空間移動
☆前回のあらすじ☆
麻里亜との口づけでジンは治療され、気絶していたルビナ姫が目覚める。ルビナ姫とは、ちょっとした悶着があった。
そして、生きていた大男は部屋に毒ガスを撒き、爆破スイッチを押して三分間のデスゲームが始まる。
☆空間移動☆
「警告。爆破まで三分です。組員は速やかに退避してください。繰り返します……」
その時、サイレンとともに感情のない女性の機械音声が監禁室のスピーカーから聞こえる。
僕は絶望に駆られ、両手の掌を床に突き、拳で思いっきり床を叩く。
くそっ。どうすればいいんだ。悔しくて歯を食いしばる。
考えろ、なにか策があるはずだ。床に突いた掌を握り締める。
宙を見つめ、嫌な汗が頬を伝い顎から滴る。
その時、青白い障壁内に暗闇に浮かぶ大男の上半身のアップ映像が映る。
映像が乱れ、大男の不気味な呼吸音が響く。
「諸君、御機嫌よう。寛いでいるかね?」
ノイズの混じった大男の声は勝ち誇ったように不気味に笑っている。
この声は……あいつだ。
「!?」
僕は顔を上げて、大男を睨み据える。
僕は怒りに狂って立ち上がり、青白い障壁内を叫びながら拳で何度も叩く。
大男は挑発するように不気味に笑いながら人差指を突き出して小さく左右に振る。
「死ぬ前にお前たちを拉致した理由を教えてやる。兵器だよ、わかるか? 生体実験のためにお前たちを拉致した。生体兵器開発のために人間を攫い、極秘の研究施設で生体研究を行う。軍事兵器を創るのだ。フハハハハッ。ちょうどいい、完成したばかりの生体兵器シェリアの性能テストをしよう」
大男は椅子から立ち上がり、カメラ目線で奥へと腕を伸ばす。
奥には燃えるような紅く長い髪とオレンジ色の瞳で戦闘スーツに身を包んだ少女が無表情で椅子に座っている。
少女は瞬きもせずに太腿の上で拳を握り締めている。
椅子の後ろで手枷を嵌められ、足には足枷を嵌められている。口にはさるぐつわ。
大男が少女の頭に布を被せ、腰のホルスターからオートマチック銃を抜き、少女のこめかみに銃口を突きつける。
少女は無抵抗で無言のまま。
僕は悲しくなり、涙が滲む。
「やめろ……やめてくれ……」
僕は映像に釘付けになり、両膝を床に突き、俯いて拳で青白い障壁内を叩く。
「オレの名前はジョー。西のアルガスタ、闇の支配者だ。時は来たり、時代は暗黒を迎える!」
大男は引き金を引いて一発の銃声が響く。
「!?」
僕は銃声に驚いて顔を上げる。
許さない。僕は、お前を許さない。
僕は歯を食いしばって大男を睨み据える。
少女はぐったりと俯いている。
大男が両手を広げて高笑い、映像はそこでブラックアウトした。
僕は動揺して眼がさざ波の様に揺れ、しばらく青白い障壁内の一点を見つめていた。
悔しくて涙が滲み、手の甲で涙を拭う。
僕はやるせなくなり、拳を握り締めて俯く。
脱出してやる。絶対、脱出してやる。
平気で人を殺す人間を野放しにはできない。
でも、どうすれば。考えるんだ。
ふと頭の中で大男が消える瞬間が過る。
そういえば、あの男はどうやって脱出したんだ?
あの男が消える時、空間が揺らいだ様に見えたけど。
そうだ。あの男が脱出に使った技術を使えれば、ここから脱出できるかもしれない。
でも、僕じゃ無理だ。やっぱり、麻里亜が頼りだ。諦めちゃいけない。
僕は瞼を閉じて首を横に振る。
顔を上げて、僕は希望を胸に麻里亜を見る。
麻里亜は僕に背を向けて両手を横に広げ、両手の掌が青白く光っている。
麻里亜の周りに球形の青白い障壁が形成され、青白い障壁の周りに青白い電気がバチバチと走っている。
麻里亜が無表情で僕に振り向く。
「ジン様。私のコアを犠牲に、これより空間移動を展開します。最善の脱出法を検索した結果です。パワーチャージに時間を要します」
麻里亜の眼が寂しそうに顔を戻した。
麻里亜、何をしようとしてるんだ?
嫌な予感がして僕の鼓動が高まり、僕はぐっと胸を押さえる。
「空間移動? 麻里亜、どういうこと? 麻里亜は死んじゃうの!?」
僕は泣きながら麻里亜の首に両手を回して、麻里亜の背中に抱き付く。
麻里亜は僕の手を優しく握った。
「短い間でしたがお世話になりました。ジン様と口づけをした時、ワタシは胸の鼓動が高まりました。これが恋という感情なんでしょうか? ワタシは泣くことができません」
麻里亜はそっと僕の手から自分の手を離し、また腕を広げて掌を広げる。
僕は悔しくて麻里亜の肩を拳で叩く。
「別の脱出法を探せばいいじゃないか! まだ時間はあるだろ!? 麻里亜が死ぬなんて、僕は嫌だからな!」
僕は麻里亜の背中に抱き付いたまま嗚咽する。
こんなの嫌だ。
「時間がありません。ジン様、ワタシはジン様の母親になれましたか?」
麻里亜の冷たい声が棘の様に降ってくる。
僕は溢れる涙を手で拭う。
「……もちろんだよ。麻里亜、僕のこと好きだったんだね。初めて知ったよ、ありがとう。最期に麻里亜とキスできて嬉しかった。麻里亜のことは絶対忘れない」
僕は洟をすする。垂れた鼻水が麻里亜の背中に張り付く。
僕は麻里亜の服に垂れた自分の鼻水を拳でごしごしと擦る。なんだか可笑しい。
夢だと思って、頬を強く摘まむ。痛い、夢じゃない。
麻里亜は僕を死ぬ気で守ろうとしている。
麻里亜が本気なんだと理解した。麻里亜との思い出が頭に過る。
麻里亜がメガネを掛けて家庭教師をしてくれたり、麻里亜が色んなことを知っていたり。
麻里亜と一緒に街に出掛けたこと。麻里亜と一緒に遊んだこと。
僕は涙を手で拭う。僕たちを守るために、麻里亜は命を犠牲にする。
だったら、麻里亜を止めちゃいけない。
僕は溢れる気持ちを抑えるように、拳を握り締めた。
僕は片膝を床に突いて立ち上がり、麻里亜の肩にそっと手を載せる。
「ジン様との思い出を共有できてワタシは光栄です。ワタシはジン様とお付き合いしたかったです」
麻里亜が残念そうに俯く。
僕は照れて頭の後ろを掻く。
「そ、そうだね……キ、キスくらいなら、できるんだけどねっ。な、なに言ってるんだろ、僕ってば。アハハハハッ」
僕の頬が恥ずかしさで火照り、頭の後ろを掻きながら、気を紛らわすように愛想笑いする。
そういえば、麻里亜は女の子っぽくなった気がする。僕は麻里亜の背中を見つめる。
あれ? 麻里亜って何歳なんだろ? 見た目は僕より年上な気がするけど。
麻里亜が顔を上げて、僕に振り向く。
「ジン様。私の最期の我が儘です。ワタシはジン様が好きです。もう一度、ワタシと口づけしてくれますか?」
麻里亜の年齢を聞こうとした矢先に、麻里亜の淡い願いが込められた冷たい声が降ってくる。
僕は思わず麻里亜の肩から手を離して後退り、間抜けに飛び上がる。
「え、ええー!? や、やだよっ。恥ずかしいよ……そ、その、心の準備が……」
麻里亜から顔を背け、僕の顔が火照り、気まずそうに人差指で頬を掻く。
もじもじと指を絡めながら僕の視線が、何故か気絶しているルビナ姫にいってしまう。
今のルビナ姫に聞かれてないよね? うわー、恥ずかしくなってきた。
「ワタシは最期までジン様を守ります。ワタシの想いを無駄にするつもりですか? 後悔しないでください」
麻里亜の熱の入った言葉が聞こえる。
僕は俯いて拳を握り締める。
「!? そ、そうだね……」
僕は生唾を飲み込み喉を鳴らし、麻里亜の横顔を一瞥して麻里亜の脇を回り、胸を手で押さえて麻里亜と向き合う。
僕は恥ずかしさで麻里亜の顔をまともに見ていられず、麻里亜から顔を背け瞬きしながら麻里亜を横目で見る。
スピーカーから警告音のサイレンが鳴り響く。
「爆破まで残り一分です。組員は速やかに退避してください。繰り返します……」
その時、感情のない女性の機械音声が監禁室のスピーカーから聞こえる。
僕は緊張で生唾を飲み込んで喉を鳴らし、両手の拳を握り締める。
意を決して瞼を閉じ、瞼に力を入れてゆっくりと麻里亜と口づけした。
僕の鼓動が高まる。
『ありがとうございます。ジン様、ワタシはこれでプログラムを消去できます。思い残すことはありません』
麻里亜の優しい声が頭に響く。
麻里亜のテレパシーだろうか。
とても心地がいい。
「!?」
僕は麻里亜と口づけしたまま、驚いて眼を見開く。
麻里亜も瞼を開く、麻里亜は両手を広げたまま、優しい眼がさざ波の様に揺れ、麻里亜が僕に微笑む。
球形の青白い障壁の青白い電気がバチバチと音を立てて一層激しくなる。
僕は安心してゆっくりと瞼を閉じる。
ありがとう、麻里亜。さよなら……僕は麻里亜にテレパシーを送る。
僕は麻里亜の頬に両手を当てて、麻里亜と濃厚に口づけする。
僕の鼓動のリズムが落ち着いてゆく。
『さよなら、ジン様……』
麻里亜の声が耳に残る。
麻里亜のメッセージの様に耳鳴りがする。
警告サイレンが鳴る中、激しい揺れとともに、向こうで天井が崩れる音が聞こえる
「爆破まで30秒前。カウントダウン開始します。これより臨界点突破。繰り返します……」
感情のない女性の機械音声が監禁室のスピーカーから聞こえる。
その時、雷が落ちた様な衝撃と轟音が響き、次の瞬間に物凄い重力が僕にのしかかり、僕は押し潰されそうになり苦しくて声を漏らす。
息苦しくて息が荒くなる。ゆっくりと瞼を開けると、麻里亜が僕の唇から離れてゆっくりと瞼を開ける。
麻里亜は僕に微笑む。写真で見た母さんの笑顔がそこにあった。
麻里亜の身体から無数の光の玉が溢れ天に昇ってゆく。
麻里亜は魂が抜かれた様に静かに瞼を閉じて僕に寄り掛かった。
僕は麻里亜を抱き締め、天に昇ってゆく麻里亜の光の魂を仰ぐ。
周囲の景色が物凄い勢いで変わってゆく。映像の巻き戻しのように廊下を抜け、玄関を抜けていく。
次の瞬間には、大きな噴水の傍に空間移動していた。
正面には大きな屋敷が建っている。
ゆっくりと球形の青白い障壁が、青白い電気を激しく走らせながら、火花を散らして消えてゆく。
次の瞬間、屋敷が大爆発して、爆風で僕は麻里亜の身体から離れ、麻里亜に手を伸ばすが爆風で吹っ飛ばされる。
僕の身体がくの字に吹っ飛び、僕は車のドアに激突して、僕は痛みで顔をしかめながらゆっくりと顔を上げる。
車のドアは爆風の衝撃で凹んでいた。誰かが近づいてくる影が見える。
僕はそこで気絶した。
今回、麻里亜が自らの命を犠牲にして、ジンたちを助けます。麻里亜の告白、恋という感情。人間らしいアンドロイドが書けたと思います。