25. 再
アベの一行は早々に川の村へと戻ることになるようだ。
いつもの面子で朝食を済ませ、ウツメ以外の4人は川へと向かう。道中、北の果てはどんな所なのかとカマオに尋ねると塩の産地だと言う。北の果てには塩の泉があり、この村の近辺で取れる塩より量が多い。川の村のさらに川の先からも塩は運ばれてはくるが安定したものではなく、季節や天候で時期も量も変わってしまうとの事。なるほど、塩の泉があるのか。ひょっとしたら、北の山の向こう側は海なのかもしれない。
河原が見えてくる。
船の周りには数人の男衆と共にトソの子の姿も見える。カマオ達もその輪の中に向かうが、自分は土手から足が進まない。昨日の話もあり、アベに対してどんな顔をすればいいのか分からない。笑って済むならそれでいいのだが、彼らは川の村に戻ったあと北の民との戦に向かうのかもしれない、そう考えると気持ちが定まらなかった。そんな自分の左腕を引くのはツチメ、本当にこの子は空気を読まない。船には村の男が4人乗り込んおり、アベの部下達と話をしながらオールのようなもので船を漕ぐ練習をしていた。時折笑みも見える。楽しい、のだろうか?
しばらくして船は出港する。
船に乗り込んだ男たちはそのまま川の村へと向かうようだ。まぁ、アベが自分の会うためだけにこの村に来たとは思っていない。理由は昨晩聞いたあの件だろう。あの男たちは戦いの場へと向かうのだ。残った村人は船が見えなくなるまで手を振っていたが、自分は最後まで腕を上げる事ができなかった。
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河原から家まで戻ろうとした時トオから声を掛けられる。険しい顔をしながら「アベに金の話をしたか?」と聞いてくる。記憶にはございません、と首を横に振る。どうやら、この村には大量の金があると川の村のその先でも噂が広まっているらしい。この村は黄金郷だったのだ!・・・という事はない。付近で金が取れるのは間違いではないが、この村で産地を管理しているわけではないらしい。「アベは妙にお前を好いているようだが余計な事は言うな」と釘を刺される。管理者・・・か。弓を構えたオッサンの姿が脳裏を掠め、少し背筋が冷たくなった。
その後も何人かの男達は武器も持たずに徒歩で川の村へと向かった。村の北にある出入り口で見送っている時に、離れた所で囲炉裏の子の姿を見かける。大きな石に座り、村を離れていく人達をぼんやりと眺めていた。ひょっとしてあの中に親がいるのだろうか。
どことなく寂しくなる村の中。ぱっと見る限り、いつも通り女衆が作業小屋で何かの仕事をしている風景だが、皆の表情はどこか暗い。
男手が少なくなった事もあり普段はやらない仕事も自分達に振られる。自分とツチオは男達に連れられ、村の奥、山の森の中へと向かう。男たちは肩に弓を携え、慎重に周りを伺いながらゆっくりと進み、自分とツチオも少し離れながらも後を追う。しばらくしてどこからか鳥の声が聞こえると男達は歩みを止る。手で「身を伏せろ」との合図を受け茂みの中に身を隠す。男たちは一度バラバラに別れ目標を目指す。数分の沈黙の後、悲鳴のような声が聞こえまた静寂が戻る。少ししてガサガサと音を立てながら男たちが戻ってくる。手には首を切られ血を失い息を引き取った鳥の亡骸。あ、これ、鶏だ。
その後も何度かの作戦行動を行い数羽の鳥を狩ることに成功する。自分とツチオは死体・・いや荷物持ちを任され、小脇に抱えながら森の中を歩いた。温かみが残る柔らかい体と滴る血が気持ち悪い。そう、役目を途中で気付いたのだが、この時代の鶏は空を飛ぶ。
森と村との境目にある家まで戻るとトソの子ともう一人の女の子が出迎えてくれる。狩ってきた鳥を渡すと、沸かしてあった湯の中にドボドボと放り込む。しばらく湯の中の鳥を見ていたが、なんと言うかグロい。鳥を鍋から取り出すと今度はバリバリと羽を毟り始める。一人ドン引きしているのに気付いたのか、トソの子から「汝もやる」と怒られてしまう。恐る恐る作業を行いながら横を見ると無心で羽をむしるツチオ。逆に「何やってるの?」と言わんばかりの顔を向けられてしまった。
作業が終わる頃、空は茜色に染まっていた。
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夜。窯の小屋の中。
カマオに狩りの最中に思った事を尋ねる。村の奥、森との境目に柵のようなものはなかったが、野生の獣が侵入してくることはないのだろうかと。それに対し「来る」と返事。なんなら、窯の小屋の近くに来ることもあるらしい。ただ、今の時期は獣達もおとなしく、人の気配を感じると森の中へ逃げてしまうそうだ。凶暴な獣は山の奥の奥に住んでいるらしく出会うことは滅多にないらしい。これも自然との共存というやつだろうか。
日本では熊や猪が民家に出現しただけで大騒ぎとなる。熊などは食料を荒らすばかりか人を襲うこともあるので、警察や有志が集い退治したとのニュースを見たことがある。なぜ人里へという疑問に山で食べるものが無くなったからとTVの人は言っていた。山で十分な食料を確保できれば獣達はわざわざ人里へ降りてくることは無いのだ。それでも人里近くに住む獣もいるが、それらは簡単に狩られ貴重なタンパク源になってしまうのだ。多摩丘陵で人を化かす動物を描いたアニメを思い出しながら、心の中で合掌した。ポンポコ。
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夢を見ている。いや、夢かどうかは分からないが、きっと夢だ。
暗闇の中から白い点が浮かび上がり縦横無尽に動き出し掠れた線を描く。四肢の感覚はなく、ただ自分を中心に何かがそこに有ると感じるだけだ。
『意思が揺らいでいるようだ』
以前にも感じたこの感覚。いや、以前と比べ人に近い感じがする。
『そこですべき事を果たせ』
そうそう、前にも言われた。ここで何かすることが有るとか無いとか。
『励め』
ちょっと待った。前にも思ったのだが言葉が足りなすぎる。すべき事とは何で、それが終わったらどうなるのか。
『・・・』
今ならはっきり言える。自分はこの時代に飛んできた。どんな仕組みか分からないが、元々この体を使っていた人に取り憑いたのか、それともタイムリープしたのか。元あった体と違うということはタイプスリップでは無いはず。今の状態はどうなっているのか説明が欲しい。
『意識はひとつ』
意識?
『意とは事を成すため働く力。識とはそこに有ると知る事』
いや、そんな宗教のような話ではなく、今の自分と日本を知る自分の関係はどうなっているのかを教えて欲しい。
『意識はひとつ。意識は座へと繋がる』
よくわからない。この体はどうなっているのか。
『体とは世を動かすための器』
話が回りくどい。つまり、タイムリープしたという事なのか。
『縁が弱まり、より強い縁に引かれた』
縁。えにし、ですか。人との繋がりが弱くなったから、強い繋がりの方に向かったという事なのだろうか。自分のひとりの力でタイムリープしたわけじゃなく、外的要因があったと解釈すればいいのか。待て。そう言えば今の自分の状態に気づいていたヤツがいた。アレは何と言っていたか。あの女とか言っていなかったか。あの女とは誰の事だ。
『その者の意識は座へと還った』
もういないのかい!
ならば、今の自分を繋ぎ止めているのは誰か。まさか、いや、そんな事は。
『励め』
白く掠れた線は徐々に消え、暗い世界が広がった。
昼ごはんを持ってきてくれる女「え、私?」
???「お前誰やねん」




