27. 間
後続の船は倒れる事無く河原へ上陸する。お供達は転覆した船をなんとか河原へと引きずり出した後集合、座り込んだり2~3人集まって話をしたり濡れた荷物を見て頭を抱えたりしている。はじめその様子を見守っていたガキ大将は何かに気付いたのか、ふと周りを見渡した後こちらに人がいる事を発見、ニカっと笑みを浮かべながら2人のお供と共に近づいてくる。逃げ出す村の女性陣に対し、自分はガキ大将の名前が気にかかり立ち上がってタケルが来るのを待つ。彼らが自分の2mの距離までやってくる頃には、怯えという状態異常から復帰したツチメも自分と並び立った。
タケルは体全体が引き締まっている上に背が高いため、見た目以上に大きく見える。村で一番背の高い大人よりこぶし2つ分は高いのではないか。胸当てのような鎧と短めの剣で武装しており、どこかで見たような形の首飾りをしている。お供達も同じような武装をしているが、剣の代わりに槍を持ち首飾りは付けていない。
目の前で仁王立ちをしているタケルは2人の子供の姿を観察するのに4秒。視線を自分に集中し何やら首を傾げながら考え込むむのが30秒。何かを思いついたような顔をし、後ろに控えていたお供に耳打ちするのに10秒。船に走って何かを取りに戻るお供を確認すると、自分へと向き直り1歩前へと進む。固唾を飲む2人の子供。
「童、しばし待てーい!」
まだ待たせるんかい!
お供が戻ってくるまでの2~3分の間、自分がどんな顔をしていたのか分からない。ツチメを見る限り、大変間抜けな顔をしていたのだと思う。ようやく戻ってきたお供は、何か木箱のようなもの・・・いやまて、箱、だと?・・・をタケルへと渡す。この時代で初めて見た箱の中身は、何かを丸めて焼いたようなものが9つ詰めてある。
「童、食べるか?」
見知らぬ人から物を貰ってはいけません。以前にも同じようなシチュエーションがあった気がすると考えていたその横から箱の中身に手を伸ばすツチメ。箱の中から塊を一つ取り出すと2つに割り、半分を自分に渡しもう半分を食べ始める。毒でも入っていたらどうするのかと思いながら自分も口にする。何というか、柔らかい焼きおにぎりのような触感と独特な臭み、口の中に広がる旨味と塩気と臭み、美味いのだが生臭い。毒ではないと思うのだが、毒を食らったような複雑な表情をする2人の子供。そんな2人を眺めながら2度頷くタケル。
「里を見る。案内せい!」
村の奥を指さしながら大声で道案内を要求された。ツチメと顔を見合わせ、無言のまま目だけで相談をする。子供を食べもので懐柔するのは良いとして、後ろに控える武装集団を村の中へ招き入れるのはマズイ。タケル1人でも暴れだしたら抑えることができる大人は誰もいない。ツチオが大人を呼びに行っているはずだから、増援が来るまでは河原で待機してもらうのが良いだろう。そう考え頷くとツチメも同意とばかりに頷く。よし、指針は固まった。この場で待っ
「向こう。着いてくる」
て下さいと言う前に、ツチメがタケルに手招きをする。こいつ。
「中へ行くのは3人。あそこの人はここに残る」
船の近くにいるお供達を指さしながらギリギリの譲歩案を提示する。元よりそのつもりだったのかタケルは大きく頷くと「そこでまてーい」とお供に声を掛け歩き出したツチメの後を追う。どうにか10人以上の武装集団を招き入れずに済んだ。
歩き出して2分も経たないうちに村から男衆が棒のようなものを持って現れる。緊張した雰囲気を醸し出しているが、ツチメを見、次に大丈夫だとのジェスチャーをする自分の姿を確認すると肩から力が抜ける。村の大人の一人に走り寄り、河原で待機しているお供達の事を話す。眉を顰めるも、この村を襲う事はないとの言葉に納得してくれたのか、一度肩をすくめた後隣の男と共に河原へと向かっていく。残った男たちは前後に挟みこむように隊列を組むとタケル一同を村の中へと案内する。木々の陰からは女たちがこちらを覗いているが、怯えた表情はしていない。なんとか落ち着きを取り戻してくれたか。
村の中心に着く前に気になっていた事をタケルに尋ねる。
「汝、オウスと呼ばれていたか?」
「知らぬ。なんだそれは!」
疑問が霧散。そうか、この人は草薙の剣を振るったあの英雄とは別人か。腰の剣を見る限りあの伝説の剣には見えない。そういえば「タケル」という呼び名は勇ましい男に付けられる肩書みたいな側面も持っている。確かに隣の男の筋骨隆々な姿を見れば勇ましい名前が良く似合う気がする。どこかで何か武勲を上げたか12の試練でもクリアして英雄とでも呼ばれているのではないだろうか。そんな視線に気づいたか、タケルは笑顔を作り腕を曲げ力こぶを見せつけてくる。いや、そんなサービスはいらない。
村の中心、焚き木がある広場ではトオとカマオを含めた3人の男が出迎える。トオは真っすぐにタケルと向かい合い何か話を始める。険しい表情で見つめてくるのはカマオ。すみませんツチメを止めることができませんでした、と目で訴える。左隣のツチメを見れば、怒られた事が不満なのか口をとがらせてしまった。
トオとタケルの会話はどこか噛み合っていない。時々タケルから「黄金」という単語が聞こえトオが首を横に振る。それが数度続いたあとトオは怒ったような視線を投げかけてくるも自分としてもやましい事は何もなく手を振り否定を示す。どうやらタケルもこの村に金が眠っているとの噂を聞きつけやってきたのだと理解する。誰がそんな噂を広めているのか。
「黄金が無ければ帰る。引き上げーい!」
数分の話し合いの後タケルは高らかに宣言するも、慌てふためく2人のお供。日はやや傾いておりここからどこかに向かうとしても道中で夜になってしまう。なんとか説得を試みるもタケルはなかなか首を縦に振らずお供も弱りはてる。それを救ったのは立ち込める肉の焼ける匂い。客人だと思い調理を始めていたご飯のお姉さんのファインプレーにお供も喜び、またごちそうにが食べられると子供たちも喜ぶ。タケルも「宴か!ならば存分に飲むぞー!」と恐ろしい事を言い出す。周りの大人たちは急に決まった宴会に呆れたような顔をしつつも仕方ないと肩を竦めつつ準備を始めた。
宴会と言えば、と一人喉の調子を確かめる自分に冷たい視線を投げかけるツチメ。自分の様子に気付き意を得たりと得意気な顔をするトソの子を不思議な顔で眺めるのはツチオ。また自分が歌う事になるだろう。歌は良い、歌は心を潤してくれる。音痴なんて罵倒する人間はこの村にはいない。
宴会の準備中にタケルから「童は何を作っているのかー!」との疑問をぶつけられ、以前も聞いたなと思いつつも窯場へと案内する。窯場を一目見て「つまらぬ、剣は無いかー!」と無茶振りをするタケル。鉄の道具すらほとんどないのに武器なんて作っているわけがない。その旨を伝えると、この村に来る途中に鉄の道具を使っている村があったと言う。なんと下流の村より上流に鉄器を持つ村があるとは。ただし、その村は川だけではなく幾つもの山を超えた先にあるらしく1日2日では辿り着かないらしい。それならばこの周辺の村と付き合いが無くても仕方がない。きっとタケルは遠い所から旅をしてきており、その途中に鉄器を扱う村に立ち寄ったのだろうと考えればおかしくはない。ふと思い出すのがムサイおっさん。ひょっとしてあのオッサンは、この辺の村ではなく山を越えた先の村と交流しているのではないだろうか。
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川で待機していたお供を含め焚き木を中心に輪になって座り宴会が行われている。村からも提供はしたのだがタケル一行が持ち込んだ酒の量が多い。船の一つの荷は酒だったのではないかと思ってしまうくらいだ。沢山の首を持つ大蛇を酒に酔わせてから退治したというスサノオの逸話を思い出しながら、焚き木に照らされたタケル一行を見る。うすうす気づいてはいたのだが、タケルの首飾りはアベがしていたものとよく似ている。勾玉を使ったアクセサリーなどこの辺りの人たちは持っていない。おそらく、いや間違いなく同族だろう。タケルは金を求めてこの村、いやこの土地に辿り着いた。ならばアベも同じ理由なのではないだろうか。
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残念な事に歌を披露することもなく宴は終了した。いや、酒を飲み続ける大人たちはいるのだが子供たちは先に解散となった。不満気な表情なのはトソの子で、何やら意味深な笑みを自分に向けるのはツチメ。ちなみに、自分たちのかわりに歌っていたのはタケルだった。遠くまで聞こえてくるタケルの歌声は、どことなく悲し気だったが妙に心に響いていた。
タケル「♪~」
ツチメ「ぐぬぬ」
トソの子「後で教わろう」




