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真夜中の爆発音

 ここのところ、眠れない夜が続いた。

 ベッドで寝返りを何度も打つ。

 これで、目を覚ましたのは何度目だろうか。


 またベッドから上半身を起こす。

 窓のカーテンの隙間から、月の光が漏れている。

 わたしは窓に手をかざすと、月の光でわたしの手が白くなる。


 ベッド際のカーテンを少し開けて、静かに窓を開け放つ。

 窓から身を乗り出だして、窓の外を眺める。

 部屋に冷たい風が入ってきて、カーテンが静かに揺れた。

 暗雲の間から、三日月が黄色い顔を出す。

 手を伸ばせば、届きそうな三日月。


 わたしは、三日月にそっと手を伸ばした。


「ぐっ!」

 その時、手に火傷するような痛みが手先から腕に走り、火花が散った。

 わたしは手を引っ込めて、手首を押さえる。痛みが引いてゆく。


 やはり、ダメか。

 わたしは首を横に振って、窓を閉める。

 屋敷の外に、結界のようなものが張られている。

 見えない透明の壁が、月明かりで青光りしている。

 父上は、まだわたしを軟禁する気なのか。


 三日月の夜は、狼男にでもなって、屋敷の外に出てみたいものだ。

 そんな冗談を言って、三日月に不眠を訴える。 

 これだけ明るければ、今日は晴れだな。


 目の前に広がる、漆黒の闇の森。

 狼の遠吠えが聞こえ、梟が鳴いている。

 その時、森の鳥たちがざわついた。


「ん?」

 今日は、森の様子が変だ。

 いや、気のせいか。

 わたしは、首を横に振る。


 ここは、夜になれば不気味になる。

 だが、自然に囲まれ、空気は美味しい。 


 この光景を見るたびに、わたしは思う。

 父は何故こんなところに屋敷を建てたんだと。

 いつも考えていた。

 そう、夜に。


 何故なら、夜になれば、屋敷の地下から聞こえてくる。

 人の悲鳴、不気味な機械の音、銃声、爆発音。

 それが、二時間から三時間くらい続く。

 その音が止んでから、わたしはようやく寝付ける。

 そう、これこそが、わたしの不眠の原因である。


 朝になって、使用人が一人消えたこともあった。

 わたしは思った、父が使用人を殺したのではないかと。

 他の使用人に訊いても、何も答えてくれない。


 どうして秘密にする?

 屋敷の地下で、何が行われているんだ?

 何度も確かめようと思ったこともある。

 しかし、屋敷中を探したが、地下の入り口がどこにも見つからなかった。


 わたしの父は、憲兵団の武器開発部だった。

 新時代のために、父は新しい武器を開発していた。

 昔はよく父に、父が開発した銃とか装備品を、わたしに自慢げに見せてくれたものだ。


 わたしは、都に住んで学問を学んでいた。

 わたしは大学卒業を前に、紅桜の頭、斎藤によって右肩に傷を負わされた。

 わたしはお菊に助けられ、お菊の家で看病してもらっていた。


 お菊は父親の借金返済のために、遊郭で働いていた。

 わたしは、遊郭で働くのを辞めるように、お菊を説得した。

 そして、お菊の客だった男がお菊の家まで押しかけたが、わたしはなんとか男を追い払った。

 やがて、その男が腹いせでならず者を雇い、夜にお菊の家に押しかける。

 わたしたちが逃げたと悟ったならず者は、お菊の家を爆弾で爆破。 


 わたしとお菊は、わたしの屋敷で暮らすことになった。

 お菊のことは父に手紙で話していたので、お菊は使用人として住み込みで働くことに。


 屋敷に戻ると、父が頼んでおいた家庭教師の麻里亜がやって来た。

 麻里亜は屋敷に住み込みで、わたしと勉強することになった。

 こうして、大学を休んだ間の単位を補い、わたしは大学を卒業できた。


 大学を卒業後、しばらくして、母は流行病で亡くなった。

 それから父は変わった。人が変わったように。

 たまに屋敷に戻ると、父は、わたしに暴力を振るうようになった。


 そして、父はある日突然仕事を辞め、わたしと父はこの屋敷に引っ越してきた。

 父はいつの間に、この屋敷を建てたんだ?


 父はお菊を気に入って使用人として雇い、他に何人か使用人を雇った。

 父は毎日屋敷に籠った。

 そして、父は屋敷の地下で秘密の研究を始めたのだ。


 わたしは、この屋敷に引っ越してきた時から、父の姿を見ていない。

 それに、何故か使用人から、わたしの外出を禁じられた。

 もう何年も、外出をしていない。

 わたしは、この大きな屋敷に軟禁されたのだ。


 そして、何よりも変なのが麻里亜だ。

 わたしが大学を卒業して、父の命で麻里亜はわたしの用心棒になった。

 おかげで決まっていた仕事が取り消され、夜回りの仕事をすることになった。

 麻里亜は、わたしの用心棒であり、わたしの母親代わりでもあった。

 麻里亜に勉強を教わったり、武術の稽古もした。


 しかし、わたしは思った。

 麻里亜は、一度も笑ったことがない。

 感情表現が苦手で、口数も少ない。

 それに、麻里亜の蒼い髪と紅い眼。


 まるで麻里亜は、人間じゃないみたいだと。

 そもそも麻里亜は、どこで生まれ育った?

 父は何故、家庭教師としてやってきた麻里亜を用心棒として雇ったんだ?


 いや、違う。そうじゃない。

 今日は何かが変だ。

 そう。

 今日は、屋敷の地下から、何も聞こえない。

 わたしの不眠の原因でもある、屋敷の地下からの音。


 そう思った、その時。

 月明かりの下で、屋敷の角から人影が伸びた。

 屋敷の角から出て来た人が歩いてきて、ふとこちらを見上げる。


 わたしは慌てて、窓から顔を引っ込めた。

 怖くて、布団に潜り込む。

 な、なんだ、今のは。


 そいつは、烏のような面を被っていて、顔は見えなかった。

 黒の単衣に黒い上着、黒い袴に、黒い足袋に黒い草履。

 黒ずくめの姿が、月明かりではっきりと見えた。


 黒い翼に、黒い面。

 まさしく、あれは烏。


 わたしは布団の中で震えていた。

 黒ずくめの姿が、頭から放れずに寒気がする。


 その時。

 屋敷から、大砲のようなもので撃たれたような爆発音が聞こえた。

 同時に爆発の振動が、わたしの部屋に伝わってきた。


「!?」

 な、何事だ。

 わたしは布団から顔を出す。


 高鳴る鼓動。

 息をすることさえ忘れるほどに。

 こんなことは初めてだ。

 さっきの黒ずくめの仕業なのか?


 そして、侵入者は何を狙っている?

 父の命か?

 それとも、わたしの命か?

 まさか、父の研究が狙いか?


 何故、父上は、何を研究しているのかわたしに教えてくれないんだ。

 とにかく、落ち着くんだ。


 わたしは敷き布団を握り締めて、皺ができた敷き布団を見つめている。

 恐怖で動揺して、瞳孔が開いている。

 思うように身体が動かない。


 首をぎこちなく動かして、壁に掛けてある、鞘に納められた業物の刀を見る。

 昔、父がわたしにくれた刀だ。父が自ら鍛えた刀と聞いた。

 一度も、鞘から刀を抜いたことがない。


 早くしないと、侵入者がわたしの部屋に来る。

 あの刀で、人を斬れというのか。父の刀で。

 できない。そんなこと。

 だが、このままだと殺される。それどころか、命の保証はない。

 この部屋にいては危険だ。


 使用人の麻里亜に剣術を習ったが、こんな時に役立つとは。

 剣術なんて、殆ど頭に入っていない。

 役に立つ時なんて、来る筈はないと思っていた。


 それより、わたしの身体よ動け。動くんだ。


「ぐわっ!」


 その時、屋敷のどこからか侵入者の悲鳴が聞こえた。

 わたしは、それを合図にベッドから抜け出す。

 急がねば。


 わたしは壁にかけてある、鞘を取って握る。

 鞘に目を落として、鞘を握る力を込めようとしたが、鞘を握る手が震えている。

 手首を押さえて、震えを抑えようとするが、やがて鞘が手から滑り落ちた。


 わたしは、すぐに鞘を拾い上げる。

 胸を撫で下ろして、深呼吸をする。

 飲み込んだ唾が喉を鳴らす。

 冷や汗が、頬を伝う。


 みんな、無事でいてくれよ。


 机に行って、机の上に鞘を置いた。

 机の引き出しから、ホルスターと護身用のリボルバーを取る。

 ホルスターを腰に巻いて、片目を瞑り、リボルバーの銃弾が入ってるか確認した。

 弾は数発か。麻里亜との稽古で、使ったきりか。

 ホルスターにリボルバーを収めて、鞘を手に取る。

 こんな物、できれば使いたくない。父の刀も。


 そうだ。今こそ、確かめなければ。

 父が、わたしに何を隠しているのか。

 そして、侵入者の正体を確かめなければ。


 わたしは意を決して、部屋の扉のドアノブに手を掛ける。

 深呼吸して、心を落ち着かせる。


 いくぞ。

 ドアノブをゆっくり回して、部屋の扉をそっと開ける。

 開いた扉の隙間から、廊下の様子を窺う。

 よし、人の気配はないな。

 扉を抜け出して、扉の音を立てないように閉める。


 廊下には豪華なシャンデリアが、廊下を照らしている。

 扉を出てすぐに異臭がした。

 血生臭い、微かに煙の匂い。いや、これは火薬の匂いか?

 だとしたら、最初の爆発音の火薬か?


 鼻を手で覆って、扉のすぐ側の壁に凭れて、廊下を左右見る。


 この屋敷は広い。

 奴ら、まだここには来てないな。

 わたしが無事だということは……

 やはり、奴らは父の研究が狙いのようだ。間違いない。

 しかし、まだ奴らの目的を知らない以上、慎重に行動せねば。


 麻里亜、どこだ。

 お前なら、父上が何処にいるか知っているだろう。

 わたしは鼻を手で覆ったまま、廊下の壁伝いに歩き出した。

 鞘を握る手が震えている。


 どれだけ歩いたのかもわからない。

 異臭で、意識が揺らぐ。

 どこを歩いているのかもわからない。

 さっきからやけに静かだ。

 侵入者はどこに行った?


 わたしは、気分が優れなくなり、廊下の壁に凭れた。

 吐きそうになり、口もとを手で押さえる。

 まるで自分の屋敷じゃないみたいだ。

 できれば、夢であってほしい。


 その時。廊下の角から、黒ずくめの男がよろめきながら出て来た。

 わたしは慌てて、ホルスターからリボルバーを抜いて、銃口をその男に向ける。

 片手で構えた銃口が恐怖で震えている。

 両手でしっかりと銃を握りしめ、狙いを定める。


 黒ずくめの男は、こちらに気付くことなく、すぐにうつ伏せに倒れた。

 どうやら、背後から誰かに斬られたらしい。

 黒ずくめの男の背中が血だらけだった。


 一体、誰が?

 まさか仲間割れか?

 それとも……


「信二様、ご無事でしたか!」


 倒れた男の廊下の角から、若い女の声がした。

 髪を三つ編みにし、黒いワンピースに白いエプロンを首に掛けた使用人が、わたしの元に駆けてきた。


「お、お前はお菊か?」

 わたしは、この騒ぎの中、初めて使用人を見て安堵した。

 お菊を見て安心したわたしは、リボルバーを下ろした。


 わたしは、倒れた黒ずくめの男を見る。

 倒れた黒ずくめの男の後からやってきたお菊。

 まさか、お前が、黒ずくめの男を斬ったというのか?

 だとしたら、お菊。お前はどこで、戦闘術を習ったというのだ?


「信二様、危ない!」

 お菊が足を止めて、腰のホルスターからオートマチック銃を抜いて発砲した。


「がはっ」

 わたしの背後で、重い音を立てて、床に誰かが倒れる音が聞こえた。


 わたしは、すぐに音の方に振り向いた。

 そこに、黒ずくめの男が仰向けに倒れていた。

 黒ずくめの男の気配に気づかなかった。


 お菊がいなかったら、わたしはやられていただろう。

 お菊に振り向くと、構えた銃口から煙が昇る。


「お、お菊。お前は、一体何者なのだ?」

 わたしは、見たこともないお菊の姿に、震える声で訊く。

 得体の知れないお菊に、わたしの身体が反応して、わたしはお菊にリボルバーを構えていた。

 わたしの銃口が震えている。


「信二様、銃をお下げください。私は、あなたのお父様によって、屋敷の地下で訓練された戦闘員です」

 お菊が、ホルスターにオートマチック銃を収めて、わたしに会釈した。

 胸の前で腕を曲げて、拳を作って。


「な、なんだと!?」

 わたしは驚いて、お菊を見つめる。

 あまりのショックで、リボルバーが手から滑り落ちた。

 床に音を立てて落ちたリボルバー。大丈夫だ。暴発はないみたいだ。


 わたしは改めて、お菊を下から上へと見る。


 お菊のホルスターに収められた銀色のオートマチック銃。

 腰に下げた鞘。刀は恐らく業物だろう。

 わたしの知らないお菊。


 そうか。

 夜な夜な屋敷の地下から聞こえていた音は、使用人が戦闘訓練していた音だったのか。

 だとしたら、何故だ?

 何故、使用人が戦闘訓練する必要がある?

 父を守るためか?

 それとも、わたしを守るためか?

 まさか、父の研究を守るためか?


「使用人が消えたことがあっただろ。あれは、父が使用人を殺したというのか?」

 わたしは驚きの連続で、異臭が漂うのも忘れていた。

 床に落ちたリボルバーを拾い上げて、ホルスターにリボルバーを収める。

 父への怒りで、わたしは会釈したままのお菊に歩み寄る。


「いえ。あれは、お父様の訓練が辛くて、使用人が逃げただけです」

 お菊が会釈したまま、静かに答える。


「そ、そうだったのか。父を疑ったわたしが間違っていた」

 わたしは、やるせなくなり俯いて、首を横に振る。


「信二様、時間がありません。ここにいると危険です」

 お菊が顔を上げて、わたしの手を握った。


「お菊、何が起こってる。わたしにわかるように説明しろ!」

 わたしはお菊の手を振り払った。

 訳のわからない状況と、また父への怒りが込み上げてきた。


 その時、お菊の脇腹に刀が貫き、お菊が口から血を吐いて前のめりになる。

 わたしは、お菊の返り血を浴び、慌てて倒れるお菊を支えた。 

 わたしの鞘を握る手が震えている。

どうも。浜川裕平です。

お待たせしましたー!やっと、勘兵衛のエピソード更新です!

(勘兵衛ではなく信二ですが)気にしないでください(笑)

作者自身、敵を主人公にしてみたかったのと、悪になる前の人間的な信二のエピソードを書きたかったので、思い切って書いてみました!


さてさて、これからどうなるやら(汗)

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