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孤独な魔法使い  作者: マシュー
3/6

再会


 家を後にする。何だか気が重い。玄関先から聡美がこちらを見ているのが分かる。きっと泣きそうな顔をしていることだろう。いい加減兄離れさせてやりたい。小柄だが、活発な聡美は地元でも話題の人気女子中学生だ。告白してくる男子も多くいると聞く。彼氏の1人簡単に作れるだろう。

 でもこの呪縛から解き放てれなければ、聡美は俺の後をずっと追いかけるだろう。それ程あいつは俺を慕ってくれている。


 「ああ。熱すぎだろ。マジで」


 ネガティブな気持ちにこの気温は堪える。

 約束の時間までまだ余裕がある。集合場所である駅とは、違う道を歩き別の目的地に向かう。しばらくすれば、もう1つの目的地である所に着く。

 白く聳え立つ潔癖の建物。大きな門の手前には、東京医学大学病院と書いてある。門のすぐ横にある警備の詰め所に、軽く会釈をすれば、向こうも小さく頭を下げてくれる。

 こういう礼儀に関しては、野球のおかげだと思う。いい思い出が沢山あるが、それをかき消してしまうほどの後悔の中でも、やっていて良かったと思える面もある。

 病院の中に入れば、受付の女性がこちらに気づいてくれる。目鼻立ちのしっかりした、燃えるような赤毛の女性。エメラルド色の瞳は、吸い込まれそうな程、深い色だった。


 「今日もお見舞いですか?」

 「はい。大丈夫ですか?急に来ちゃって」

 「ええ。お父様は先ほど、検査を終えて今は病室です」

 「ありがとうございます」


 頭を下げれば、笑顔で返してくれる。知らない人だったけど、美人だった。あとで親父に聞こう。あわよくばお近づきになりたい。

 そんな邪な思いと企みを胸に秘め、エレベーターに乗り、4階の病室に向かう。親父が入院しているのは、408号室。その扉の中から、音が聞こえる。

 耳を澄ませなくとも、微かに聞こえる。ブラスバンドの音。大きな歓声。白球を捉えた快音。甲子園を見ているのだろう。野球好きの親父らしい。

 元気そうでよかったと思うと同時に、僅かな罪悪感と大きな不快感が胸を締め付ける。


 「はあ」


 小さく息を吐き、気持ちを切り替え、扉をノックする。すると、慌ただしくテレビのチャンネルを切り替える音が聞こえた。また気を使われた。しかも病人に。その事実に何だか笑いすら、出てくる。


 「入ってもいい?」

 「塁か!おう!いいぞー」


 扉を開ければ、ベッドの上に腰掛ける親父がいた。手にはリモコンが握られている。


 「元気そうじゃん」

 「もちろん!検査で転移も確認されなかったから、あと数日のうちには退院出来るって、お医者様も言ってた」

 「そっか。そりゃよかった」


 顔をクシャっとした笑みを浮かべて話す親父。葛西祐一。黒髪短髪の溌溂とした男だ。親父は数か月前、肺がんが見つかり、ステージ3と診断された。家族みんなで戦う決意をし、手術を行い、無事退院が決まったという訳だ。


 「それよりどうした?急に。今日顔出すなんて聞いてないぞ」


 訝しげにこちらの顔を見てくる。


 「何となくだよ。何となく。友達と遊ぶ予定だったんだけど、少し時間に余裕ができたから」

 「そうかー。まあ俺としてはお前が来てくれるだけで嬉しいけどな!」

 「そうかいそうかい」


 親父は父親というよりも、友人という感覚のほうが強いかもしれない。くだらないことで盛り上がって、笑いあえる。そんな関係だ。


 「そういえば受付に綺麗な人がいた」

 「なんだ唐突に。狙ってるのか?」

 「そんなんじゃないよ。ただ初めて見たから。いつものおばさんじゃなかったし」

 「ああ。斎藤さんは辞めちゃったんだよ。旦那さんの仕事の都合とか言ってたよ」

 「そうなんだ。いかにも陽気なおばさんって感じで、好感持てたんだどな」


 そんな話をしていると、扉がノックされる。


 「どうぞー」


 親父の間延びした返事に、反応し部屋に入って来たのは、受付の美女だった。


 「あ」


思わず声が出る。


 手には病院食ではあるが、昼食を持っていたその人が反応する。


 「なんだ。お前のいう綺麗な人って、杏子ちゃんか」

 「杏子ちゃん?」


 昼食をベッドテーブルの上に置いた、杏子ちゃんは少し照れたように微笑んだ。


 「全く。何の話をしていたんですか?親子揃って」

 「いやねー、こいつが受付で見た杏子ちゃんに、一目惚れしたらしくて」

 「バカ。そんなんじゃねーよ。話を盛るな」

 「そうですよ。こんな若くてカッコイイ子が私みたいな、おばさん相手にする訳ないじゃないですか」


 自分を卑下したように笑う杏子ちゃん。親父が反論する。


 「杏子ちゃんはおばさんなんかじゃないでしょ!まだ20歳じゃない!」


 心の中で親父の言い分に同意する。


 「それに、こいつはヤリチンで、色んな女性手広くカバー出来るから問題ないよ!」

 「何言ってんだよバカ!ヤリチンじゃねーわ!童貞だわ!」

 「マジでか」

 「マジだわ!彼女だって出来たことないわ!てか何言わせてんじゃボケ!」


 こんなしょうもない言い合いでも、杏子ちゃんは笑って聞いていてくれた。


 「はあー。面白い。お父様に似て面白い息子さんですね」

 「ええ。自慢の息子ですよ」

 「はあ。もういいわ。時間もないし、今日は帰るよ」


 席を立ち、扉に向かう。

 

 「そうか。また来てくれよなー」

 「ああ。退院する時にでもな」

 「そうしろ。そしたら、また杏子ちゃんとも会えるぞ」

 「辞めろ。それ目的みたいに見られるだろ」


 部屋を出ようとすると、杏子ちゃんから声を掛けられる。


 「あ、私まだ名乗ってませんでしたね。 山神杏子っていいます。よろしくね塁君」

 「ああ。どうも。また来ますんで」

 「ええ。その時は杏子ちゃんって呼んでくださいね」

 「はい。前向きに考えておきます」


 そう言い残し部屋を後にする。少し長居しすぎた。時間がない。急いで駅に向かう。


 渋谷の駅は、今日も今日とて人でごった返していた。複合施設の前、友人達を待っていると肩を叩かれる。そちらをむけば、ニヤニヤした坊主頭の男と、眼鏡を掛けたクールガイがいた。


 「よ!待ったか?塁」

 「いや。別に。それより半田。お前また眼鏡変えたのか?」

 「ああ。今日はこの眼鏡の方が、顔に似合ってたんでね」

 「今日の顔と昨日の顔も一緒だろ」 

 「いや。違うさ。昨日よりも格段に、イケメンになっている」

 「はは。バカみてー」

 「栗田!お前にだけは言われたくない!」


 眼鏡姿の自分に酔いしれている男は、半田湊。確かに顔はカッコイイが生粋のナルシスト。それでも女子には、モテるから不思議だ。当の本人は、あまりそういうことに興味はないらしいが。

 そして坊主頭の、虫取り少年を彷彿とさせる男は、栗田大。とにかくお調子者。そしてバカ。圧倒的バカ。陸上部に所属しており、実力は都内有数だ。


 「てか今日何すんの?」

 「俺も知らないさ。栗田が塁と遊ぶからと連絡してきただけだ。それ以外は知らん」

 「別に。何も決めてねえ。ま、とりあえずファミレス行こうぜ」

 「ういー」

 「いかにもやる気のなさそうな返事だな。塁」

 「まあな。こんなのやる気もくそもねーだろ」


 男子高校生の夏休みなんてこんなもんだ。金があるわけでもない。夏休みクラスのみんなで海に行ったが、そう何回も行ける金はないのだ。そんなこんなで行きつく先はファミレス。カラオケ。大体こんなもんだろう。

 

 そんなこんなでファミレスで駄弁っている。あることないこと話して、笑って、周りに面倒な顔で見られて謝って、ドリンクバーでひたすら粘る。


 「彼女が欲しい」

 「なんだ塁。彼女なんてお前ならすぐ出来そうなもんだろう」

 「出来ねーから困ってんだろ」

 「でもこの間告白されてたじゃん!可愛くておっぱいデケー子から」

 「話したこともないし、それにビッチって有名だったじゃん」


 話を聞いていた半田は、1つため息を吐き。


 「彼女。ビッチなんかじゃないぞ。あの顔に嫉妬した女共が作ったデマだ」

 「マジでか。惜しいことしたな。てかなんでお前そんなこと知ってるだよ」

 「幼馴染みたいなもんだからな。家が隣だっただけで、話した事もほぼないさ」

 「へー。聞いたか塁。元半田の女だってよ」

 「今の話のどこを聞けばそうなる。あいつはあいつで真剣だったはずだ」


 何だか申し訳ない事をした気になった。周りに流されてしっかり向き合うことをしなかった。


 「悪いことしたかな?」

 「いや。そんなことないだろ。新学期始まってから、いつも通り接していれば問題ないさ」

 「そっか。ありがと。半田」

 「いいさ。しっかり名前くらい覚えといてやれ。それで十分だろ。せっかく自分を好きになってくれた奴なんだから」

 「ああ。そうだな」

 「で、おっぱいちゃんなんて名前だっけ」

 「栗田。この世におっぱいちゃんなんて、名前の奴はいない。いるとしたら、親のネーミングセンスが壊滅的に悪い場合だけだ。宮崎桜子だ」


 宮崎桜子。この名は忘れないようにしよう。誰かに忘れられる辛さは、俺だって知っているのだから。


 そんな平穏をぶち壊す声がした。それは俺がこの世で最も苦手とする女の声だ。


 「お話し中ちょっと失礼するわね。塁君。少し話があるから、外に来てくるかしら?」


 長い黒髪をたなびかせ、空気を静かに震わせる声。全員が美女と断定するであろう美貌を持つ女。

 丹野美優がそこにいた。

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