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麻里亜の正体

「し、信二様。わ、私は、あなたのことが、す、好きでした……」

 お菊がわたしの腕の中で、わたしの顔を見上げ、苦しそうに声を出す。

 お菊がわたしの顔を見て、お菊は頬が紅くなった。

 お菊は安心したかのように微笑んで、わたしの唇を重ねた後に気絶した。


 そうか、お菊。

 わたしと出会ってから、わたしに惹かれていったのだな。

 お前は、わたしと話すとき、妙にそわそわしていたな。

 そういうことだったのか。

 お前の気持ちに気付かなくてすまなかったな。

 今は、ゆっくり休め。

 わたしが、お前を死なせない。


「不覚よのう。小娘が、我に背を見せるとは。いささか、ここの使用人を甘く見ておったわ」

 お菊の背後で、野太い男の声が聞こえた。


「!?」

 わたしは、お菊の肩越しに見た。


 突然、何もない空間から、静電気で火花が散るような音を立てて、徐々に黒ずくめの男が姿を現した。

 まるで、ついさっきまで姿を消していたかのように。

 子供騙しの手品でもあるまい。


 姿を消して、人を殺めるというのか。

 このような道具を作る人間は、わたしの知る限り一人しかいない。


「お前のお父上の道具は、誠に優れているよのう」

 黒ずくめの男が高笑いしながら、お菊の脇腹を貫いた刀を抜く。


 お菊の脇腹から血が飛び散る。


「うっ」

 お菊が痛そうな声を上げた。

 お菊の額に、汗が滝のように掻いている。

 お菊が肩で息をする。


 わたしは、お菊の脇腹を手で押さえた。

 黒ずくめの男を睨み付ける。


 やはり、姿を消す道具は、父が造った物だったか。

 目の前で見せつけられると、恐ろしいものだ。

 姿を消す、人殺しの道具。か。

 そうやって、父の武器は闇に撒かれているのか。


 お菊は、出血多量だ。

 このままだと、お菊の命が危うい。

 お菊の顔から血の気が引いていく。


 不味いな。

 早くお菊の手当てをしなければ。

 こいつ、わざとお菊の急所を外したというのか?


「先ほどぶりですな。お坊ちゃん」

 黒ずくめの男が、刀を腰に下げた鞘に納める。

 黒ずくめの男が、挨拶代わりに会釈する。


 先ほどぶりだと?

 こいつ、何を言ってるんだ?

 まさか、月明かりの下で見た男なのか?


「貴様、何者だ?」

 わたしは、お菊の脇腹を手で押さえたまま、黒ずくめの男に訊く。

 最初に、月明かりの下で見た、黒ずくめの姿が頭に浮かぶ。

 男の正体を知り、恐怖で身体が震えている。


「我は、烏組副隊長、杉森勘兵衛と申す」

 黒ずくめの男が顔を上げた。

 面越しに、男の鼻息が聞こえる。


 まさか、この男。

 お菊の父、勘兵衛さんだというのか?


「す、杉森勘兵衛? お、おとっつあん……?」

 お菊が驚いた顔を上げて、わたしから離れて、勘兵衛に振り向く。

 お菊が脇腹の傷を手で押さえて。


「ぬおっ!? お、お前は、お菊、なのか……?」

 勘兵衛が動揺して、お菊の顔を見て後退る。

 一歩、また一歩と。


 なんだ。

 明らかに、勘兵衛さんが戦意喪失している。

 どうしたというんだ?


「ぐあああ!」

 勘兵衛が口から泡を吹き出し、頭を手で押さえて、首を激しく横に振っている。


「お、おとっつあん!?」

 お菊が脇腹を押さえながら、よろめきながら、勘兵衛に歩み寄る。


「よせ! お菊! 男の様子がおかしい!」

 わたしは、お菊の肩を掴んだ。


 勘兵衛さんは、恐らく洗脳されている。

 薬物かなにかで。


「ち、血だ……」

 勘兵衛が掌についた血を見て、床に両膝を付く。

 お腹を押さえて苦しみ始めた。

 しばらくして、勘兵衛が苦しむのを止めた。

 勘兵衛の息も安定している。


 わたしとお菊は、黙って勘兵衛さんの様子を見守っていた。


 勘兵衛さんは、娘の姿を見て、正気に戻りつつあった。

 そして、勘兵衛さんは血を見て、正気に戻った。

 それがきっかけで、洗脳が解けたに違いない。一時的かもしれないが。


「お、おらは一体?」

 勘兵衛が立ち上がって、辺りを見回す。

 不思議そうに首を傾げている。


「お、おとっつあん! 私だよ!?」

 お菊が泣きながら、勘兵衛に抱き付く。

 脇腹の傷を押さえたまま。


「お、お菊か? おめぇ、血だらけじゃねぇか。どうしたんだ?」

 勘兵衛が、お菊の両肩に手を置いて、お菊の身体を離し、心配そうにお菊の脇腹の傷を見ている。


「おとっつあんが、私を斬ったんだよ? 覚えてない?」

 お菊が、また勘兵衛に抱き付く。


「知らねぇ。おらは知らねぇ……」

 勘兵衛は首を横に振るばかり。


 やはり、勘兵衛さんは洗脳されている間のことは記憶にないらしい。

 惨いことだ。知らない間に人を殺めるというのは。


「おとっつあん。心配したんだよ……」

 お菊が、勘兵衛の胸で泣いている。


「いんや。畑仕事してたら、急に後ろから誰かに殴られたのは覚えてるだ……」

 勘兵衛が腕を組んで、首を傾げた。


 わたしは、頭の後ろを掻いている勘兵衛を見た。


 ここまで整理するとだ。

 何者かが、勘兵衛さんを拉致して、罪もない人間を組員に仕立てたというのか。

 それも、新時代のためというのか?

 恐らく勘兵衛さんは、洗脳の実験にされた可能性が高い。

 その洗脳技術を利用して、他の村人も洗脳し、兵を創ろうとしている?

 誰が、なんのために?

 いや、考えるのはやめよう。


 屋敷の外で、こんな恐ろしいことが起こっていたなんて。

 それは、変わらない事実だ。


 わたしが無知だった。

 屋敷に軟禁されている場合ではなかったんだ。

 わたしが政府の人間になっていれば、こんなことにならなかったのかもしれない。

 いや。たとえ、わたしが政府の人間になっても、誰かに裏切られるかもしれない。

 どうすればいいんだ。


「くそっ!」

 わたしは悔しくて、声を上げて、拳で廊下の壁を叩く。


「し、信二様、すいません。何年も会ってない父と再会したものですから」

 お菊がわたしの声に反応して、お菊は勘兵衛の胸から離れ、わたしに振り向いて会釈した。


「構わない。それより、お菊。出血が酷い、止血をしよう」

 わたしは、お菊の脇腹を見て言った。


「そ、そこの部屋で、手当してきます。失礼します」

 お菊が恥ずかしそうに上目使いで、わたしと勘兵衛を一瞥してから、わたしに一礼した。

 お菊はポケットから鍵を取り出して、すぐ側の扉の鍵を開けて、部屋の中に入って行った。

 すぐに鍵を掛ける音がした。


 そうか。

 お菊は女性だった。わたしより年下だろう。

 男の前で、服を脱いで傷の手当てをするのは、少し気が引けるだろうな。


 わたしは、気まずくて頭の後ろを掻いた。


「……ちくしょう。まだ頭がいてぇだ」

 立ち尽くしていた勘兵衛が頭を振っている。


「大丈夫か?」

 わたしは、勘兵衛さんの元に歩み寄った。

 しかし、また異臭に鼻がやられてしまい、わたしは吐きそうになる。

 慌てて、口もとを手で押さえる。


「信二さん、申し訳ねぇだ。おらは烏組に攫われて、お菊に心配掛けちまった。信二さん、これ使うだよ。息が楽になるだ」

 勘兵衛が懐からハンカチを出して、わたしに渡してくれた。

 同時に、勘兵衛の懐から懐紙が床に落ちる。


「す、すまない。お菊には世話になった」

 わたしは勘兵衛さんからハンカチを受け取り、ハンカチを鼻に当てる。

 そして、勘兵衛の懐から床に落ちた懐紙を拾い上げた。


 嫌な予感がした。

 まさか、懐紙の中身は洗脳する薬か?

 それとも、洗脳からの苦しみから解放されるための毒か?


「あんれ? なんで懐紙なんか入ってるだ? 頭痛薬かの?」

 勘兵衛が不思議そうに、わたしから懐紙を取って、懐紙を開ける。


「よせ。毒薬かもしれない!」

 わたしは、勘兵衛さんの手から懐紙を奪い取った。

 勘兵衛さんから開けた懐紙を奪い取った勢いで、見事に粉末状の薬らしきものが、床に散らばった。


 床に散らばった粉末状の薬らしきものが、化学反応したのか、床の絨毯が溶けた。


 わたしはその光景を見て、生唾を飲み込む。

 お、恐ろしい。こんなもの飲んだら、人が人でなくなる。


「な、なにするだ! さ、さっきから頭が痛いべ。どうしちまっただ……」

 勘兵衛が頭を押さえながら、よろめいて、わたしに近づく。


「ちっ、面白くないねぇ。さっさと薬のんじまえば楽になれたのにさっ!」

 その時、勘兵衛の背後で舌打ちが聞こえたと思ったら、ドスのきいた女の声が聞こえた。

 同時に、刀の刃が、風を切る音がした。


「ぐわぁぁぁ!」

 勘兵衛が悲鳴を上げて、鈍い音を立てて、床にうつ伏せに倒れる。


 勘兵衛さんの背中の黒い単衣が、袈裟斬りされている。

 勘兵衛さんの背中の黒い単衣が、血で滲んでゆく。


「な、なんだと!?」

 わたしは、突然の出来事で何もできなかった。

 ただ、口もとをハンカチで押さえたまま、立ち尽くしている。


 まただ。

 また、わたしの前で人が斬られた。

 わたしは何もできないのか?

 いや、違う。こんなものを持ってるからだろ。

 父の刀なんか必要ない。わたしは人を斬らない。


 わたしは、父の刀を廊下の壁に向けて投げ捨てた。

 父の刀が、虚しく音を立てる。


「勘兵衛さん!?」

 わたしは、うつ伏せに倒れた勘兵衛を抱き起す。


「す、すまねぇ。信二さん。ようやく、おらは人に戻れましただ。最後まで、ダメな父親でした」

 勘兵衛が涙を滲ませ、涙が頬を伝っていく。

 ただ、悲しい顔をして天井を仰ぐ。


「おらは、人を殺めたんですね? この手で。ならば、おらは地獄に落ちますだ……お菊、すまねぇ」

 勘兵衛が苦しそうに声を出し、震える手でわたしの懐を掴んだ。


「わたしがさせません! お菊を残して、逝かないでください!」

 わたしは勘兵衛さんの手を掴んだ。

 烏の面を取って、勘兵衛さんの身体を揺らして、必死に呼びかけた。

 勘兵衛さんの顔は、優しい顔をしていた。


「お菊を頼みましたぞ。どうか、お菊を守ってやってくだせえ」

 勘兵衛は、わたしの腕の中で、眠るように息絶えた。

 死に顔が安らかだ。


「その命、わたしが無駄にはさせません!」

 わたしは勘兵衛さんの胸の中で泣いた。

 ただ、子供のように泣いていた。いつまでも。

 こんなに泣いたのは初めてだ。


 わたしは涙を拭って、廊下の壁際に勘兵衛さんを仰向けにして、勘兵衛さんの顔にハンカチを被せた。

 勘兵衛さんのお腹の上で腕を組ませる。わたしは胸で十字を切った。

 杉森さん。わたしができる、せめてもの弔いです。

 わたしが責任を持って、必ず埋葬します。


 わたしは立ち上がり、ホルスターからリボルバーを抜いて構える。

 歯を食いしばって。


「出てこい! そこにいるんだろ!?」

 わたしは廊下の向こうを睨んで、握り締めたリボルバーの銃口を廊下の奥に向ける。

 さっきの女はどこにいった。何故、何もしてこない。


 また、父の道具で姿を消しているんだろう。

 わたしに、まやかしは効かないぞ。


「うるさいねぇ、ここにいるよ。泣けるじゃないか。なあ? 麻里亜」

 廊下の壁に凭れて、腕を組んだ、黒ずくめの女が姿を現した。

 静電気で火花を散らしたような音を立てて。

 女はポニーテールで、口元を覆うように、烏の口ばしのような黒い面を被っている。

 女の格好は、黒ずくめの男とは違って、くノ一が着るような黒装束だった。


 女の隣で、空間から使用人の麻里亜が姿を現した。

 麻里亜もお菊と同じで、黒いワンピースに白いエプロンを首に掛けている。

 ただお菊と違うのは、麻里亜の髪が蒼色で、眼が紅いこと。

 麻里亜は、刀の刃を女の喉元に突きつけている。


 麻里亜。

 お前は今まで何をしていた?

 何故、敵と一緒に行動している?


「麻里亜! 何してる! 父上はどこだ!?」

 わたしは、女にリボルバーの銃口を向けて、麻里亜に怒鳴った。


「ワタシは、烏組に協力します」

 麻里亜が、顔色変えずに冷たい声で言った。

 女の喉元に、刀の刃を突きつけたまま。


「そういうことさ。まっ、迂闊に動けば、アタシは麻里亜に殺されるからね」

 女がお手上げというように、肩を竦める。


 わたしは訳がわからずに、女にリボルバーの銃口を向けている。


「麻里亜。その女は何者だ!?」

 わたしは女を睨む。


「烏組隊長、甘楽です。甘楽は、洗脳が解かれた、杉森の始末に来たもよう」

 麻里亜の感情のない声。

 僅かに、麻里亜の刀が動いた。

 シャンデリアに反射して、麻里亜の刀先が白く光っている。


「なるほど、口封じか」

 わたしは、リボルバーを両手で握り締め直す。

 手に汗を掻いて、狙いが定まらない。


「ああ、そうさ。そいつは、洗脳の実験台に選んでやったのさ」

 甘楽が両目を閉じて静かに答える。


「言え! 誰が烏組を発足させた! 麻里亜は何者なんだ!」

 わたしは甘楽のすぐ近くの壁に、リボルバーを弾をぶち込んだ。


「おいおい、いっぺんに言うんじゃないよ。烏組を発足させたのは、裏政府さ。そして、麻里亜は、お前の父が造った人造人間」

 甘楽が、鋭くわたしを睨む。


「ま、麻里亜が人造人間だと……ば、馬鹿な。そんな技術が、この時代にあるというのか」

 わたしはショックのあまり、腰が抜けて、両膝が床についた。


 麻里亜は人間の感じがしなかった。

 まさか、父が造った人造人間だとは。

どうも。浜川裕平です。


お菊:信二様、あなたのことが好きです。

作者:こらこら、お菊さん。勝手に出て来ないでくださいよ。

甘楽:後書きだって! アタシがぶち壊してやるよ!

作者:まあまあ。甘楽さん、落ち着いてください。


と、こんな感じで、後書きに登場人物を登場させてみました。

賑やかでいいかな?(笑)


さてさて。麻里亜の正体がわかってしまいました。

最初の設定では、杉森は、お菊のお父さんじゃなかったんですが……

結果的に、ドラマ的な展開になって良かったと思います。


麻里亜は、没キャラだったのですが……

人造人間という設定で、登場させてみました。

もともと、アンドロイド的なキャラを構想してたのですが。

ちょっと無理があると思い、没にしてました。


これから、麻里亜に活躍してもらいたいと思っています

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