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騎神伝  作者: 一一【ニノマエ ハジメ】
試練
54/56

騙し絵の牙1

 翼邸 書斎喫煙室

 

 狭い喫煙室の中を膨大な量の書類が所狭しと乱雑に置かれる中、闘気は桜蘭学園全体の生徒・教師等関係者名簿の中から畠山厳春の名を挙げ橘に忠告する。

「「コイツには気を付けろ」ってあのおぼっちゃまに説明しても理解しないだろうからな……アンタが上手く立ち回って処理するしかないな」淡々と話しながら橘に闘気がまとめた資料を手渡し帰り支度を始める。

 手渡された資料に眼を通しながら橘は闘気を呼び止める。

「畠山様だけですか?他に危険分子は?排除すべき人物は他にもいるのでは?」橘の言葉に闘気は足を止める。

「畠山厳春の動向を探れば他の連中も芋蔓式に分かるはずだ…試しに探ってみ!少なくとも高等部はほぼ壊滅…奴が動くとしたら次は中等部!それは間違いない…

 奴の性格と畠山と北条院の関係性を考えると……、あとはアンタの方が理解しやすいんじゃねぇか?橘さん」闘気の指摘に資料をめくる手が止まる橘

「…そこまで!」驚く橘もお構いなしに自分の荷物をバッグに詰める闘気

「アンタが俺に期待したのはこういうとこだろ?違うのか?

 とりあえず急いだほうが良い!こっちが出来ることは向こうも出来る。

 それにこっちのおぼっちゃんは色々と面倒くさい上に隙が多い、それに比べて相手は抜け目なく隙を逃さない…慎重かつ素早く動かないと間に合わない上にこっちの大将は扱いが難しいときてる。

 さぁ、ここから先はアンタ次第だ!

 どうする?橘さん!」そう言って喫煙室をあとにする闘気

 

 闘気の報告に一人書斎に残り手立てを模索する橘

 

 

 

 ーー1 名門 ーー

 

 畠山家…その始まりは平安時代まで遡る。

 かつては天皇の側近くに仕え政治の中枢を担うほどの栄華を誇った公家だったが、長い歴史の中で栄枯盛衰を繰り返しつつもその血統と格式は衰えることはなかった。

 

 そして現代

 かつての公家は華族として、その影響力を経済界で発揮していた。

 

 畠山厳春はたけやまげんしゅん(18)現畠山当主の長男として生まれ将来を有望される存在

 そして翼の在学する桜蘭学園高等部の生徒会長を務める人物である。

 学園での評判は成績優秀・スポーツ万能・容姿端麗・礼儀正しく・常にリーダーシップを発揮し周囲を引っ張る存在で、規律を重んじる模範的な生徒

 生徒・教員両方からの支持も厚く、生徒会長に選出された際も満場一致の選出だった。

 

 

 ・桜蘭学園高等部 第二校舎庭園

 

 逃げ惑う一人の教員

 何度も後ろを振り返りながら木々の隙間を縫うように逃げるも、地面から土壁が突然現れ行く手を塞いだ。

 そこへ追って来た生徒が教員ににじり寄り

「逃げても無駄だと言ったはずですよ。先生!」落ち着いた様子で丁寧な言葉使いで話しかける生徒

「きっ君は、なんてことを!」土壁を背に怯える教員に対し生徒はしゃがみ込み視線を合わせて言い放つ

「尊敬する先生を買収するわけにもいきませんし、()()を見られたからには仕方ない…残念です。

 ……さようなら先生……」その後、この教員を見た者は誰もいない。

 

 

 教員が見たのは生徒が持っていたとある書類、それは桜蘭学園全校生徒の5月の出席簿

 幼等部から高等部まで全ての生徒の氏名と5月の出欠席が記録され、その中から選出された名簿の羅列には5月26日に欠席した生徒達の名前が書かれていた。

 チェック済みの生徒の多くはここ数日の間に失踪もしくは死亡した生徒達、その多くが騎神であったことが判明している。

 そしてこの情報を手に入れることができるのは一部の権限を持った生徒のみ…その中で最も高い権限を持ち、最も容易に情報を入手することのできる生徒…それが桜蘭学園高等部生徒会長である高等部三年 畠山厳春その人である。

 

 

 ・畠山屋敷

 

 某所に建つ厳かで歴史を感じさせる純和風な邸宅

 広い敷地内には見事な庭園が広がり季節ごとに彩りを変える草花や木々が植えられ、至る所に配置された灯籠や苔の生い茂る巨大な庭石の数々に趣きを感じる。

 

 そんな庭園を一望できる縁側で厳春は高等部の出席簿に目を通し、最後の生徒にチェックを入れると立ち上がり次の書類に手を伸ばす。

「高等部の掃除は終わった。次は……」厳春が次に手に取ったのは中等部の出席簿

 そしてその中で最も目立つ存在、過去の出欠を見ても一度も欠席の過去の無い皆勤だった生徒…それが何故か5月26日から一週間欠席している。このあまりにも不自然な出欠とその名前が厳春を疼かせた。

「北条院…翼!フッハハハハッ」笑う厳春は満足そうな顔で立ち上がり使用人を呼ぶ。

結城ゆうき!」「はっ!」

「次の目標を決めた。周囲を調べておけ!他は任せる。」「はっ!」使用人の結城は最小限の言葉だけで発してその場から立ち去る。その動きはまるで忍者のようだった。

 

 結城が立ち去った後一人になった厳春はまっすぐ庭園を眺めながら徐々に表情を曇らせ吐き捨てるように一言

「……妾の子が…反吐が出る」

 

 

 北条院財閥…元は先代総帥である翼の祖父北条院元治郎ほうじょういんもとじろうが戦後復興時に立ち上げた小さな会社から始まり、高度経済成長の時代に急成長して財閥の基礎を築き上げる。

 そして現在、国内随一の財閥にまで成長を遂げその経済界における影響力は千年の歴史を持つ畠山家を遥かに凌いでいた。

 

 だがそれはあくまで経済面の話、長い歴史のうねりの中で栄枯盛衰を経験してきた畠山家にとってそれは取るに足らない瑣末な事…

 ただ厳春にとって許せないことは、愛人の子でありながら御曹司と持て囃され自分より格上に扱われる翼の存在そのものだった。

 

 

 

 ーー2 情報合戦 ーー

 ・翼邸

 

 闘気からの助言を受け畠山厳春の周囲を調査する橘

 その中で判明したのはこの数ヶ月の間に厳春の下に10人のボディーガードが採用され、その仕事内容に対し不自然なほどの高額の報酬が支払われていること…もしこの10人が騎神であった場合、昨今桜蘭学園高等部に於ける生徒及び教員の行方不明事件に関わっている可能性が高く、厳春がそのターゲットを選定し指示を出している危険性がある。

 

 これらはあくまで仮説に過ぎないが、試練による影響で浮き彫りにされた騎神と予想される人物の特定とそれが容易に行える学校というシステム、何よりそこから得られる情報の全てを容易に手に入れられる立場にある厳春

 

 この全てが一つの線で繋がった瞬間、橘は行動に出る。

 

 

 

 ・畠山屋敷

 

『こっちの出来ることは向こうも出来る』闘気の見立て通り、橘が畠山家の情報を容易に得られたように結城も北条院家の情報を得ていた。

 

 翼邸に居候している海・カムイ・美樹の事はもちろん、この数ヶ月頻繁に出入りしている竜馬・闘気についても…そして橘が金で雇っているヒュウガマンの存在まで把握し、しかも現状竜馬が試練開始から所在不明の状態であり、恐らく試練に敗れ死亡したモノと考えられていた。

 

 

「なるほど…なかなかに妾の子らしいおもしろい人選だ!

 まぁほぼ全員が金目当ての乞食のようなモノだな!

 しかもこの山城とか言う男……妾の子に取り入り家業の立て直しを謀っている孝行息子といったところか!?涙ぐましいね下民の考えることというのは!」結城のまとめた資料に一通り目を通した厳春は山城工務店の収益を翼からの援助によるものだと認識し闘気については特に気にも留めなかった。

「問題はこの正体不明の騎神ヒュウガマン…わかっているのは金で雇われている事と能力が妾の子と同じ風の騎神であることのみ……それ以外の事は何も分かっていない…か!」目を通し終えた資料をぞんざいに投げ捨て冷たい表情で結城を見る厳春

「どうでもいい事ばかり詳細で肝心な情報が一切無いな!結城」跪く結城に詰め寄るとその頬を平手打ちした。

「お前に期待した俺が愚かだった。こうなった以上お前に出来る事はわかっているな!結城」結城は恐怖に脂汗を滲ませながら深々と跪き頭を垂れ部屋を後にする。

「まったく使えん男だ…まぁいい、結局は虎穴に入らずんば虎子を得ず…か」厳春は意味深に微笑み受話器を手に取る。

 

『はい、北条院でございます。』

「ああ、畠山厳春という者ですが…本日翼君の予定はいかがですか?よろしければ会食をと思ったのですが……」

『畠山財閥の畠山厳春様ですね、主人に確認次第折り返しご連絡差し上げますので少々お待ちください。』

「ええお願いします。以前から大人たちの居ない所でお話ししたいと思っていたので……()()()()()()()()()()()と、お伝えください!」

『かしこまりました。それでは失礼致します。』数分後、何も知らない翼は夕食に厳春を邸に招く、橘がそれを知らされたのは情報収集を終え警備部の石動や海と情報共有をしている最中のことだった。

 

 

 

 ーー3 会食 ーー

 

 6月8日 19時00分 

 3台の大型高級車が北条院私有地の門を抜けて行く。綺麗に舗装された山道を抜け、私有地内に点在する牧場や畑などの農場や使用人たちの居住地帯を走り抜け私有地の中心に位置する巨大な本邸を通り過ぎ、その先に建つ洋館翼邸に到着する。

 

 3台の大型車両からは総勢10名の黒服のボディーガードが先に降り周囲の安全を確認すると最後に厳春が降車する。

 それを出迎える橘は平静を装いながらもその胸中は穏やかではない。

 

 

 目の前に居るのは最警戒人物とそれを護衛する騎神と思しき10人……そして彼らを何ら疑いもせず満面の笑みで邸に招き入れる何も知らない主人

 この状況に海は張り詰めた殺気を押し殺せず、すぐさま石動に取り押さえられ下がらされる。

 そんな周囲の異常な状況も意に介さず翼は厳春との会食へ向かう。

 

 二人は経営者としてビジネス状の面識はあったが一学生としての面識はなく、最初は互いの所有する会社の経営状況について始まり、そこから徐々に学園やプライベートなどの他愛のない会話に変わり料理も前菜・スープ・魚・肉と進んでいく中、厳春は本題に入る。

 

 

「翼君!君は昨今巷を騒がせている()()についてどう思う?」この言葉に対し翼に同様は無い。なぜなら騎神の存在が公表されたこのご時世において会話の中でこの話題は必ず挙げられるものとなっていた。

「確かに一般の方達からしたら迷惑以外の何者でも無いのでしょうが、彼らには彼らなりの事情もあるのでしょうから……一概に否定することもできないのが実情ですね。」

「ふん、確かにその通り、命は平等その価値に騎神も人間も関係ない!

 確かにその通りではあるが……それはあくまで模範的な回答でしかない。」フォークを突き立てた肉にナイフを走らせながら流れるように話しを展開させていく厳春

「どういう意味ですか?」翼のナイフが一瞬止まる。

「今の回答は非常に曖昧で簡潔な答えとは言えない。

 君の気持ちは一般民衆の気持ちと騎神の気持ち、どっち側にあるんだい?俺は君個人の意見が聞きたいんだよ!」翼の目をまっすぐ見ながら切り分けた肉を口に運ぶ厳春

 その瞳は挑発的で肉を噛み締める口は微かに口角が上がる。

「僕の…気持ち……」返答に困り手が止まる翼、それを見て厳春は水を一口飲みナプキンで口を拭き切り出す。

「単刀直入に言おう!君()騎神なんだろ!」厳春の一言に一瞬にして張り詰める空気

「……も!?」一瞬にして状況を把握し警戒する翼

「ああ、俺も騎神だ!」清々しいほどあっさりと打ち明ける厳春

 

 翼の後ろには橘と複数のメイドの中に紛れる美樹、隣の部屋には石動と海そしてカムイが待機している。

 対して厳春の背後に控えるのは10人のボディーガード…その内の何人が騎神なのかは不明だが誰一人として隙がないことだけは確かだった。

 

 数秒間の沈黙の後、厳春は口を開く。

「安心してくれ、戦いに来たんじゃない」身構える翼に優しく声をかける厳春

「互いの利益のため同盟を組みたいと考えているんだ!」

 

 

 厳春の提示した内容は翼の琴線を巧みに振るわせるモノだった。

 

 1、互いの資産を投資して騎神の能力を利用したビジネス構築とその運用

 2、そこで産まれる利権をからめた騎神への印象を改善するイメージ戦略

 3、改善後の全騎神への市民権獲得とそれに伴う平和的社会の構築と騎神同士による戦闘の根絶

 4、最終的には寿命を全うしての騎神の戦いの終結を目指す。

 

 

 この提案に翼は目を輝かせ大いに賛同する。高等部で起きた数々の失踪事件のほぼ全てが厳春によるものであることも知らずに……

 

 

 この提案に翼は心の中で思い描く騎神が共生する理想の社会とそこから生まれるビジネスアイデアを語った。

 翼の口から湯水の如く溢れ出るアイデアを表面上は楽しそうに聞き入る厳春だったが、内心翼を嘲笑っていた。

 

 

 噂には聞いていたが、

 まさか…ここまでとはな……。

 所詮は妾の子…温室育ちの何も知らない愚か者ということか!その出来損ないの頭の中にあるのは理想論と夢物語だけ、自分がどれだけ愚かなことを語っているのかわかっていないらしい。やはり妾の子、器に在らずといったところか……

 

 

 途中中座した厳春は二人のボディーガードを連れトイレに向かうため長い廊下を歩く途中、一枚の小さな紙が不思議な軌道を描きながら厳春目掛けて飛んでくる。

 それを見てほくそ笑む厳春、飛んできた紙を取り一読するとポケットにしまった。

 

 

 その後会食を終え帰路につく厳春

 車内でポケットにしまった紙を取り出しそこに書かれた電話番号に電話する。

 

「なかなか古い方法で接触してくるんだな!君は!」厳春には通話相手が誰か大凡おおよその見当がついていた。開口一番の厳春の発言に返事が返ってこない。

「フフッすまない!

 だが、あんなアプローチができるのは風の騎神以外あり得ないだろう?

 北条院翼以外であの邸に居る風の騎神は君だけだ。

 分かってる。こちら側に着きたいんだろう!ヒュウガマン?」

『……報酬は?』

 

 厳春の真の目的はコレだった。

 翼に味方する騎神の中で最も強力で最も情報が少なく、翼との繋がりも薄くビジネスでしか動かないヒュウガマンを厳春側に引き込むための手段に過ぎなかった。

 

 自分が警戒されていることを予測していた厳春は、突然の会食であえて翼邸の警備を厳重にさせることで翼側の全騎神を召集させ、その警戒を自分に向けさせることで厳春自体のプレゼンを行った。

 厳春の提示した提案1で現状の資産を、提案2で出てきた利権を利用した騎神の特定とその裏に見え隠れするそこで集めた騎神の一掃作戦

 そして後半の提案3・4の目論みの甘さから見えてくる嘘

 そこまで予見するであろうヒュウガマンのみを狙った釣り上げ作戦だった。

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