真面目な女騎士は好きですか?
アヘらない女騎士は好きですか?
アヘール王国お抱えの女騎士団。その第四部隊は実に戦闘的で国の内外を問わず自国の利益の為にあらゆる戦に参加していた。
城の中を甲冑を鳴らし一際大きく歩く女騎士。それは自信の表れか己の存在そのものか。物寂しい冷たい扉の前で息を整えると、華奢な指で扉を三回ノックした。
「―――入りたまえ」
「失礼致します」
扉を静かに開けると、甘い葉巻の臭いが鼻についた。書類に目を通しながら小太りの男が一人、額から汗を垂らしながらハンコを捺している。
「お呼びでしょうかクソタレー少将……」
「直ぐに終わる。待ちたまえ」
女騎士は直立不動で待ちの姿勢を取った。仕事柄待つことは慣れている。ハンコを捺す時間くらい何てことは無い。【クソタレー少将】が汗ばんだ手で判を弄る様は不格好であり滑稽だった。それ故見ていて飽きない。
最後の書類に判を捺し、男は脇に置いてあった吸いかけの葉巻に火を付けた。そして女騎士の顔と躰をジロジロと舐め回すように眺めた。
「……ナマハメが見付かった」
女騎士は男の言葉に眉一つ動かさず続きを待つ。
「我が国で民間人を佞言で唆し、民主運動や独立運動、果ては暴動まで扇動した運動家……【ナマハメ・ガ・イチバン】が隣の隣、ヤベェナ国で見付かったとの報せだ」
男は指先で書類を一枚弾く。ヒラヒラと床に落ちた書類を女騎士は屈んで拾い上げた。その時男の視線は屈んだ女騎士の僅かにに見えそうで見えない胸元へと注がれた。
「……して、何故我々が?」
「第三部隊は団長が亡くなったばかりで纏まりが無い。それに君達に出動命令が出ると言う事は、それだけ王は奴に対して本気だと言う事だ。耳障りな羽音は生きるに値しないのだよ」
女騎士は書類に書かれた王直筆のサインを見つける。紛れもなく勅命だ。
「今小型船『アヘチラス号』を手配している。そろそろだと思うが……」
「既に出来ております」
女騎士の後ろから声がした。女騎士が静かに振り返ると、そこには橙の短髪に黒のスーツ姿で涼しい顔をした仕事人と思しき人物がいつの間にか立っていた。
「相変わらず仕事が速い。実に素晴らしい」
「お褒めに預かり光栄にございます」
「それでは二人で仲良く頼むぞ……くれぐれもな」
「お任せ下さい」
「…………」
部屋を出た女騎士は『こちらへ』と無言のジェスチャーで呼びかける仕事人の後ろを付いて言った。静かな城内に女騎士の甲冑の音だけが吸い込まれていく。
エントランスを抜け城の外へ出ると、爽やかな風が二人の間を吹き抜けた。
「ここなら良いだろう……」
仕事人は振り向き女騎士の眼を見た。女騎士はその冷たい眼を静かに見つめ返した。
「何故か私にも勅命が出ている……女騎士よ、如何思う?」
「……王への批判は大罪に値するぞブリザード大佐」
『ブリザード』と呼ばれた仕事人は眉を一つしかめた。数年前に訪れた大雪の際に混乱に乗じてテロリストが街を襲った際に、お決まりのスーツ姿でテロリストを征圧し、血染めの新雪の中涼しい顔をしていた事から着いた異名である。
「その名で呼ぶのは止めて頂きたい。私が冷ややかなのは……雪国育ちだからだ」
「何でも良い。我々は王の命に従い突き進むだけだ……」
女騎士は部隊を纏め、小型船アヘチラス号でヤベェナ国へと向かっていた。隣にはブリザード大佐が涼しげな顔で立っている。
「……何故一緒に? この船は女騎士専用、男は乗れない筈だが?」
「…………私は女だ」
女騎士は少し揺れる船の上で制服に身を包み立ち続ける。甲冑は潮で錆びる為船の中だ。
「……キツい冗談だ」
「本当だとも」
決して弾むことの無いとりとめの無い会話は終わり、夜更けを船の中で過ごす一行。大陸をグルリと周りヤベェナ国へと入国する為、到着は明日の朝になる。それでも山脈を越える陸路よりは断然早く安全だ。
―――ガチャ
湯気が立ち込めるシャワールームに一糸纏わぬ女騎士が入ってゆく。備え付けのシャワーは二つ。軽い仕切りを挟み隣同士でシャワーを浴びる。
「む、女騎士殿か……」
女騎士が隣を見ると、そこにはブリザード大佐がシャワー浴びていた。
「すまない……」
「いや、いいんだ私はお邪魔する身だからな」
「いや、貴殿を男と思っていた事だ……」
「気にするな。よくある事だ」
僅かに膨らんだ胸と女性的な体付きを見て、女騎士は謝罪の弁を述べた。簡単にシャワーを済ませた女騎士は、先に居たブリザード大佐よりも先にシャワールームを後にした。
自室でベッドに横たわる女騎士。当然のようにブリザード大佐は隣に置かれたベッドに寝ていた。
「……すまない。他に部屋が無いようでな」
「構わん。女同士何も問題はあるまい」
「……それより女騎士殿。今回の件はどうも何か臭う。ネズミ一匹を仕留めるのに虎や獅子を使わす意味が私には未だ理解出来ないのだが……」
「大罪だと言ったはずだが……?」
「用心しろと言っているのだ。王の理解を超えた何かが裏に居るやも知れんからな……」
「…………」
女騎士は王への忠誠を心の中で誓い、ブリザード大佐の寝息を確かめた後眠りへと付いた。
夜明け前、女騎士は上陸の準備へと入っていた。隊員は既に朝食を済ませ出動態勢に入っている。
「奴はどうした!?」
女騎士が声を荒げると、後方より気配がした。
「……おはようございます」
慣れぬ船旅か寝不足か、ブリザード大佐の髪は寝癖が目立ち、スーツ姿と言えどいつもの涼しげな表情はそこには無かった。
「そろそろ着くぞ、急げ」
「……私も行くのですか?」
「貴殿の手腕は噂に聞いている。是非とも目の前で見てみたいものだ」
「過度な期待は止めて頂きたい……」
小型船は海から川へと入り、川辺の森の中へと姿を消す。船を泊め橋桁を掛けた後女騎士達がゾロゾロと船から陸へと降り立った。
森の奥には古びた小屋が一軒。一人の女騎士が静かに気配を探る。そして合図を送ると四方から女騎士達が小屋へと突入した!
「覚悟!!」
部屋で女とイチャついていたナマハメの首を容易く落とすと、隊員達は速やかに小屋を後にした……。
「私の出番は無かった様ですね……」
「うちの隊員達が優秀過ぎて悪かったな」
殺風景な小屋には殆ど何も無く、どうやらナマハメはココへ来て間もない様子であった。ブリザード大佐は一通り家捜しを終えると、ナマハメの首と共に船へと戻りまた一日掛けてアヘール王国へと戻った。
―――んほ……んほ……
「隊長! レーダーに反応あり!」
「何事だ!?」
アヘール王国の海域内で謎の物体を捕捉したアヘチラス号。隊員達に緊張が走る……。
―――んほぉ! んほぉ!
「速度80!……魚雷です!!!!」
「……なにぃ!?」
―――ドゴォォォ……
激しい衝撃と揺れがアヘチラス号を襲った!
船は大破し隊員達は揺さぶられた船の壁や床に体を叩きつけられる! 船は真っ逆さまに沈み、隊員達は命辛々船から脱出し岸へと泳いだ。甲冑を捨て女騎士は泳ぎ続けた。
夜の海は寒く、女騎士が浜辺へ着く頃には体はガチガチに凍え冷え切っていた。しかし、スーツを濡らしたブリザード大佐は一人涼しげな顔で髪の水気を飛ばしていた。
「やられたな」
「ああ……」
「どうやらクソタレー少将にはめられたみたいだな」
「…………」
「あの書類には王直筆のサインがあった。つまり王は既にクソタレー少将に丸め込まれた……」
「…………そんな……」
「目障りな女騎士と私を遠征させ、その隙にアヘール王国を手中に収める。それが奴の狙いだったんだ」
「……王よ……」
「隊長!」
城へ様子を見に行った密偵が戻り現状を報告した。城内は整然としており、クソタレー少将の根回しは細部に渡っている様子。他の女騎士隊は沈黙し王はクソタレー少将の言いなりと化していた。
「さて、女騎士殿よ……」
「…………」
ブリザード大佐は濡れたスーツを脱ぎ、ネクタイを放り投げた。体に張り付いたシャツが彼女のボディーラインを露わにする。
「……命とは?
……命とは?
……命とは?
……勅命とは?
……義務とは?
……責務とは?
……女騎士とは!?
その心を、その身体を突き動かす思いは!?」
ブリザード大佐の問い掛けに、女騎士は一人城を見た。
「汚れなき忠誠心……それだけだ」
静かに歩き出す女騎士の後ろを、女騎士達が着いて行く。
「誰に喧嘩を売ったのか奴は知らない様だ。ブリザード大佐殿、貴殿の手腕を見せて貰う時が来た。ネズミの次はブタを狩る!!」
「……ああ!!」
女騎士とブリザード大佐が城の前へと辿り着くと、ゾロゾロと他の隊の女騎士達が彼女等の目の前へと立ちはだかった。
「……どけ」
「なりませぬ。貴殿は既にナマハメと共謀して国へ反逆の狼煙を上げた大罪人となっております故……お引き取りを」
「二度も言わせるな!
どけ!!!! 」
「……ぐっ!!」
女騎士の気迫にたじろぐ他隊の女騎士達。女騎士達をはねのけ城の中へと突き進む。
「王!!」
女騎士が玉座の間へと入ると、玉座で頭を抱える王とその隣にはしたり顔のクソタレー少将が立っていた。
「……女騎士!?」
「これはこれは女騎士殿……まるで濡れ鼠の様ですなぁ?」
「王よ、これは全てそこに居るクソタレー少将の謀でございます! 我々は事実無根! 決して王に刃を向ける事など致しませぬ!!」
「黙らぬか無礼者!! 由緒正しき玉座の間を汚すとは身の程知らずめが!!」
「王!!」
女騎士はポタポタと海水を滴らせながら王に問う。体は震えその身は冷え切っている。
「……女騎士を投獄せよ」
「王!?」
王は眉をひそめ、苦渋の決断を下した。女騎士第四部隊を失うことは自国の戦力に大きく影響するが換えは利く。しかし国を跨ぎ世界を混乱に陥れる活動家と裏で繋がる女騎士を泳がせて置くことは外交的にも問題があると、そう王は判断した。
「お待ち下さい」
項垂れる女騎士の後ろから、気配無くポタポタと海水を滴らせたブリザード大佐が現れた。
「ちっ! 貴様も生きてたか。全く運の良い奴等だ……」
「王よ、これをご覧下さい」
ブリザード大佐は幾つかの書状を王へと手渡した。
「…………」
そこにはナマハメがヒンギィ国出身の元重役である事。他国で煙たがれており、ついてはヒンギィ国の評判を落とすことに繋がる存在となった為に粛清を受ける羽目になった事。そして、自らの手を汚したくないヒンギィ国の為にクソタレー少将が女騎士と若い大佐を犠牲にしてナマハメを殺させる事。その見返りに多額の報酬が支払われる事が明記されていた。そして何よりその書状にはクソタレー少将の直筆のサインがされていた。
「な、何故それが……!?」
「少将……これはどう言う事だ?」
「ナマハメの隠れ家にその書状が置いてあった。そしてもう一通……これはヒンギィ国からナマハメに宛てた物」
王が次の書状へ目を通す。そこには少将への見返りの半額を払うから自国へ帰還し隠居せよとの旨が書かれていた。
「ヒンギィ国はクソタレー少将より小物だった。唯それだけの事です……」
「……おのれぇ……!!」
「クソタレー少将よ……余を誑かしたな?」
「…………くっ!!」
―――チャッキ!
クソタレー少将は懐の短剣を抜き目を血走らせ覚悟を決めた。女騎士は咄嗟に王へと駆け寄り身を盾にした。
「少将何をする気だ!?」
クルリと手首を翻し短剣を逆手に持つと、少将は自らの喉元に勢い良くその刃を突き立てた……。
「……グググ…………」
玉座の間が少将の血で汚れていく。それをブリザード大佐は涼しげな顔で見ていた。そしてクソタレー少将が息絶えると、女騎士達が現れクソタレー少将の死体を運び出した。
「……すまない。余は間違っていた」
王は玉座から立ち深々と頭を下げた。
「王!? なりませぬ! なりませぬ!」
女騎士は慌てふためき跪く。ブリザード大佐は変わらず涼しげな顔をしている。
「女騎士よ……名を聞かせてくれぬか?」
「女騎士隊第四部隊隊長……【ア゛ァァン!・フランソワーヌ・メンドクセー】と申します……」
「そちらは? 何と申す?」
「陸軍女騎士課統括本部大佐【エミリア・エリクシール・クラウシー】です」
「ア゛ァァン!にエミリアか。二人とも余の不徳の致す所で命を危険にさらすこととなり大変に申し訳なかった」
王は再度頭を下げる。女騎士の目には涙が零れていた……。
かくして、事件はクソタレー少将の反乱と言う事で一件落着した。女騎士は名誉ある王の護衛職に就任し、ブリザード大佐は亡き少将の後釜に就いた。
―――コンコン
「失礼する」
かつては葉巻の煙が立ち込めていた無機質な部屋も、今では窓辺に花が飾られる程に明るくなった。女騎士は判を捺す綺麗な手つきのブリザード少将を見て微笑ましく思った。
「非番の日に呼び立ててすまない」
「いや、それで何用で御座いますか少将殿」
「貴殿から『少将殿』と呼ばれると何だかむず痒い……。今日は気軽に『エミリア』と呼んで欲しい」
「……?」
「私も今日はこれで終わりだ……だから、その……たまには……」
ブリザード少将は手をモジモジさせながら恥じらい女騎士をチラチラと覗く。
「ご、ご飯でも……一緒に……行きませんか?」
少将からの意外なお誘いに女騎士は意表を突かれるが、すぐにその表情は明るくなった。
「ああ! 汚れなき忠誠心と共に行こう!」
二人は仲良く部屋を後にした。仲睦まじく歩く姿は城内の噂になり、その明るく楽しげな表情を浮かべる少将の姿を見て次第に『ブリザード』と呼ぶ人は居なくなったという……。
「……それと、私の事も『フランソワーヌ』と呼んで頂きたい。何時までも『女騎士殿』じゃあ困る」
「『ア゛ァァン!』じゃダメ?」
「止めてくれ。名前が酷いのは女騎士の宿命だ。だが、今は普通にエミリアとの食事を楽しみたい。だから『フランソワーヌ』と呼んでくれ」
「ふふ、分かった♪」
こうして二人は長くに渡り交流を深めた―――
読んで頂きましてありがとうございました!
(*'ω'*)
前編後編に分ければ良かったかなぁ……?