第1章 第8話 ノア、王都へ向かう
少々空いてしまい申し訳ありません、これからはペースを上げていきたいと思います。
やはり文章を書くのは楽しいですね。
それと、次回からは会話分が多くなるときに、間に文章を挟むことを心がけたいです。誰が何をしているかわかりづらいと、自分でも読み返して感じました。
半年ほどの月日が流れ夏の暑さが最も厳しくなったころ、王都にある学園の入学試験の日が近づいてきた。
サクラ、ワカナ、サーシャの3人はこの半年間、試験のために訓練と並行して入学試験のための勉強をしている。とは言え、簡単な魔力測定を行う実技試験と一般常識に関する筆記試験だけらしい。それ以外のことは入学してから学ぶため、算術や魔法に関して勉強する必要はないそうだ。資質を重要視しているのも理由の一つか。
そして王都へ彼女達が向かう前日、俺はいつものようにサクラの一家と夕食を食べながら話していると、今まで知らされていなかったことを聞くことになった。
「いよいよ明日ねノア、ちょっと緊張してきたわ」
「サクラなら問題ないだろう」
「そうよサクラ、お勉強もしっかりしてきたじゃない、それにノアくんも、王都を楽しんでくるのよ」
「うん、俺がなぜ王都を楽しむんだ?」
「おや、サクラから聞いてないのかい?ノアくんも一緒に王都に連れて行ってくれると聞いているよ」
「いや、聞いていないな」
どうやら3人だけが王都へ行くと思っていたが、俺も一緒に王都へ行くことになっていたらしい。サクラが「あっ、忘れてた!」と大きな声を上げているが、まあ問題はない、どうせ旅に持っていくものなど大して持っていないからな。
「試験以外の時間に、皆でいろいろ見て回ろうね!」
「サクラ達は学園に通うことになるから、いつでも見て回れるんじゃないか?」
「もう、ノアと一緒に見て回りたいの!それに合格するとは限らないでしょ」
サクラはそんなことを言うが、俺は合格することを疑っていないため「そんなことはない」とだけ返した。
こうして突然俺も王都に行くことになった夜は更けていき、出発の日の朝を迎える。旅に必要なものは昨日の内にサクラと一緒に用意している。魔法を使わないと意外と荷物が多くなるものだな、服はサクラに選んでもらったが男性用と女性用が半々だった。
なるだけ日中に移動を行うため、さっそく里の入り口へと向かう。すでにワカナとサーシャは来ているようだ、馬車の近くで話している様子を感じ取れる。
「おはようございます、ノアくん、サクラちゃん」
「おはよー、今日はおとーさんが皆を連れて行ってくれるって!」
「王都でいろいろ仕入れる予定だったからね、ついでに試験に連れて行こうと思ったのさ」
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
「おはよう、俺もよろしく頼む」
「よーし、さっそく出発しようか、ほら皆馬車に乗るといい」
皆が馬車に乗り込み、サーシャの父親がそれを確認すると、馬車は王都へ向かって出発した。それぞれの家族が見送りに来て手を振っている。それに対し、皆も馬車から顔を出してかなりの距離が開くまで手を振り替えしていた。
「王都他の楽しみだなー、早くつかないかなー」
「サーシャちゃんったら、まだ出発したばかりですよ?」
「そうよ、王都ってかなり遠いんでしょ?」
「そうなの?おとーさーん!王都までどれぐらいかかるのー?」
「7日だぞー、それと今日は野宿することになるが、明日以降は途中の村や宿場町で休めるから我慢してくれー」
「はーい、わかったー!7日だって、結構かかるねー」
地図で位置は知っていたが、実際の距離は意外とあるようだ。いや、魔法を使わない移動が単に遅いだけか、記憶と同じなら魔法を使えば転移せずとも1時間かからずに到達する距離だ。まあ、彼女達と一緒なら、ゆっくりとした旅もいいかもな。
しばらくの間、王都がどんな場所か、着いたら何をするか、試験はどうなるかなど話していたが、話すことも少なくなり始める。
「うーん、暇になってきたねー」
「野宿するときにまたいろいろとすることがありますが、それまではちょっと暇ですね」
「まだ先は長いのに困ったわ…魔法の訓練でもする?」
「あー、それはいーかも!と言ってもさすがに攻撃魔法はダメだよね?」
「それはそうよ、こんなところで使ったら危ないわ」
彼女達は魔法の訓練を行うらしい。しかし、狭い馬車の中で魔法を使うわけにはいかなかったようで、魔力操作の訓練を主に行うようだ。彼女達は魔力操作にだいぶ慣れたようで、複雑な文字やデフォルメされた生物の形も作ることができるようになっていた。
「ほら見てみて、兎さん!」
「見てと言われても…」
「無属性だとぼんやりとしかわからないですね…」
「むー!ほらノア、どう?」
「俺の知ってる兎と比べると随分丸いが、よくできている」
「でしょでしょー!これだからサクラとワカナは困っちゃうわ!」
サーシャは俺が目を閉じて以来、それまで以上の速さで成長していた。まだ、自分の魔力限定ではあるが、魔法を見ることもできるようになっている。彼女は他の2人よりも遥かに長い時間魔法に触れているようだ。家でも訓練しているとこぼしていた。
訓練を始めてから結構な時間が経ち、時々彼女達に教えながら順調に馬車は進んでいたが、日が落ち始めたため野営の準備をすることになった。
サーシャの父親はテントで眠り、他の皆は馬車の中で眠るそうだ。そのために、サーシャの父親はテントを張り、俺は薪を集めて焚き火の準備をする。残りの3人はワカナが主導して夕食の準備をしていた。
森から離れた草原だったせいで、木はあまり周囲になく乾いた木は少なかったが、木を1本伐採しておき使う分を焚き火の近くに置いて乾かすことで対処することにした。魔法を使えばこんな面倒なことをせずにすむのだが、これも仕方がないことだと割り切るしかない。
「ご飯できましたよー」
「おお、ありがとうねワカナちゃん、とっても美味しそうだ。サーシャはちゃんと手伝えてたかい?」
「もーおとーさん!ちゃんと手伝ったに決まってるでしょ!」
「…道具やお皿の準備と味見だけだけどね」
「うるさいわよサクラ!手伝ったことにはかわりないでしょ!」
「まあまあ、それだって立派なお手伝いですから。はい、ノアくんもどうぞ」
ワカナから料理を手渡された、どうやら兎肉のシチューとパンのようだ。そして、皆に料理が行き渡ったところで食事を開始する。
食事の間は、明日以降のことについて主に話し合った。
「おじ様、明日以降はどのようになるのですか?」
「えーっとね、整備された道に出てそこから王都に向かうんだけど、途中に村や宿場町があるからそこで泊まることになるよ」
「宿に泊まるんですか?」
「いや、宿には泊まらないよ。ただ、馬車で入ることができて、ある程度自由に使っていい広場が街中にあるから、そこで寝泊りするんだ。動物や魔物に襲われる心配がないから、気を張って見張りをする必要がないのが助かるね」
「てことは、今日は誰かが起きていないといけないの?おとーさん」
「そうだね、どういう風にしたらいいか」
「なら俺が一晩見張りをしよう。馬車での移動が再開したら睡眠をとればいい」
「正直それが1番助かるんだけど…うーんでもなあ」
なにやら考え込んでいるが、これが妥当な案であることは間違いないはずだ。彼には御者をしてもらわなければならず、移動中に休息を取るのは難しいだろう。
「どうせ今日だけなのだろ?ならば気にするな」
「わかった、それじゃあお願いするよ。何かあったらすぐに起こしてくれていいからね」
「ああ、何かあったら皆を起こそう」
「じゃー私もノアと起きてる!」
「そうね、どうせ移動中に寝られるし、わたしも起きているわ」
「それなら私もお付き合いしますね」
結局サーシャの父親以外全員で見張りをすることになる。だが、彼女達が見張る必要はないので、馬車の中で話し相手になってもらうことになった。
その後、食事と片づけを終え、サーシャの父親は眠りにつく。彼女達は馬車の中で毛布に包まり、俺は馬車の縁に座って周囲が見渡せる位置に陣取った。そもそも目が見えず気配で周囲を感知しているため、わざわざ外が見える位置に座る必要はないが、火を絶やさないように言われているので薪を追加しに行くためにこの位置に座っている。
「こーいうの始めてだからなんかわくわくするね!」
「あんまり大きな声を出しちゃダメよ?」
「ノアくんは寒くないですか?毛布ありますよ」
「大丈夫だ、必要ない」
そのまま、たまに薪を追加しつつ彼女達と話していたが、夜も半ばを通り過ぎた頃になると寝息が聞こえ始めた。どうやら皆寝てしまったようだ。仕方がないだろう、生物は生きるために睡眠が必要らしいからな、今は俺も似たようなものだが。
焚き火の音と虫の鳴く音だけが聞こえる。彼女達の様子を感知すると、どうやら座ったまま寝てしまったようなので、横になるように動かしておく。万が一にも彼女達が起きないように、慎重にしなければならない。
何も起こらない平和な夜、休息を取るわけでもなくこんな静かな夜を過ごすのは初めてだな。少しだけ昔のことを思い返す。
あの頃は睡眠をとる必要はなかった。睡眠をとることで魔力を回復させると言う発想がなく、魔力の回復目的以外で睡眠を必要としない身体であったためだ。身体は疲れを感じず、精神は常に安定している、魔力は自然回復に任せ必要な場合に消費する、そんな戦い続けることができる兵器だった。
友の『世界を平和にする』と言う願いを叶えるために、昼も夜も関係なく世界を渡り歩いた。魔物の侵攻があれば殲滅し、人間同士の戦争があればそれを静める、世界は『邪神大戦』と呼ばれる波乱の時代を迎えていた。
邪神を滅ぼすことで戦争は終結したが、それまで俺は本当に休むことなく戦いの場に身を置いていた。唯一の休息は友と会話をしているときぐらいか。
眠っていた時間を考えると、精神的にはあれから数年しか経っていないが、随分と昔のことのように感じる。戦いしかなかった昔と、文化に触れながら生きる今との違いがそんな錯覚を生み出しているのだろうか。
兵器の俺がこんな人間のような生活を送るなど、1000年前なら想像できなかったし考えもしなかった。人間らしさに喜びを感じるのはなぜだろうか…
それから特に魔物や夜盗に襲われることもなく夜が明ける時間になる。サーシャの父親は起きたが他の3人はまだ眠っていたため、2人で朝食を食べテントや道具を片付けてしまい、王都への移動を再開する。移動を開始し馬車が揺れ始めると、3人とも目を覚ました。
「うーん、おはよー。何で揺れてるのー?」
「ふわぁあ…おはようノア」
「んっ…おはようございます…あっ!ごめんなさいノアくん、眠ってしまいました…」
「皆おはよう、疲れてないか?」
「うん、体調はばっちりよ。ごめんね一緒に起きてるって言ったのに…」
「ごめんねノアー、いつの間にか寝ちゃってたのー…」
「問題ない、それでこれから俺は寝るがいいか?」
「はい、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」
彼女達の状態を確認し、自身の魔力を回復するために俺は眠りについた。
その後の旅も順調だった。整備された道を利用することもあって、安全もそれなりに保障され、無理に警戒する必要がないことも一役買っていた。
そして7日目の昼ごろ、ようやく遠目から王都が見え始めると、サクラ、ワカナ、サーシャの3人は俺にそのことを伝えてくれた。
「ノアノア!よーやく王都が見えてきたよ!楽しみだね!」
「見えてきたってことはもう少しね、どんな場所かしら」
「うーん、でもなんだか全体的に小さい気がしますね」
「はっはっは、まだまだ遠いからな。到着するのは夕方前だぞー!」
「えっ、そーなの!?」
「もう見えてるのにそんなに時間がかかるなんて…」
「話には聞いていましたが、すごく大きいんですね」
彼女達は王都がすぐそこにあると思ったようだが、実際はまだまだ遠くにあるとのことだ。基本的に里の中でしか過ごしたことのない彼女達にとって、王都がそんなにも大きなものだとは想像できなかったのだろう。
「そんなに大きいと、迷子にならないかしら…?」
「人もすごく多そうだし」
「皆で一緒に行動しないといけませんね。ノアくん、はぐれないように手をつなぎましょうか」
「俺は常に皆のそばにいるから大丈夫だぞ?」
「あたしはノアと手をつなぎたいなー」
「ふむ、サーシャがそうしたいなら手をつなごう」
「えへへー、やった!」
「あ、それならわたしもノアと手をつなぎたいわ!」
「いいぞ、王都に着いてからだな?」
「うぅ…私が最初に言ったのに…そう言えばノアくんでした…」
こうしてしばらく話している間に王都が近づいてきたようで、喧騒が耳に届くようになってきた。戦争とはまた違う、多種多様な音だ。
人間の営みと言うのは、こんなにも様々な音が生み出されるものなのか。
ノアに他者の心は理解できない。
それが喜怒哀楽から離れた感情であれば尚更だ。