30. 宣言
朝。
目が覚めた時、隣に囲炉裏の子の姿は無かった。どこに行ったのかと家の外に出ると、遠くから鶏の鳴く声と近くから眠ったタケルのボリボリと体を掻く音が聞こえてきた。タケルから少し離れた所には目の下にクマを作ったお供の人が大きな石の上に座っており、自分に気付くと軽く頭を下げ挨拶をする。残った賊は目の前の男に恐れをなして襲ってこなかったようだ。いや、どちらかと言えばお供の人に感謝すべきだろうか。
窯の小屋へ戻ると、大人1人と子供1人からものすごいプレッシャーを浴びせかけられた。赤いモビルスーツの人が居ればさぞかし驚いた事だろう。ひとまず軽く土下座をし、嵐が過ぎるまで身を耐える。朝食のおかずを運んできたツチオが驚いて止めに入る時には時すでに遅く、足が動かせないくらい痺れてしまっていた。
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朝食後、タケルと話をする。村の人たちはタケル達に警備を依頼するも、賊の正体が何なのかを知せていなかった。実際に相対したタケルは何かに気付いたようで「奴は何者か?」と疑問をぶつけてくる。何でもいいが、この首飾りをしている連中はなぜ自分に重要そうな話を聞こうとするのか。
聞けば、タケルが討伐した男も聞きなれない言葉を発していたらしく、最後まで何を訴えていたか分からなかったらしい。ただ、男は武器を持っており、激しく抵抗をしたため有無を言わさず叩き切ってやったと豪語する。腰の剣を一瞥し、確かに日本刀と比べれば切れ味の悪い剣であれば叩いて切る事になるだろうなと想像し、心の中で討伐された賊に手を合わせた。ここで「童の相手はどうか?」との一言に心臓が止まりそうになる。ばれていたか。下手に隠し事をするのは下策と正直に逃げた男の話をする。タケルはハンというクニに心当たりがあるのか必死に思い出そうと30秒苦悶の表情を浮かべるものの、諦めてしまう。
「童、賊はいずこへ逃るるか?」
「北へ」
「ならば、北に何があるか?」
「北の果て、賊の住む地がある」
「ならばならば、北の果てよりなぜこの地へ参る?」
「果ての民が荒ぶるため、川の下の村よりアベらが倒しに向かい、逃れた者がこの地へと辿り着いた」
タケルのここまで驚愕した顔を初めて見た。
「アベは我の父の名ぞ!」
もしや同族の人かと思っていたのだが、まさか父親だったとは。いや同じ名前の別人かもしれないとタケルに聞くと、アベと名乗れる一族は自分達以外にはいないと言う。こうしてはおれんと慌て出すタケル。「船を出せー!」との命令に慌てだすのはお供。それはそうだ、まだ修繕は終わっていない。それでも無理にと押し通す。この勢いを止められる人などお供を含めてもこの村に誰もいなかった。
あっと言う間の出来事だった。数人のお供を引き連れ、壊れていない船に乗り込み、タケル達はものすごい勢いで川の村へと向かっていった。遠ざかる笑い声に呆然と立ち尽くすのは残されたお供達。どうやら事情も聞かされていなかったようで、アベの話を伝えると「オオー」という歓声が一瞬、修繕が終わっていない船を見て愕然、貧乏くじを引かされた事実を思い出し落胆。逸る気持ちを抑えながらも村人と共に船の修理を再開した。お供の一人から「川の村は港なのか?」と聞かれ少し考えるも、川に沢山の船が泊まっていた事を思い出し「そうかもしれない」と返答をする。お供が知らないという事は当然タケルも知らないはず。この先がどうなっているかわからないのに船で特攻して行くとは、どうにも猪のような男だ。
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まだ陽がそんなに高くなっていない事実に驚きながらも村の中へと続く道を歩く。広場へと着くと、村人たちは神妙な面持ちでどこかを見つめていた。視線の先は村の奥、森の中へと向けられている。なんの気なしに見つめる先に向かおうとすると、カマオが行先を塞ぎ無言で首を振る。察した。この先には賊の躯があるのだろう。小さく頷く。賊と言え死ぬことはなかったと、やりきれない思いを胸にその場を後にしよとすると、腕をがっと掴まれ「仕事だ。逃げるな」とツチメからお叱りを受ける。こんな気分の時にツチメの空気の読めなさはありがたい。
後で聞いて驚いたのだが、賊の躯は埋められる事なく村から離れた所に放置されるらしい。鳥葬とも違う、廃棄場のような場所にそのまま置いておくだけ。村の一員ではない人間は、この村の墓地のような所に一緒に埋葬することは無いのだそうだ。
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午後。
川の水はすっかり冷たくなったように感じる。ふと空を見れば高くそびえるような雲の姿はすっかり無くなり、空いっぱいに薄い雲が棚引いていた。山の葉は緑から赤へと変わり始め、秋がの訪れは近いと肌で感じた。
「カタメ、ちゃんと持つ」
ツチメに声を掛けられ意識が戻る。まさに今、冷たく感じた川の中で作業を行っている最中だ。目の前ではあの大男の置き土産であるイノシシを川の中で解体している。腹を切り裂いて内臓とかがボロボロと零れ落ちる風景は、意識が遠のくには十分なインパクトがある。自分達は前足を持ち、解体担当の女に言われるがまま右に左にイノシシの体を回転させている。あまり直視したい光景ではなく出来れば誰かに代わって欲しいのだが、今は作業できる人間が限られている。期待のお供の方々も少し離れた場所で船の修理を急ピッチ、いや猛ピッチで進めている。よほど置いて行かれたのが悔しかったのだろうか。そう言えば村人達は血で汚れる事を穢れと呼び忌諱していたはずだが、獣の血は別物なのだろうか。穢れは水で禊ぐものなので、水の中で作業する分にはOKということだろうか。
あらかた捌き終わりイノシシだったものを木に吊り下げた頃にはすっかり日が傾いていた。船の修繕作業も目途が立ったようで、お供達は明日の朝には川の村へと向かうと言う。男たちは切りが良いと宴を開きたいようだったが女衆はぞれを断固拒否。確かに準備をするのは女衆だ。今年は臨時の宴が開かれていたし、今の村は人手も少なく一人当たりの作業量が増え皆の疲労も溜まっている。いい加減にしろと、口をそろえて詰め寄る女衆にしどろもどろになる男衆。結果、飲みたい人だけ飲めばいいという事で、有志が大きな建物に集まって小さな小さな宴を開くことになった。その宴になぜか自分も呼ばれてしまう。なんでもタケルと仲が良く、いろいろ事情を知っていて、面白い歌を歌うとの噂を聞いたとの話。そういえばこの人たちに歌を披露した事がなかったと思い出す。
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宴の席。
宴に呼ばれたのは良いものの、大人たちとどんな会話をすれば良いのかわからない。ある程度酒が回るまではお呼びは掛からないのではないだろか。なぜか一緒に付いて来たツチメは果物のようなものを齧りながら大人たちを眺めている。ややあってお呼びがかかり大人たちの輪に混ざる。早速歌の披露かと思い喉を潤していると、振られたのは深刻な話だった。
「北の服わぬ民は何奴だ」
誰の声だったか。背後から聞こえてきたその声にビクリと反応してしまう。以前川の村から帰って来た男2人はこの場に居ないし、彼らを除けば直接相対したのは自分だけだ。当然の疑問であるが何と答えた者か悩む。どこかの地から来た食い詰め者の集まりだと言ってしまうと問題が起こりそうだ。自分と話をした男はまだ会話が成立しそうだった。食べるものさえ与えれば略奪行為を止めてくれるかもしれないが、止めないかもしれない。
「ハンのクニの者」
当たり障りのない所から話を進めようと思ったのだが、お供の中にハンのクニに反応する男がいた。その男の話では、ハンは海を渡った先にあったクニで今はもう無いとの事。クニが滅亡しハンの民は散り散りとなり、一部の人々が海を渡り放浪しこの地に辿り着いたのか。そう考えると同情する所はある。自分も良くわからない事情で放浪する事になりこの地に辿り着いたのだ。しかし、どこからか略奪行為を咎めるヤジが飛び同情票は消えていった。
その後、お供の誰かから「童、明日、一緒に行こう」と誘われる。何らかの意図があったのか、それとも酔った勢いなのかはわからない。曖昧に言葉を濁し宴会の途中ではあったが席を立った。
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小屋へと帰る道。
やるせない気持ちを抱えていると突然の耳を引っ張られる。何事かと思い少し怒った顔を作りながら横を見ると、頬を膨らませるツチメの姿。
「カタメ、行くのか?」
何を怒っているのか。
「カタメは我のモノだ」
突然自分の所有権を主張するツチメ。何の話かわからないが、これ以上怒らせるのは得策ではないと考え軽く頷く。それを見て満足したのか、フイと顔を背け急ぎ足で家に向かってしまう。
「カタメ、急ぐ」
良くわからないが怒りは収まったようだ。この子の行動理論が掴めない。呼び止めたのはツチメの方じゃないかと小声で文句を言いながらも、2人並んで家路を急いだ。




