父の用心棒:銀二
「アタシの目的はね、麻里亜の回収さ。麻里亜の技術を依頼主が欲しがってね」
甘楽が呆れたように、首を横に振って肩を竦める。
「何故だ……何故、麻里亜は抵抗しない!? それでも、父が造った人造人間だというのか!? 答えろ、麻里亜!」
わたしは、「くそっ!」と声を上げて、両手で床を叩いた。
そして、麻里亜にリボルバーの銃口を向ける。
リボルバーを握り締めた、わたしの手が小刻みに震えている。
「ワタシの意思です。邪魔しないでください」
麻里亜の紅い眼が、わたしを鋭く睨む。
麻里亜の鋭い眼光。
お前は使用人じゃない。
お前は兵器だ。
麻里亜が刀を下ろして、刀を回して鞘に納める。
麻里亜が刀の鞘を握って、片方の手を握った。
「ふぅ。やっと自由になったよ」
甘楽が額の汗を手の甲で拭って、息を深く吐いた。
わたしはやるせなくなり、リボルバーを下ろした。
俯いて、両手を床に付けて、床を見つめる。
麻里亜が敵に協力している限り、わたしに勝ち目はないだろう。
麻里亜。
わたしを裏切るのか?
いや、父を。
「ついでに言っておいてやるよ。お前の父は、屋敷の地下で武器の闇取引しているみたいだねぇ。まっ、アタシは興味ないけど?」
甘楽の暢気な声が降ってくる。
甘楽が口笛を吹き始めた。
父は、そのために、こんなところに屋敷を建てたのか?
そこまでして、何故金がいるんだ?
麻里亜は完成しているのに。
それとも、まだ何か研究する必要があるのか?
「さてとっ。副隊長さんに新薬を試そうかね。アタシたちは、その間にずらかるよっ!」
「了解」
新薬?
なんのことだ?
わたしは不思議に思いながら、顔を上げる。
甘楽が、懐から小銃を取り出した。
「死んだばかりで悪いね。まだ三途の川は渡ってないだろ?」
甘楽が不気味な笑みを浮かべながら、小銃を勘兵衛の身体に向けて発砲した。
「ずらかるよ! 麻里亜!」
甘楽は小銃を懐に入れるやいなや、廊下の向こうに向かって走り出した。
「了解」
続いて麻里亜も、甘楽の後を追う。
鞘を握ったまま。
その時、勘兵衛が獣のような低い唸り声を上げた。
勘兵衛の全身の筋肉が嫌な音を立てて増していき、身長も増してゆく。
変わり果ててゆく、勘兵衛の姿。
もはや、人の姿ではない。
わたしは、その恐ろしい光景に座り込む。
座った態勢で一歩。また一歩と後退る。
腰が抜けて動けなくなる
蘇生術?
いや、化け物に変身させる薬か?
よせ。
頼む。杉森さんを、極楽に行かせてやってくれ。
わたしは、床に転がる父の刀を見た。
そうだ。今こそ、父の刀を抜くとき。
わたしは、リボルバーをホスルターに収め、座った態勢で後退りながら父の刀に近づく。
ゆっくりと父の刀に手を伸ばし、鞘を拾い上げる。
刀の柄を握った時だった。
お菊が手当てに入って行った扉が静かに内側に開く。
「信二様。これは私の闘いです……信二様は、甘楽たちを追ってください」
お菊が、扉の前で俯いている。
腰に下げた鞘を握る手が震え、片方の手が握り拳を作っている。
「お、お菊!? 傷は大丈夫なのか!?」
わたしは立ち上がって、お菊に歩み寄り、お菊の肩に手を置く。
わたしは心配にそうに、お菊の顔を覗き込んだ。
「ええ。父が亡くなった現実を受け止めることができず、ずっと泣いてました。すいません……」
お菊が俯いたまま泣いて、お菊の涙の粒が床の絨毯に落ちて黒く染みる。
「ここはお前に任せた。わたしは甘楽たちを追う」
わたしはお菊を優しく抱きしめた。
お菊の頭を撫でると、お菊が子供のように泣き止んだ。
「信二様、どうかご無事で。死んだら許しませんからっ」
お菊が俯いたまま涙を手で拭ぐって、わたしの胸を軽く叩く。
腰に下げた鞘を握ったまま。
「死なないさ。杉森さんを任せたぞ」
わたしはお菊から離れ、鞘を握り締めて、廊下を走り出した。
高い寝間着が血だらけだ。そんな愚痴を心に零した。
鞘から刀を抜く。
甘楽、逃がさんぞ。
甘楽たちが行く先は、恐らく玄関だろう。
ならば、こっちの方が早い。
わたしは、廊下の分かれ道で右に曲がった。
何度か廊下を曲がり、階段を駆け下りた。
そして、ようやく玄関ホールが見えて来た。
玄関ホールの手摺に座る人影が、目に飛び込んでくる。
やがて、その姿がはっきりと見える。
玄関ホールの手摺に座って、太ももの上に両肘を載せて、頬杖を突いている少年。
短髪で白いシャツの上に青い単衣、縞の袴を穿いて、白い足袋に藁草履。
手摺に木刀が立てかけてあり、少年は爽やかな笑顔を浮かべて、わたしを見ている。
こいつ。
烏組の者か?
格好が烏組の者とは違うが。
「お待ちしてましたよ。信二さん」
少年が手摺に手を突いて、手摺から飛び降りる。
手摺に立てかけていた、木刀を片手で取る。
「な、何者だ?」
わたしは刀を真っ直ぐに、刃先を少年に向ける。
わたしは殺気を隠している少年に動揺していた。
「はじめまして。ボクは、父上の用心棒、銀二です。甘楽さんたち、見逃してくれませんか?」
少年が会釈して顔を上げ、頭を掻きながら、玄関ホールを振り向く。
父上が用心棒を雇っていたとは。
しかも、こいつ只者ではない。
こいつの目は、人斬りの眼だ。
それにしても、初めて見る顔だな。
屋敷の地下に、父と一緒に居たというのか?
「退け。甘楽を止めねばならん。麻里亜の技術を、影の者に渡すわけにはいかん」
わたしは少年に構わず、駆け出そうとする。
まるで、少年の殺気から逃げるように。
「まあまあ。甘楽さんには勝てませんよ? 死ぬだけです。それでもいいなら、ボクは止めません」
少年はわたしの前で、木刀を持った手を横に広げる。頭の後ろを掻きながら。
「貴様、麻里亜が何者か知っているんだろ?」
わたしは、銀二に刃先を向けて、銀二を睨んだ。
緊張で高鳴る鼓動。落ち着け。
「あなたの父が言うには、麻里亜さんはガラクタらしいですから。たとえ、敵に麻里亜さんが渡っても大丈夫ですよ」
銀二が、木刀を左肩に置く。
木刀で左肩を叩いたり、木刀を持ち替えて、木刀で右肩を叩いたり。
「どういう意味だ?」
わたしは奇妙な動きをする、銀二を見ていた。
いつ襲ってくるかわからんぞ。
「さぁ。それは、直接あなたの父に訊いてみたらどうです?」
銀二は、木刀を右肩に置いたまま、屈伸したり片足で飛んだりしている。
こいつ、さっきからなんなんだ。
だが、油断は禁物だ。
「だったら、今すぐ案内しろ」
わたしは刀を下ろして、刀を鞘に納めた。
殺気は隠しているが、戦う気があるのか?
「いいですよ。でも、その前に、ボクと戦ってくれませんか?」
銀二が木刀を下ろして、わたしに深く会釈する。
「なんのために、お前と戦うのだ?」
わたしは腕を組んで、銀二を見下ろした。
父が何処にいるのか、間違いなく、こいつは知っている。
「あたなの父から、お許しが出たんですよ。信二さんを殺してもよいと」
銀二が顔を上げて、わたしに爽やかな笑顔を向ける。
その笑顔が、殺気を隠していた。
「!? な、なんだと!?」
わたしは少年の殺気に怖気づき、後退る。
一歩。また一歩と。
「ボクなら、木刀で信二さんを殺せますよ?」
少年が鋭い眼光を放ち、わたしに真っ直ぐ木刀の刃先を向ける。
「嘘か誠か。どちらにせよ、父の所に案内してもらうぞ」
わたしは、鞘から静かに刀を抜く。
冷や汗が頬を伝う。
「殺すのは冗談ですよ。本気は出さないので、実力を確かめるだけですから」
銀二が、両手で木刀の柄を握り締めて、八相の構えをする。
銀二から、解放された黒い殺気立ったオーラが見える。
「甘楽を逃がした責任、取ってもらうぞ」
わたしは刀の柄を握り締め、中段の構えをする。
敵の実力が分からない以上、まずは様子を見る。
しばらく、わたしと銀二が睨み合ったまま対峙する。
二人の間に、冷たい空気が流れる。空気が痛い。
銀二が駆けたと思ったら、すぐに音も立てず一瞬で姿を消した。
どこいった?
速すぎて見えなかった。
「ここですよ」
わたしの背後で殺気立った声が聞こえたと思たら、木刀の風切る音が聞こえ、わたしの胴に木刀が打ち込まれた。
「ぐっ」
わたしは片膝を床に付け、刀を床に刺し、激痛が走る脇腹を押さえる。
「ボクがなんで藁草履を履いているか、わかります? 軽くて、速く動けるからですよ」
銀二が冷たい声で、わたしの耳元で囁く。
銀二の言葉が、身体に突き刺さる感覚。
寒気がして、わたしは首を横に振った。
あの速度は異常だ。
もはや、あの速度は人ではない。
殺人を極めるために会得した速さだ。
「ならば、銃はどうだ!」
わたしは、床に刺した刀の柄から手を離した。
素早くホルスターからリボルバーを片手で抜き、上半身を曲げて銀二に振り向き、リボルバーの銃口を銀二に向けた。
「!? い、いないだとっ」
そこに、銀二の姿はなかった。
「上ですよ。信二さん」
わたしの頭上で、銀二の声が降って来た。
見上げると、銀二がわたしに爽やかな笑顔を向けて、大の字で宙を舞っていた。
銀二の短髪が、風に靡いている。
「上かっ!」
わたしは、リボルバーを撃った。
銀二の身体が、波のように揺らいだ。
そして、銀二は一瞬で消えた。
ざ、残像だというのか?
確かに弾は当たったはず。
その時。
シャンデリアが揺れて、小さい音を立てた。
シャンデリアを見上げると、銀二がシャデリアに座っていた。
爽やかな笑顔をわたしに向けている。
「舐められたものだな」
わたしは悪態をついて、シャンデリアに向かってリボルバーを撃つ。
また銀二の身体が波のように揺らいで消えた。
天井に逆さに立つ銀二の残像。
ピースをして余裕をかましている。
リボルバーを撃っては、銀二が残像のように消え、宙を一瞬で移動する銀二。
その時、銀二がわたしに目がけて、木刀を弓矢のように投げてくる。
わたしは素早く木刀を避ける。
銀二が投げた木刀が物凄い音を立てて、床に突き刺さる。
リボルバーを夢中で撃ったため、弾がシャンデリアに当たったらしく、シャンデリアが派手に音を立てて床に落ちる。
シャンデリアのガラスの破片が飛び散った。ガラスの破片が、生き物のように飛んで襲ってくる。
わたしは慌てて態勢を低くし、両腕の中に顔を埋める。
「あちゃ~。派手にやりましたねぇ」
銀二の暢気な声が降ってくる。
わたしは顔を上げた。
辺りの紅い絨毯の上には、ガラスの破片が飛び散っている。
随分、派手にやってしまった。
確実に傷を負わせる方法がない限り、リボルバーを使うのはやめよう。弾の無駄だ。
どうせ、弾は使い切ってしまったからな。
わたしは起き上がって、ホルスターにリボルバーを収める。
「無駄ですよ? 銃でも、ボクの速度には追いつけませんから」
銀二が、木刀を床に真っ直ぐ立てて、木刀の柄の上に両手を重ね合わせて杖のように置いている。
わたしは銀二を見る。
こいつ。いつの間に木刀を。
余裕の態度に、無性に腹が立つ。
銀二は無傷だった。
掠り傷一つ負ってない。
しかし、銀二の青い単衣の袖が少し切れている。
弾を掠めたというのか?
だが、所詮は人間。
お前は麻里亜とは違う。
いくら殺人術を極めたとて、人造人間には敵わないだろう。
落ち着け。
必ず、銀二の弱みがあるはず。
それを探せば、勝機はある。
わたしは、床に刺した刀の柄を握り締める。
「どうします? まだ続けます?」
銀二が変わらぬ態勢で、わたしに訊いてくる。
「少し休憩させてくれ。それくらい、いいだろ?」
わたしは脇腹を押さえながら、刀の柄から手を離して立ち上がった。
肩で息をしている。
「無駄だと思いますけど。どうぞどうぞっ」
銀二が木刀を床に置いて、胡坐をかいた。
頬杖をついて、退屈そうにわたしを見て欠伸をした。
まずは状況を見極めるんだ。
わたしは感覚を研ぎ澄まして、周りをよく見た。
「ん?」
よく見ると、わたしの足元の紅い絨毯上に、焼け焦げたような跡ができていた。
まだ、焼け焦げた跡は新しい。
これはなんだ?
わたしは不思議に思って、床に片膝を付き、その焼け焦げた跡に目を落とした。
来るときは、こんな焼け焦げた跡は無かったはずだ。
まさか、この焼け焦げた跡、銀二に関係しているのか?
わたしは、確かめるように銀二を見る。
銀二を上から下へと目をやる。
よく見ると、胡坐をかいた銀二の藁草履の裏に、濃く焼け焦げたような黒い跡ができている。
ちょうど、銀二の藁草履の爪先裏に。
どうも。浜川裕平です。
今回のバトルシーンですが、本当は甘楽と戦わせるつもりでした。
麻里亜を阻止するために、甘楽と戦わせようと。途中まで執筆してました。
ですが、父の用心棒の銀二を登場させて、バトルさせたらどうか?
そこから、今回のようなバトルシーンができました。
まあ、甘楽とは後で戦わせることもできます(笑)
銀二、なかなかいい感じの登場人物になったと思います。
銀二:それでは、皆さん。次話でお会いしましょう。
甘楽:アタシを忘れるんじゃないよ!
麻里亜:……