第七話 ついにこの時が…! 恋人たち全員、「子供がほしい」の大合唱!
第七話
俺を抱き寄せるシルヴィア。
そのふくよかな胸と、俺自身の張りのある胸が押し合いへし合いして苦しい。
それでも彼女は構わず腕に力を入れる。
「ああ……ご主人様ぁ……」
頬は上気し視線も定かではない。
甘ったるい吐息を漏らす半開きの口端は垂涎さえしつつある。
(お前……いったい何したんだよッ!!)
俺が股間のそいつを必死に睨むと、頭に声が響いた。
(どや!! ワイのチカラやで!!)
こいつ、直接脳内に……!
(チカラって……だから何したんだよ!! 明らかにヤバいことになってるだろ!!)
(チャームの魔法や!! これでアネゴの好感度爆上げやで!!!)
(好感度っていうか狂信者みたいになってるだろ!! やりすぎだ!!!)
ああもう、余計ピンチになっている気がする!
俺はどうにかシルヴィアを引き剥がすと立ち上がり、息を整えた。
「あー、シルヴィア、すまないが、その、用事を思い出した。 俺、あいや私は、もう、行く」
俺は服をひっつかむと、きびすを返して家を出ようとする。
が、シルヴィアがスカートの端をむんずと掴んで追いすがる。
「ああぁ……ご主人様ぁ、どうか置いていかないで……! わたくしめを召使い……いや奴隷!奴隷としてどうかおそばに!!」
ズルズルと引きずられながらもしつこく言いすがるシルヴィア。
まったくチャームの魔法とは恐ろしいものだ。
(なあ! このチャームの魔法ってどれくらい続くんだ!?)
(この程度やったら1時間ぐらいかなァ!! アネゴがもっと力を入れてくれてたら、一生分だってできたんやけどなァ!!)
(一生!!?)
(せやで!! 一生、アネゴに仕え、かしずき、崇め、奉り、敬い、尽くす!! 恋の奴隷の出来上がりやで!!)
恐ろしい……恐ろしすぎる……。
「お願いします!! 一生おそばに……おそばにいさせてください!!」
半泣きで追いすがるシルヴィア。
魔法のせいとはいえ流石に心が揺れるし、痛む。
「いや!! いっつもソロプレイだったから!! ひとりが好きだから!! うん!! ごめんね!!」
こっちも必死で言い訳し、無理やりドアを開けて外に飛び出す。
半裸に近いがかまうもんか。
「ご主人様ぁ~~~ っ!」
悲痛な叫びに後ろ髪をひかれながら、肌も露わな乙女──俺は走り出した。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば……」
気付けば村のはずれまで来ていた。
俺は手近な岩にどっかと腰を下ろした。
「ぜぇぜぇ……まったく、なんでこんなことに……」
「ほんとだなァ!!! なんでだろなァ!!!」
スカートの端から顔を半分出したソイツの能天気な声が耳に障る。
俺は元凶たるそいつを睨みつけた。
「お前だよ!! お前のせいだよ!!」
「ワイィ!?」
「そうだよ!! お前がチャームの魔法なんて使うから!!」
「でも!! でも!! 助かったやろ!!?!」
「ぐっ……」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
あの時股間から肉妖精をブラ下げた俺の姿を見たシルヴィアがどういう行動を取ったかは予想できない。
慌てた彼女からヘンタイ呼ばわりされて警察沙汰……なんてことになったかもしれないのだ。
……いや、この世界のオスメスの肉体構造にどんな種類があるのかは分からないが。
「まあ……その、お前なりに良くやってくれたのは分かるよ…… 言い過ぎた……」
「だろォ!!? やっぱワイってすごいなァ!!!」
すーぐ調子に乗る……。 俺は何も言わずに空を仰ぎ見た。
今日は晴天。 突き抜けるような青空が広がっている。
……バカバカしい。
ここは異世界なんだ。 何が起こったって不思議じゃないじゃないか。
俺は股間に妖精を飼ってるオトコオンナ。 それ以上でもそれ以下でもない。
「なぁなぁ!! 聞き忘れてたよォ!!」
視界の下端から声が覗く。
「……何だ」
「名前だよ名前ェ!! アネゴ、名前はなんて言うんだよォ!!! 何者なんだよォ!!!」
「何者って……」
大した肩書きはない。元の世界では無職だったんだ。
それを伝えたところでこいつの興味は満たせないだろう。
めんどくさいがイチから説明するか。
「あー俺は……おんJやってて……」
「オンジェかー!!! オンジェっていうのかー!!! いい名前だなー!!!」
イチから説明するのが面倒くさくなった俺は、
「うん」
とだけ気のない返事をして、そのまま仰向けに寝転がった。
青空だけは、元の世界と変わらない。
姿かたちも文化も言語も違うこの国で、唯一。
「なぁなぁ!! オンジェ!! ワイにも名前つけてくれよォ!!」
「名前……?」
俺が軽く起き上がると、そいつはウネウネと身をくねらせながらこちらを見ている。
お願いのジェスチャーのつもりなんだろう。
「お前……名前、なかったのか」
「そうだよォ!! 妖精は主から名前をもらって一人前なんだよォ!! おくれよォ!!」
「名前ねぇ……」
正直、そんなことに1ミリたりとも頭を使いたくない。
見た目をそのまま……
「肉」
「もっと可愛く!! キュートで!! ワイの魅力をたっぷり込めた!! そんな!!」
注文が多い。
肉……かわいい……坊や……
「肉……坊……」
「お?」
「肉坊。 お前の名前は、肉坊だ」
「肉坊かー!! いい名前だなァ!! ありがとよォ!!!」
そいつはより一層クネらせながら喜びを表現する。
こうやってみると少しかわ…… やっぱり気持ち悪い。
「じゃあオンジェ!! これからもよろし───」
……!
俺と肉坊が同時に同じ方角を向く。
……聞こえた。
確かに、聞こえた。
「悲鳴……?」
視線の先には、鬱蒼とした森が広がっている。
森の中から、確かに女性の悲鳴が聞こえた。
「……肉坊!!」
「合点だィ!!!」
俺は肉坊と目を交わし、森の中へ駆け込んだ。
───今思えば、この時が幕開けといえたかもしれない。 オンジェと肉坊の、冒険譚。