性には、
「悪いようにはしませんから、僕に任せて下さい」と耳打ちした。
思想警察の隊士には理解できない、庶民語で。
「やるな! 翻訳妖精くん!」
『おやすいごよう~よ~』
こんなにも有能な妖精さんには、後で特上枝豆をご馳走しなくては!
とりあえず信者女性から危険な人形を押収し、中尉のところへ戻ろうとしたら……
「!!!!」
――――なんでここにコスプレナースが?
「君……!」
ついさっき、酒場で会った……というか、絡まれたばっかりのコスプレイヤーが、怖い顔で僕を睨んでいた。
僕、何か悪いことしました? そんなに睨まれるようなことしました?
と涙目で抗議したくなるほどの【責める視線】を向けられているんですけど?
たった一度しか会ったことがない女の子に?
イルカ……それは嵐を呼ぶ危険生物……




