ボディーガード1
5月25日 18時20分 嬉優市内河川敷
けたたましく空に向かって吠え続ける大型犬、そしてそのリードを握り少女は天空を見上げ声を漏らす。
「何・・・アレ・・・・・!!!?」ペットの散歩中だったマナミは怪しげな色の空に開いたいくつかの巨大な裂け目に、無数の光の球が吸い込まれて行くのを見るのだった。
ーー1 美樹の日記 ーー
5月17日 今日はお皿3枚しか破らなかったってスゴくない!?
米里さん(料理長)も板場さん(料理人)にも何も言われんかったし〜ラッキー!
ここに来て一週間たつけどあたしも成長したってことなんかな〜〜〜!?
てか、ホーちゃんんちマジ卍!
一週間たってもまだ入った事ない部屋いっぱいあるし、メイドさんとかひつじ?さんとか多過ぎだし、あたしにくれた部屋とかマリんちとかとくらべもんになんないくらい広いしマジでヤバイ
初めはみんなあたしの事スゴい嫌な目で見てたみたいで、スゴい怒られてばっかだったけど・・・最近はみんななんか溜め息ついておしまいって感じでめっちゃ楽!
そーいやー最近ホーちゃんにゴハンはこぶ回数減った気がする・・・ダイエットでもしてんのかな?ホーちゃん・・・まっ、おかげでお皿運ぶ回数減って、あたしの仕事楽になっていいけどね!
そーそー今日カムカムが「あたしにって」お守りくれたー!
なんか白くて硬くて尖った物を色々デコったヤツで〜あんま映えないけど、なんかカムカムっぽくて好き〜
やっぱ好きな人からもらった物っていいよね〜〜〜・・・・・
この日、翼邸の裏山で巨大な熊の毛皮の上で焚き火にかけられた肉を貪るカムイが目撃された。
ちなみにこの日の翼邸のメイン料理は熊肉のソテーだった・・・
翼邸では短い期間に立て続けに海・カムイ・美樹と居候が増えたことに使用人の多くが不満を漏らし、邸内は常に殺気立っていた。
その不満は全て責任者である橘へ向かうが、橘は逆に使用人達に問う
「では、皆さんはあの三人が来る前の翼様に戻っていただきたいのですか?」この言葉に使用人達は一斉に口を紡ぐ。
実際、海・カムイ・美樹が邸を訪れてからというもの翼はよく笑うようになった・・・
以前までは帰宅するとすぐに書斎に籠り本を読むばかりだったが、カムイが裏山に住むようになってからは頻繁に外に出るようになり血色も良く活発になった。
美樹が邸に入る前まで使用人達との会話はほとんど無かったが、使用人の立場から見れば主人から話しかけられることはあっても、使用人から主人に話しかけることなど考えられない・・・
しかし美樹はそんなことはお構いなしに仕事中でも平気で翼と話し始め、そのおしゃべりは他の使用人達を巻き込み最終的には美樹を中心に翼の周りに多くの人の声が飛び交う賑やかな場所へ変わっていった。
その中心で楽しそうに笑う翼を見て、橘は翼が真に求めていたものがわかった気がした。そして他の使用人達もそれに薄々気付き始めていた。
その影響で使用人達の海とカムイに対する態度も徐々に柔らかくなっていった。加えて小林が海の仕事ぶりを他の使用人に報告したことで海に対する信用も少しずつだが上がり、元々のSP達とも僅かながら打ち解け始めていた。
美樹は使用人としての仕事ぶりは散々だが、翼と使用人達との距離を縮め邸の雰囲気を明るくした・・・
橘は藤村の言葉を思い出す『あなたを信じる翼様をあなたが信じなさい。』この言葉の意味を考えると、今の状況が主人にとって一番良いのかもしれないと考えるのだった。
5月18日 ヤッバ!!スゴいこと聞いちゃった!!!
ホーちゃんのママってホーちゃんの本当のママじゃないらしんスけど!!
しかももっとヤバいのが、その人ホーちゃんのこと嫌いらしい・・・
てか、それが理由でホーちゃん本邸に入れてもらえないってこと?
ありえないんスけど!!
何それ、ただの嫌がらせじゃん!マジふざけんなし
なんかムカついたからポニさん(総髪がポニーテールに見えるから)とカムカムと一緒に本邸殴り込んでやろうとか思ったけどポニさんにめっちゃ怒られた・・・
そいや、ホーちゃん今日は本邸に招かれてるって聞いたけど・・・大丈夫かな・・・ママにいじめられてないと良いけど・・・・・
ーー2 北条院家の食卓 ーー
・北条院本邸
この日、翼は本邸での食事会に招かれていた。
私有地の中心に建つ、重厚且つ煌びやかな本邸正門を潜り、手入れの行き届いた広い庭園を抜け本邸エントランスに到着した翼と橘は藤村に案内され中に入る。
案内された部屋の中心には荘厳且つ巨大なダイニングテーブルと部屋の隅に並ぶメイド達、そしてその先に座る北条院夫妻。
現・北条院財閥総帥で翼の父 北条院司(56)と、翼の継母で名門公家出身の妻 北条院瑞姫(54)
「少し早いな・・・まぁいい、始めよう」司は翼と目が合うなり懐中時計を確認するとメイドに食事の配膳を指示する。その間も瑞姫は常に翼と目を合わさず上品に席に座ったまま、時折り水を飲みながら料理を待つのみで一言も話さない・・・
翼もこの雰囲気に慣れているのかどこか冷めた表情のまま淡々と席に着くと、メイドが皿の上のナプキンを広げ翼の膝に掛ける。
橘と藤村は互いの主人の側へ向かう。
淡々と前菜を口に運ぶ翼に橘が耳打ちする。
「翼様、何か話されてはいかがですか・・・」橘の助言に翼はナイフとフォークを止め口を開く
「お父さん、今日僕がここへ招かれた理由はビジネスについてですか?それとも他の理由ですか?」翼の問いに司は食事の手を止めることなく答える。
「息子と食事をするのに理由が必要か?
単に珍しく時間ができたから招いたまでだ。それとも迷惑だったか・・・」前菜を咀嚼しながら翼を見る司、その隣で一言も話さずゆっくりと前菜を味わう瑞姫
「そんなことより学業の方はどうなんだ?北条院の名を傘に学業を疎かにしてはいないだろうな・・・」
「北条院の名があるために学園が退屈であることは確かですが・・・勉学を怠ってはいません。」翼の皮肉を交えた返しに司は二品目のスープを味わいながら「なら良い・・・」と食事を続ける。
冷めた親子のやりとりが続く中、コースはメインの肉料理に・・・そこで司はステーキを切りながら翼に訊ねる
「新しい友人とはどうなんだ?庶民と親しくする事は悪いことではないが、あまりいい噂を聞かんのでな・・・」司の質問に翼は口の中の肉を強く噛み締め、呑み込んでから冷静に答える。
「確かに彼らは庶民です。そして騎神です。ですが、これまで出会った教師・学友の誰よりも彼らから学ぶことは多い。
そんな方達と食べる食事はここで食べる食事の何倍も美味しいですよ。」父親に対し挑戦的な目で言い放ち、切り取った肉を口に運ぶ
「友人はよく考えて選ぶことだな・・・ビジネスの世界で裏切りは日常茶飯事、それは騎神の世界でも同じはず、何かが起こってからでは遅いのだ十分気を付けろ。
念のためお前の邸に民間組織から雇った特殊部隊を配置し24時間態勢で騎神たちを監視させてある。」
「何を勝手なっ・・・」翼が激昂して立ち上がった瞬間、グラスをスプーンで叩く甲高い音が響く。
それは継母・瑞姫が鳴らしたものだった。
「私はもう結構、先に部屋に戻ります。デザートは後で私の部屋に持ってきてちょうだい。
父子喧嘩に私は邪魔者ですから・・・」瑞姫は口元をナプキンで拭い席を立つ
「それと翼さん、頭が冷えたら私の部屋へいらして下さい。
お伝えしたいことがあるの・・・」瑞姫の冷たい視線に少し怯えながら翼は「はい」とだけ答え、瑞姫は退室した。
「お父さん、今すぐ監視を止め特殊部隊を解散させてください!騎神相手にそんなことをすれば隊員の方達がどうなることか・・・」翼の意外な指摘に司は困惑する。
「なんだと?お前は騎神達ではなく部隊の心配をしているのか!?」
「当然です。中でも藤堂さんの仕事は僕の警護です・・・邸で部外者を発見し次第恐らく行動に・・・」そこへ携帯の着信音が鳴り響き橘に連絡が入る。
「・・・翼様!藤堂さんが隊員らしき人物を発見、取り押さえる際乱闘になり2階の窓ガラスを突き破って地面に落ちたそうです。」橘の報告に翼は落胆、「遅かった・・・」と声を漏らす。
「隊員を・・・殺したのか?」司の質問に橘は携帯越しに報告を受け答える。
「いえ、あくまで藤堂さんは騎神化せず隊員に素手で立ち向かっているようです。」
「お父さん!撤退の指示を出してください!藤堂さんは騎神以外の相手に騎神の力を使うことはありません!!ですが、カムイくんと彩名さんはそうは・・・」
「翼様!!彩名さんが騎神化!隊員に向かって・・・」
「お父さん!!!」息子の怒声に司は悔しそうにメイドに指示を出す。
「クッ、撤退の指示を出せ!」司の一声でメイド達は急いで部隊に連絡し撤退命令を出す。
「橘さん!隊員の方は・・・」
「・・・ご安心を、藤堂さんが彩名さんを止めたそうです。隊員に怪我は無し、撤退命令を受け解散したそうです。」報告を聞きホッと胸を撫で下ろす翼、そしてすぐさま父親に鋭い視線を向け言い放つ
「お父さん、いえ総帥!これ以上騎神についての詮索はお控えください・・・何かが起きてからでは遅いんです!」翼は騎神化した姿を父に見せた。
その姿を初めて見た司は言葉を失い、息子が騎神であることを実感するのだった。
そしてこの先起こり得る受け止め難い未来を嘆き、無言のまま後悔を噛み締めるように瞳を閉じた。
そんな父親を尻目に騎神化を解き継母の部屋へ向かう翼
そんな翼を憂いをおびた表情で見送る橘
翼の継母である瑞姫は非常に気難しい人物で、使用人の中でも取り分け信用できる者以外瑞姫の周囲に近付くことさえも許されない程である。
取り分け瑞姫の居室は使用人の中でもメイド長である藤村加代(73)以外の入室を許さず、その内部は謎に包まれている・・・
当然翼の執事である橘の入室は許されず、橘は翼が瑞姫に何を言われるのか不安で仕方なかった。
そこへ唯一入室を許可されているメイド長が二人分のデザートを持って現れる。
橘はすぐさまメイド長に話を聞こうとしたが、それを察したメイド長は優しく微笑み「大丈夫ですよ橘さん、ご心配無く・・・」そう言って瑞姫の居室へ入って行った。
ーー3 母 ーー
翼様がこの北条院邸に来られたのは今から十年前・・・フランスの片田舎から親元から離される形で連れてこられました。
しかし幼い翼様は、すでにご自身の役割を理解していたのか一切不満を漏らすことなく、穏やかにすくすくと成長されました。
今となっては自社の社員はもちろん邸の使用人の全てが翼様を敬い日々を共に過ごすことに喜びすら感じている・・・それはメイド長である私が日常の中で見聞きする皆の言葉や表情から読み取れる程・・・
そして、それは奥様も・・・・・
瑞姫の居室の扉を開くとそこには恥ずかしそうな表情を浮かべる翼と、翼を抱きしめる幸せそうな瑞姫の姿があった。
「奥様〜、翼様ももうお子様では無いのですからそのようなスキンシップをいつまでもされては翼様もご迷惑ですよ〜」加代は運んできたデザートの準備をしながら瑞姫を注意する。
「良いでは無いですか、翼さんがこうして本邸にいらっしゃることなんて滅多に無いのですから・・・」瑞姫は翼の顔をまじまじと見つめ恍惚とする。
「本当に美しい・・・はぁ〜・・・」自分に見惚れる継母に苦笑いを浮かべつつ、決して拒否はしない翼
奥様は外では厳格な自分を演じていらっしゃいますが・・・実際は極度の人見知りなだけで、決して他人を嫌っているわけでは無く、心を開かれるまでに非常に時間がかかるだけなのです。
でもそんな奥様の心を翼様はいとも簡単に開かせました。
十年前、旦那様との子供を諦め鬱ぎ込み気味だった奥様は、翼様と出会ったことで元気を取り戻された。
元々強く子供を求められていた奥様にとって幼い翼様は理想的な存在でした。
美しく麗しいお姿と無邪気で優しい性格は奥様が求めていたものそのものだったのです。
ですが奥様の性格上、周囲の目を気にして翼様への愛情を表に出すことが出来なかった・・・さらには北条院の仕来りにより翼様は専用の別邸で育てられることになり、奥様は愛情のやり場を失われた。
故に翼様が本邸に上がる時は必ずご自分の居室に招き、ありったけの愛情で翼様を迎えられるようになりました・・・奥様の性格をよくご存知の翼様も奥様に配慮して、ここ以外の場所では奥様と距離を取り、奥様の本心を他の使用人に悟られないようにしているのです。
瑞姫は翼との長いスキンシップを終えると一通の手紙を翼に手渡した。
「翼さん、先日の渡仏の際実母から手紙を預かってきましたよ。」手渡された手紙に翼は一瞬固まるが、すぐにその手紙をテーブルに置いた。
「これは帰ってから読みます。今は継母とお話ししたいですから・・・デザートを頂きましょう。」そう言って席に付く翼、そんな翼の気遣いに瑞姫は「翼さんらしいわね・・・」と小さなテーブルを囲んでデザートを楽しそうに食べる二人を見て、邪魔しないように部屋を出て行く加代だった・・・




