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孤独な魔法使い  作者: マシュー
5/6

真実


 「売ったって、どういうことだよ。意味わかんねーよ」

 「ああ。そうだろ」

 「何呑気に煙草なんか吸ってんだよ!知ってる事全部話せ!全部だ!」


 悟の胸倉に掴み掛かる。悟は泣きそうな顔をしていた。


 「俺はお前だけには嫌われたくない」

 「ああ。嫌わねー。憎まない。腹は立つ。だから1発殴って全部終わりだ。だから早く話せ。そして早く殴らせろ。それで俺達は元の親友。いやもっと強い絆で結ばれる。だからさっさと吐いて楽になれ」


 悟は泣いた。声を押し殺して泣いた。


 「あの夜あんなに怯えた親父を見るのは初めてだった」

 「怯えた?何に?」

 

 悟は自虐的な笑みを浮かべた。

 

 「丹野にさ。笑っちまうよな。いい年のおっさんが中3の女に怯えてるんだ」


 信じられなかった。あの親父さんが。あんなガキに。いや信じたくなかった。それでも十全たる事実として悟は、受け止めている。


 「丹野はこう言ったよ。『明日の試合。そうですね。今西君の打席だけで十分ですから、投げる球全部今西君に教えてください。あ、本当に今西君だけで大丈夫ですから。他の人に活躍されちゃうと、それはそれで困りますから』ってさ」


 怒りを通り超して呆れて来た。むしろ恐怖すら感じる。何があいつをそこまで突き動かすのだろう。


 「それでも俺は首を縦に振るわけには行かなかった。だってそうだろ?あの試合勝てば、夢に一気に近づくんだ。その時親父が言ったのさ。『耐えてくれ。悟』って」


 あの親父さんが。想像すら出来ない。そんな局面をこいつは見ていたのだ。ただ勝利に邁進することしか考えていない少年に。


 「そして丹野はさ、『嫌ですわ。叔父様。私そんな無茶な事頼んだ覚えないですもん』って」

 「は?確かにそう言ったのか?」


悟は頷く。無茶だろ。どう考えても、それが分からないのかあの女は。


 「それでも俺は、できなかった。夢を諦めたくなかった。そしてら次はこう言ったよ『水野君のお父様は、父に3000万の借金があります。しかし私の条件に首を振って下されば、全て返済という形にしてもいいと。これは丹野家総員の意見です』俺は唖然としたね。3000万。なんだそれって」

 「そんな事が…」

 「ああ。極めつけはこれさ。親父は何て言ったと思う?これで全て丸く収まる。そう言ったんだよ!息子の夢捨てさせて、みっともなくガキに縋ったんだよ!くそ野郎だ!」


 悟の表情は絶望に満ちていた。


 「でも俺も同類さ。結局その条件を飲んだ。次の日集合時間より早く球場行ったら、今西がいたよ。咳を1回でストレート。2回でスライダー。3回でカーブ。4回でフォーク。ミットを叩く回数で、インコース、アウトコースも教えろって」


 何だったんだ。あの日流した涙は。絶望して、俺に才能なんてないと、己を偽り、情熱も全て無視して、野球を諦めた俺の涙は何だった。


 「それでも今西は打てなかった。それであの結果さ。高めのインコース。ストレート。お前の得意なコースさ。そこにあいつは突っ込んでった。頭からな。危険球退場。俺達の夢は、あの瞬間終わったのさ」


 覚えてる。覚えてるぞ。あの瞬間。放った球は、今西の頭目掛けて飛んでった。倒れるあいつ。騒然とする球場。退場を告げる審判の声。頭を抱える監督。起き上がり、ベンチへと戻されるあいつ。バッググラウンドにいた女。2人ともその表情を覚えてる。


 「あいつら揃いも揃って笑ってたよ。今思い出した」


 体の力が完全に抜けた。


 「泣き崩れるお前に、声を掛けられなかった。試合が終わって、逃げるように帰った家には、親父の死体が吊られてた。親父の魂は、借金と共にどっか行っちまった」


 何という悲劇。何という惨劇。自分がバカのように思える。


 「最後に丹野が言ってた事を伝える。これが終わったら、俺をどうしてくれたって構わない」


 そんな気力すら失せてしまった。丹野美優は、何のためにそこまで。


 「あいつは言ってた。この計画は全てある人のためと。俺は聞いたよ。今西のためかって。そしてらあいつはあんな羽虫みたいな男に興味はないって言ってた」

 「ざまーみろ。カスが」

 

 今西への尊敬も消えた。残ったのは丹野美優への憎悪だけ。


 「理由は知らない。メリットも感じられない。でもあいつは確か言った。『これは私、丹野美優を救う騎士、葛西塁のための計画です』あいつは確かにそう言った」

 「俺のためだと?ふざけるな」

 「ああ。本当に。どいつもこいつも屑ばっかりだ」

 「お前も含めてな」

 「ああ。分かってる」


 悟の激白は終わった。不思議と悟を憎む気持ちにはならなかった。不可解な事が多すぎたから。


 「悟。お前をぶっ飛ばすのは、全部終わってからだ。まず聞かなきゃいけないことがある。それを聞いてから、ここに戻ってくる。お前それまでここを動くなよ」

 「ああ。分かった」


 泣きそうな声の返事だった。

 

 「じゃあまた後でな。相棒。煙草なんか似合わないから辞めちまえ」

 「ああ。そうするよ。俺らしくないよなこんなの。待ってるよ相棒」


 公園を後にする。夜風が少し冷たく、肌を突き刺す。闇に飲まれるように、公園から慟哭が聞こえた。



8時。夏とはいえ、夜風が少し冷たい。区立球場は、閉まっており、駐車場に聳える街灯だけが、辺りを照らしている。

そこにあの女はやって来た。


「おい。呼び出しといて、自分が遅れるとは何様のつもりだテメェ」

「イヤだ。今は随分と攻撃的な態度を取るのね。貴方にそんな態度を取られると傷つくわ」

「それなら少しは感傷に浸るような面構えしろ能面野郎が。お前が俺を呼び出した理由は知らねえ。今となっては聞く気もねえ。だが俺にもお前に聞かなきゃいけない事が出来た」

「あらそう?なら私の話は後回しにしましょ。それで何を聞きたいの?」


その余裕を醸し出している表情が気に入らない。何もかも分かったような風で、達観してる顔が気に入られない。


「去年の夏。ここであった関東シニヤ野球クラブ決勝戦覚えてるだろ?お前も見てたもんな。何が目的だったか分からなかったが、さっきようやく分かった」

「そう。どうしてあの日私が見に行ったと思う?」

「テメェは自分の策略が上手く機能するかどうかを確かめに行ったんだ。俺の夢破れる瞬間を嘲笑いに来たんだろ?ご丁寧に俺の親友誑かしてまで」

「そう。その通り。私は貴方が野球を捨てる瞬間を見に来たの」


当たり前のように。否定もせず、当然のように答えだ。


「何のために?」

「分かってるでしょ?言わせないでよ」


そう言って丹野は僅かに頬を染め、俯く。その姿に怒りが爆発した。同じ話をしているのに、まるで熱量が違う。


「分かんねぇから聞いてんだろ?あんまりイライラさせんな。殺したくなる」

「じゃあ教えない」


瞬間。無意識のうちに丹野に掴み掛かった。


「キャッ!」


嬉々とした反応。それが分からなくて、とつもない不快感を催す。首に手を掛ける。


「答えろ。次ふざけたマネしたら殺す」


すると丹野は優しく微笑み。


「殺されるなら貴方に殺して欲しい」


そう呟いた。何と押し付けがましい、醜悪な願いだろう。この女はどこまで俺の人生を破滅させれば気が済むのだろう。


「ふざけた事抜かすな!!答えろ!!何が目的だった!!」


首を絞める。小さな口から空気が漏れる音を聞いた。


「あ、貴方に殺し貰えるなんて、本当にし、幸せ。でもこ、これだけ…はし、信じて…。本当に、あな、たの為に。わ、わた、しを救ってくれ、た貴方のために…貴方が…ほ、本当に…好きな物…をう、失わないため、に…」


その言葉の意味。理解出来ないのに、胸を打ち熱量が力を緩めた。


「ッハ!ガバッ!ゲホッ!ゲホッ!ど、どうして殺してくれなかったの?貴方に殺して欲しかったのに」

「アホくさくなっただけだ」


手の震えが止まらない。人を殺めようとした。その事実に、溢れた狂気に、自分自身が1番恐れをなしている。


「最後に答えろ。あの計画結果俺は、野球を捨てた。お前はこれで満足なのか?」


丹野から離れ問いかけると、ゆっくり丹野は起き上がる。


「半々と言った所かしら。ゲホッ。続けても辞めても、貴方は野球に囚われてしまう。私はそれが悲しくて、辛くて、そして野球ばかりに気を取られている現状が寂しくて…」


狂ってる。そうとしか思えない。何も分からない。何を言ってるんだこいつは。


「だからやり直すの。ねぇ塁君。初めて会った時の事を覚えてる?」

「やり直す?何バカな事言ってるんだ。そんな事出来る訳ねーだろ。あの1球は取り返せない」


そう。そうなのだ。どうやったて時間は巻き戻らない。

それがこの世の摂理だ。なのにこいつは。


「答えて。塁君。お願い。初めて会った時の事を覚えてない?」


そんなどうでもいい事を、懇願するような顔で尋ねるのか。


「覚えてるさ。小学校の時だろ。お前は言ったよ。『どうして左手で投げないの?』その時から変な奴だって思ったけど、ここまでイカれてるとは思わなかったよ」


俺の言葉を聞いた丹野は優しく微笑み。


「そっか。覚えてくれてたんだ。お願い。忘れないで。その出会いを。私がどれだけ、嬉しかったか。どれだけ声を掛けるのに勇気が必要だったか。そしていつかみたいに、私を優しく抱きしめて。震える夜も愛を囁いて。泣きそうな痛みもキスで癒して」

「アホくさ。帰る」


丹野に背を向け、公園に向かう。きっと悟はまだ待っているだろう。こんなふざけたマネで壊された夢を2人で葬ってしまおう。死んだ木など無かった事にしてしまおう。

新しく2人で夢を作ろう。そして次こそ。次こそ必ず叶えよう。


「塁君!約束だよ!お願いだから、私を離さないで!」


背に投げられる声を無視する。


「そして貴方は昔は左利きだったんだよ。私しか覚えてないけど」


何をふざけた事を言ってる。そんな記憶など無い。そんな妄想に付き合わせるな。そう怒鳴ってやろうと後ろを見れば。


「またね。塁君。必ず会いに行くからね」


何処からか出したナイフで、自分の首を刺した。

夏の夜。吹き出す血。理解出来ない。


漏れる呼吸も小さくなり、丹野美優は確かに、俺の前で死んだ。

暗転する意識。


「また救えなかった」


何処からかそんな声が聞こえた。

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