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24. 無力

腰に剣こそぶら下げてはいるが楽な服装のアベに対し、5人のお供は鎧のようなものも身につけており少々物々しい。攻め込んできたわけでは無さそうだが、自分以外の村人はどこか緊張した趣きで遠巻きに眺めている。そんな空気を察したのか、部下の一人が男衆に歩み寄り小さい器を渡す。何だろう?


「ヒサ・・・だ」


器の中身に興味を示した自分の姿を見ると、柔らかい声でアベはそう言った。「ヒサウ」と聞こえたが、何かの薬だろうか。


()のモノに付けて食べる。後で貰うといい」


香辛料か?


「さぁ、連れ行け。(わらし)は何を作っている?」


ヒサウに興味はあったが、今は窯へと案内しなければならないらしい。・・・いや待て、なぜ自分が何か作っていると確信しているのか。アベに窯の事を話た記憶は無い。ひょっとしたら村の誰かが話をしたのだろうか。疑問符が消えぬまま窯の小屋へと歩く。途中トソの子が駆け寄ってくる。そう言えばこの子がオカルトにハマるきっかけとなったのがアベだったか。


窯場へと着き、興味深そうに周りを見渡すアベ。どんな話をすれば良いか悩んでいると、カマオが走り寄ってきてそのまま2人でしばらく会話を続ける。暇そうにするのはお供とトソの子。会話が終わりカマオの案内で村の中へアベと並んで歩く。「隠れ里のようだ」とはアベの(げん)。住んでいると気付かないが、言われてみればここはそんな雰囲気が漂っている。


村の中央。

焚き木の跡を見て「何かの宴だったのか?」とアベに尋ねられるも、そう言えば何の宴だったのか分からない。頭を捻っていると笑いながら「良い、良い。来る時期が悪かった」と背中を叩く。痛い。村の女性陣の視線も痛い。その後、改めて男衆が集まりアベ達と話をし始める。ここで(ようや)くお役御免となった。


どうやらアベ達は村に泊まるようだ。2日連続の宴の準備が始まる。皆が慌ただしく動き回る中一人取り残されているとツチメの視線に気づく。手招きをされ近づくと「何が起こったのか」と尋ねられ、簡単に説明をする。土産の話に目を輝かせたようだったが「モモは無かった」と言うと表情が曇る。なるほど、もう一度食べたかったのか。


---


夕暮れ時。

追加された焚き木に火が付けられ、しばらくしてから宴が始まった。アベは珍しい酒を持ち込んでいたようで、村の男共が周りに群がる。この流れは良くないと思いながらも、目の前の食事に手を伸ばす。昨日は贅沢をしていたようで、比べれば今日は質素なものだった。それでも普段は1日2度しか食事を取らない村で夜に肉が食べられるのは珍しい。何の鳥かは分からないが、柔らかいそれはたいへん美味しかった。ミサウもあった。何か黒いツブツブで、切った野菜と一緒に食べるようだった。自分は山芋のぶつ切りと一緒に食べたのだが、複雑な味はすれど「しょっぱい」というのが正直なところだった。


嫌な予感は当たるもので今日も歌のリクエストを受けた。客人もいる、村の代表として歌わされるのは気恥ずかしかったがなんとか2曲。1曲目は「遠き山に日は落ちて」を歌い少し気分が良くなったので、2曲目に腕を振りながら「十種野営料理の歌」を歌ったら大層ウケた。3番目の「()せば」の後に「ヨウ」と合いの手が入るくらいだ。残念だったのはその後の歌詞を覚えていなかった事か。次は確かカレーだったような・・・そんな事を思い出しながら席に戻るとツチメからは冷たい視線。文句があるならツチメも歌ってくればいいのに。と、ここで目の前の食事を見て思いつく。ひょっとしてミサウとは味噌の事か?


トソの子を引き連れてアベが近づいてくる。笑顔を見せるのはいつもと同じだが、今日は特に機嫌が良いらしい。


(わらし)、楽しい歌だった」


少し照れながら頬を掻く。アベは「ウズメのようだ」と言いながら横に腰を下ろす。ウズメって確か女の神の名前のはずなのだが・・・と、細かい事は置いておく事にする。


「誰から聞いた歌だ?」


確かに当然の疑問だ。だが正直に言うわけにもいかず「前に大人から教えてもらった」と答えておく。嘘ではない。自分の言葉を信じてくれたかどうかは分からないが「ふむ」と少し考えるような素振りを見せた後、アベは別の話題を口にした。


「北の民が(まつろ)わぬ。案はないか?」


つまり、ここより北に住んでいる住人が言うことを聞いてくれません、解決するため良いアイデアはありませんかという質問か。何故自分に聞くのか。


「北の民は強い?」

「強くは、ない。ただただ(あら)ぶる」


戦は強くないがとにかく乱暴狼藉をする、ということか。

いや、何故自分にそんな事を言うのか。


「どんな人達なのか?」

()の国のモノでな無い。言葉が解せぬ」


アベは「その為(ぎょ)せぬ」と続ける。良くわからないが外国人という事か。ここが日本だとして外国人といえば大陸から渡ってきた人か。いや、北の国に蝦夷(えみし)と呼ばれた人達もいたか。どちらにせよ、言葉が通じないなら服従させるのに武力が必要となる。この地の人間だけで制圧することは可能なのだろうか?


「軍、必要」

「グンとは何だ?」

「沢山の戦う人」

「この地で集まるか?」

「わからない」


二人黙り込む。いや、そもそも子供に聞く話ではない。


「・・・それでも、呼ぶしか無い、そう考える」

「呼べばグンが(きた)るクニはあるか?」

「・・・何故()に聞く?」

(わらし)、ヌシは神の化身であろう?」


この人のトンデモ話をなんとかして欲しい。神と呼ばれて喜ぶのは一部の人間だけで自分には荷が重い。一瞬囲炉裏の子の姿を思い浮かべたが、あの子は神というより何かに取り憑かれているだけだ。


「・・・神ではない」


初めは妖怪扱いで今度は神か。

この時代の人々の基準が分からない。

自分はよほど困った顔をしていたのだろうか、アベは苦笑いをしながら席を立った。


手を振るアベを見送るもその右腕に違和感を感じ注視する。比較的新しい傷跡が見えた。幸いそこまで重症ではなさそうだが、負傷の際にはかなりの痛手を受けたと思われる。今の状況を考えると、傷を負わせた相手は北の民と呼ばれる人達だろう。どこか他人事に思っていた争い事だったが、当事者が目の前にいると考えも変わる。だが、どうすればいいのか。自分は無力だ。


---


夜も更け、宴も終わりお開きとなる。流石に2日目は終わりも早い。

窯小屋へ戻る足は少し重かった。戦で自分が出来ることは何もない。子供に戦のアイデアを聞いてくる大人もどうかとは思う。ましてや神として崇めるのは勘弁して欲しい。そうは思っても胸に何かがつかえたような感覚がずっと残っている。アベは負傷していた。ならば川の村の住人にも負傷者がいるかもしれない。もし、もしも北の民がこの村に攻めてきたら?


左手に違和感を感じ顔を上げる。ツチメが手を繋いでいた。まわりは暗く、彼女の表情までは伺うことができない。言葉を交わす事もなく小屋へと辿り着く。

夜風が冷たく感じた。


十種野営料理の歌→検索

カチカチカチ。


「こんなんで出来るかー!!」

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