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5. 窯

季節は夏を迎えた。

空高く飛ぶ鳥の声、あちこちの木々から蝉の声も聞こえる。陽の光は眩しく、ひきこもりの体には刺激が強く感じる。それでも村は川沿いにあるせいか気温は高く感じない。日陰にいれば熱射病で倒れることはないだろう。


太陽の位置から大体の方角がわかる。

村は南東の山の麓ににあり、周囲は鬱蒼(うっそう)とした森が広がっている。村への出入り口は北と西。村の西には先日歩いた川があり、北はどこかへと道が続いている。ここから遠くを見渡すことはできないが、辛うじて山の切れ間の先に頂上付近が冠雪している山並みが見えた。ちなみに今まで住んでいた家は北の出入り口の側にあった。見張り小屋か何かだったのだろうか。


---


男に連れられて東、山の方へと向う。

しばらく歩くと森を切り開いたような場所へとたどり着く。奥には土の斜面があり所々ボコボコと膨らんでいた。その手前には住んでいた家よりも大きな建物が2つあり時折人が出入りしている。地面には陶器の破片のようなものが散らばっており、気を付けなければ踏んで怪我をしてしまいそうだ。


男が声をかけると建物の中から1人の男と2人の女が出てくる。若い。年上でもまだ10代後半という所ではないか。全員が揃い男が説明をする。ここは器を作る所、つまり(かまど)というやつで、男はそこのリーダーをしているらしい。


作業場のメンバーは次の5人。


世話をしてくれた男は窯全体のリーダーで、名を「竈の男(カマドノオノコ)」といい「カマオ」と呼ぶのだそうだ。ふと、二丁目あたりにいそうな方々と車の名前が頭に浮かぶ。いや、車の名前はちょっと違うか。メンバーの中で一番背が高くて手足が長いので全体的に細く感じるが、力はこの中で一番強いらしい。


サブリーダーで器作り担当をしている背の高い方の女の名前は「器の女(ウツワノメ)」で「ウツメ」と呼ぶ。年はカマオと同じ位で、初めて目を覚ました時に目にした女だ。髪は長く後ろで一本に束ねていいて、全体的に線が細く色素が薄い印象を受ける。


小柄な方の男の名は「土の男(ツチノオノコ)」で呼び名は「ツチオ」。日本人でもいそうな呼び名だ。背は小さいがそれでも自分よりは高く、おおよそ150cmという所だろうか。ガッシリとした体型だが手足が短い。体毛は濃く髪はボサボサで眉毛は濃い。


一番背の低い女の名は「土の女(ツチノメ)」で呼び名は「ツチメ」。背は自分と同じ位でツチオより10cm程度低い位か。ボサボサだが髪は短く切り揃えてあり、辛うじてショートカットと呼べなくもない。服の下はズボンではなく膝丈のスカートのような衣装。


全員が同じ草で編んだような首飾りをしている。

・・・どうでもいいが、この村の人間はネーミングセンスが悪い。


そして自分「片目(カタメ)の子」。

薄汚れた衣服を着ており、ボサボサで顔の半分も隠れてしまう長さの髪。


---


挨拶が終わり頭を下げるも中々頭が上げる事ができない。皆が自分を見る目に冷ややかなものを感じたためだ。何かを疑うような訝しむような、禍々しいオーラを纏っているように感じてしまう。仕方がないとは頭ではわかる。余所者がいきなりやってきて暖かく歓迎されることなんてある訳がない。信用というものは徐々に積み上げていくものだ。ただ、正直この視線には耐えられそうにない。記憶には無いトラウマが蘇りそうな予感がする。不貞腐れてこそいたが、わずかに温かみを感じた囲炉裏の子の目が恋しい。できればあの家に帰って引きこもりたい。


そんな不穏な空気を感じたのか、ツチメが自分の手を引いてどこか連れ出す。建物の中でもなく窯の前でもない。木々が伐採された跡が残る広場を抜け森の中へ。離れたところで文句でも言われるのかと最初はそう考えていた。少しして突然手を離される。周りは誰もいない、体育館の裏で無いことは確かだがここはどこだろうと俯いたまま立ち尽くしているとバシャバシャと水の音。何が起こっ・・・たかと思った途端、全身に衝撃。ずぶ濡れとなってしまう。


「汚い」


ひどい一言に全身が凍る。

ツチメは木で彫った小さな桶のようなものでチョロチョロと流れている沢の水をすくい、自分めがけてぶっ掛けてくる。2度3度と繰り返したあと、もう一度水をすくった桶ごとやってくる。頭から少しずつ水をかけられワシワシと全身を揉まれる。夏の日差しとはいえ、森の中でずぶ濡れとなれば体も冷える。


「カタメの仕事、水を運ぶ。ここから小屋まで。わかったか」


わかったともわからないとも言えない、そう思いながら俯いていた顔を上げる。怒り狂った顔を想像していたが、ツチメの表情はどことなく興奮しているようにも見えた。水運び、と言ったか。どこまで自分の事情を知っているのかは定かではないが、弱った体でも単純作業なら可能かと考えたのだろうか。ただ、どんな道具を使ってどの小屋のどこまで運べばいいのだろう。量はどのくらい必要なのか。疑問点が頭の中でぐるぐる回る。


「・・・疑問。どのくらい必要か?」

「たくさん!」

「・・・どうやって運ぶ?」

「たくさん歩く!」


この子頭が悪いのかもしれない。改めてツチメを見るとドヤ顔をしているように見える。これは話をしても無駄なタイプだ。自分の意見が正しく、それ以外に正解はないと考えているのだろう。もしくは教えられた事以外は考えるのを放棄しているのかもしれない。


「・・・わかった」


ひとまずツチメから桶を受け取り沢にから水を掬う。1リットルにも満たない水をこぼさないように運ぶ。窯まで戻り小屋の一つに入ると入り口のすぐ横に大きな(かめ)があった。ツチメは指を刺し中へ注ぐようにと指示、黙ってそれに従う。見れば既に入っていた分を含めても半分位。いっぱいになるにはなん往復必要なのかと暗い気持ちになる。


小屋の奥からはウツメとツチオがこちらを覗いていた。横には木彫りの大きめなタライのようなものがあり、その中に器の元になるであろう大量の土が盛られている。ウツメは丸い作業台のようなものの上で紐のようなものを作っていて、ツチオは土と水を足でこねているようだ。さらに部屋の片側を見渡すと、細長かったりずんぐり丸い形のツボが並べられている。よく見れば皿のようなものも。どれも灰色がかった色をしている。土器、というより須恵器に近い色合い。


そんな一つだけ他と比べ異様な形のツボがあった。黄土色したツボで表面にグネグネとした模様があり縁はギザギサしている。どこかで見たような気もするが思い出せない。むしろ作った事があるような気がしないでもない。記憶の中に何かヒントがないか探っていると、いきなり耳を引っ張り上げられる。


「カタメ、次。急ぐ」


ツチメの一言と共に小屋を追い出されてしまった。まぁいいと、軽くなった桶を振り回しながら沢までの道を歩く。やりがいの無い仕事だがリハビリには丁度いい。


振門体ふるもんてぃ「カマオだって? 変な名前」

嘉緒翠かおす「ツチオとかありえねぇぇ」

星影夢ぽえむ「・・・ツチメ。ププッ」


一同「お前らに言われたくない」

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