第一話:ルビナ姫の病
真夜中。
わたしは城の見回り任務に就いていた。
わたしは王女の親衛隊の隊長を務める。
紅い絨毯が敷かれた薄暗い廊下を静かに歩く。
天井には豪華なシャンデリアが吊ってあり、窓ガラスから月光が漏れている。
辺りは静まり返り、廊下を歩くたびに床が軋み、鎧が軽い音を立てる。
姫(王女)はわたしの恋人であり、姫とは密会している。
禁断の恋というやつだ。
きっかけは、姫の護衛任務中の馬車だった。
馬車の中で、姫と二人きりの時に、姫から想いを告げられた。
わたしも姫に密かに想いを寄せていたので、姫に想いを告げた。
わたしと姫は、決して結ばれることはないだろう。
わたしと姫は身分が違う。隊長と王女の禁断の恋だ。
王族に見つかれば、わたしは殺されるかもしれない。
兵士や町人に、わたしと姫の関係が噂されているが構わない。
わたしと姫の関係の理解者は、姫の妹、ルエラだった。
ルエラもボディガードのカイトに想いを寄せているらしいが、わたしと姫の関係に比べたら皮肉なもんだ。
わたしにできることは、少しでも姫の傍にいること。
今日も、城の見回りを口実に姫と密会の約束をしている。
わたしは隊長なので、部下にも姫との密会の言い訳が効いた。
いつものことだった。
その時、雲の間から顔を出した月が紅く変色し、窓ガラスに紅い月光が照らす。
廊下の柱時計が、午前0時を知らせる鐘が鳴る。
「な、なんだ、これは……」
わたしは紅い月に吸い寄せられるように窓ガラスに歩み寄り、紅い月を見上げて呟く。
不吉だ、紅い月なんて。こんな月、見たことがない。
嫌な予感がする。今日で、魔王が封印されて百年だったな。
昼間に城下町で魔王封印百年祭をしたからな。わたしは酒は飲まなかったが。
毎年、城下町で魔王封印祭をする。忘れるわけがない。
その時、わたしの背後に殺気を感じた。
窓ガラスを見ると、紅い絨毯に背後の影が伸びている。
わたしは殺気で動くことができず、はっきり姿が見えないのに恐怖を覚える。
背後の身体からは紅いオーラが揺らいでいるのが、窓ガラスに映る。
「ジン殿。これから、ルビナ姫と密会かな?」
よく通る低い男の声だった。
男はわたしの背後で不気味に笑っている。
わたそは腰に下げた鞘の刀の柄に手をかける。
「貴様、何者だ?」
わたしは背後の者に訊く。
この男、気配すら感じなかった。
わたしの頬に冷や汗が伝う。
わたしの背後の男は鼻を鳴らした。
「魔王教団、ジードと申す。アルガスタは豊かで平和な国だ。しかし、それが故に脆い」
「魔王教団だと? 魔王は百年前に討伐隊によって、アルガスタの果ての地下深くに封印されたはずだろう!?」
わたしは素早く腰に下げた鞘から剣を抜き、振り返えると同時に剣を横に振る。
剣は虚しく空振りし、太刀風が虚しく風を切る。
「我々、魔王教団はアルガスタの人間に化け、今日まで魔王復活に貢献してきた。ここまで虫のいい話だが、我々が王族に化けようとすれば特別な力が働き、拒絶反応が起きるのが難癖だがな。だが、それも今日で終わりだ。今宵、我々はアルガスタの王族を攫い、一週間後に民衆の前で晒し首にする。王族の血で魔王は復活するのだ」
わたしの背後で、ジードのよく通る声が聞こえた。
「くっ」
わたしはジードに振り向いた。
月光が漏れる窓ガラスに、ジードは腕を組んで凭れて、わたしを見ていた。
ジードの顔は黒豹で瞳が澄んだエメラルドグリーン、頭の後ろで長い髪を三つ編みにしている。
尖った耳には銀色のピアスを付けている。
身体は鎧に包まれ、手足は獣の様な手足で爪に鋭い爪が生えている。
手には金の腕輪が嵌められ、足にも金の足輪が嵌められている。
お尻には黒い尻尾が生え、尻尾がくるんと曲がっている。
「何故、今日なんだ? 王族を攫うのなら、もっと早く実行できたはずだろ?」
わたしはジードに振り向いたまま、ジードに訊く。
「今宵は百年に一度、月が紅く染まる日。紅月。紅月は我々に力を与え、我々魔族は不死身になる。城を攻め落とすのにちょうどいい日だ。まあ明け方には、不死身の力は消えるがな。百年前の紅月に、国王は自らの欲望を魔王に変身させた。魔王の目的は、もう一つの世界、ユニフォンへの侵入。紅月の力でユニフォンへのゲートを完成させようとするが、あと一歩のところで失敗した。力を失った魔王は、討伐隊によって処刑されるはずだった。だが、討伐隊に裏切り者がいたのだ。そいつが魔王を手引きして、魔王をアルガスタの地下深くに封印したのだよ。そいつは今、ユニフォンで魔王とともに行動している。アルガスタのもっと古い歴史によれば、悪しき者が紅月を造ったそうだ。我々は千年生きるからな。千年も生きれば、面白いことが一つや二つ起きるものだ」
ジードは窓ガラスに腕を組んで凭れたまま、紅月に振り向いてまくしたてた。
ジードの眼は、どこが寂しげだった。
「ユニフォンだと? ユニフォンは伝承にすぎん。確か、アルガスタ十四代国王は年老いた爺さんだったな。年老いた爺さんが紅月の力で魔王に変身したところで力不足だったわけだ。それに討伐隊の裏切り者だと? 魔王がユニフォンにいるだと? 今頃、魔王も力不足で苦労しているんじゃないか? いずれにせよ、わたしには関係のない話だな。そうか、紅月の力は明け方までか。ならば、明け方まで姫を守ればいい」
わたしはジードに振り返り、刀を腰に下げた鞘に納める。
「ふん、面白い。魔王は生きているぞ。ユニフォンに転生してな。信じないのか? 百年前、ユニフォンへのゲートは完成しなかったが、地下深くの牢獄の中で、魔王は僅かに残った力でユニフォンへと転生したようだ。魔王とはテレパシーで連絡を取り合っている。魔王の目的は、アルガスタとユニフォンを一つの世界にすることだ。ジン、ルビナ姫を守ってみせろ。果たしてできるかな?」
ジードはわたしに振り向いて、腕を組んで窓ガラスに凭れたまま鼻で笑っている。
「そんな話は信じない。わたしの剣はただの剣ではない。姫から隊長昇格祝いに頂いた剣、煉獄だ」
わたしは腰に下げた鞘から煉獄を抜き、ジードに刃先を向ける。
煉獄の刀身が、紅月を浴びて、妖しく紅く映る。
「煉獄、か。いい剣じゃないか。その剣で、せいぜい抗うがいい」
ジードは顎に手を添えて、興味深そうに煉獄をまじまじと見ている。
「姫は、お前たちに渡さない。わたしは姫を守る」
わたしは煉獄の柄を握り締め、中段の構えをした。
「ワタシはプリンセスの血を受け取りにきたのだ。プリンセスの身体には、他の王族にはない僅かに魔王の血が流れ、紅月を浴びたプリンセスの血は特別な血となる。プリンセスは病を患っていてね、プリンセスの命は今夜限りなのだ。新鮮な血よりも、血の味が濃いのだよ。その血を研究して、ワタシは特別な力を手に入れる。ワタシは魔王復活になど興味がないのでね」
ジードは肩を竦めて、腕を組んだ。
嫌な予感がした。
わたしは唾を飲み込んで、喉を鳴らす。
「ジード。魔王教団を裏切るのか? 答えろ、病を患っているプリンセスは誰なんだ? わたしがとめてみせる」
わたしはジードに煉獄の刃先を突きつける。
「それは言わないでおこう。お前の眼で確かめるがいい……」
ジードはそう言って、突然わたしに襲い掛かる。
わたしは咄嗟に煉獄を振り上げた。
次の瞬間、金属音が鳴り、火花が散った。
ジードが右腕で、わたしの煉獄を受け止めていた。
ジードの鎧にひびが入り、鎧が砕けた。
ジードの右腕の切り傷が露わになり、傷口から血が滲んでいる。
ジードは傷口を見て鼻で笑い、右腕を下ろす。
「お喋りはここまでだ。次に会うときは、お前と闘う時。それまで腕を磨いておけ」
ジードは駆け出し、顔の前で両手を覆い、窓ガラスを突き破った。
ジードの姿は闇に姿を消した。
ジード、か。只者ではない。
いつの間に移動したんだ。
あまりの速さに背筋が凍る。
紅い絨毯に目を落とすと、爪で引っ掻いたような跡があった。
わたしは不思議に思いながら、煉獄を鞘に納める。
わたしは恐怖感から解放され、安堵感から両膝を床に付ける。
悔しさから紅い絨毯を握り締め、片手で床を叩く。
わたしも鍛錬不足か。歯を食いしばった。本ばかり読むからだ。
ジードがわたしの背後に立った時、直感でジードに敵わないと思った。
平和ボケだな。明日から、厳しく鍛錬せねば。
わたしは拳を振り上げた。さらば、わたしの読書タイム。
読書タイムが減ることに気持ちが沈み、わたしはため息を零して俯いた。
その時、爆発音が響いた。
「な、なんだ?」
わたしは顔を上げる。
続いて轟音が響き、わたしは頭を押さえて床に伏せた。
轟音が止むとわたしは立ち上がり、ジードが突き破った窓ガラスから城門を見下ろす。夜風がわたしの身体を撫でた。
城門は破壊され、爆風で見張り兵士が数人仰向けに倒れている。
城門に大穴が開き、大穴から黒煙が昇っている。
大砲で攻めて来たのか?
城門に空いた大穴を見て、わたしは思った。
大穴から城内に魔物が次々と攻め込み、兵士たちが城門付近で魔物と攻防を繰り広げている。
魔物が火矢を放ち、城内のあちこちで火事が起こっている。
城門に開いた大穴越しから、城下町のほうも火事が起こり、建物から火柱が見える。
剣で斬られた魔物が紅月の力で蘇り、次々に兵士が声を上げて絶命してゆく。
わたしは目の前の光景に口許を手で覆い、床に崩れ落ち嗚咽する。
アルガスタの強力な結界が破れたというのか。
この百年、結界が破れることはなかった。
これが紅月の力なのか。百年の平和が終わりを告げるのか?
それより、ルビナ姫の身が危ない。急がねば。
お前たちの命、決して無駄にはしない。
わたしは立ち上がって、窓ガラス越しに絶命した兵士に敬礼し、薄暗い廊下を駆け出した。
廊下の曲がり角で、ルビナ姫にばったり出くわした。
「ジン、何事です? 先ほど大きな音が聞こえましたけど。それより、来るの遅かったじゃないですか。今日は遅刻ですよ?」
ルビナ姫は寝間着姿で眠そうに目を擦っている。
ルビナ姫は、肩までのミディアムヘアで金髪カール。
頭には黒いカチューシャをつけている。
黒いカチューシャは、わたしがルビナ姫の誕生日プレゼントにあげたやつだ。
わたしに向かってルビナ姫が歩くたびに、ルビナ姫の金髪カールが寂しそうに揺れている。
ルビナ姫は頬を膨らませて、わたしの肩を人差指で小突く。
わたしはルビナ姫の身体を揺する。
「ルビナ姫、ご無事でしたか。お休みのところ申し訳ありません。たった今、魔王軍が城に攻めて来ました」
恥ずかしそうにルビナ姫から手を離して、わたしは胸に拳を置きルビナ姫に頭を下げた。
「ま、魔王軍ですって!? 百年アルガスタは平和だったのですよ? 何故今になって!? ちょ、ちょっと。し、城が……」
ルビナ姫の眠気が一気に飛んだらしく、窓ガラスの向こうに広がる光景に吸い寄せられ、口許を両手で覆っていた。
やがて、信じられないという様に泣き崩れた。
「今宵は紅月。魔族が不死身になる日です。しかし、魔族が不死身になるのは明け方まで。魔族の目的は、アルガスタの王族を攫い、一週間後に民衆の前で晒し首にし、王族の血は魔王復活に捧げるそうです」
わたしはルビナ姫に歩み寄り、ルビナ姫の肩にそっと手を置く。
「そんな話、信じられるわけないでしょ!? 夢であって欲しいけど、夢じゃないんでしょ!? 私はどうすればいいの? そうだわ。妹のルエラを助けないと。あの子、ボディガードのカイトくんと一緒だけど、大丈夫かしら? お父様は? お母様は? ねぇ、答えてよ!?」
ルビナ姫は私の脚に抱き付き、心配そうに顔を上げた。
語尾が強くなり、わたしの脚を揺する。
「ルエラ姫は、カイトと一緒なら大丈夫でしょう。お父様とお母様の安否は……わたしにもわかりません。ですが、ここにいては危険です。わたしと一緒に来てください。いいですね?」
わたしは屈み込んで、ルビナ姫の肩に手を置いてルビナ姫の瞳を見つめる。
「……ええ、そうね。行きましょう。ごめんなさい。私王族の人間なのに、ジンに弱いところを見せちゃったわね」
ルビナ姫が手で涙を拭って、ゆっくりと立ち上がった。
その時、見張り兵士が反対の曲がり角から現れた。
兵士は右手をだらんと垂れ下げ、右手から血が滴っている。
左手で右肩を押さえ、左肩には弓矢が一本突き刺さっている。
兵士は肩で息をしながら、震える右手でわたしたちに敬礼をした。
「た、隊長。ご、ご無事でしたか……我々親衛隊は、魔王軍の攻撃によりほぼ全滅です。どうか、ルビナ様を……ルビナ様とお幸せになってください。私は陰ながら、お二人の仲を応援していました。アルガスタは永遠に不滅です! せめて、隊長とルビナ様の子供を見たかった……」
見張り兵士は、わたしたちに敬礼したままうつ伏せに倒れた。
見張り兵士の背中に一本の剣が突き刺さっていた。
わたしは見張り兵士に駆け寄り、見張り兵士を抱き起した。
「おい! フジ、大丈夫か!?」
わたしは見張り兵士の手をしっかりと握る。
「隊長……隊長は強くて優しくて、私の憧れでした……どうか、ルビナ様と生き延びてください」
見張り兵士はわたしの腕の中で絶命した。
わたしはルビナ姫を見て、首を横に振った。
「フジ……ジン、弟の様に可愛がっていたのに。人間の命は儚いものね。私も死期が近いのかもしれない。ジンには黙ってたけど……私、病を患っているの。私が病を患っていること、妹のルエラ以外には内緒にしてたわ。だって、みんなには迷惑掛けたくないもの」
ルビナ姫が突然、口から血を吐いて咳き込み、床にうつ伏せに倒れた。
ま、まさか。
ジードが言っていたのは、ルビナ姫のことだったのか?
わたしはそっとフジを床に寝かせると、胸の前で十字を切った。
「何で黙ってた! ルビナ姫、大丈夫か!?」
ルビナ姫の傍に駆け寄り、ルビナ姫を仰向けに抱き起した。
「ジン、心配ないわ。薬、部屋に置いてきたの。二人で取りに行きましょ?」
ルビナ姫が苦しそうに顔を上げて、わたしの手の甲にそっと手を重ねる。
ルビナ姫は微笑み、わたしの頬に手を添えた。
「ああ、そうだな。ルビナ、立てるか? 薬、何で持ってこなかったんだ?」
わたしはルビナ姫を支えながら、ゆっくりとルビナ姫を抱き起す。
ルビナ姫の額には汗を掻いている。
「いつもは持ってるんだけど。寝ぼけてて、持ってくるの忘れたみたい。少し目眩がするわ。ジン、私をおぶってくれるかしら?」
ルビナ姫は手の甲で額の汗を拭う。
目眩がするのか、手の甲で額を押さえている。
「甘えてるのか? 仕方がない、わたしの背中に乗れ」
わたしはルビナ姫を支えながら、ルビナ姫に背中を向ける。
「鎧で乗り心地悪そうね。レディに失礼だわ」
ルビナ姫はしぶしぶ文句を言いながら、わたしの背中に乗る。
「それだけ文句言えるのなら安心だ。ゆっくり歩きながら行こう」
わたしはゆっくりと立ち上がり、薄暗い廊下を歩き出した。
廊下の曲がり角を曲がると、またルビナ姫が咳き込んで口から血を吐いた。
「大丈夫か?」
わたしはルビナ姫に訊いた。
「ええ。平気よ」
ルビナ姫は咳き込みながら、言葉は弱かった。
しかし、何故ジードは襲ってこない?
ルビナ姫はここにいるのに。
ジード、何を狙っているんだ?
その時、わたしの前に黒い魔法陣が現れた。
魔法陣が紅く光り、中ならドーベルマンの様な魔物が現れた。
ドーベルマンの様な魔物は、口許に鋭い牙を覗かせ、涎を垂らし、眼が紅く光っている。
ドーベルマンの様な魔物は、わたしを威嚇するように低く唸っている。
背後にも魔物の気配を感じ、低い獣の唸り声が聞こえる。
恐らく、わたしの前にいる魔物と同じだろう。
ここにきて、低級魔物が現れたか。
ルビナ姫の血の匂いを嗅ぎつけたのか?
それにだ。魔王教団はルビナ姫を攫おうと思えば、もっと早く攫えたはず。
なのに何故、今となって低級魔物が現れた?
わたしは、てっきりジードがルビナ姫を攫ったかと思ったが、それは違った。
ルビナ姫を背負っている今、剣の戦闘は不利だ。
ならば、銃が早いか。
わたしの前にいるドーベルマンの様な魔物が、突進して飛びかかって来た。
「ルビナ姫、目を閉じてください!」
わたしは背中のルビナ姫に怒鳴った。
わたしはホルスターに下げたオートマチック銃を抜いて、ドーベルマンの様な魔物を撃った。
「きゃっ」
ルビナ姫は背中で小さく声を漏らした。
ドーベルマンの様な魔物は声を上げて、紅い絨毯の上に横倒れになった。
同時に素早く背後に振り返って、背後の魔物を撃った。
背後の魔物も声を上げて紅い絨毯の上に横倒れになった。
やはり、背後の魔物も、わたしを襲った魔物と同じだったか。
ルビナ姫はわたしの背中で唸った。
「さすが、ジンね。ねぇ、ジン。私、考えたんだけど。私ってほら、病気を患っているから、攫われなかったのかも。攫うのなら、ジンに会う前に攫われたはずよ? だって、病人の血は新鮮でないもの。きっと、魔王もお気に召さないわよ。こんな病人の血なんて」
ルビナ姫は咳き込みながら、苦しそうに冗談を言った。
なるほど。
ルビナ姫の考えは正しいのかもしれない。
だったら、低級魔物が血の匂いでやってきたのも頷ける。
ルビナ姫を狙っているのはジードだけか。
ジードがいつ襲って来てもおかしくない。油断は禁物だ。
窓ガラス越しに、紅月が魔物の死体を照らしている。
魔物の傷はみるみる快復し、傷は何事もなかったかのように塞がった。
わたしは素早くオートマチック銃を投げ捨て、煉獄を鞘から抜く。
幸い床に落ちたオートマチック銃は暴発仕様なので暴発はしなかった。
「ルビナ姫、隊長昇格祝いで頂いた剣、血で汚します! 御免!」
わたしは再び襲いかかってくる魔物を煉獄で斬った。
煉獄に斬られた魔物は骨になり、やがて灰になって床にさらさらと落ちた。
背後から飛びかかってくる魔物を素早く振り返って、横に斬った。
背後の魔物も煉獄に斬られ、骨になって、やがて灰になって床にさらさらと落ちた。
てっきり、紅月で復活するものと思っていたが。
紅月を浴びて、煉獄は紅月の力を得たというのか?
わたしは、紅月を浴びた刀身をまじまじと見つめる。
それにしても、初めて煉獄で魔物を斬ったな。
今日まで、アルガスタに魔物が襲ってくることはなかったからな。
わたしは煉獄を一振りする。
「さすが、煉獄ね。低級魔物なら一斬り。きっと、紅月の力を断ち切ったのよ。ジンにぴったりの剣じゃない。平和ボケで、鍛錬をサボってたみたいだけど。ジン、銃を貸して、背後の敵は私が撃つから。ジンは、前の敵を煉獄で斬ってちょうだい」
ルビナ姫は褒めたが、最後には皮肉を言ってのけた。
ルビナ姫は即席の作戦を練り、ルビナ姫はジンが床に投げ落としたオートマチック銃を指さした。
「出鱈目な作戦だな。ルビナ姫、銃は撃てるのか? 女性には重いぞ?」
わたしは床の投げ落としたオートマチック銃を拾い上げ、ルビナ姫の手にしっかりと握らせた。
「引き金を引くだけでしょ? 簡単よ。さっ、私の血の匂いで低級魔物がやってくるわ。わたしの部屋に急ぎましょ」
ルビナ姫が身体を捻って背後に向き、オートマチック銃を握り締め、背後の様子を窺っている。
わたしはルビナ姫に呆れてため息を零した。
「ルビナ姫、本当に病人なのか? 血が騒いでいる様に見えるが」
わたしはルビナ姫をおぶり直して、煉獄を一振りし、薄暗い廊下を歩き出す。
ルビナ姫は遠足気分の様に鼻歌を歌っている。
わたしは、そんなルビナ姫にまたため息を零した。
身の危険があるというのに、少しは緊張感を持ってくれ。
「ルビナ姫、ちょっと太ったんじゃないか?」
わたしはルビナ姫をおぶり直した。
さすがに腕が痺れてきた。
ルビナ姫が意味深に鼻を鳴らした。
「あら、鍛錬になって、ちょうどいいじゃない」
ルビナ姫が皮肉たっぷりに言いのける。
わたしは、またため息を零した。
それにしても、さっきからやけに静かだな。
兵はもう全滅したのか?
そういえば、ジードはアルガスタの人間に化け、魔王復活の貢献をしてきたと言っていたな。
ということは、魔王教団が兵に化け、奇襲を仕掛けたのかもしれん。
いずれにせよ、王族はルビナ姫以外攫われた可能性が高い。
後に残った低級魔物が城を攻め落とすくらいか。
とにかく、今はルビナ姫の薬だ。
その時、わたしの前に黒い魔法陣が現れた。
魔法陣が紅く光り、中から野犬の様な魔物が現れた。
来たか。
アルガスタは永久に不滅だ。
「後ろにも低級魔物が来たわ、ジン」
ルビナ姫の声は落ち着いていた。
「ルエラ、なるべく引き付けて撃ってくれ。いいな?」
わたしは緊張で生唾を飲み込み、喉を鳴らした。
わたしは煉獄の柄を握り締める。
「ええ。引き付けて、撃つ。任せて」
ルビナ姫は、「引き受けて撃つ」と呪文のように唱え、自分に言い聞かせた。
くそっ。
ルビナ姫の部屋まであと少しのところで。
まさか、こいつら待ち伏せしてたのか?
いや、そんなことはどうでもいい。
ここは邪魔な低級魔物を煉獄で斬りつつ、一気に走り抜ける。
もしかしたら、低級魔物は紅月の力を借りなければ、ただの魔物かもしれない。
つまり、紅月を魔物に浴びさせなければいい。
だが、紅月が出ている以上、その保証はどこにもない。
くそっ、夜明けまで持ちそうにないな。
わたしは思わず弱音を吐いた。
低級魔物が低い唸り声を上げて、襲い掛かってくる。
次々とわたしは煉獄で襲い掛かる魔物を斬り、ルビナ姫は魔物を引きつけ、正確に魔物を撃っていく。
「死にたくない……死にたくない……」
その時、背後で声がした。
わたしの手が思わず止まる。
「ジン、危ない!」
ルビナ姫が、ジンに飛びかかろうとしていた低級魔物を、わたしの肩越しにオートマチック銃を撃った。
わたしはルエラ姫に振り向いた。
「ルエラ姫、すまない。助かった」
わたしは口から小さく息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。
「ジン。しっかりしてちょうだい」
ルエラ姫はわたしを励ますと、わたしの肩を叩いた。
魔物は一通り片付いた。
紅月の力で、背後の魔物の傷が治り、復活する前に逃げるのが得策だ。
「走るぞ、ルエラ姫」
わたしは呟いた。
「ええ」
ルエラ姫は強く答えた。
わたしはルビナ姫の部屋に向かって駆け出した。
さっきのは、どういうことだ?
一瞬、魔物が絶命する前に、人間の声が聞こえたが。
あれはわたしの空耳か?
「ねぇ、ジン。魔物が絶命する時、人間の声が聞こえなかった? 私の空耳かしら?」
ルビナ姫は、わたしが思ったことを口にした。
「ああ、聞こえた。もしかしたら、彼らは生体実験で魔物にされたのかもしれない。目的はわからないが」
わたしは思ったこと口にしていた。
我ながら恐ろしい。
魔王教団は、アルガスタ征服のために人間を魔物にしたというのか。
「私も、ジンと同じこと考えてたわ……それに比べて、私の病気なんてちっぽけなものね。アルガスタの民が、私の知らないところで悲鳴を上げていたなんて……私、王族のくせに無知だった。罰なのかもしれないわね、私が病で死ぬのは……」
ルビナ姫の語気が弱くなり、ルビナ姫の顔がわたしの鎧に埋まる。
「そんなこと言うな! 生きるんだ、強く。わたしがルビナ姫を死なせない。この手でルビナ姫を守る」
わたしはルビナ姫に怒鳴った。
「……ありがとう、ジン。私、弱気になってた。ごめんっ」
ルビナ姫が小さく呟く。
その後、二人の会話は途切れた。
そして、わたしはルビナ姫の寝室に飛び込んだ。
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