16. 休日
村へと帰還した次の日は一日休みとなった。いろいろ事件に巻き込まれたのだから休みの1つも当然だとも思うが、突発的な休みよりも定期的な休みが欲しい。週休2日とは言わないが、数日間働きずくめでいきなり「今日は休みです」と言われても予定の1つも立てようがない。立てる予定も思いつかないが、そこはほら、労働環境の改善とか何とか。はて、労働環境が悪かった事にトラウマなどあっただろうか。藪から蛇を出す必要はない、この思考はここで打ち切る。
その代わりにツチオは、窯場と村とを行ったり来たりとかなり忙しそうだ。聞けばそろそろもっと忙しくなる用事があるとの事。あまり子供に重労働を課すのは良くないとどこかの団体がデモを起こしそうだが、当然この時代にそんなものは存在しない。子供は貴重な労働力なのだ。
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お昼ごはんを食べたあと、川へ向かう道を歩く。日中の気温は高いが夏本番は過ぎたのだろうか。まだ遠くの空には高く厚い雲が見えるが、近くから聞こえてくる蝉の声が小さく感じる。空にはトンボが番いとなって飛び交い、草むらからは鈴虫の声。この時代の暦の事は分からないが、西暦で言えば8月の後半といったところだろうか。
囲炉裏の子が河原へと降りていく所を見つける。いたずら心を刺激され、見つからないように後をつける。葦原の中に動く頭を見つけ反対側に回り込み、大声で「こんにちわ」と叫びながら飛び出す・・・と、小用をしている囲炉裏の子と目が合いお互い驚いた表情を浮かべる。あ、女の子だったのね。
しばし沈黙、いやすぐに回れ右すべき。固まりながら「ごゆっくりどうぞ」と言いながら後ろを向き、そろそろとその場を離れる。土手の上に登り、高く登った太陽を眺める。今もいい天気だ。
後ろから走ってくる音と「うー」という声にならない声が徐々に大きくなってくる。明らかに非はこちらにある。頭を下げながら囲炉裏の子の到着を待つ。囲炉裏の子は立ち止まってはくれず、横を通り過ぎる時に大きく「うー」と叫んだかと思うとそのまま走り去ってしまった。憚り時に誰かに会うのは久しぶりだな、と考えてしまうのは人としてどうなのか。
夕方になる。空を覆うトンボの数が半端ない。お詫びも兼ね、囲炉裏の子が住むテントのような家を尋ねる。菓子折りが欲しい所だが、そんなものは当然ない。かわりに何かないかと思ったが、自分一人で入手できる食べ物は何も無いことに愕然としながらも、ツチオの力も借りなんとか梅の実を入手し手土産とした。
囲炉裏の子は頬を膨らませ上目遣いに睨むような目で出迎えてくれた。いや歓迎はされていないか。
入り口の近く囲炉裏の反対側に腰を下ろし様子を伺う。怒っているような恥ずかしがっているような、複雑な顔をしているように見える。身振り手振りで謝罪の意を伝え、最後に頭を下げる。しかし返事は無い。チラリと覗いてみたが表情は変わらない。パン2丸見えみたいなジェスチャーが気に触ったのだろうか。大きめの葉っぱに乗せた3つの梅の実を献上するも、反応はない。
仕方が無いのでその場に梅の実を置き立ち去ろうとすると、袖を引かれる。この子からのアクションがあったのは始めてじゃないか?と思いつつ振り向くと、梅の実を突っ返される。だが、こちらも受け取るわけにはいかない。無言の押し合いが続く。結局は自分が1つ囲炉裏の子が2つと分けて食べることになった。甘みの中に酸味と苦味が混ざった複雑な味がした。
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夜になる。ウツメの姿は無い。まだ体調がよくなっていないのだろうか。こればかりは男は何もできない。鎮痛作用のある薬草があればいいのだけれど、そんな知識は持っていない。日本人なら薬局で薬を購入すれば済む話だがこの時代にそんな店などない。できる事は祈ることばかりか。つくづく自分は何もできない。
帰ってきてからツチメがおとなしい。今日一日、あの刺してくるような冷たい視線は感じなかった。何か思う所があるのか、それともようやく自分を認めてくれたのか。囲炉裏の炎に照らされたツチメを見たが、あの星空の下で感じたようなドキドキとした感覚は湧いてこない。あのロケーションが悪かったのだ、そうだ、そうに違いない。このままおとなしく寝よう。
ウツメ「話が違う」




