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父との再会

わたしは聴いた。

 はっきりしない夢の中で。


「はいぃ。目を覚ましてちょうだいぃ。はいっ、よいしょっとっ」


 陽気な男の声が聞こえ、親指を何度も弾く音。

 続いて、頬に平手でぶたれたような痛みが走った。


「さっさと起きろよ! いつまで寝てんだい! ああ!?」


 男の怒鳴り声。

 男が苛立ったのか、地団太を踏んでいるような音。


 なんだ?

 わたしは、ゆっくりと瞼を開けた。

 視界に広がる光景。照明が振り子のように揺れている。

 まだ意識がはっきりとしないらしく、首を横に振る。

 薄目で開けて、その光景を見る。


 そこに、男が居た。

 照明の影で男が隠れ、照明の明りで、なんとか中年の男だとわかる。


「お利口お利口。やっと目を覚ましたねぇ。かれこれ……って、どれくらい待ったかわからんわ!」

 中年の男が拍手しながら、丸椅子を引いて立ち上がる。

 中年の男は苛立ったのか、座っていた丸椅子を思いっきり蹴った。


 丸椅子が転がって、暗闇に消えてゆく。


「あいたっ。いたたたた。あいたたたのた、っと」

 中年の男は可笑しな悲鳴を上げて、片足を踊るように上げては下げ、痛そうに足の指を押さえている。


 照明の明りの下で、中年の男の姿がはっきりと見えた。


 黒いシルクハットを被り、シルクハットからはみ出したエメラルドグリーンの髪がカールしている。

 左眼に時計の様な精巧な眼帯をして、口が裂けて縫い目があり、縫い目を隠すように、口紅が塗ってある。

 口に葉巻を銜えて、葉巻から煙が昇っている。

 ストライプ柄の黒いスーツの上に、毛皮のコートを羽織っている。

 袖から覗く左手が、まるで機械のような手をしており、右手の人差指と薬指に指輪を嵌め、杖を突いている。

 ストライブ柄の黒いスーツの生地が切られた両脚から覗く両足は、まるで機械のような両足が覗き、両足には黒い革靴を履いている。


 中年の男がわたしの前まで来て、葉巻の煙を、わたしにゆっくりと吹きかけた。


「気分はどうだい? 坊や」

 中年の男は、不敵な笑みを浮かべている。


 わたしは、葉巻の煙に咳き込んだ。

 手足を動かすが、身体が動かないことに気付く。

 わたしは上半身裸だった。少し筋肉質になった感じがするが。

 どうやら、寝台のような立てた台に、手足を半円状の金具で固定されている。


「お前は誰だ?」

 わたしは、その男に訊く。

 それにしても暗いな。男の顔がやっと見える明るさだ。

 この男、気味が悪い。


「はい、死神です。って違う! お前が会いたかった、お前の父だよ? って、感動の再会ってやつ!?」

 中年の男は両手を腰に当てて、仰け反って高笑いする。

 仰け反り過ぎて、シルクハットが落ち、頭のお皿が露わになった。

 中年の男が慌てて、シルクハットを被る。


「見てない? 見てないよね? ね?」

 中年の男が、シルクハットの埃を両手で叩いて払い落とし、両手を擦り合わせながら心配そうにわたしに訊く。


「ち、父上?」

 わたしは、中年の男の質問を無視した。

 わたしは驚きのあまり、眼が見開いている。


「ああ、そうだよ! 研究の事故でな、こんな姿になっちまったぜ! ちくしょう! 笑えよ!」

 父上が地団太を踏んで、シルクハットを地面に叩きつける。

 父上が、「あっ、いけね」と言って、何事もなかったようにシルクハットを被る。

 スーツの胸ポケットから、小さな四角形の手鏡を取り出して、鼻歌を歌いながら髪のカールを掻き上げたりしている。

「よし、その通り」と言って、父上がスーツの胸ポケットに手鏡を入れた。


「父上。あなたに訊きたいことがあります」

 わたしは、父上に訊きたいことが、たくさん思い浮かんだ。


 父上は何故、この屋敷に引っ越したのか。

 父上は何故、憲兵団の仕事を辞めたのか。

 父上は何故、屋敷の地下で使用人を戦闘訓練させる必要があったのか。

 父上は何故、人造人間の麻里亜を造ったのか。

 父上は何故、わたしをこの屋敷に軟禁したのか。

 父上、一つ一つ聴かせてもらいますよ。


「うん。わかるよ、息子よ。うんうん。なんでも言ってみなさい」

 父上が、わたしの肩に手を置いて、口を噤んで頷いた。

 その後、父上は葉巻を吹かした。


「なんで、仕事を辞めたんですか?」

 わたしは生唾を飲み込んで、喉を鳴らした。

 やっと、父上の謎がわかる。


「ああ、あれ? 仕方ないじゃん。お前が大学の寮に住んでいる時、私は影の組織に新しい武器を造れと脅されててさ。ある日、家に帰ると最愛の妻は、影の組織に殺されていましたとさ。笑えないっつうの!」

 父上が思い出したように、悔しそうに地団太を踏んだ。まるで子供のように。


「母は、流行病で亡くなったんじゃなかったんですね……」

 わたしは俯く。

 父上から、母の死の真実を知らされ、涙が滲む。


 母上の葬儀で、棺の中で安らかに眠る母上の死に顔が頭に過る。

 きっと、母上はわかっていたに違いない。

 影の組織に脅かされている夫。母上は、夫の変化に気付いていた。

 自分が殺されてもおかしくない人間だと。母上は悟ったに違いない。


 わたしの涙が、静かに頬を伝う。


「家内の葬儀の日。お前に、優しい嘘をついたんだよ? 妻は、流行病で亡くなったと」

 父上が機械の手で、わたしの頬の涙を優しく拭う。

 私の頬に、機械の感触がした。


「!? ち、父上……」

 わたしは俯いたまま、辛くて嗚咽する。


「姿をくらますため、この屋敷に引っ越してきたんだ。連中にバレないように立てた、この屋敷にね」

 父上が、機械の手でわたしの頭を撫でる。子供をあやすように。


「母上が亡くなってから、あなたは変わってしまった。わたしに暴力を振るい。あげく、この屋敷にわたしを軟禁した」

 わたしは顔を上げて、父上を睨んだ。


「ああ、そうだよ。妻が殺されてから、私は変わってしまった。お前を屋敷に軟禁したのは、外で面倒起こされては、連中に勘付かれるからね。なんせ、お前は私の息子だ。奴らに復讐するため、この屋敷の地下で必死に研究してやったよ。研究のためには金がいるだろ? いつの間にか、自分が闇に染まってしまったんだ。皮肉だろ?」

 父上が冷たい声で、自分の機械の手を見つめ、拳を作ったり開いたりして遊んでいる。

 やがて、悲しい顔つきで葉巻を吹かした。


「……父上、まだ研究は続けるのですか?」

 わたしはやるせなくなり俯いた。


「いや、研究はもうせん。麻里亜が完成したからな。あっ、この屋敷で研究しないって意味ね? ここの装置が古くてさ。来週、新しい屋敷に引っ越しするぞ。新しい屋敷は、最新の装置ばかりだからな。きたれ、私の時代! 来い、来い!」

 父上が口をへの字に曲げて、手をひらひらさせる。

 腕を組んだかと思うと、両手を上げて、大声を出した。


「どういうことですか? 麻里亜は烏組に協力して消えたはずでは?」 

 高鳴る鼓動。

 わたしは顔を上げる。


 麻里亜が完成した?

 そういえば、わたしが気を失う時に見た人影。

 あれは、確かに麻里亜だった。


「あれは試作機、ガラクタだよ。試作機の体内に爆弾が仕掛けてあってな。奴らの秘密基地で、デカい花火が打ちあがる仕組みよ。どわはははははっ」

 父上は、両手を腰に当てて、下品な笑い声を上げる。

 葉巻の煙で輪を作り、楽しそうに遊んでいる。


「あの麻里亜はガラクタじゃない! たとえ、試作機だとしてもだ!」

 わたしは父上に怒鳴った。歯を食いしばって。


 わたしの中で蘇る、試作機:麻里亜との思い出。

 わたしにとって、麻里亜は大切な存在だ。

 麻里亜、頼む。死なないでくれ。


 父上が鼻で笑う。


「父上。あなたは何のために、屋敷の地下で使用人を訓練させたんですか……」

 わたしは俯いて静かに言う。


「ああ、それね。全ては、今日のためじゃないか」

 父上が親指を弾く音が聞こえた。

 葉巻を、ゆっくりと吹かす。


「どういうことですか?」

 わたしは俯いたまま。


「麻里亜を完成させるために、戦闘データを採る必要があったのさ。だから、私はわざと烏組に情報を漏らし、ここで使用人と烏組を戦わせたってわけ。おかげで、いいデータ採れたし。麻里亜も完成ぃ! 一石二鳥ってわけだ! 私って天才!」

 父上が下品な笑い声を上げ、力強く拍手した。


「……そのために。あなたは、この日のために使用人を戦闘員に仕立て、あなたはこの屋敷を、その舞台にした。ってことですか。麻里亜の完成のために」

 わたしは俯いたまま、握り拳を作った。歯を食いしばる。


「そうそう。お前の謎は解けたかな? お前が知っている、私ではないぞ?」

 父上がスーツのズボンに巻いたホルスターから、リボルバーを抜いて、わたしに銃口を向ける。


「まだです。最後の質問です。銀二は何者なんですか? あの身のこなし、只者じゃなかった」

 わたしは顔を上げて、父上を睨み付ける。

 リボルバーの銃口を一瞥して。


「ああ、銀二か。あいつは、お菊が拾って来たんだ。銀二は孤児で、路頭を彷徨っていたところをね。まあ、捨て駒として悪くないと思って、銀二を戦闘員に仕立ててやったよ。あの女(お菊)は、銀二を弟のように可愛がっていた。銀二は、どうせ捨て駒なのにねっ! 傑作だろ!?」

 父上は額を掻きながら、高笑いした。腹を抱えて。


 そうか。

 銀二は、わたしへのお菊の想いに気付いて、わたしを助けた。

 そんなところか。

 礼を言うぞ、銀二。お前は命の恩人だ。


「……あたなは、わたしの知っている父じゃない! わたしを撃つ気ですか!? 実の息子を!」

 わたしはリボルバーの銃口を見つめたまま、眼を見開く。

 見開いた眼が、さざ波ように揺れ動く。

 信じていた父上に殺されるとはな。これも運命か。いや、皮肉か。


「だぁかぁらっ、お前が知っている私は、とうに死んでいるのだよっ! この馬鹿者がっ!」

 父上がリボルバーを撃つ。

 リボルバーの一閃。


 もはや、これまで。

 わたしは思わず瞼を閉じた。


 あれ、痛くない?

 目を開けて、少し痛みがした右腕を見ると、リボルバーの銃弾が食い込んでいた。

 わたしは生きている?

 首を動かして、自分の身体を見る。

 そして、確かめるように、父上を見た。


「ありゃまっ、大成功ぅ! ふぅ! お前の腕に薬を注射してやった。親の情けでな。なんちゃって」

 父上は、阿保みたいに踊っている。

 葉巻を吹かしながら。


「わたしの身体になにしたんですか!」

 わたしは怒鳴った。唾を飛ばして。


 わたしの右腕に食い込んだリボルバーの銃弾が、磁石に吸い寄せられるように上がってきて、リボルバーの銃弾が床に落ちる。

 よく見ると、右腕の傷が完治していた。


 どうなってる?

 治癒能力なのか?


「おいおい、怒鳴るなって。それより、お前の状況わかってます? お菊と銀二は、監禁しているんだぜ?」

 父上は耳をほじくりながら、面倒そうにしている。


「!? どういうことだ! 説明しろ!」

 わたしは父上を睨み、怒鳴った。

 両手に力を込めると、両手に固定された金具が外れそうになる。


 まさか、父が注射した薬というのは、力を増強させる薬なのか?

 なんのために、父はわたしに注射したのだ?

 父の新しい実験か?

 わたしは、父の実験台にされたのか?


「さぁ、ゲームの始まりだぁ! 私が憎いだろ!? 私を殺してみろ!? ぬわはははははっ」

 父上が不気味に笑いながら、リボルバーを乱射した。


「父上! あなたの研究で、多くの血が流れたんだ!」

 わたしは唸り声を上げて、リボルバーの銃弾を食らいながらも、両手足を固定された金具を怪力で外す。

 金具が凶器のように吹っ飛ぶ。


 屋敷で死んでいった、使用人たち。彼女たちは、麻里亜の完成のために、屋敷の地下で戦闘訓練を受けた。

 洗脳の実験にされ、薬で化け物の姿になった、杉森さん。烏組は、父の武器を使っていた、

 そして、父の武器で亡くなったひとたち。耳を澄ませば、無念の声が聞こえる。


 わたしは、父上を許すことができない。

 わたしは寝台から降りて、父上を睨む。握り拳を作って、歯を食いしばって。


 父上のリボルバーが弾切れになったらしく、リボルバーを投げ捨て、もう一丁のリボルバーをホルスターから抜く。

 わたしの傷も完治し、父が乱射したリボルバーの銃弾が床に落ちてゆく。一発、もう一発と。


 その時、照明が次々に点き、部屋が一気に明るくなる。

 どうやら、ここはホールみたいだ。


 奥に、巨大なモニターがある。

 巨大なモニターは、小さな画面に区切られており、小さな画面には屋敷内の映像が映っていた。


 モニターに、使用人の亡骸や、烏組の亡骸が映る。

 使用人が壁に凭れて座り込み、胸を撃たれたのか、胸を押さえて死んでいる。

 別の映像に、烏組の男がうつ伏せに倒れ、腕を伸ばし背中に刺さった刀。

 わたしは思わず、モニターから顔を背ける。


 なるほど。

 監視カメラか。それにしても惨い。

 恐らく、ここで父は、わたしを監視していたわけか。


 巨大なモニターの前に、大きな書斎机があった。

 あの机で、父上は研究の結果をまとめていたのか?


 ホールの真ん中に、白い大きな布が被せてある。

 ガトリング砲のような形をしている。

 新しい武器か?


「誰が照明点けろと言った! 麻里亜か!」

 父上が眩しそうに顔に手を翳し、辺りを見回している。


「抵抗するなら、あなたの頸動脈を切ります」

 その時、父上の背後に現れた麻里亜。

 麻里亜は、刀の刃を父上の喉元に突きつけている。


 父上が驚いて、口に銜えた葉巻を床に落とす。


「ま、麻里亜? なのか?」

 わたしは驚いて佇む。

 眩しくて、顔に手を翳す。手の隙間から見える、父上の背後に立つ麻里亜。


 麻里亜の蒼い髪、紅い瞳。

 麻里亜は、黒いワンピースに白いエプロンを首に掛けていた。


「っち」

 父上は舌打ちして、リボルバーを床に落として、リボルバーを足で向こうに蹴る。

 抵抗しない意思表示に、両手を高く上げた。


 床に落ちたリボルバーが暴発しないところを見ると、リボルバーは弾切れらしい。

 弾切れのリボルバーを見て、「あらら~」と、父上は残念そうに声を漏らす。


「どうなってる。どうなってるんだ! ちくしょう! 麻里亜、私に逆らうのか!」

 父上が怒鳴る。


「たった今、試作機麻里亜は自害しました。これより、試作機麻里亜と情報共有します」

 父上の背後で、麻里亜の冷たい声。


「んだと! 馬鹿な、ありえん。ありえんわ! あのガラクタがぁ!」

 父上が唾を飛ばして怒鳴る。


 試作機麻里亜が自害した?

 どういうことだ?


「試作機麻里亜の意思により、信二様の命令をお受けします」

 少し感情のこもったような、麻里亜の声。

 麻里亜の頬から、涙の粒が床に落ちる。

 床に落ちた麻里亜の涙が、小さな水たまりを作った。


 麻里亜が、泣いている、のか?

 わたしは、麻里亜からもらい泣きをした。


「……そうか。おかえり、麻里亜。よく戻ったな」

 わたしは嬉しくて、涙が滲んだ。

 頬に伝う涙を、手で拭う。


「さっさと殺せ!」

 父上が両目を瞑った。


「形勢逆転だな。父上」

 わたしは父上を見つめる。

 静かに込み上げる、父への怒りを抑えて。

 握り拳を作る。

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