7. 炎
5日程過ぎた。
遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声で目を覚ます。コケコッコーという聞き覚えのある声も混じっている。どこかで鶏でも飼っているのだろうか。毎朝カマオが革袋の中から黒い小石を渡してくる。何に使えるかわからないが、受け取って小屋の片隅に積んでおく。誰かが持っていってしまわないか少し不安だったが杞憂だった。
起きてまずすることは沢から水を汲んでくる事だった。作業を言い渡された時に渋い顔をしてしまったが、食事を作るためだと分かると吊り上がった眉毛も下がる。汲んでくる間にカマオが囲炉裏に火を入れる。ウツメとツチオはどこからか食料を調達してくる。食事作りには参加させてもらえないので、準備が整うまでの間はそのへんをフラフラしている。散策中、背後から視線を感じるが気にしたら負けだ。
準備が整い食事を始める頃には陽は完全に山の上に登っていた。朝は割と豪華だ。日によって内容は異なるが肉か魚が出るのは朝だけだった。山菜の漬物に焼き魚か何かの肉を焼いたもの。魚に山椒のようなものをふりかけて食べたりもするようで、一度試したが苦く辛くて二度とやるものかと心に誓う。朝食といえば味噌汁が欲しいところだが、そもそも味噌はあるのだろうか。それぞれ器によそい、5人揃ったところで食べ始める。箸は使わなかった。木製のスプーンを使って穀物の煮込みを食べ、それ以外のものは手づかみだ。一度二本の枝を使った食べ方を実践したが、皆は上手く使えないせいか苦い顔をされてからや止めた。郷に入っては郷に従えだ。食べ終わった器は瓶の中の水を使って洗い流す。思うところはあったが口には出さない。
食後の休憩後、いよいよ業務開始となる。昼までは瓶への水くみ作業を行い、午後はツチメにバトンタッチ。夜までの時間は効率アップの為の研究の時間に当てる。
はじめ、木の板を組み合わせた結桶を作ろうと思ったのだが、そもそも板を作るための道具がない。鉋のようなものがあると捗るが、金属製の道具を見たことがない。同様に鑿のようなものも期待はできない。村の誰かは持っているかもしれないが、誰になんて聞けば貸してもらえるのかわからない。試しに昼食を持ってきてくれるお姉さんに「カンナかノミ貸して」と言ってみたが変な顔をされてしまった。となれば、今使っている桶の直径より太い木から中身をくり抜いて作るしかない。
業務終了後、カマオに身振り手振りでどこかに太い木が無いか尋ねるが、そんなものは無いとの冷たい返事。それもそうか。このあたりに生えている木はそこまで太い木は無い。杉の木なんてめったに見かけないし、それほど高く太く育っているものもない。ならば木製を諦め土器でなんとかできないかと情報を収集する。ウツメが作業している小屋に大小いくつかのツボがあったので、適度な大きさと容量が確保できるものを探す。結果として惨敗。容量が大きいものは重く、さらに水を入れた状態のものを運ぶのは現実的ではなかった。効率が悪いとはいえ、使い続けているのには意味があったのか。
その旨をカマオに伝えたところ表情一つ変えなかった。こうなることが分かっていたのだろうか。誰かの小さな笑い声が横から聞こえてくるが無視する。現代の知識を持って過去で無双するような話を見たことはあるが、よほど都合が良くなければそんなの無理だ。最低限の環境や道具が揃っていないと何もすることができない。漫画や小説のようにはいかない。そういや、漫画ってなんだっけ?
気付けばウツメの作る器は数が増え、あちらこちらで生地の乾燥が始まっている。天日で干している所を見て、雨が降ったら大惨事だなと思う。まず、梅雨の時期にこの作業は無理だろう。そういえば、この窯に呼ばれたのも雨季が終わったあたりだった。土器つくりに詳しくはないが、この後絵付けや釉薬塗りとかの作業が待っているのだろうか。手伝いをしている土組2人の顔もあちこち土が付いている。カマオはどこからか大量の薪を集めており、窯の脇には大量の乾燥した木が積まれている。
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さらに数日経つ。
生地の乾燥は無事終わった様子。一度軽く火入れを終えた窯の中にた器を並べていく。窯の中は階段状に石を積み上げた細長いトンネルのようになっており、中央部分に器を並べる。この作業は小回りがきく体の小さな3人の仕事となった。地味に大変な作業で、置き終わるまでに一日かかった。
翌日、焼入れ口と煙の排出口以外を完全に塞ぐ。トンネルの下側の穴の部分に薪を組み上げ火を付ける。徐々に火が広がっていき、上の排出部分から煙が出てくる。このまま4~5日間火が消えないように交代で薪をくべ続ける事になる。陣頭指揮をするのはカマオ。火の番は土組2人と自分の担当だ。ウツメは食事や身の回りの世話をしてくれている。
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ツチオと火の番をしていた夜、ボツボツと会話をすることになった。
はじめ、自分の事を村の皆は妖怪か何かと思い、村に入れないように石を投げて追い払おうとした事。そもそも、その日は村で葬儀があった日で、篝火は死者を送るためのものだった。葬儀の日の夜にやってくるものは不吉なもので、追い払らわねばならないと誰かが言った。
薪を投げ込みながら話を続ける。
頭に石をぶつけたのはカマオで、動かなくなった自分を見て恐ろしくなり村に逃げ戻った。次の日になりカタメを見つけた誰かが、まだ生きている事と妖怪ではなかったとの話をした。村の皆も申し訳なくは思ったが、正体がわからないので村の隅の家で様子を見ることにした。面倒を見ることに名乗りを上げたのはカマオで、窯の役のみんなで世話をすることになった。器作りの前の時期で比較的手が空いていたのも理由の一つだった。
炎の明かりが二人を照らしている。
死んだのはツチオを生んだ女の親で、数日前から体調がおかしかった。うわ言のようにしきりに何かを口にしており、村の皆も不気味に思っていた。初めてカタメと会った時、片目が潰れていたのを見て、実は妖怪だったのではないかと怪しんだ。親が死んだのはカタメのせいではないかと、心のどこかで思っていた事。
ただ、ここ数日を見てきて、今は普通の子供だど思っている。そんな懺悔を聞かされた。
前半はともかく、後半は返答に困った。
「カタメ、これからよろしくな」
よくわからないが、ツチオから信頼を得たと考えていいのだろうか。今までの会話の流れを考えると、心の距離が近づいた事は確かなのだろう。けれど自分はそうでもない。勝手に誤解され、勝手に信頼されたと言われても「はぁ?」としか言いようがない。今のいままで、同じ業務を行っている同僚のようなつもりではいたが、友人として接したつもりはない。村の皆に石を投げられ死にかけたのもトラウマになりそうだし。
簡単に人を信じる事はできない。我ながらひどいとは思うけれど、人間はそう簡単には変わることはできない。そもそも人を信じられないという原因は・・・原因?・・・何が原因だったか?ポンと、ムサイおっさんの姿が頭に浮かんだが、あの人はまだ自分を殺そうとは思ってなかったと思う。
そもそも、自分は昔何をしていたんだろう。よく思い出せない。空を見上げる。満点の星空の中、このままここに居て良いのだろうかと、心の中でつぶやいた。
ツチオ君はカタメより2歳位年上ですが、母親がすごい人だったので他の子より優遇されて育ちました。すこし人に甘い所があったりなかったり。




