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孤独な魔法使い  作者: マシュー
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懺悔



 自分で言うのも変な話かもしれないが、俺は基本的に人を嫌いにならない。因縁。といっても俺が一方的に思っているだけかもしれないが、今西のことだって嫌いじゃない。あいつは才能がある。そして俺には無かった。それだけのこと。

 今も野球に、言葉に出来ない負い目のような物はあるが、それは全て俺の実力不足と気持ちの弱さに他ならない。

 だけどこの女に関しては、話は別だ。丹野美優。何故だか分からないが、ずっと俺の近くにいる人間。

 百歩譲ってそれだけならいい。だがこいつは。


 「人の話聞いているの?塁君。話があるから外に来て、そう言ってるのだけど」

 「俺はない。お前と話すことなんて何もない」

 「人の話を聞いていないようね。貴方にはなくても、私にはあるの」

 「今友達と話してるのが、分からないのか。お前は」

 「今は話してないでしょ?貴方が高圧的な態度を取るから、お友達も心配そうに見てるじゃない」


 2人を見れば確かに、俺の見たことない態度に驚いているのか、それともこいつの美貌に酔いしれているのか判断はつかないが、驚いてはいる。


 「分かった。話は聞く。だけどこの予定が終わってからだ。家に帰ったらお前に連絡する」

 「そう。分かったわ。必ずよ。必ず。私は忙しいの。人生の1分1秒も時間を無駄にしている暇なんてないの」

 「そうでごまいすか。了承しました」

 「分かったならいいわ。それと連絡はいらない。8時に区立球場に来なさい。遅刻は許さないわ」

 

 何故あの場所に。そう思ったが、声は出なかった。そんな俺に満足したのか、席を後にする。本当によく分からん女だ。理解しようとも思わないが。


 「おいおいおいおい!塁!今の明星高校の丹野じゃん!お前知り合いなのかよ!スゲーな!」

 「確かに驚いたな。雑誌にも特集される美少女だ。しかし塁よ。さっきの態度はないだ。何となく事情があるのは察するが、それにしたってあれは…」

 「もうこの話は終わりだ。カラオケ行こうぜ。ストレス発散したい気分だ」


 ファミレスを後にし、カラオケに向かう。何だか今日は色んな事でストレスがたまる。自分の不甲斐なさと、あいつの訳の分からない言動のせいで。

 その日のカラオケは歌いまくった。喉が張り裂ける程声を荒げて、歌った。

 あるロックスターがいった、俺にとってロックは死んだ木であると。意味は分からない。それでもそれを自分の感覚に落とし込めるなら、俺にとっての死んだ木は、野球だ。木が生い茂る森の中で、1本だけ葉すら生えず、ただそこにいるだけ。それがあまりにも不格好で。他にはない悲惨さがあるから、どうしてもそこに目を向けてしまう。

 時刻は7時を過ぎた。


 「塁はやっぱり歌が上手いな!よし!それじゃあ今日はお開きで!」

 「え?もう帰るの?晩飯くらいどっかで食って行こうぜ」

 「そうしたいが、塁。お前この後予定あるだろ?」

 「そうだぞ!俺には分かる!お前この後絶対彼女出来る!丹野美優はお前に気がある!」

 「いらねーよ。そんな気。まあいいわ。じゃあ今日は帰るか」


 栗田達と別れ、家路に着く。行かなきゃいけないのは分かっているが、これからあの場所で丹野と会うと思うと気が滅入る。そこに活発な声が聞こえてくる。


 「塁ー!」


 後ろを向けば、派手な竜のTシャツにベリーショート金髪の強面の男が来る。


 「悟か。何だお前また髪染めたのか?」

 「おうよ。学校もスパッと辞めたから、もう自由だぜ!」


 そう言って笑うのは、水野悟。中学時代バッテリーを組んでいた。俺がピッチャーで悟がキャッチャー。2人で日夜練習していた。悟はあの試合の後、すっかりグレて地元でも有数のヤンキー高校である宮川第一高校に進学したが、1月もせず中退。今はヤンキー仲間と毎日悪さに精を出しているらしい。


 「ちょっと話そうぜ?塁飯食った?」

 「いやまだ。でもこの後予定あるんだよ」

 「予定?デートか」

 「違うわ。今日丹野と会って、この後区立のグラウンド来いって」


 悟の顔が険しくなる。こいつは最後の大会の前までは、ずっと丹野の事を気に入っていたが、ある日を境にすっぱりと興味をなくした。いや、嫌いになったという方が正確だろう。俺たちはお互い訳は知らないが、丹野を嫌っている。


 「丹野と会う時間は?」


 悟が神妙な顔つきで問いただしてくる。


 「余計なことすんなよ?」

 「しねーよ。会う気もねー。でもそれまでにお前に話したいことがある。今なら言える」


 こんな悟を見るのは初めてだった。互いに道は違えど、今でも互いを親友と慕っている。そんな奴の頼みだ。黙って付いていく。

 

 「分かった。丹野と会うのは8時だ。それまでなら」

 「分かった。じゃあそこの公園で話そう」


 そう言って近くの公園のベンチに2人で腰掛ける。悟はジーンズのポケットから煙草を取り出し、火を着ける。


 「わりーな。煙草」

 「いいよ。別に。俺は吸わないけど」

 「相変わらず真面目だな」

 「普通だよ。で、話って」


 悟は大きく息を吸い、煙を吐き出す。


 「今からお前に話す事で俺は、お前に嫌われるかもしれねー。それでもけじめだ。話させてくれ」


 俺が悟を嫌うような事はない。そう思うが、今から話す事は長年深めてきた友情に亀裂が入る可能性すらあることなのだろう。俺は覚悟を決めた。


 「ああ。構わない。話してくれ」

 「ありがとう」

 

 悟は僅かに微笑むと、煙草をもう1度大きく吸い煙を吐く。


 「俺の家のことは知ってるだろ?」

 「ああ。親父さんのことだろう」

 

 悟の親父さんは、昔気質の筋の通った人だった。俺の親父とも仲が良く、俺達の交流もそこから始まった。しかし悟の親父さんはあの試合の日。あれが終わってすぐ自殺した。それが悟がグレたきっかけの1つだと思う。自殺の理由は不明。残されたのは、訳も分からず命を絶った親父さんの亡骸だけだった。


 「俺は親父の事を尊敬してた。怒るとそりゃ滅茶苦茶怖かったけど、絶対に曲がったことはしない人だった」

 「ああ。よく知ってるよ」

 「親父は昔色々あって、中々金銭的に安定しない人生をずっと歩んでた。それでも家族を持って、俺をここまで育ててくれた。でも綺麗事だけじゃ、世の中って回らない訳よ。結果親父は借金して、何とか生きているって感じだった」


 悟の独白は止まらない。


 「色んな人に助けて貰って、でも皆が皆、ずっと助けてくれる訳じゃない。そんな時親父に手を貸したのが、丹野美優の親父さんだった」

 「丹野の家が?」

 「ああ。どういう経緯でそうなったかは知らない。でも親父は俺たちが中1の時丹野の親父に縋った」


 丹野の家はどういう事業を展開しているかは分からないが、地元でも有数の金持ちだった。


 「そして親父は完全に丹野の家の犬になった。俺は知らなかったけど、そうだったらしい。そしてあの日が来たんだ」

 「あの日?」

 

 悟の話がよく分からない。今までの話の流れで、俺が悟を憎む余地なんて全くない。


 「あの日。あの試合の前夜だ。練習終わって家に帰ると、居間に親父と丹野がいた」

 「丹野が?丹野美優がお前の家に?」

 「ああ。そりゃ舞い上がったさ。あの丹野が俺の家にいるんだぜ?テンション上がって色んな話をしたさ。明日の試合勝てば、俺とお前のバッテリーはもっと大きな舞台に行ける。2人で甲子園優勝だって夢じゃないとかな」


 甲子園。その言葉が俺達の空気をより一層深刻なものにする。2人とも目が離せないのだ。死んだ木から。あの悲惨さから。置き忘れた情熱が胸の中で渦巻いているんだ。


 「そしてこうも話した。お前と今西の因縁だ。明日の4番は俺たちバッテリーの最強の敵で、最高のライバルだって」


 ああ。そうだ。今西は天才だ。凄まじいバッターだ。でも俺達なら勝てた。いや。違う。

 今西には俺達しか勝てなかった。俺達だけが今西を打ち取る事が出来た。


 「そしたら丹野が口を開いたよ。ずっと黙って笑顔でいたのに。ようやく自分のターンだと言わんばかりの表情だった。あいつは言ったよ。今西君のことでお話しがありますって」

 

 その瞬間。感じたのは激情だった。神聖な勝負をあの女は侮辱したのだ。


 「どうして!?どうしてあいつが!今西とあいつには何の関係もないだろ!」

 「いや。あったのさ。今西の家と丹野の家はずぶずぶの癒着関係だ。どっちも両家。つながりがあったんだろ」

 「でもどうして!試合には関係ないだろ!」

 「いや。あるんだ。今西の家は何としても、自分の息子をスターにする義務が」

 「どこに!?どこにそんな義務がある!?」


 悟は黙ってスマホを見せてくる。そこに映っていたのは明星高校の理事一覧。

 そこにその名はあった。今西甚一郎。今西球児の祖父。


 「今西は鳴り物入りで、明星高校に入学する義務があった。しかし翌日の相手は俺達だ。今西が真の天才なら、俺達の壁すら超えてっただろう。だがあれは違う。限りなく天才に近い凡人だ。凡人は天才の前では無力だ」

 「天才?俺達がか?俺達は努力でつかみ取った力だろ?」

 「そう思っているのはお前だけさ。今西を抑え込めたのは俺達の力じゃない。お前の力だ」

 「ふざけんな!ふざけんなよ!お前!じゃあ何か。天才の俺が、最後の最後でどじ踏んだとでも言いたい訳か!?あ?ふざけんなよ。あれは俺のミスだ。それは認める。だからってお前まで、俺を認めねーとでも言うのか!?さっさと忘れちまおうとでも思ってんのか!?あんなふざけた球投げたバカもいたなって、笑い飛ばして終わりにするつもりか!?」

 「違う」

 「違わねえ」

 「違う」

 「違わねえって言ってんだろ!?」

 「違う!」


 その日1番大きな声で悟は叫んだ。


 「あの試合負けたのは俺のせいだ」

 「あ?」

 「あの最後の1球。俺はお前を売ったんだよ」


 理解ができなかった。日は落ち、闇が辺りを支配する。

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