新しい武器
「麻里亜、刀を下ろせ」
わたしは腕を回して、首を回しながら、麻里亜に言った。
「了解」
麻里亜が、父上の喉元から刀を下ろして、一歩引いて刀を鞘に納める。
そのまま麻里亜は棒立ちする。腰に下げた鞘を握って。
「私をどうするつもりだぁ? 息子よ」
父上が瞼をゆっくりと開けて、わたしを睨む。
「監禁室に閉じ込めて、憲兵団に身柄を確保してもらいます」
わたしは腕を組んで、父上を見下して冷たく言う。
監禁室は、さっきモニターに映っていた。使わせてもらいますよ。
「ふんっ。臭い牢獄の中で、血の罪を償えってか? お前らしい、好きにしろ」
父上は鼻で笑って、杖から乱暴に手を離した。
両膝を床につけて、頭の後ろに手を回す。
「麻里亜。手錠を掛けて、父上を監禁室に連れてゆけ」
わたしは、巨大なモニターを見ながら言う。
「了解」
麻里亜は、黒いワンピースのポケットから手錠を取り出し、父上の手首に手錠を掛けた。
麻里亜は父上を立ち上がらせ、杖を拾い上げて杖を突かせ、父上を連行して、二人はホールの奥に消えてゆく。
わたしは佇んで、巨大なモニターを凝視していた。
先ほど監禁室の映像が映っていた辺りに、巨大なモニターの小さな映像が切り替わる。
別の監禁室の映像に切り替わり、銀二とお菊が監禁室の床に気絶していた。
それぞれ、別々の監禁室に監禁されている。
「!? お菊、銀二!」
わたしはお菊と銀二が無事で、表情が綻ぶ(ほころぶ)。
二人を助けたい気持ちを堪えて、握り拳を作る。
しばらく、屋敷の地下を調べたい。わたしの我が儘だ(わがまま)。
後で、必ず助ける。しばらく、監禁室で休んでいてくれ。
そこなら安全だろう。
まずは、モニター前の書斎机を調べよう。
何か手掛かりがあるかもしれない。
わたしは吸い寄せられるように、モニター前の書斎机を調べ始めた。
机の上は乱雑しており、何枚かの難しい図面や、黄ばんだ研究日誌や、新しい研究日誌が混ざり合って、古い研究日誌と新しい研究日誌が何冊かあった。研究日誌の日付が、それぞればらばらだった。
机の上を掻き分けていくと、研究日誌が床に落ちたりしたが気にしない。
机の一番下に、伏せられた古い写真立てがあった。
思わずわたしの手が止まる。
「ん?」
高揚を抑えきれず、写真立てを手に取り、飾られた写真を見る。
写真は古ぼけたわたしの家族写真だったが、写真は鋭利のような物で切り裂かれている。
わたしと、母上と、父上の顔が切り取られ、顔無しになっている。
写真立てを持つわたしの手が震える。
父上は、自分の中の優しい父上を封印したのか。
全ては、自分を陥れた(おとしいれた)奴らの復讐のために。
写真に写っている父上と母上。
顔が切り取られ表情が分からないが、この頃の父上は優しく、母上も幸せそうだった。
今でも鮮明に覚えている。わたしも幸せだった。
だが、父上と母上は、もういない。
写真立てに、わたしの涙が零れ落ちる。
わたしは口許を手で押さえた。
辛くなったわたしは嗚咽して、写真立てを机に伏せた。
全てを終わらせなければ。
わたしの手で。
涙を手で拭って、丸まった図面を机の上に広げて見た。
そこに、麻里亜らしき人造人間の設計図や、武器の設計図の様なものが、鉛筆で細かく書かれていた。
ここで、試作機麻里亜は造られたのか?
そして、武器の設計図に書かれている、マント、制服、革手袋、革靴、刀、銃。
父が最近まで研究していた、新しい武器だろう。
わたしは広げた設計図を丸め、一番古い日付の黄ばんだ研究日誌を手に取り、研究日誌の頁を捲った。
そこには、父の細かい字で、難しい数式や、ありふれた日記が書かれている。
わたしの知っている父がそこに居るようで、また涙が溢れる。
また頁を捲っていくと、茶封筒が床に落ちた。
「これは?」
わたしは不思議に思いながら、茶封筒を手に取る。
《息子へ》と、父の字で茶封筒の表に書かれている。
茶封筒を裏返すと、裏には何も書かれていない。
「ち、父上の手紙!?」
わたしは高鳴る鼓動を抑え、茶封筒の封を慌てて千切る(ちぎる)。
父の文面を眼で追っていく。心の中で、父の声が呪文のように唱えられてゆく。
《お前がこの手紙を読んでいる時。私が私でなくなっているだろう。最愛の妻は、奴らに殺された。私は、妻を奴らに殺されたショックで、お前に酷い仕打ちをしているかもしれない。その時は許してくれ。もうすぐ、私は闇に染まることだろう。奴らの復讐のために。この手紙を読み終わったら、どうか、お前の手で私を楽にしてくれ。私が開発した武器で。そして、私の武器を正しい道に役立ててくれ。お前を愛している。父より》
「ち、父上……」
わたしは父からの手紙を読み終わり、手紙を持った腕を下げて、涙を手の甲で拭う。
どうして。どうして父上は変わってしまったんだ。
わたしは悔しくて手紙を握り締め、机を思いっきり両手で叩く。
その時、机全体が重い音を立てて沈み、歯車が噛み合うような仕掛けが音を立てて動き出した。
「な、なんだ?」
わたしは、辺りを見回す。
書斎机の前の床が両開きになり、床下から大きなガラスケースが二つ現れた。
一つのガラスケースには、刀架に掛けられた刀。肩に掛けるタイプらしい。
そして、刀の下に二丁のオートマチック銃とホルスター。
もう一つのガラスケースには、憲兵団の制服と、革手袋と革靴、そしてマント。
「こ、これは、憲兵団の制服……」
わたしは、憲兵団の制服を見つめていた。
驚きのあまり眼が見開き、眼がさざ波のように揺れている。
何故、憲兵団の制服が?
まさか、父は憲兵団の制服を着て、奴らに復讐するつもりだったのか?
わたしは、銃と刀を見る。
これは、設計図に書かれていた武器か?
新時代のための新しい武器だというのか?
その時、ガラスケースの刀が脈打ち始め、二つのガラスケースが砕け散った。
わたしは床に伏せて、両腕の中に顔を埋める。
わたしと共鳴しているのか?
なんのために?
これを使えというのか?
わたしは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がり、生唾を飲み込んで喉を鳴らす。
鞘を見つめ、深呼吸して、刀の鞘を握る。
次の瞬間。電撃のような痛みが、身体中を駆け巡る。
わたしは思わず唸り、手首を押さえる。
「うぉぉぉぉぉ!」
わたしは悲鳴を上げて、歯を食いしばる。
電撃のような痛みが抜けたかと思うと、身体中から煙が昇っていた。
わたしは肩で息をしていた。
これは、父上からの贈り物だ。わたしの知っている父上のな。
大事に隠していたようだが。あなたの武器、使わせてもらいますよ。
そして、この手で、あなたを楽にさせます。
わたしは憲兵団の制服を着て、マントを羽織り、革手袋を嵌め、革靴を履いた。
腰にホルスターを巻いて、二丁のオートマチック銃をホルスターに収め、肩に鞘を斜めに掛ける。
手の指を開いては閉じて動かしてみる。
不思議だ。力が湧いてくるようだ。
ホルスターからオートマチック銃を抜いて、両手で構えてみる。
皮肉なもんだな。父の武器を装備するとは。
オートマチック銃をホルスターに収める。
その時、轟音がした。まるで、大砲の様な。
しばらくして、屋敷の地下に放送が入ったのか、耳障りな雑音がした。
わたしは雑音に耐えられなくなり、両耳を押さえる。
「テス、テス。声は入ってますかぁ? どうぞぉ。息子よ。モニターを見ろ。なんつってな」
わたしは驚いて、両耳を押さえたまま巨大なモニターを見る。
放送の音量が大きくて、耳障りだった。
巨大なモニターの画面が一つになり、映像が流れた。
三味線が流れる。
「ねぇ。あたしを抱いて? 二人で、いい夢見ましょ? ね?」
着物を着た若い女が、画面一杯に半裸で迫り、豊満な胸を手で隠して手招きしている。
上目使いで甘えたり、投げキスをしている。
誰だ、この女は?
どこかの遊郭か?
画面が切り替わって、机の椅子に座り、身を乗り出した父上が映る。
父上が興奮気味に、鼻息が荒くなっている。
鼻血が出そうになり、「いかん。いかんぞ」と言いながら、鼻を手で押さえる。
映像が二分割された。全体の映像と、父上のどアップ。
どうやら映像は、監禁室前らしい。
薄暗い廊下に、シャンデリアの蝋燭が怪しく灯っている。
廊下の奥に、頑丈そうな扉が並んでいる。
あの扉の向こうに、銀二とお菊が?
それにしても、麻里亜の姿が見当たらないが。
「こりゃ失礼。あの娘は咲ちゃんね。いい乳して、たまらんねぇ! くぅ!」
父上が拳を振り上げたと思ったら、口に銜えた葉巻を持って咳払いする。
その後、興奮気味に仰け反って高笑いした。
仰け反り過ぎて腰にきたらしく、腰を叩いている。
そして、シルクハットが落ちて、慌てて拾い上げる。
父上は、わたしの姿が見えているのか?
ならば、こちらの映像を流すカメラがモニターに仕掛けられているのか?
「さてとっ。麻里亜は、監禁室に閉じ込めたぜ? どういう意味かわかるかな? ん?」
父上が耳に手を当てて、答えを待つかのように瞬きしている。
葉巻を吹かした。
「どういう意味だ?」
わたしはモニターを睨む。
握り拳を作る。
「麻里亜に連行されている間、私は必死に考えた。考えに考えたわ。そこで、私はわざと監禁室に連行され、邪魔な麻里亜を監禁室に閉じ込めたわけだ。この手でね? ドカンと一発よ! 麻里亜の腹に風穴開いちまった。ありゃ死んじまったかもなぁ!」
父上は機械の手を振って見せびらかし、机を叩いて不気味に笑った。
父上の手が大砲のような形に変わっている。
さっきの音は、あの大砲で撃った音か。
父上と闘うなら、あの手は厄介だな。
あの手、他の形に変形するかもしれない。
「麻里亜を撃ったのか!?」
わたしは父上に怒鳴った。
ホルスターの二丁のオートマチック銃を抜こうとする。
「どうどう。なあに、監禁室の造りは丈夫でねぇ。麻里亜の回路をショートさせた。しばらく、麻里亜には眠ってもらうよ」
父上が葉巻を吹かして、画面に向けて煙を吐く。
父上は廊下の奥の監禁室に振り向いて、手の指を動かして、投げキスをした。
可笑しいというように、机を叩いて不気味に笑っている。
「父上。あたなも人造人間なのですか!?」
最初に、屋敷の地下で父上を見た時から、そう思った。
あの身体は人間ではないと。恐らく、自ら身体を改造したに違いない。
まさに狂気。
「おうよ。今から、お菊と銀二の監禁室に冷気を流し込む。助けたくば、私を倒すことだ。そうすれば、監禁室の冷気は解除される。頼みの麻里亜は寝てるぞ? 私と、どう戦う? 因みに私を倒したとしても、屋敷中に仕掛けた爆弾が起動するぞ?」
父上が不敵な笑みを浮かべ、可笑しいというように机を叩いて不気味に笑っている。
満足げに、葉巻を吹かした。
「父上。あなたからの贈り物を受け取りましたよ。父上の眼は節穴ですか?」
わたしは、憲兵団の制服、革手袋と革靴を、父上に見せびらかした。
ホルスターからオートマチック銃を抜いて、オートマチック銃の銃口をモニターに向ける。
「あれ、あんれ? あれれれれのれ? おかしいぞ。なんで私の最高傑作を、お前がつけているんだよ!? どうやった!? ああ!? 今気付いた、今気付いたで、ちくしょう! やっぱ視力落ちてる?」
父上が葉巻を口から落として、眼を何度も擦る。瞬きをしている。
やがて苛立ったのか、悔しそうに椅子を蹴って地団太を踏んだ。
「わたしが、この手で楽にしてあげますよ」
わたしはホルスターにオートマチック銃を収め、肩に掛けた鞘から刀を抜いて、父上に刀を突きつける。
「そうか、そうきたか。ならば、私も奥の手を使うか、なっと」
父上が顎に手を当てて、感慨深そうに言うと、掌に拳を叩いて、画面の奥に消えて行った。
不気味に高笑いしながら。
一体、父は何を始めるというんだ?
恐らく、これが父との最後の闘いになるだろう。
止めねば、父上を。
わたしは刀の柄を握り締め、ホルスターのオートマチック銃を握り、ホールの奥に向かって走り出した。
「おいおい、何処に行く? 息子よ。私はここだぞ? はい注目。お前には邪魔されたわ! ここでお前を殺す! 血祭じゃ!」
わたしの背後で、父上の冷たい怒号が聞こえた。
わたしは振り向く。
いつの間に!?
銀二の、足の速さの技を使ったのか?
父は人造人間。もはや造作もないこと。
父上は、ホールの真ん中にある、大きな白い布を被せているところに立っていた。
「私の切り札はなぁ、こいつよぉ! ショータイムだっ!」
父上が、大きな白い布を捲り取る。
大きな白い布の下が露わになる。
大きな白い布の下に現れたのは、大きなガトリング砲だった。
父上は大きなガトリング砲に、頬擦りをして、ガトリング砲の銃身を手で撫でている。
やがて、私に不敵な笑みを浮かべる。片手を腰に当て、杖を突いて。
父上が口に銜えた葉巻の煙が、嘲笑うかのように昇ってゆく。