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何の目的があって延々と延びていたかは分からなかったが、いよいよ質素な廊下に変化が現れた。廊下は途絶え、地下の隠し通路と同様の小さなエレベーターが待ち構えていたのだった。
ケルンは何の警戒もなしに颯爽とエレベーターに乗り込む。シャルは躊躇ってボックスの前で立ち止まる。
「このエレベーター、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫なのかどうかって問題じゃないだろ。俺らにはもう、このエレベーターに乗るという選択肢しか残されていないんだ。だったらここで屁理屈なんかをこねてないで、さっさと選択しちまうべきだろ?」
ケルンに説得され、シャルもエレベーターに入り込む。前回のエレベーターは「閉」しかボタンが存在しなかったが、今回のエレベーターには「上」と「下」のボタンがついている。「閉」のボタンはない。
「どっちを押せば良いんだ?」ケルンの指は、「上」のボタンの上に置かれたまま止まっている。
「どっちも当たりだとかハズレだとかだったりしてね」
「シャル、悪い冗談はよせよ」
二人が混乱していると突如、エレベーター内に雑音混じりな掠れた男声が響いた。
「シャ……さん、……ルンさん、聞こ……すか?」
その声の主は、あの紳士だった。シャルとケルンはこの状況に、当然懐疑を抱いた。
「ええ、聞こえてるわ。どうしてあなたがわたし達の場所を把握しているのか、あまりにも怪しすぎて呆れてるところよ」
「それ……すね、私があなたた……味方……らですよ。あな……ちを助けたいのです。私を怪しい…………てるでしょうけど、信じてほしいのです」
そんなことを言われようが、シャルが信じるわけがなかった。「余程の馬鹿じゃなきゃ、あなたを信じる人間なんているわけがないでしょ。先ずは、あなたがどこからどうやって連絡をとっているのか教えてもらいたいわ」
「そ……言えません。話せば長く……ますし。なによ……の命も掛かった盛大な賭けで……信を行ってい……で」
「じゃあ駄目だな。お前の話なんて全て却下だ」ケルンが冷たく言い放つ。
「信じてもら……いのは充分に理解し……ます。それでも、例えこ……があなたがたの耳か……に風のように通り抜け……としても、これだけは言わせて下さい」
エレベーターで『上』に行って下さい。
紳士の言葉にシャル達は自然と口を紡いでしまう。そんな都合の良いことがあるもんか、ならば『下』に行ってやろう。そう思うのと同時に、それこそが、この胡散臭い紳士の狙いではないかという疑念が込み上げてきた。
紳士はどちらに行かせようとして、『上』と言ったのだろうか。シャル達は困り果ててしまう。
そんな時、廊下の暗闇の中から、あの化け物の雄叫びがした。その吠え声はまるで地響きのようで、シャル達の乗るエレベーター内をグラグラと揺らした。
シャルの体も連動してぶるぶると震え上がる。「ケルン、やばいわ。早くエレベーターの行き先を決めないと」
ケルンの指がボタンの上で震える。「言われなくても、そんなことは分かってる! 今、必死に考えてるんだ。お前は黙ってろっ!」
追い詰められてついつい出てしまったそのいきり立った声が、鋭利な刃となって、シャルの中の何かを断ち切ってしまった。「ケルン、『上』よ!」
「え?」
「何でもいいから、『上』を押しなさいッ!!」
戸惑うケルンを押し退けて、シャルはエレベーターの『上』ボタンを躊躇なく、拳で勢いよく叩く。シャルの意志を反映したようにエレベーターがぐらぐらと揺れた後、扉がすかさず閉まった。
暗闇の空間から姿を現した例の化け物が、どんどん下に落ちていき、そして壁の中に消えた。
あれから紳士との通信は完全に途絶えた。シャル達はただただエレベーターがどこかに到達し、その運命の口を開くのを待つしかなかった。
「どうして『上』を選んだんだ?」ケルンは腕を組みながら、エレベーターの壁に背を預けている。
その質問に対し、シャルはただひたすら沈黙を貫いた。ケルンを説得する術など持ち合わせていなかったのだ。
胡散臭さ過ぎる紳士の発言に従ったのは、正直言えば、自棄からだった。このまま脱出に成功したとしても、もうそれでは駄目だと思ったのだ。
二人には、一生壊せない壁が付きまとうのが分かってしまったのだ。それはもう、物理的にどうにかなる代物ではないのだ。二人が出逢った、あの公園の頃に戻らない限りは。