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壁の庭  作者: 百瀬 和海
17/18

エピローグ

 もう八時だよ。

 その第一声と共に、掛け布団が勢いよくはぎ取られた。少女は温かい感触を手放したくなく、無意識のうちにしがみついていた。

「ほらシャル、起きなよ」

 はきはきとした若さ溢れる男の声だった。まだ眠気の方が勝っており、シャルは目を瞑っている。

 どこからか漂ってくる香ばしいパンの匂いを嗅ぎながら、重たい瞼を徐々に開いていく。すぐに金髪の少年が映った。

 顎が少し角張っていて頬に小さなニキビが沢山あるが、笑顔が可愛かった。シャルと同じ十八歳くらいの顔だ。

「もう、シャルったらお寝坊さんだね」

 無垢な微笑みを浮かべながら、少年が言う。シャルの眠気を吹き飛ばす程に快活な発声だった。

 シャルはゆっくりと上半身を起き上がらせる。右手で、ブラウンの髪越しに頭を触れた。まだ、だるさが残っている。

「どう? 良い夢は見れた? ほら、早くこっちにおいでよ」

 シャルが何も言わないうちに少年は、近くにある白い正方形のテーブルに着く。

 シャルは額を押さえて、ぼうっとしながら辺りを見渡す。小さな部屋で円筒形になっていた。壁は赤青黄と、三原色でひたすら斜線の模様が描かれている。

 窓らしき所は、全てにカーテンが閉めてある。外からの光を寸分も侵入させない真っ黒な生地に、無数の黄色い星が描かれている。

「ねえ、どうしたの? まだ眠い? 朝食、先に食べちゃってるからね」

 少年は両手を合わせ、それから食事を始めた。オレンジ色のフォークで、水色の皿に載ったウィンナーを突き刺す。

 シャルは左手で目をこすり始めるが、そのまま左手の動作を停止させた。

「ねえ、どうしたの?」少年が心配そうに尋ねてくる。しかしシャルは、少年に対して一切の返事をしなければ、目線をそちらに向けさえしない。

「ねえ、早く一緒に食べようよ! ねえ、早く!」

 少年は食事を摂りながら苛立ったように言うが、シャルは無視をひたすら続ける。そんなことよりもずっと大事なものが目の前にあった。

「おい、シャル、返事しろ! てめえ、いい加減にしろおお!!」

 少年が怒声を上げた。握っていたフォークを勢いよく壁に投げつけ、テーブルの上の皿を片っ端から乱暴に弾いた。部屋の中に、次々と皿の割れる音が響き渡った。

 しかしシャルは意にも介さずに、左手薬指にはめられた銀の指輪だけをじっくりと見ていた。


 ―完―

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