26. 転
「そうか、意思とは事を成すための思いの事か」
気付けば朝。
何か面白くない夢を見た気がするが思い出せない。寝起きに何か呟いてしまったようだが、その記憶すら吸い込まれるように何処かへ消えていった。外からはやや強い雨の音。ここ最近の天気は不安定だ。時期を考えるとまだ少し早いとは思うが、女心と秋の空という言葉が脳裏に浮かぶ。
朝食を済ませ今日は何をすればいいのかと考えていると、珍しい・・・いや、何度も会ってはいるのだが・・・来客があった。トソの子は小屋の入り口から手招きをし誰かを呼び出そうとしている。ツチメに用事があるのかと思いきや、指をさされたのは自分だった。これには腰を半分浮かせたツチメも驚いているようで、「何かしたの?」という疑いの眼差しを投げかけてくる。何かやらかしたり事などない、と思う。時間にして数秒、ツチメとの「白状しろ」「いや分からない」という無言の会話に焦れたのか、腕を捕まれ引っ張り出される。そのまま雨の中、何処かへと連行されてしまった。
この村の人たちは濡れることに抵抗はないんだろうな。そんな事を考えながら歩いていると、村と森との境目にある家に辿り着く。昨日鳥の羽をバリバリと毟った所だ。昨日は入り口付近しか見ていなかったのだが、改めて見た家の中は・・・なんというか狩猟小屋のようだった。入口付近には弓と矢が立てかけてあり、壁には何かの毛皮が掛けられている。横に視線を移すと、傍らには鉄製の斧があった。太い木の枝の先に長い金属の刃が付いた、手斧のような形のヤツだ。以前、村の生活で役立つ鉄製の道具を熱望していたが、よく考えれば鉄斧ならあってもおかしくない。窯場近くにある木を切り出して出来た広場を思い浮かべる。あれだけの量の木を切り倒すのに石器では力不足だろう。と、ここでトソの子のイラついた目に気付く。少しジロジロと見過ぎたと頭を下げ謝罪。そういえば何の用だったか?
用事は、少し気恥しいが、歌を教えて欲しいとの事だった。「遠き山に~」が気に入ったのか「音の数が綺麗」との評価を受ける。何の事か分からず首を傾げる。しどろもどろの説明をまとめると、1区切り毎の言葉の数が同じとの事。まぁ、確かにそんな感じはする。こんな所に気付いてくれるなんて、作詞家の方も草葉の陰から喜んでくれるに違いな、いや、まだ生まれていないのか。そんなこんなで午前中は音楽の先生をすることになった。小声で「これで巫女になれる」と言っていたような気もするが、これは全力で聞かなかった事にする。雨の日はどの家も暇になるのだろうか。ちなみに「まどいせん」とは「円居せん」と書き、「輪になって座り話をする」という意味。
昼食をごちそうになる。鳥の丸焼きなんて日本でも食べた事なかった。食後、怪しい気配がしたので礼を言い早々に家を飛び出した。トソの口からカミとかなんとかと言うセリフが聞こえてきたからだ。大国主の命の話なら、うろ覚えだが、出来なくはないが他の話をせがまれてももうネタはない。桃太郎でよければ話をしてもいいのだが、アイツは生まれこそ奇特だが神ではない。
ずぶ濡れになりながら窯の小屋へと戻る。中に入るなり「何して来たの」と言わんばかりの視線を刺してくるが華麗にかわす。見ればツチメは植物のようなものを編んで籠のようなものを作っている。器用なものだと感心するしていると、尊敬の念を感じたのか得意気な顔をするので、少しイラっとして横腹をやや強めにつついてやった。怒り出すツチメを笑顔で眺めるのはカマオとツチオで、ウツメは眉をひそめつつも優しい目をしていた。
表面では楽し気な一日を過ごしたが、心の奥底ではそんな気になれなかった。ひょっとしたらこうしている今も川の村の向こうで争いがあり、人が傷ついているかもしれないのだ。その中には山の村の男たちも含まれている。多分この村のみんなもそれは分っているが、ここでは状況がわからない。不安だが表情に出さないようにしているだけなのだ。携帯電話とは言わないが、何か情報のやり取りができる方法はないものか。
2日後の夜、状況が少し動く。
村から出かけていた男のうち2人が戻って来きた。話を聞くため村の大きな建物の中で緊急会議が行われる。これには大人子供関係なく村にいる男全員が参加となった。隅の方で小さくなっているのは自分とツチオ。子供が参加していいものかと互いの顔を横目で見ながら報告を聞く。
川の村に周囲の村人が集まり交代で各地を巡回、アベとその部下たちの協力もあり賊を発見、追い払う事には成功する。賊の殆どが北へと逃げ延びたが、途中ではぐれてしまったモノもいて行方がわからない。討伐隊の頭から、念のため各村でも警戒して欲しいとの話を受け、その連絡込みで男たちは戻ってきたのだそうだ。
戦場から遠い事もあり村人たちはひとまず安心といった様子。ただし、この地は盆地の中にあり周りは山で囲まれている。村の背にも森が広がっており、隠れるところは沢山ある。逃亡者はいつどこから現れるか分からない。当面の間は村の女たちを山へ入れないようにする・・・と、話が決まりお開きとなる。
小屋への帰り道、肝心な北の果てに逃げた賊たちの話が出なかったが大丈夫なのだろうか、川の村に残った男たちはケガとかしていないだろうか、そういえばリーダーはアベじゃなかったのか・・・そんな事を考えながら歩いていると、ツチオが「大丈夫!」と声をかけてくる。根拠は無いが、大丈夫と口にすれば大抵の事は大丈夫なのだと胸を張る。稚拙ではあるが、そう言い切られてしまうと自分も大丈夫かもしれないと思ってしまい、頬が緩んでしまった。
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翌日。村の警戒体制が引かれた。山近くに住む女達は昨日集まった大きな建物の中で避難生活を送る事となった。元々暗かった空気はさらに重くなり、村の人々の口数も少ない。川で芋のようなものを洗っている最中も、あのツチメですら無言で作業を行っている。そういえば、雨の影響か川の水かさが急激に増えていた。洗い場近辺の水量は少ないが、川の中央あたりではかなり流れも速くなっている。
黙々と作業を続けているうち上流に何か違和感を感じる。徐々に近づいてくるその物体に、周りの女性陣もざわめきはじめ不安を口に出すようになる。先頭の物体は、なおも速度を増し村近くの河原までぐんぐんと近づいてくる。大木でも筏でもなく、あれは船か。しかも3艘《そう》。上流から船がやってくる事は初めての事で、自分も動揺が顔と態度に出て膝が笑う。なんだ、賊が船を操るなんて話は聞いたことがない。皆に緊張が走り、ツチオも村へと走る。
すごい速度でやってきたその船は、村の近くの岩場へと激突、横転。驚いた顔で村の面々が見守る中、中からは5人の男たちが這いずり出てくる。まずい、連中武装している。抜け出した連中は一ヶ所に集まり、何やら話を始める。声が大きい。ここまで内容が聞こえてくる。
「なにゆえ船が倒るるかー!」
「若ー、それは、疾く進み過ぎたるがためー」
「船は疾く進むが良-い! それと、我を若と呼ぶな。タケルと呼べー!」
ガキ大将のような人物が仁王立ちで叫ぶ。その周りでは、ずぶ濡れになりながら四つん這いになり、肩で息を切らしているお供らしき男たち。状況がよくわからない。
タケルという男が村へとやってきた。
タケルは「ふはははは」と笑うイメージ




