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息抜き

エロすぎるへそは犯罪

作者: 揚旗 二箱

「エロすぎる……」

「は?」

 放課後、なぜか二人きりの教室で呟いた俺に福部千尋(ふくべちひろ)先輩は極めて常識的な反応を返した。

「先輩、俺は気がついたんです。この高校の制服ってへそのところだけ穴が開いていますけど、はっきり言って異常だと思いませんか」

「言われてみれば……」

「なぜ気がつかなかったんだろう……男女共学で校則も想像の域を出ない程度に常識的な我が高校で唯一と言っていいほどに浮いた特異点だというのに」

 普通の服はそんなところに穴などない。だというのに我々は制服に穴が開いていることを自然と許容し、あまつさえ『恥ずかしくないへその見せかた』を研究して流行などできてしまう始末……!

 ちなみに現在の流行は、男子はへそに制汗剤を塗ること(挨拶代わりにつつき合うことがあるため)、女子はへそのまわりになんとなく暗い化粧をすることだ(へそシャドウ)。

「先輩からみてどうなんです。この現状を放っておいていいと思っているんですか?」

「お前の主張は確かに正当性があるのかもしれんが、その問いを突然その場にいる女の先輩(わたし)に投げかけるのはかなりすっとんきょうな行為だという自覚があっての質問なんだよなそれは」

「それは……」

 言いよどんでいると、福部先輩は顔をずいと寄せてきた。

 我々は机の天板に座って向かい合っているから、距離は言うほど近くはない。

「だいたい、お前が最初に呟いた内容とその後の主張には微妙に因果関係が無いように思えるぞ。何がエロすぎるから、制服が異常なことに気がつくんだ」

「言っていいんですか。先輩のへそを見ていたことがきっかけです」

「そこは私の返答を待て。あとナチュラルに視姦していたことを告白するな」

「視姦ですって!?そんなことしてませんよ」

 まるで俺が変態みたいな物言いだ、断固抗議する。

「男が女をエロい目で見ていたらならそれは視姦だ。出るとこに出てもいいんだぞ?司法は被害者の味方だ」

「ぐっ……男の俺には勝ち目がねぇ」

 歯ぎしり、歯茎に血がにじむ。

「口内炎で重症を装うな」

 ……ビタミンCをちゃんと取らねば。

「まあ冗談はこれくらいにして。へそがエロすぎるという主張はわかった。それで、お前は何がしたいのだ」

「先輩のへそをいじくり回したいです」

「おい」

「言い方が悪かったですね。検証をしたいのです」

 危ない危ない。本音が一瞬出てしまった。

 だがここはなんの脈絡もない放課後の教室。勢いで押していけばエロいことのひとつやふたつ起こったしかるべきと言えよう。

「検証って、なんの」

「思うにこのへそ出し制服は風紀を乱しすぎています。これは俺がいち生徒として憂慮するに足る事態であり、なぜ風紀委員が今まで動いていないのかが不思議なくらいですよ」

「この高校に風紀委員など居ないぞ、目を覚ませ」

「へそって準性器じゃないですか」

「脈絡も正当性もない事柄へ当然のように同意を求めるな。へそはへその緒の名残でありそれ以上でもそれ以下でもないわ」

 ぐぬぬ、まわりくどい。なぜ先輩のへそに指を突っ込みたいというそれだけでこんな回り道をしなくてはならんのか。

 だが我慢だ我慢、これを逃せば次にいつこんな日がやって来るかは分からないのだ。

「ともかくこの高校の制服がへそ出しデザインであることが事実で、それが風紀を乱しているというのが俺の主張です。つまり、風紀は正されなくてはならない」

「まあもっともだな。それで?」

「だが制服のデザインをいまから変更することはヒラの生徒でしかない俺には無理です。賛同者が二人では抗議活動もままなりません」

「私をそんなイカれて気持ちのわるい抗議団体の頭数に入れるなよ」

「そこで、逆転の発想ですよ」

「手をクルッてするそれムカつくからやめろ」

「制服を変えられないなら、へそからエロさを取り除くしかない」

「……筋は通っているかもな」

 先輩は顔を曇らせつつも明確な否定(ツッコミ)を返せないでいる。

 よし、いけるぞ。このまま押しきれれば待望のエロタイムに突入だ。

「というわけで先輩にも協力してもらいます」

「そう来ると思ったぜ」

 先輩は立ち上がると俺から距離をとった。賢い判断だ。

「ノンノンノン、なにも先輩にエロいことをしようと言うわけではございませんぜ。むしろ今へそがエロいのは先輩の方であって、セクハラされているのは俺の方なんですから」

「お前がエロいのが悪いってそれ性犯罪者にありがちな責任転嫁だろ。頭は大丈夫か?」

「まあまあ落ち着いてください先輩。その緊急通報ボタンから指を離してくださいよ」

 いくら理不尽脈絡無し深夜テンション空間と言えど通報されてはシャレにならない。逮捕されてから名前が決まる人生なんて俺は嫌だからな。ヒイヒイ言う先輩の口から名前を言ってもらって初めて俺は完成するのだ。

「先輩のへそがなぜエロ……魅力的かというのは、その大部分をその健康的清潔さに求めることができます。へそのゴマひとつありません」

「まて、お前その位置から私のへその中が見えているのか」

「いえいえ拝見したのは小学校のときですよ。一緒にお風呂に入ったじゃないですか。忘れちゃったんですか?」

「勝手に過去を捏造すんじゃない。仮にも名前のある私がお前のような無名の男と幼少期を共に過ごしているはずがないだろう」

 ちっ、流石に過去編は勢いだけじゃ押しきれないか。

 腹部がチョーエロいというだけで名付けられた福部千尋先輩とはいえ、名在(ネームド)無名(ネームレス)の性能差はあまりにも圧倒的。

 だが俺は地の文の支配者(ドミナント)、言い換えればこの世界の法則そのものだ。俺が観測したことが事実なら、その逆も可能というわけだな。

「……とにもかくにも、そのへそから清潔感が消えれば健全になると思うんですよね」

「話をそらすな。というかつまりあれか?今からわたしは汚されるのか?」

「いえいえ、このネームペンでちょちょいとへそにゴマを書きたしてみるだけです。効果があるのかを試したい」

「嫌だ、男と違って女のへその手入れは面倒なんだ」

「まあまあそう言わず。これも風紀のためです」

「そんな文句で騙されるやつなんか今どき創作話(つくりばなし)にも出てこないぞ」

「わかりました。先輩も僕のへそをいじくっていいですから」

「なんだと?」

 おっ、予想外に好反応だ。てっきりすぐにツッコミが飛んでくるものかと。

 これは、いけるか……?

「……わかった」

「ッシャア」

「私のへそにネームペンを突っ込むことを許そう。ただし優しく傷をつけないように、満足したらアルコールティッシュできちんと拭いて、そしてその分私にもさせることだ。いいか?」

「もちろんですとも」

 ふははは!綺麗にするところまで自ら申し出てくれるとはありがたい。これで俺は勝ったも同然、この物語は無事にハッピーエンドと相成るわけだ!

「じゃあ早速ですけど先輩、服を脱いでください」

「その手にはのらんぞ。服をまくれば充分だ」

「チッ」

 この舌打ちは演技だ。目論み通り、先輩は服を脱ぐ選択肢を潰したことで服をまくることに対する躊躇が薄れたに違いない。

「……ほら、これならいいだろう」

「うわぁ……」

「見とれるんじゃない。ふん、自慢じゃないがこれでもスタイル維持には気をつかっている方なのだ。女子の中で私ほど美しいインナーマッスルがついている人間もいるまいよ」

 前言撤回。なんだかんだ言って先輩は人にインナーマッスル自慢をしたい系女子だった。俺が言霊で策を弄するまでもなく、お腹のことを誉めまくっていたら自然と半裸になっていたに違いない。

「では、失礼して……」

「手早く頼むぞ、冷えるし」

 キュポ。今回使うのはネームペンの太い方だ。教科書に名前を書くのに使う方だ。細い方で書くって?ふん、俺は太い方で書くからいいの。

「どうだ、鍛えたインナーマッスルを前にしたら思っていたほどエロいことはできまい。筋肉がすべてを解決するとは言わんが、どうにかなることの方が多いのだぞ」

「ちょっと集中するんで黙っててください」

 長年太い方であらゆる記名を済ませてきた経験と意地で、俺は先輩のへそのシワのくぼみへとゴマを打ってゆく。

 夕日の差し込む教室で、中腰になり目の前のへそへ一心不乱に落書きをする男とそれを眺める美しい女。

 インナーマッスルという大地へ豊かに敷かれた薄い皮下脂肪のコーティング上に、さらに強靭でなめらかな皮膚が覆う。そこへ油性の黒塗料で個々に意味はない、されど群として意味をなす記号を撫でていく。

 なんか芸術的だよな。

「お、おい。まだか?」

「いいえ。まだ奥の方が……ここまでやらないと意味がありません」

「意味ってなんの……んぅ!?」

「はっはっはっ。先輩、なんて声を出しているんですか。ご自慢のインナーマッスルに集中してくださいよ」

「そうは言っても、お前……!ぐぅっ」

 マジックペンでへその奥をひとつ、ふたつ突く度、先輩のインナーマッスルが硬直し、震え、困惑と高揚が吐息となって溢れる。

 なぜ急にそんなエロい展開になったのか分からない諸氏は腹筋を意識したままへそを人差し指ですこし強めに押し込んでみると言い。快楽とも痛みともつかない電撃的な神経を感じることができるはずだ。

 自らの起源、すなわち母との繋がりを示す神聖なる遺跡に興味と言う名の(へび)を滑り込ませることが冒涜でなくて何であろう。ましてそれが他人のものであるなど、自らのアイデンティティの根元への侵入を許す大罪だ。

「んっ、ちょっと……やめろ……」

「さあ、先輩……大きく、大きく深呼吸を!証明の時は近い、あとは、先輩が!どうするかですよ!!」

「ああっ」

 恍惚とし、ほとんど原初の自我に呑み込まれた先輩が気がつかないうちにペンを抜き、指と入れ換える。これだ、これこそが俺のやりたかったこと。

 美しい先輩の大変性的なへそにこの不埒者の指を突き入れる……!

 撫でまわし、蹂躙する……!

「これは、罪だ……」

 俺は大罪人。そうなるべくして生まれ、その人生の終着点を早くもたどり着いた男……!

 名前などない、ただよく回る口と指があれば十分!よく考えると足があるのかも危うい俺は、ここでようやく存在に意味を見いだす!

 この、罪に。

「エロすぎるへそは犯罪なんだ……!」

「ああああっ!!」

 先輩の悦楽が聞こえる!さあ、これで最後だ!!

「先輩!共に、共に行きましょう!」

「待て、何を、する気……」

「これが俺の、存在証明だーーー!」

「ッーーー!!」

 エクスタシーーーー




「ハァ……ハァ……どうですか、先輩」

「ハァッ、ハァッ……待って、待ってくれ」

 日が沈みかけた教室、二人きりの男女が服を乱し息も絶え絶え。

 完全に事後の様相だが、我々が及んだ事はあくまでも風紀浄化のための調査であり、やましいことなどひとつもなくましていやらしさなど微塵もない。

 いやー健全だ。日本の高校生は皆きっとこんな感じの素敵な高校生活を送っているに違いないな。

「へそ、真っ黒になっちゃいましたね。約束通り綺麗にしてあげますよ」

「いや、いい……自分でやる」

 先輩は俺の持っていたアルコールティッシュをひったくり、自分でへその汚れを落とした。その手つきはこれまでみたどの先輩の動作よりも繊細で、慈愛に満ちていた。

「ま、まあ。へそが汚れたとて風紀の乱れ方は変わらないということで、今後も継続的に調査をして健全なへそ出しを解明していくしかありませんよね?」

 さりげなく、さりげなく。次回以降への展望を。

「……そうだな」

 ッシャア言質取った。エロすぎるへそシリーズとして続編決定、七つの大罪分は次回作も用意できそうだし、最後の最後で俺の名前が決まれば一作目としては完璧なスタートを切れるな!

「お前が、思っていたよりも調子にのっていることはわかった」

「えっ!?」

「ああもちろん調査は続けよう。だが約束は約束だ、次からの調査はお前でさせてもらおう」

「そ、そんな……!これからは俺と先輩のくんずほぐれつエロエロハイテンションコメディの時間じゃ……」

「何を勘違いしているのかは知らんが、そんな数秒で思い付くような設定が持つわけがないだろう。お前の物語はここで終わりだ、無名。お前の『これから』は二度と思い出されることのないエピローグとなって締まらぬまま幕を閉じるのだ」

 先輩がどこからともなく棒状のものを取り出した。

 俺は知っている、あれはくすぐり棒だ。なぜそんなものが唐突に出てきたのか、それを気にしている時間は、残念ながらもうなさそうだ。


『哀れな後輩クンは先輩で遊んだ罰として、その日が暮れるまでへそをいじくり回されたとさ』で物語はおしまい。

「そ、そんな……!くそっ、こんなオチになるなんて聞いていないぞ」

「誰も聞かされてなんかいないさ、それはお前が一番わかっているだろう?"元"支配者(ドミナント)

 ふふふ、怯えている怯えている。主人公であるということは、必ずしも語り手であることと同一ではないというのに調子に乗るからオチ担当になるのさ。

 さて、ハッピーエヴァーアフター。

 福部先輩の後輩くんは変態大罪人として、無限と錯覚するような長い放課後の間先輩から罰を受け続けたとさ、おしまい。

ああ、でも……最後に後輩クンという呼び名を貰えたのは、よかったかもなぁ。

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