31. 交錯
翌日。曇り。風は穏やか。
河原ではお供の方々が出航の準備をしている。どこぞの誰かが特攻してしまったため、1艘分の荷物をお供の方々が一生懸命積みなおしていた。そのほとんどが酒なのではないかと思わなくもない。村人たちも「置いてけ」と下心満載で話をするが、お供達は「これ無くば我々の命が危うい」と苦笑いする。まったく、ここはどこの置いてけ堀か。
しばらくして出航の準備が終わる。見送る大人たちの中に混ざる子供たちの姿。自分の左隣にはツチメ右隣にはツチオ。そこに船からお供の一人が近づいてくる。土手の上からその姿を見下ろしていると、彼は自分の前3mの所で立ち止まる。一度村人たちに目線を送った後あらためて自分を直視する。
「童、行くか」
酔った勢いの話とばかり思っていたが、本当に連れていくつもりだったのか。自分一人を連れて行って何をさせるつもりなのか。自分は英雄でも賢者でもない、片目が見えないだけでどこにでもいる普通の・・・普通ではないか。お供を含めアベやタケルの一族は、片目の子供に何か特別なものを感じているのは確かだろう。だが、自分は戦場で役に立てるとは思えない。何を求めてい
「未だ歌を聞いていない」
る・・・のか分かった。なんだそれ。右肩を落としコケそうになる。どうやら冗談だったらしくお供の人は声を出して笑い出す。苦笑いをする自分に急に真顔になった彼は真剣な顔をして口を開く。
「若を止める役を頼む」
それこそなんだそれ。あの猪をどうやって止めればいいのか。引きつった笑いに移行した自分に「若は童と居ると大人しい」と言い出す。どこが大人しかったのか甚だ疑問に思うが、お供の人がこうまで言うのであればそうなのだろう。普段はどれだけ暴れているのかと考えると同情しなくもないが、自分に出来る事は何もない。断ろう。
「カタメが行くなら、我も行く」
一歩前へ進み出たツチメが、胸を張り元気いっぱいの声で高らかに言い放つ。この子何を言い出すのか。
「カタメ、来い」
自分の左腕を掴むと力強く歩を進める。慌てるのは自分と周りの大人たちで、一瞬戸惑った顔をするもニヤリと笑うお供の人。しかし、空気を読まないこの子は「カタメには自分が必要だ」とか「タケルには言いたい事がある」とか「アレに負けるのは嫌だ」と訳の分からない事を言いながら騒ぎ出し手が付けられない。結局、大人たちはカマオが同行する事で手打ちとし、ニマニマ笑うツチメと自分は船へと乗り込む事になった。
自分の意志はそこになかった。ただ1点、囲炉裏の子の家から逃げ出した男の事が気になっていた事は確か。北の果ての人々は話ができない訳ではないため和解の可能性はあり、無条件でタケルを突撃させるのは悪手だし無慈悲だと思える。タケルは何故か自分の話を聞いてくれるので、あの男を止めてくれという願いは的外れではないかもしれない。でもそんな事できるだろうか、いやどうか。そんな事を考えているうちに船は出発した。
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船には4本のオールが備え付けられていた。お供達は左右に2人ずつ並んで座り、船長らしきお供の指示でタイミングよく水を掻き出す。自分とツチメは1艘目カマオは2艘目に分乗しており、船長の隣に座ってその姿を眺めている。筏と比べるのも申し訳ないがとにかく早い。今までは川の村へ行くのにおおよそ半日かかっていたが、この船だと2時間程で着いてしまうのではないだろうか。
横目でツチメの姿を覗いてみる。薄く目を開き、時折そよぐ風を受け気持ちよさそうにしている。もうすこし目の前の男たちに感謝の気持ちを注いだらどうかと思わなくもない。だが自分も同じような気分でいたため、下手に機嫌を損なうような事を口にはしない。
川辺を歩く人に手を振り、合流してくる幾つかの支流を通り過ぎ、あれよあれよという間に船は川の村にある河原へと辿り着いた。
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川の村は以前よりも人の数が少なく寂しい雰囲気を醸し出している。不思議に思ったのは武器を携えている人を見かけなかった事か。どこかに作戦本部があり連日ミーティングが行われていたかと思ったのだが、そのような集まりはどこにも見当たらなかった。
ひとまず以前アベがお茶を飲んでいた家へと向かったのだがもぬけの殻。近所の住人に話を聞けば、北に向かったまま帰ってこないと微笑みながら答えてくれた。一同拍子が抜ける。確かに人こそ少ないが村人達の表情は曇っていない。アベが向かった戦場はここから離れた場所なのだろう。ならばアベたちはどこに向かったのかと聞いて回るもはっきりとした返答は帰ってこなかった。代わりによく耳にしたのが大男の話。突然現れたと思ったら大笑いしながら村中を徘徊し、また船にのってどこかに行ってしまったそうだ。これにお供の方々は天を仰いだり頭を抱えたり苦笑いしたりと十人十色のリアクションを見せてくれた。
そう言えばアベの船もあったはずと以前見かけた河原へ駆けつけると、立派な船はそのまま残っている。あの親子はこの村で感動の再開を果たしたわけではなく行き違ってしまったのだと確信する。幸いタケル達が向かった先は、この村の前で合流するもう一つの川の上流だと河原で作業していた人々から証言が聞けた。あっちに向むかって凄い速さで笑い声と共に消えていったとの話に、自分まで少し頭が痛くなってくる。
村中を駆け巡り人々から話を聞きどうにか掴んだのはアベの情報だった。アベの所から帰って来た男が自分の村に帰ろうとする直前に捕まえることに成功。男は3日前に北の果てから歩いて戻り、今朝この村に辿り着いたのだそうだ。男が指さす先は以前にも見た冠雪の残る北の山の麓だった。
お供達の話し合いが行われる。タケルを迎えに行くべきか、いや若ならどうにでもなるからアベの居る戦場へと向かうべきだ、そもそも若はどこまで行ってしまったのか分からないと中々話が纏まらない。ツチメと2人あくびをしながら結果を待つもこの日は結論が出なかった。話は明日へと持ち越し、人数も多いので適当に分かれて宿泊し明日河原に集合と決まり解散。川の村の3人はアベが住んでいた家に泊まることになった。
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夜になる。外は月明りも弱く薄暗い。
川の村の3人で以前アベと神の話をした場所まで歩きそれぞれ腰を下ろす。目の前で大きな川が合流しており、その中心は大きな池のようにも見える。何かを話そうとするも言葉が見つからないのか、ツチオは頭に手を置いたまま動かない。やがて意を決したようにツチメと向かい合い口を開く。
「カタメをどうするつもりか?」
自分としても興味がある話題だった。ツチメはきょとんとした顔で答える。
「共に居る」
それは自分も分かっている。知りたかったのは、強引に手を引き戦が行われているかもしれない地へと連れてきた事だ。カマオも同じ気持ちだったようで、難しい顔をしながら質問を続けた。
「死ぬかもしれぬ。わかるか?」
「カタメが死ぬ、嫌だ」
「アベとタケルは戦に向かう」
「行けば良い」
いまいち噛み合っていない。
要領を得ない問答が数度続く。出た答えを簡潔にすると、ツチメは自分と一緒ならどこに行ってもいいという事だった。村での所有権の話を思い出す。どれだけこの子は自分を好き勝手したいのか。いや、そうではない、多分。
「カタメ。カタメは我のモノ。違うか?」
少しだけ意味が違って聞こえる。かける言葉が見つからなかった。
カタメ「通常の3倍のスピードだ。二時間で着くかも」
二時間後
ツチメ「着かないんですけど?」
カタメ「(´・ω・`)」
※さすがに無理です




