監禁室からの脱出
銃声と悲鳴が遠くで聞こえる。まるで悪夢だ。
僕は怖くて布団の中に潜り、暗闇の中で身体を丸め、両手で両耳を塞ぐ。
現実から逃げる様に身体が震え出し、必死に首を横に振る。
何が起きてるんだ。
僕は殺されるのか?
嫌だ。死にたくない。
拉致された時の記憶が過り、激しい頭痛がして呻る。
学校の帰宅途中、突然背後から何者かに薬で眠らされ、気付いたら監禁室に閉じ込められていた。
ロクな物を食べておらず、何日も風呂に入らず、着替えもしていない。
僕の身体は細くなり、すっかり痩せ細った。鏡がないのでわからないけど、鏡で今の僕を見たら別人に見えるだろう。
髪はボサボサで艶がない。髪が痒くて、髪を触っただけでフケがつき、髪が何本も抜ける。
枕には僕の毛髪が何本も抜け落ちている。布団や布団のシーツにも。
服は皺だらけで汗で黄ばみ、服から変な匂いがする。僕が拉致されたままの格好だ。
下着も着替えてないので気持ち悪い。歯磨きもしてないので、口の中が変で臭い。
僕は精神的にも体力的にも限界だった。
このまま助からなければ、僕は栄養失調で死ぬかもしれない。
僕は何のために拉致されたんだろう。
僕を拉致した奴らは何者なんだ?
今日で拉致されて何日が経ったのだろう。
早く家に帰りたい。
家に帰って風呂に入りたい。新しい服に着替えて、美味しい物を食べて、歯磨きして、ベッドで眠りたい。
……父上、助けてください。
麻里亜、どうしているのかな
麻里亜は、僕が幼い頃に病で死んだ母親代わりの使用人である。
僕は布団のシーツを握り締め、布団の中で泣いていた。
その時、僕が閉じ込められている監禁室の鉄扉が嫌な音を立てて内側に開く音が聞こえた。
まるで悪夢から解放されるかのように。
父上?
僕はまさかと思い、布団のシーツから顔を出し、開いた鉄扉を窺う。
でも、監禁室の鉄扉の前には誰もいない。
虚しく布団の埃が舞っているだけだった。
誰もいない?
さっきの銃声と悲鳴、あれは夢だったのだろうか。
そんな錯覚さえある。
きっと食事の時間なんだろう。僕は変に納得させる。
僕は布団から身体を出して、ベッドに座り、食事が運ばれて来るのを待つ。
素足が冷たいコンクリートの床に触れて、僕は身震いする。
その時、開いた監禁室の鉄扉の前で見張りの男が呻り倒れた。
監禁室の鉄扉越しにうつ伏せに倒れた男の上半身。
男はウェーブがかった長髪で、左耳にピアス。
男の恰好は汚れた白いシャツを着て、男の太い腕には不気味な髑髏の入れ墨が彫られている。
男はこちらに顔を向け、充血した眼を見開き、口から血を吐いて、喉元にはナイフが突き刺さっている。
「ひっ」
僕は思わず声を漏らし、瞼を閉じる。冷たい床に触れないように両足を上げて。
やっぱり、夢じゃない。僕は両耳に両手を当てて首を横に振る。
両耳に当てた両手をそっと離す、それにしても静かだ。
なんか変だ。助かったの、か?
寒くて身体を両手で擦る。そうだ、逃げないと……逃げて、誰かに助けを求めないと。
僕はベットからおもむろに立ち上がり、監禁室の鉄扉に向かって歩く。
でも、僕の身体は衰弱しきっており、足がもつれて倒れてしまう。
情けない。こんなんじゃ逃げられるわけないだろ。
僕は悔しくて拳を握り締め、顔を上げると、目の前に倒れた男の手に握られたオートマチック銃。
この男が、いつも僕の食事を運んで来た。その度に、この男は僕に暴力を振るった。
自分の瞼が腫れているのがわかる。こいつのせいで。
「許さないっ、許さない……」
僕は吐き捨てる様に呟く。歯を食いしばって。
武器がいる。お前の武器がいるんだ。僕は死にたくない。
床を必死に這い、男の手に握られたオートマチック銃を奪い、片足を突いて立ち上がる。
オートマチック銃を握り締め、男の死体の脇腹に精一杯一蹴り入れてやった。
男の死体に唾を吐くか、銃弾をぶち込もうと思ったが、馬鹿らしくなって止めた。
気が済んだ僕は、男の死体を遠慮なく跨る。
久しぶりに足に力を入れたので爪先が痺れた。
僕はよろけながらも監禁室を出る。
冷たいコンクリートの壁伝いに、ゆっくりと掌を当てながら進んでゆく。
裸足でコンクリートの床を歩く。足の裏が冷たかった。
手に力が入らず、オートマチック銃を握る手が震えている。
そういえば、監禁室を出たのは何日ぶりだろう。僕が拉致されて以来か。
僕は静まり返った地下の薄暗い廊下を、コンクリートの壁伝いにオートマチック銃を構えて進む。
生きる希望を捨てずに、一歩ずつ歩を進める。
空気が澱み変な匂いがする。それとも、僕のパジャマの匂いだろうか。
蛍光灯が切れかかっているのが気になり、僕は見上げる。
眼がちかちかして、蛍光灯の光を顔の前で手で遮り、薄暗い廊下に顔を戻し、両手でオートマチック銃を握り締める。
監禁室は他にも何室かあり、監禁室の鉄扉を横切る。
どうやら、地下の警備は手薄で、あの倒れた男しかいないようだ。
数メートル先に階段が見える。出口かな。
出口を見て、緊張感が和らぐ。手に汗を掻いている。
「武器を捨ててください」
その時、背後で冷たい女の声がした。
僕は驚いて心臓が口から飛び出しそうだった。
しまった、仲間がいたか。気配を消していたのか?
ここで逆らえば、僕は殺されるかもしれない。
下手すれば、また監禁室に閉じ込められる。
僕は屈み込んで、女に従い床にオートマチック銃を置いて立ち上がる。
僕の鼓動が一気に高まる。
「銃を蹴ってください」
僕の背後の女が、冷たい声で促す。
僕は生唾を飲み込み、喉を鳴らす。
言われた通り、手を上げながらオートマチック銃を向こうに蹴った。
もうダメだ。僕は手を上げたまま絶望に駆られ、諦めて瞼を閉じる。
ジンくんの新エピソード始まります。時系列としては、ジンくんの過去のお話になります。これからの展開にご期待ください。よろしくお願いします。