4. 片目
目を覚ます。
以前のおかしな感覚とは違い今度は指先まで体の感覚がある。右目に軽い痛みと違和感を感じる。どうやら片目を失ったようだ。体を見るとあちこちに包帯が巻かれており、所々血が滲んでいる。体を起こそうにも力が入らない。
しばらくもがいた後、諦めて周りを見渡すことにする。家は直径3~4m程の円錐状になっており屋根は草で作られている。家の中央には囲炉裏がありパチパチと何かを燃やす音が聞こえる。外からは雨音が聞こえてきた。家の中には自分の他に黒い服を着た小さな子供がおり、囲炉裏の反対側に座り居眠りをしている。枕元には椀がおいてあり中には水が入っている。その横に黒い小石がいくつか置いてある。何に使うのか。
子供に声をかけたいが、またも声が出ない。意識を失う前声が出ていたと思ったのだが、あれは気のせいだったのだろうか。腹に力を込め無理やり発声を試す。3度目にしてようやく弱々しい呻き声を発することができた。軽くビクつき目を覚ます子供、目が合う。途端外に逃げ出してしまう。自分はそんなに怖い顔をしていたのだろうか?
ともかく命だけは助かったのか。
ややあって、外から2人の大人の男女が入ってくる。男の方は草色の上衣にクリーム色の下衣、首元には植物で作ったような首飾りをしている。髪の長さは不揃いで、面倒だから適当に切ったかのような印象を受ける。女の方は上下ともにクリーム色の服、男と同じ首飾りをしている。髪は後ろで纏めてあり、男と違い綺麗に整えてあるようだ。先程の子供の親だろうか?
男の方が自分に近づく。近くで見ると思っていたよりは若い。日本だったら20歳前といった所だろうか。真剣な顔で包帯で巻かれた手足を確認すると、表情を変えずに問いかけてくる。
「アヤカシか?」
どうやら妖怪か何かと思われていたようだ。表情筋がどれだけ動くかわからないが苦笑の表情をし、声が出ないので首を横に振り否定の意思表示をする。
「話、出来るか?」
これも否定する。そう言えばまともに話をした記憶がない。他人との意思疎通はどうやっていたのか思い出すことができない。
「寝ろ」
短い会話、というより尋問か・・・が終わると2人は出ていってしまった。出ていく前に水を飲ませてほしかったがやむを得まい。言われた通りに眠りにつく事にする。
---
また数日が経ち、その間何度か目が覚めた。その度に囲炉裏の子供が飛び出していき、大人を呼んでくるという事を繰り返した。
---
さらに数日が経過し、どうにか一人で食事を取れるまで回復した。すっかり筋肉が落ちてしまったため、リハビリも兼ねて外を歩きたかったが許可されなかった。毎朝やってくる父らしき大人が「ダメだ」と言って家の外に出してくれなかったのだ。仕方がないので寝床の上で念入りにストレッチと筋トレを行う。
そういえば、この家にある囲炉裏で調理をすることは無いようだ。毎日火を起こしているが、何かを作っていた所を見たことがない。食事は1日2回、家の外から運ばれてくる。運んで来るのはいつもの子供。この子には排泄物の世話もしてもらっている。頭が上がらない。
---
ある時、発声練習も兼ねて子供に話しかけてみた。
「・・・こんにちわ」
声、出た。
かなり掠れたが、なんとか発音は出来たと思う。ただし返事がない。
「・・お名前は?」
これも返事がない。話しかけてはいけなかったのだろうか?
ペコリと頭を下げてみる。するとペコリと頭を下げ返してくれる。右手を振ってみる。左手で振り替えしてくれる。止める。止まる。行動に対する返答があると嬉しいものだ。今度は左手を振ってみれば右手で振り替えしてくれる。両手を激しく振ったあと急に止めてみた。止めるタイミングがずれた事に怒ったのか、眉間にシワが寄った。楽しい。
そんなささやかな交流は外出を許可されるまで続いた。友好的に接したつもりだったのだけれども、打ち解けてくれただろうか。。
---
外出の許可は体調の良し悪しとはあまり関係がなく、雨ばかりの時期(梅雨か?)で危険だったからか。いや、体調が悪いからこそ雨空の下に出さないように気遣ってくれたのかもしれない。いずれにせよ、気温が上がり蝉の声がうるさくなってきた頃になって、父親らしき大人が家の外に連れ出してくれた。空が高く青かった。
お世話になった所はどのような家並みになっているのか気になる所ではあったが、なんとここは村の中ではなかった。先日篝火が見えた所から100mは離れた所にある一軒家で、高台の上にある村と比べ低い場所に建てられていた。考えてみれば、いきなりやってきたよそ者に村の中心地に住まわせるわけはない。同様に、食料の備蓄場所から最も離れた所に置くのも当然か。
「話、できるか?」
真面目な顔で尋ねられる。声こそ平坦だが、表情を見る限り怒っているわけではないようだ。杖代わりの太い棒を突きつつ返事をする。
「・・・できます。助かりました。いつかお礼をします」
ペコリと頭を下げる。
「礼はこれから返してもらう」
父親らしき男は手にした革袋を持ち上げる。この袋の中には、毎朝この男がやってくる度に置いていった黒い小石が入っている。今まで世話してきたのはボランティアではなかったんだぞと言いたいのだろう。小さく頷く。行くところもない自分にとって、拒否権はないだろう。
「・・・お子さんにもお礼がしたい」
返答にしばしの間が開く。
「ワコではない。礼もいらん」
上手く会話が噛み合わず質疑応答が続いたが、結果あの子はこの男の実の子供ではないようだ。ちなみに「ワコ」とは「我が子」で自分の子という意味。
それならば一度だけ姿を見せた女の人の子供かと聞いても違うと答える。夫婦じゃないのか?という疑問をぶつけても、逆に夫婦とは何かと聞かれてしまった。番いという概念が無いようだ。おそろいの首飾りについて聞いてみたが、ここに住んでいる人ならみんな同じものを付けているとのこと。そういえば、あの子は首飾りをしていなかった。
「・・・あの子は、誰の子なのか?」
「ワコではない」
この「ワコ」は「我々の子」で私達の子という意味。私と私達が同じ発音で、前後の文脈から判断する必要がある。捨て子、だったのだろうか。捨て子の家によそ者を住まわせる。合理的といえば合理的か。すると、自分が来るまでは一人でここに住んでいたということか。
「・・・名前を知りたい」
「・・・ない」
衝撃を受ける。
「ナはなんと呼ぶか?」
この「ナ」は「汝」という意味。あなたの名前はなんですか?という質問だ。困った。自分がなんと呼ばれていたか分からない。こんなところまであの子と同じだったとは。
「我は汝を片目の子と呼ぶ」
いつの間にか自分の名前はカタメとなっていたらしい。
「カタメ、来い」
面倒な会話は打ち切りだと言わんばかりに男は歩き出した。




