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11. 川旅

天気、晴れ。

晴れ男ここに見参。雨の味が知りたい。


見上げれば突き抜けるような青空、上空には(とんび)が円を描きながら飛んでいる。遠くの山には入道雲、燦々(さんさん)と降り注ぐ陽の光が眩しい。木々の葉は青々と茂り、川を吹き抜ける風は涼しげ。近くで水面から魚が跳ねる音が聞こえる。


開き直った。


村の西側にある河原では出発前の準備が着々と進められている。既に(いかだ)は水面近くまで移動してあり、次々と荷を乗せてられていた。大半は灰色の土器なののだが、若干他の荷も積み込むようだった。割れないように器と器の間には大量の藁を挟んでありしっかりと紐で結んである。さらに、荷物が落下しないように厳重に筏に固定されてもいる。川の流れは穏やかだとはいえどんなアクシデントがあるか分からない。ベーデン・パウエルさんは言いました「備えよ、常に」と。


早い昼食を終え、いよいよ出発の時が来た。




先行して補助役の4人の男が筏に繋がった紐の端を持ち対岸まで泳いでいく。無事泳ぎ着いたことを確認すると、残った数人が筏を水面へとゆっくり押していく。見れば下には細い丸太のようなものが敷いてあり、筏はゴトゴトとローラーの上をすべるように進む。自分たちも筏と一緒に水の中へと入る。全体が水面に達し浮力を得た所で、一(そう)につき2人の荷物番が慎重に乗り込む。乗り込んだあと、問題がない事を確認すると左右の岸にいる補助役に手を振り合図する。ここでようやく長い棒のような(かい)を使って筏を前へと漕ぎ出す。


左右の岸にいる補助役達は紐を引き、川の流れに合わせて筏の向きを変える。筏に備え付けてある櫂だけでは地形に合わせた複雑な操作を行う事はできないのだ。特にこのあたりの川辺は岩がちな所が多い。ちょっとしたアクシデントで荷を落としてしまう事もある。


それにしても両岸を歩く人は大変だ。小石だけの道であればまだいいが、時には小高い岩の上も通って行かなければならない。筏に乗っているだけの自分はどんなに楽なのか。いや、荷物が落ちないように注視する必要はある。


荷物番として、一艘目にカマオ・自分。二艘目には知らない人とツチメが乗り込んでいる。出発前にツチメはスカートのような履物からスボンへと着替えていた。濡れたズボンに違和感を感じるのか、ふくらはぎあたりの布を引っ張ったり叩いたりしている。自分の視線に気づくと急に立ち上がり、バランスを崩し、あわや筏から落ちそうになる。地面の上じゃないんだから落ち着いて欲しい。


気になったのはツチメの横にいる男。窯の近くでは見たことがない。カマオに「あの男は?」と聞くと「()の荷はこれだ」と腰の革袋を叩く。質問の答えになっていないようだが・・・。あの男の腰につけている革袋の中に何かが入っているのだろう。




ゆっくりと筏は進んでゆく。2度めのカーブを超えると景色は急に広がりを見せた。緑の絨毯。どうやら稲ではないようだが、所々遠くまで、何かの穂が広がっていた。


いまひとつ締まらない表現になってしまうのは、視界に映る植物か何なのかわからないからだ。ここで「一面に黄金色(こがねいろ)の稲穂が広がっている!」とか言えれば情景もわかりやすいとは思うのが、緑だし、正体不明だし、そこまで一面でもない。所々に切れ目があり、区画整備されていないのは見て取れた。成長具合もバラバラだし、そもそも隣り合った区画に同じ植物が植えられているかどうかも怪しい。


日本の田園風景が素晴らしいのは、コツコツと積み上げた濃厚技術とお百姓さんの努力の賜物なのだ。目の前に広がっている景色に文句を言うわけではないが、比べてしまうと「え、あぁ、まぁ」と言葉に詰まってしまうだろう。



複雑な心境を抱えながらも筏は進んでゆく。川幅は広がり、広いところだと10mは余裕で超えている。単純計算で筏に繋がっている紐の長さは片側5m。よくそんな長さの紐を作ったものだと感心しながら、補助役の方々へ手を振る。


まだ林が広がっている所もあり先を見通すことはできないが、川はほぼ直線になるとの事。川岸の道に激しい起伏も見られない。補助役の方々も一安心なのではないだろうか。


ずっと筏の上にいたのでどのくらいの距離を進んだのかは分からない。水の流れが一層なだらかになったかと思うと、右側の岸が切れているのを視認する。どうやら2つの川の合流地点が近づいているようだ。右岸の補助役達が川へ飛び込み左岸へ泳いでゆく。泳いでいく先を見ると少し離れた所から幾つかの煙が立ちのぼっている。目的地が近づいてきた。


下流に向かって左手、川の合流地点の近くに目的の村があった。手前には大きな河原があり既に何艘かの筏が上陸している。荷を運ぶ人々が忙しそうに働いていた。


自分たちの筏を泊めると、村の方から何人かの男たちがやってくる。代表してカマオが応対する。補助役の8人は船から荷を下ろし村への移送を始める。先程までのゆったりした時間が嘘のように目まぐるしく状況が移ろいでゆく。所在(しょざい)なげに佇むのは二人の子供だけ。


気付けば西の空は徐々に赤みを増しており夕暮れの時間が近づいている。反対側の空を見上げると、遠く、周りの山々に比べ一際高い山が見える。頂上は雪が残っているようだが、夕日を受けた山肌は赤く染まっている。


何故か拝みたくなり手を合わせ頭を垂れる。頭を上げると、隣から馬鹿にしたような視線と「何の真似?」という言葉が振ってきた。お前にはわからないだろう。偉大なものを見た時に思わず拝みたくなる気持ちを。

流れのある川で、荷物をのせた筏をオール1本で操作するのはかなり危険。急流下りの船頭さんを甘くみてはいけない。

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