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ゾット帝国親衛隊ジンがゆく!~苦悩の剣の運命と真実の扉  作者: 裕P
異世界アルガスタ~異世界ユニフォンへ
16/26

第二話:ルビナ姫の最期

ルビナ姫の寝室に飛び込むなり、わたしは扉を閉めて背を向けたまま手を後ろに回して鍵を掛けた。


 ルビナ姫の寝室は、右側の奥に大理石の洗面所があり、洗面所の奥にバスルームとトイレがある。

 扉の傍に、キャスター付きの棚が置いてある。

 左の壁沿いに書棚机、窓際に鏡台。奥に大きな窓ガラスがあり、窓ガラスの向こうがバルコニーになっている。

 手前には大きな洋風ベッドがあり、ベッドの傍には箪笥がある。


 わたしは一安心して扉に凭れて、深く息を鼻で吸って口で吐いた。


 ルビナ姫がわたしの肩に頬をちょこんとくっつける。


「もう着いたの? 今夜は忘れない夜になったわね。ねぇ、ジン。もう一度してみない?」

 ルビナ姫がふざけて、わたしの頬にオートマチック銃の銃口をくっつけてぐりぐりしている。 


 わたしはルビナ姫に呆れて、ルビナ姫の手をそっと払いため息を零す。


「正気か? こんな夜は二度と御免だ。ルビナ姫、少し休め」

 わたしはルビナ姫に振り向く。わたしは顔を戻して扉から離れ、ルビナ姫をおぶり直す。

 ベッドの傍に煉獄を立て掛け、ルビナ姫をそっとベッドに寝かせた。


 わたしは、ルビナ姫の寝室の扉付近の棚に向かう。


「ねぇ。ジンの武勇伝聞かせて? なにかない?」

 子供の様なルビナ姫の声が聞こえる。


 わたしはルビナ姫に振り向く。


「急にどうしたんだ? ……そうだな。ルビナ姫の護衛任務中に、わたしがルビナ姫に想いを告げたくらいだろう?」

 わたしはルビナ姫の寝室の扉付近にある、キャスター付きの棚を扉の前まで移動させる。

 わたしはキャスターの便利さを改めて痛感した。


「うーん……確かに、その武勇伝はロマンチックだったわね。どうせなら、プロポーズがよかったかしら」

 ルビナ姫の我が儘が聞こえる。


 プロポーズ、か。するつもりだったさ。今日は満月だったからな。

 だが、こんなことになってしまった以上、どうすることもできないだろ。

 わたしは悔しくて、棚を押す手に力を入れる。


 わたしは棚をルビナ姫の寝室の扉前まで移動させると、棚の上に両腕を載せた。

 これで、夜明けまで持つといいが。この棚だけじゃ、心許ないかもな。

 他の棚を移動させるか?

 わたしは首を横に振る。ルビナ姫に手伝わせるわけにはいかない。

 手ごろな棚が、近くにあって助かった。

 わたしは振り向いて、他にキャスター付きの棚がないか、ルビナ姫の寝室を見回した。

 結局、キャスター付きの棚はこれだけだった。


 それにしても、いささか紅月の力を甘く見ていた。

 斬られた魔物が紅月の力で復活するまで時間があるとはいえ、数でこられたら終わりだ。

 煉獄がなければ、ルビナ姫の寝室に来れなかったかもしれない。

 読書に明け暮れ、鍛錬をサボっていたとはいえ、煉獄が役に立つ時がくるとはな。

 ルビナ姫、感謝する。わたしはルビナを守ったぞ。


 だが、この胸騒ぎはなんだ?

 わたしは妙に静かなのに不安を覚え、棚に埋めた顔を上げた。

 可笑しいやけに静かだ。あれだけ、ここまで来るのに低級魔物に襲われたというのに。

 何が起こってるというんだ?

 わたしはルビナ姫に振り返り、棚に凭れて、腕を組んでルビナ姫を見つめた。


 ルビナ姫はわたしに背を向けて、窓ガラス越しに紅月を見ていた。

 ルビナ姫はわたしの視線に気づいたのか、寝返りを打つ。


「ジン……いつまで突っ立っている気? 私を殺す気なの? 薬取りに来たんでしょ? ぼうっとしちゃって、らしくないわよ?」

 ルビナ姫がオートマチック銃の銃口をわたしに向けて、片目を瞑りわたしに狙いを定める。

 ため息を零して、不機嫌そうに口を尖らせる。


 わたしは慌てて、胸の前で必死に両手を振る。


「う、撃つなよ? すまない。考え事をしていたんだ。すぐに薬を取る」

 わたしは頭の後ろを掻いて棚から離れ、ルビナ姫が寝ているベッド傍にある箪笥の一番上の引き出しを引いた。

 それより、ルビナ姫の薬だ。わたしとしたことが、病のルビナ姫を放っておくとは。情けない。


「よろしい。さて、薬はどこにあるでしょう?」

 ルビナ姫がわたしに顔を向けたまま頷く。

 わざとらしく咳払いして、わたしの脇腹にオートマチック銃の銃口をくっつけて、意味ありげに不敵に笑った。


 わたしは呆れて、肩を落としてため息を零す。


「遊んでいる場合じゃないだろ……わたしの言うことじゃないか。ルビナ姫、薬はどこにある?」

 わたしはベッドの傍にある箪笥の引き出しの中を探りながら、ルビナ姫に振り向いて訊く。


 ルビナ姫は身を乗り出して、わたしの頬にオートマチック銃の銃口をくっつける。


「やーい、引っかかった……私、子供みたい。次期王妃になろう私が何やってるのかしらね。これじゃ、統治できないわねぇ」

 ルビナ姫がつまらなそうに、わたしの頬にオートマチック銃の銃口をくっつけてぐりぐり押している。


 わたしは呆れて、箪笥の引き出しに顔を戻す。


「こんな時に、なにやってるんだ。また縁談が来たのか?」

 引き出しの中の豪華なドレスを広げて見る。

 引き出しの中はドレスや洋服が丁寧に畳んであり、いい匂いがする。


 わたしは気まずくなり、ルビナ姫を一瞥する。

 軽く咳払いして、豪華なドレスを畳んで、引き出しにしまう。

 引き出しを閉めて、一段下の引き出しを開けようと手を伸ばす。


「ねぇ、ジン。もしかして私の下着探してる? ぷっ、くくくっ。冗談よ。ジンは誠実だもの。薬なら、鏡台の上にあるわ」

 ルビナ姫の不機嫌な声が飛んでくる。ルビナ姫の下着を探すわたしを想像して可笑しかったのか、ルビナ姫はお腹を抱えて笑った。

 すぐに馬鹿らしくなったのか、ルビナ姫はわたしにオートマチック銃の銃口を向け、不機嫌そうに口を尖らせる。

 ため息を零して、ルビナ姫はつまらなそうに鏡台を指さした。


「そ、そんなわけないだろ。こないだの下着泥棒はわたしじゃないぞ? 薬は鏡台の上か」

 わたしは間を置いて頬が火照り、慌てて箪笥の引き出しを閉めて、鏡台につかつかと歩いてゆく。


「ジンったら、照れっちゃって、可愛いんだから」

 ルビナ姫が優しく笑う声が、わたしの背中を撫でる。


 わたしはの顔が真っ赤になり、危うくこけそうになる。

 わたしの間抜けな姿がばっちり鏡台の鏡に映ってしまう。

 ますますわたしは動揺して、鏡台の鏡から顔を背け、鏡台の上に置いたあった粒状の薬が入った容器を手に取る。

 緊張しているのか、容器を持つわたしの手が震えている。

 わたしは鏡に映っている、ルビナ姫を一瞥する。


 わたしがルビナ姫を一瞥した時、ルビナ姫は手を振って微笑んだ。

 またルビナ姫を一瞥した時、ルビナ姫は寝返って、窓ガラス越しに紅月を見ていた。


「ねぇ、ジン。私の命、0時までだったのよ。でも、まだ生きてる。不思議よね。きっと、神さまはわたしの我が儘を聞いてくれたのよ。ここで死にたかった。だから、ジンと一緒に居れて幸せ。少しでも、長く生きたいの。死ぬのは怖いけど、ジンと一緒なら怖くないわ」

 ルビナ姫がわたしの背中越しで静かに語る。


 わたしはルビナ姫に振り返る。


「!? 嘘だ、嘘だと言ってくれ! ルビナ。頼む、薬を飲んでくれ……わたしを置いていくことは許さないからな。約束しただろ、駆け落ちしようと。ルビナ姫を他の王族と結婚はさせない。わたしは決めたんだ」

 わたしは薬の入った容器を握り締め、ルビナ姫の元に駆け寄り、ルビナ姫が寝ている傍らに屈み込む。

 わたしはベッドの傍にある棚の上に容器を置き、わたしはルビナ姫の髪を優しく掻き上げて手をそっと握る。


 ルビナ姫が寝返りを打つ。

 ルビナ姫がもう片方の手で、わたしの手の甲に掌を重ねる。


「もういいの。最初だけよ、薬の効果があったのは……百年に一度の紅月を最期に見れて良かったわ、なんて綺麗なのかしら」

 ルビナ姫がオートマチック銃を傍に置き、顔を窓に向け、紅月を感嘆する寂しい声が聞こえる。


 わたしはルビナ姫の手に指を絡めて握り締め、自分の額にルビナ姫と絡めた手を当てて、わたしは嗚咽する。

 わたしは顔を上げる。ルビナ姫の寂しそうな顔を見ていると涙が溢れ、わたしは涙を手で拭う。

 ルビナ姫と手を絡めたままおもむろに立ち上がり、ルビナ姫の髪を優しく撫でて、わたしはルビナ姫の唇にキスをする。

 わたしはルビナ姫と口づけした後、両膝を床につけ、ルビナ姫と両手を絡めたまま窓ガラスの向こうの紅月を見上げた。


 わたしとルビナ姫は黙ったまま、窓ガラスの向こうの紅月を見上げている。どれくらい経っただろう。

 その時、バルコニーに一羽の大鷲が舞い降り、バルコニーの手摺にとまる。

 大鷲の大きな羽がバルコニーに舞い落ちる。


 ルビナ姫がベッドから顔を上げる。

 わたしはルビナ姫から手を離し、腰に巻いたホルスターに挿したオートマチック銃に手をかける。


「くえっ、くえっ~。仲良く心中ってか? お熱いねぇ。お楽しみのとこ悪いが、姫様ならアスカが攫ってったぜ? ついでに、姫様のボディガードくんは断崖絶壁に身を投げておっ死んだけどな。おっと、正確にはアスカがボディガードくんを殺っちまった。くえっ、くえっ~」

 人語を喋り出した大鷲は、バルコニーの手摺の上でお腹を抱えて笑っている。


 ルエラ姫が驚いて、ベッドから上半身を起こす。


 アスカだと?

 まさか、魔王教団か?

 こいつ、どこから飛んで来た?

 腰に巻いたホルスターに挿したオートマチック銃に手をかけた掌に汗を掻く。


「な、なんですって!? 妹のルエラが攫われた? あなた何者なの? 答えないと撃つわよ?」

 ルビナ姫は傍に置いたオートマチック銃を手に取り、オートマチック銃を握り締めた。

 人語を喋る大鷲にオートマチック銃の銃口を向けて訊く。ルビナ姫の手が震えている。


「貴様、どういうことだ?」

 わたしはホルスターから素早くオートマチック銃を抜くと、人語を喋る大鷲にオートマチック銃の銃口を向けた。

 わたしも手が震えていた。


「オレはジェイ。魔王教団の一員だ。ボディーガードくんがおっ死んで、姫様はガキみてぇに泣いてたぜ。姫様も晒し首でおっ死んで、あの世でボディガードくんに会えるといいけどな。まあ、プリンセスは病を患っているからな。生贄として価値はねぇ。だからよ、プリンセスに相応しい死に場所を用意してやったぜ。そうとは知らず、隊長さんが張り切ってプリンセスをおぶって、この死に舞台にやって来やがった。こいつは傑作だぜ。くえっ、くえっ~」

 人語を喋る大鷲はまくしたてた後、手摺からバルコニーに舞い降りて、バルコニーで可笑しいという様に笑い転げた。


 なるほど。低級魔物が襲ってこない理由がわかった。

 わたしは自ら罠に飛び込んだのか。


「ジェイ。私は、ジェイを撃つために生きている。そう信じてる。ルエラは、返してもらうわよ! ルエラを晒し首になんかさせない! 私の夢は、まだ終わらせない!」

 ルビナ姫が強い言葉で、バルコニーで笑い転げているジェイを撃つ。


 窓ガラスが派手に音を立てて割れる。

 ルエラ姫はガラスの破片が飛び散らないように、布団のシーツを被った。

 わたしもガラスの破片が飛び散らないように、ベッドの傍の床に伏せて顔を床に埋めた。

 布団のシーツから伸びたルエラ姫の手と、わたしはルエラ姫と手を繋いでいる。

 ルビナ姫は布団のシーツの中で泣いて洟をすする。

 わたしは怒りが込み上がり、顔を上げてバルコニーを見た。


「プリンセス、頭に血が上っちまったか? ありがとよ、結界を解いてくれて。アルガスタの人間は平和ボケしているくせに、妙に用心ぶけぇ。王室には強力な結界が張っててな、誰が結界を張ったか知らねぇが。結界が強力でよ、王族を攫うのに一苦労だぜ。おかげで攫い損ねた王族もいるしよ。結界があるとは予想外だったぜ。魔王教団も舐められたもんだ。まあいい。つうわけでよ、隊長さんとプリンセスの最期の祭りといこうじゃねぇか!」

 ジェイは割れた窓ガラスから侵入して、まくしたてながら飛び回り、やがて寝室扉の前に移動させた棚の上にとまった。

 ジェイは暢気にくちばしで毛づくろいしている。


「貴様、よく喋る鳥だな。羽を切り落として、ルエラ姫の元に案内してもらおうか」

 わたしはルビナ姫から手を離し、オートマチック銃をベッドの上に置く。

 ベッドに立て掛けた煉獄に手を伸ばし、おもむろに立ち上がり、ジェイに中段の構えをする。

 わたしはジェイを睨み据える。


「おいおい、そんな物騒なもん向けるんじゃねぇよ。ところでいいのか? ジードはプリンセスにテレパシーを送って、プリンセスを操ったみたいだぜ? テレパシーの内容か? 隊長さんを撃てだ。果たして、プリンセスにできるかな? 愛する男を撃てるかな? くえっ、くえっ~」

 ジェイは人差指を立てて、小さく振った。

 ジェイは勝ち誇ったように腕を組んで首を傾げた。


 なんだと。

 ジードが、ルビナ姫を操ったというのか?

 わたしの眼がさざ波の様に揺れ、頬に冷や汗が伝う。


「くっ。ルビナ姫、わたしを撃つな!」

 わたしはルビナ姫に振り返った。ルビナ姫は布団のシーツから顔を出して、紅い眼でわたしを見つめていた。

 ルビナ姫に振り返った途端に、ルビナ姫から邪悪な波動が発せられ、わたしの身体が重くなり、煉獄が手から滑り落ちる。


 くそ、ジードのテレパシーか。思う様に身体が動かん。

 それにしても、何故今頃になってテレパシーが?

 まさか、結果が解けたことによって、ルビナ姫とわたしにジードのテレパシーが届いたというのか?

 ジード。これが、お前のシナリオだというのか?


 ルビナ姫は布団のシーツからおもむろに上半身を起こして、わたしにオートマチック銃の銃口を向ける。

 ルビナ姫の眼は紅月の様に紅くなり、恐怖で手が震えている。


 ルビ姫、ジードに操られていないんだな?

 わたしはどうすればいい?


「ジン、さよなら」

 ルビナ姫は、オートマチック銃の銃口をわたしに向けたまま、冷たく言い放つとオートマチック銃の引き金を引いた。

 銃口から火を噴き、薬莢がベッドに落ちた。ルビナ姫の眼には涙が滲んで、頬を涙が伝う。

 ルビナ姫の顎から落ちた涙が、布団のシーツに雪が解ける様に染みた。


 わたしは脇腹を撃たれ、撃たれた自分の脇腹を見る。

 僅かに弾道が逸れたか。ルビナ姫の意思は強いな。

 わたしの脇腹から血が噴き出ている。

 わたしは痛みで唸り、両膝を床につき、脇腹を手で押さえる。

 わたしは顔を上げて、歯を食いしばってルビナ姫を見る。額には汗を掻いている。


 ルビナ姫は泣きながら何かを呟き、自分のこめかみにオートマチック銃の銃口をゆっくりと向けた。


「よせ。やめろ、ルビナ姫!」

 わたしはルビナ姫に手を伸ばした。


 ルビナ姫は引き金を引いたが、弾は放たれず弾切れだった。

 それを合図にジードのテレパシーが切れたのか、ルビナ姫がベッドの上に倒れた。


 わたしのテレパシーも切れて、身体が楽になる。

 この隙に、ジェイを斬る。

 わたしは素早く屈み込んで、床に落ちた煉獄を手に取り、振り返り際にジェイを袈裟斬りする。

 煉獄がジェイの肉を斬る重い音を立て、太刀風が舞い、わたしの前髪が太刀風で舞う。

 これで終わりだ。わたしは煉獄を振り下ろしたまま、ジェイを睨み据える。


「っち、なんだよ。運が良かったな、隊長さん。最期にドカンと花火を上げようぜ……」

 ジェイの身体が袈裟に斬られ、ジェイの身体が二つに別れる。ジェイの別れた二つの身体は床に落ちた。

 同時にジェイの手から小さな銀色の球体が落ちて、小さな銀色の球体が床に転がり落ちてベッドの下に消えた。


 斜めに切られた棚が、斜めにずり落ちた。


「ちくしょう、やりやがったな! まあいい。そいつは爆弾だ。せいぜい、プリンセスと最期の時間を楽しめ。もうすぐ、城は火の海になる。プリンセスとどこまで逃げられるかな? オレとしたことが油断ちしまったぜ……」

 ジェイは口から血を吐いて死んだ。

 ジェイの大きな羽が床に舞い落ちる。


 ベッドの下に転がった爆弾が高い機械音を上げ、また一音機械音が高くなる。

 カウントダウンか。ルビナ姫が危ない。

 わたしは振り返って、ルビナ姫の元に駆け寄った。煉獄をベッドに立て掛ける。


「ルビナ姫、しかっりしろ!」

 わたしはルビナ姫の身体を抱き寄せ、ベッドに腰掛けてルビナ姫を背負った。

 わたしは爆風から身を守るため、布団のシーツを引きはがし頭から被った。


 その瞬間、爆弾が爆発し、わたしたちは爆風で吹っ飛んだ。

 爆風で壁に激突するが、布団のおかげで衝撃が和らいだ。

 わたしは布団のシーツを捲り取って、ベッドに振り向くとベッドは粉々に壊れていた。

 顔を戻すと、爆発の衝撃で目の前の壁が壊れて穴が開き、廊下の火が侵入してきた。

 傍には、ジェイの身体が横たわっている。

 ルビナ姫は目を覚ました。

 ルビナ姫は白目を剥いたジェイの死骸を見て、思わず顔を背ける。


「……私、ジンを撃ったのね。ごめんなさい……ジンを撃ったとき、意識があったの。私、怖かった。まだ覚えてる……」

 ルビナ姫が震える手で髪を掻き上げ、わたしの胸に顔を埋める。


「気にするな。ルビナ姫に撃たれて、わたしも怖かったさ」

 わたしはルビナ姫の頭を優しく撫でた。


 ルビナ姫は、傍に横たわっているジェイの死骸を見つめた。


「ジン。ジェイを倒したのね、ありがとう。こんなことしている場合じゃないわね。脱出しましょう。ジン、書棚の本を紫、緑、青、黄、赤の順で上から押して、それでベッドごと地下まで行けるわ。地下から城下町に抜けられる。王族に代々伝わる、秘密の抜け道よ」

 ルビナ姫は侵入してきた煙で咳き込みながら、寝間着の上着ポケットからハンカチ取り出して口許に当てた。

 震える手で書棚を指さす。


 わたしはルビナ姫が指さす書棚を見て、意を決して頷く。


「わかった。ルビナ姫。その間に、薬を飲むんだ。いいな? 煙はできるだけ吸うな」

 わたしは煙で咳き込みながら脇腹を押さえ、口許を手で覆いながら、ルビナ姫が指さした書棚に向かう。


「しょうがないわねぇ、ジンに負けたわ。一粒薬飲むわね。お水取ってくるわ」


 ルビナ姫は咳き込みながら、洗面所に向かう暢気な声が聞こえる。

 わたしは書棚机の前に来ると、試しに紫の書物を人差指で取ろうとした。しかし、紫の書物は固定されていて動かない。

 なるほど。暗号が解らなければ仕掛けが作動しないということか。

 まさか、書棚にこんな仕掛けがあるとはな。今まで気付かなかった。


 わたしは書棚机の本を慎重に、紫の書物、緑の書物、青の書物、黄の書物、赤の書物の順に上から押した。

 最後の赤の書物を押し終わった時には、手に汗を掻き、額に汗を掻いていた。

 その時、機械的な音を立てて仕掛けが作動し、ベッドがゆっくりと下がり始めた。


 わたしは振り返って、ゆっくりと下がるベッドを見つめる。

 額の汗を拭い、一安心して深く息を吐く。

 このタイミングで使うとは皮肉なものだ。


「あら、できたのね。さすがジン。押す順番を間違えたら、罠で死んでたかもねぇ」

 ルビナ姫が洗面所から出てくるなり、物騒そうなことを言ってのけた。

 ルビナ姫は口許にハンカチを当てたまま、ゆっくり下がり始めたベッドの残骸に横たわった。


 その時、床に黒い魔法陣が現れ、魔法陣が紅く光る。

 魔法陣の中から、低級魔物が現れた。

 蝙蝠の様な魔物、野犬の様な魔物、烏の様な魔物、鬼の様な魔物、大鎌を持った死神の様な魔物。


 くそっ。脱出の時に。

 こいつら、血の匂いを嗅いだか?

 わたしは急いで、爆風で吹っ飛んで床に落ちている煉獄を拾う。

 そして、爆風で吹っ飛び弾の入ったオートマチック銃を拾って、腰に巻いたホルスターにオートマチック銃を挿した。


「ルビナ姫! 脱出するぞ」

 わたしはルビナ姫に声を掛ける。

 ゆっくり下がり始めたベッドの残骸。わたしはルエラ姫の隣で胡坐をかいた。

 わたしとルビナ姫は手を繋ぐ。煉獄を傍の床に置いた。


「ねぇ、ジン。膝枕して?」

 ルビナ姫が甘えた声を出してわたしに寄り添い、わたしの胸に顔を預けて訊いた。


「あ、ああ」

 わたしは恥ずかしくて顔が火照り、人差指で頬を掻いて、ルビナ姫から顔を背けた。

 わたしの鼓動が高まる。


 ルビナ姫がわたしの膝を枕にして、わたしの膝に、ルビナ姫は首を静かに預けた。

 その時、扉を突き破って、腕の様なものが伸びてきて、腕が魔物を捕まえて腕が引っ込む。


 わたしは顔を上げる。

 さっきから、なんなんだ?

 もっと下がるスピードは上がらないのか?


 ルビナ姫はわたしの膝から頭を上げる。


「ジン、今度はなにかしら?」

 ルビナ姫の心配そうな声が聞こえる。


 わたしはルビナ姫を安心させるために、ルビナ姫の髪を優しく撫でた。


「さあな。ルビナ姫はわたしが守る。安心しろ」

 わたしはルビナ姫の顔を覗き込む。


 わたしは上が気になって仰ぐと、天井が両開きに閉まってゆく。

 壁には行燈が埋め込まれており、行燈の蝋燭が灯って意外と明るかった。

 しばらくして、天井に穴が開いて、天井が崩れてきた。


 わたしは音に気付いて顔を上げる。

 今度はなんだ?

 上でなんかあったのか?


 ルビナ姫が咄嗟に掌を広げて翳した。

 青白い光の壁が現れ、破片が青白い光の壁に吸収される。

 わたしは驚いて、ルビナ姫の顔を覗き込む。


「私だって、王族なのよ? 魔法くらい使えるわよ。ジンに任せてられないわ。残念だけど、私って治癒術は会得してないのよねぇ。ルエラなら、治癒術得意なんだけど。でもね、治癒術でも私の病は治らなかった……それくらい、私の身体を蝕んでるのよ。あ~あ、治癒術があれば、ジンの傷を癒してあげれるのになぁ。もういいわね。もう充分、楽しい夢を見させてもらったわ。そろそろ……」

 ルビナ姫が悲しそうにまくしたてると、ルビナ姫は手を下ろす。そして、自分の胸の前でわたしと手を重ねると、青白い光の壁が消えた。

 ルビナ姫は咳き込み、ルビナ姫は口から血を吐く。


 わたしとルビナ姫が、ルビナ姫の胸の前で繋いでいる手に、ルビナ姫の血がつく。

 床にも、ルビナ姫が吐いた血がついている。

 わたしの眼は動揺でさざ波の様に揺らぎ、わたしはルビナ姫の身体を揺すった。


「大丈夫か、ルビナ姫!」

 わたしはルビナ姫の顔を覗き込む。

 涙が滲んで、ルビナ姫の頬に涙の粒が落ちる。


 ルビナ姫はわたしから手を離し、震える手でわたしの頬に掌を添えた。

 ルビナ姫が優しく微笑むと、ルビナ姫の手が床に静かに落ちた。

 ルビナ姫の顔は安らかに眠っている。 


 わたしは、ルビナ姫の死を否定して首を横に振る。


「嘘だ。ルビナ姫、わたしを置いていくな。頼む、嘘だと言ってくれ……」

 わたしは、床に落ちたルビナ姫の手を握る。わたしの額に、ルビナ姫の握った手の甲をくっつけた。

 わたしは嗚咽しながらズボンのポケットから、小さな箱を取り出す。

 わたしは小さな箱の中から結婚指輪を取ると、ルビナ姫の左手薬指に結婚指輪を嵌めて、ルビナ姫の左手薬指にキスした。


 わたしは、ルビナ姫の髪を優しく掻き上げる。

 わたしは泣きながら、ルビナ姫の額に自分の額をくっつける。

 いつ、結婚指輪を渡そうか迷っていた。

 ようやく、ルビナ姫に結婚指輪を渡せた。

 こんな形になってしまったが。許してくれ。


「ルビナ姫、結婚しよう。わたしもすぐ後を追いかける」

 わたしは、腰に巻いたホスルターからオートマチック銃を抜き、こめかみに銃口を向けた。


 わたしはルビナ姫と手を繋いで、目を瞑って引き金を引こうとした、その時。

 天井に空いた穴から、箒に跨った女の子が下りてきた。


 箒に跨った女の子は、黒いとんがり帽子を被り、帽子の先がくるんと曲がっている。

 髪は淡いピンクのストレートヘア。髪の先っちょを紅く染めている。

 前髪にハートのヘアピンを留め、左の瞳が澄んだ蒼色で、右の瞳がエメラルドグリーン。

 耳にはハートのピアスをつけ、首にはハートのネックレス。

 黒いワンピースを着て、胸に小さな紅いリボンをつけ、右手首にブレスレットを嵌めている。

 お尻の辺りに大きな紅いリボンを付けて、縞のニーソックスを穿き、紅いリボンパンプス。

 箒の先端の小さな穴に、ハートのキーホルダーが付けてあり、背中に小さなくまのぬいぐるみを背負っている。


「へぇ。こんなところに隠し部屋があったんだぁ? 地下に続いてるのかなぁ? 攫い損ねた王族もいるのかなぁ? アリス、驚き~」

 女の子は、わたしたちの頭上を箒で旋回している。


 わたしはオートマチック銃を下ろし、わたしの頭上を箒で旋回する少女を見上げた。

 少女はゆっくりとわたしの目の前に下りてきて、箒を手に持ち片手を腰に当てて仁王立ちした。


 少女はルビナ姫に顔を向けると、不思議そうに首を傾げた。


「あれ、プリンセス死んじゃったんだ? ジェイを殺したのはあんたね? アリスちゃん可哀想に。ジードは役立たずだしぃ」

 少女はわたしを指差して、顎に人差指を当てて首を傾げ、わたしを睨んで不敵に笑った。


「貴様、魔王教団か?」

 わたしはオートマチック銃の銃口を少女に向ける。


 少女は可愛く敬礼した。


「そそ。アリスは魔王教団の一員なのでありますっ。さてとっ、地下を調査しなきゃ。ミントくんお願い、床に穴を開けてちょうだい」

 アリスは背負っていた小さなくまのぬいぐるみに振り向くと、背負っていた小さなくまのぬいぐるみを取る。

 アリスはぬいぐるみを床にちょこんと座らせた。


 すると、床に座った小さなくまのぬいぐるみがみるみる巨大化した。

 小さな耳が尖った耳に変わり、つぶらな瞳から、眼は左眼が三角の形に変わり、右眼がバツ印の眼に変わる。

 可愛い鼻はピエロの様な真っ赤な鼻に変わった。口には鋭い牙が何本も生えている。

 手足にも鋭い爪が生え、背中に悪魔の様な翼が生え、お尻には悪魔の様な尻尾が生えた。


 もはや、可愛いくまのぬいぐるみではない。

 まさか、あの少女の魔力でぬいぐるみが姿を変えたのか?


 ぬいぐるみの右眼のバツ印が交差したところから紅いレーザーが伸び、右眼が動きながら床を焼いている。

 紅いレーザーが一周して、紅いレーザ―が消える。

 ぬいぐるみが、レーザーが一周したところを足踏みする。

 すると、丸い床が落ちて、穴が開いた。


 アリスはぬいぐるみに向かって、可愛く敬礼した。


「そんじゃ、ミントくん任せたからね。アリスは、地下に行ってきまーす」

 アリスはVサインを額に当てて、ぬいぐるみにウィンクした。

 わたしに向かって投げキスを飛ばし、アリスは床に開いた穴に飛び込んだ。


 わたしは死を覚悟して、オートマチック銃を投げ捨てた。

 同時に煉獄を拾い上げて、得体の知れないぬいぐるみに中段の構えをする。


 ぬいぐるみがわたしに顔を向けてニヤリと笑い、口を大きく開け、口の中からミサイルを発射した。

 わたしは顔の前で腕を交差させ、わたしの身体が爆風で吹っ飛んだ。

 わたしはルビナ姫に手を伸ばす。わたしの視界が真っ白になる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アリスが可愛いです [気になる点]  ルエラ姫が驚いて、ベッドから上半身を起こす のところ。 ルエラではなくルビナの間違いですよね? [一言] もし違うならごめんなさい
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