仄暗い水の底から1
第30話 導かれし七人・海の続きのお話です。
6月4日 翼邸に海の姿は無い
【騎知らせ】には水の騎神による戦闘と思しき通知が入る。
水の騎神達は帰還している。それは確か…
では何故海は戻らないのか、警備のため支給された無線やスマホなどの連絡手段もあり、石動による訓練で報連相の重要性は叩き込まれていたはず…
それでも連絡が無いということは……
「すでに、、、藤堂さんは……」橘が翼へ説明するが、この時の翼は冷静さを欠いていた。
翼は聞く耳を持たず、他の使用人に車を用意するよう指示を出し河川敷へ向かおうとする。だが橘が翼の腕を掴み止める。
「無駄です。翼様は試練の厳しさをご存じなのでしょう!ご存じなのであればわかるはずです!!藤堂はもう……」主人を諌めるため腕を強く握り締める橘
翼は橘と目を合わせないまま瞳に大粒の涙を抱え出口の扉を睨み付ける。
海の死を受け入れることができない翼は無言で扉を睨み続ける。
するとその扉が開く。
扉を開けたのは小林
「翼様!お連れいたしました。」小林の言葉に希望を抱く翼、表情が少し柔らかくなる。
小林が連れてきたのは…海……ではなく、闘気だった。
目に見えて落胆する翼、そんな翼を見て美樹が口を開く。
「ニコ中、やっぱポニさんは……」弱々しい声で闘気に尋ねる美樹に闘気は頭を掻き少し考えてから答える。
「……生きてはいる。」
闘気の言葉に一気に目の輝きを取り戻す翼、顔をほころばせ闘気に尋ねる。
「生きてるんですね……よかった!よかった!!やった!やったーーーー!!!」闘気の報告に翼は喜び、美樹の手を取り喜びを分かち合う。
子供のように喜ぶ翼の姿に橘や周りの使用人達の顔もほころんだ。
周囲が笑顔に包まれる中、ただ一人表情が変わらない闘気
「問題は……生きてんのは外身だけで、中身はほぼ死んじまってるってことだ。」
「「「えっ!?」」」
ーー1 廃人 ーー
名楠町中央公園
闘気の案内でおっちゃんのプレハブへ向かう翼たち、そこで見たのは虚ろな目で力無くうなだれる海の姿だった。
「……藤堂さん、、、」名前を呼ばれ瞳孔が動く、一瞬翼を見るが表情は変わらず再び力無くうなだれる。
言葉を発することも無く、時折聞き取れないぐらいの声で譫言を呟く程度で会話もできない状態
おっちゃんが触れようと手を出すと反射的に身体を強張らせ激しく震え怯え出す。まるで殺処分前の野犬のような眼でこちらを睨みつける海。
そんな海を見て一同は言葉を失った。
「恐らく心的外傷後ストレス障害【PTSD】ってやつだ。それもかなり重度のな……試練で何があったかわからんが、ここまで来るともう元の生活に戻るのは難しいだろうな……」闘気の話を翼は聞き取れていなかった。
ただ生気を失った海を前に立ち尽くし現実を受け入れられない様子だった。そんな翼を見て闘気は橘に言う
「まぁ福利厚生の一つとして藤堂の面倒は見てくれんだろ?橘さん」橘も翼の様子を見ながら答える。
「ええ、不本意ながら短い間だったとはいえ翼様の正式なボディーガードでしたから……然るべき施設に……」「いや、コイツは俺が面倒見る」おっちゃんの言葉に驚く橘
おっちゃんは海の前に座り込み優しく微笑みながら海を見つめる。
「こんな状態になっても、コイツは自力でここまで来てくれた。コイツ自身がここに居たいと思ってくれたんだ。嬉しいじゃねぇか……こんな死に損ないの老いぼれを頼ってくれたんだ、だったら俺が面倒見てやんのが筋ってもんだろ!
ありがとな……戻ってきてくれて嬉しいよ」おっちゃんは涙を流しながら海の頭を撫でた。
力無く撫でられるまま揺れる海
そんな海を見て翼は大粒の涙を流し「よ…よろしく、お願いします。」翼はおっちゃんに深く頭を下げた。
「ぼっちゃん、コイツの初任給で飲んだ酒!美味かったよ……ありがとうな!」海は休日のたびにワンカップとつまみを手に公園を訪れていた。
ーー2 女神のさじ加減 ーー
「下賎なる雄どもよ、死に晒せ!」上空から大量の水が瀑布となって水の騎神たちに降り注ぐ。
一瞬にして切り立った岩肌に囲まれた『崖』は『滝』に名前を変え、騎神たちのいる『崖底』は『滝壺』へ変わり、降り注ぐ圧倒的水量の瀑布の直撃を受けた騎神は圧死、そこから生まれる濁流が周囲の騎神たちを呑み込んでいく。
ほとんどの騎神は滝壺の複雑な流れに呑まれ溺死、または滝口から落下する瀑布の衝撃で崩れた崖の一部が落下してきて踏み潰された。
一瞬にして死屍累々の滝壺、力無く流されていく屍の数々、僅かに生き残った水の騎神たちはただその死体を見て絶望することしかできなかった。そんな中に海はいた。
咄嗟に岩壁に突き刺した槍に掴まり瀑布に呑まれずに済んだ海
阿鼻叫喚の地獄を前に、その原因を作った上空の存在を睨みつける。
「まったく、醜い雄どもがしぶといな……ここで終われば楽に逝けたモノを、、、まぁ良い!妾のもとまで醜く這い上がって来るがいい!
この水の神 水月のもとまでな!!
ただし、そう易々と登って来れると思うなよ!」水月は合図と共に手から水の刃を飛ばし頂上の崖の一部を切り刻んで落石を落とした。
落石に対し一人の騎神が水の刃を飛ばし落石を真っ二つに切断、空中に飛び上がり割れた岩石の隙間を足場にさらに上へ飛び出す。
瀑布の隙間の岩壁を軽快に登って行く騎神は自分が一番高い場所まで登ったことを確認すると、他の騎神たちを見下ろし水月同様岩壁を斬りつけ岩を落とし妨害する。
落石は下で必死に登る一人の騎神に直撃、それを見て上の騎神は嘲笑し調子に乗って次々と岩を落とす。が、それを見ていた頂上の水月が滝口の流れを変えた。
その影響でそれまで滝壺に一直線に落ちる直瀑だった滝が岩壁をなぞる分岐瀑へ流れが変化、騎神の掴まる岩壁に一気に水が浸食し始め、何度も斬りつけられて緩んだ岩壁の一部が崩れ掴まる騎神諸共剥がれ落ちた。
焦った騎神が落ちる前に側の岩壁に飛び移ろうとした瞬間、上空の水月が強烈な鉄砲水で剥がれた巨岩の中心を撃ち抜いた。
撃ち抜かれた衝撃で巨岩は木っ端微塵に砕け散り、高速で飛び散る破片が周囲の岩壁を登る騎神たちの身体を傷つけていく。
その衝撃で落下した騎神たちは滝壺に落ち、濁流に呑まれ二度と上がってくることはなかった。
上空で漠然と様子を見る水月は、必死に滝を登る騎神達に無感情に口を開く。
「……勘違いするでない、、、妾は貴様らに試練を与えにきたわけではない。
ただ醜き雄どもを蹂躙せんがため、この場を用意したに過ぎん……「登ってみよ」とは言ったが、登らせる気など毛頭無い。
ちなみに妾の力を使うにふさわしき女達は別の空間にて待機しておる。水の奥義と固有技を身につけるにふさわしきはその者らのみでよい。貴様らに与えうるは『死』のみ、貴様らの命など所詮はその程度なのだ。」水月の偏った思想に絶望する男達、上を見上げれば水月がゴミでも見るような眼で男達を見下している。その表情に一人の騎神が怒鳴り声を上げようとするが、その瞬間高速で放たれた水で頭を貫かれ滝壺に呑まれていった。
「醜い口から騒音を撒き散らして妾の耳を汚すな!
人間はゴミを一箇所に集めて処分するだろ?妾はそれに習ってそうしたまで…貴様らが日々していることだ!
ゴミはゴミらしくしていろ!!」水月が吐き捨てるように言ったこの一言が海の中の何かを呼び起こした。
岩壁に突き刺した槍を引き抜き岩壁を蹴り上げ身体ごと宙に飛び出す海、据わりきった眼光が遥か上空の水月を捉える。
握り締める三叉槍に怒りの感情が流れ込み三叉の切先が鋭さを増す。
「翔水一擲!」石突きから放出される水の勢いで真っ直ぐ水月向け飛び上がる三叉槍
そして海は三叉槍から手を離さず握り締めたまま水月に向かって行く。だが相手は水の神、上昇する途中で水月が水の勢いを止めた。
「笑わせるな、その程度の能力で妾に届くと思ったか?ゴミが!」水圧を失い空間に取り残される海
だが、海の眼は死んでいない
宙に舞う身体を大きく捻り、全身をバネに変え水月向けて槍を投擲する。
海の放った槍は真っ直ぐ水月に向かっていく、水の能力を使わず海の全身全霊だけを乗せた槍に対し、水月に止める術はない。
一直線に進む三叉槍に一瞬驚く水月
次の瞬間三叉の刃が水月の頬を掠めていった。




