第1章 第6話 ノアの休日
実は毎回1話ストックした上で投稿しています。
投稿の際に2話分のチェックをして、表現や口調に違いがないか確認するためですね。
それでもやらかしたりするわけですが。
目の機能を切り、世界が暗闇に閉ざされてから数日が経過した。
今日は訓練が休みの日であり、しかも珍しいことに、いつも一緒にいる彼女達3人全員が用事のために出かけるとのことだ。
今まで3人全員が同時にいなかったことはなく、常に誰かと一緒にいたため朝食の席で何かすることがあるかを聞くことにした。魔眼の魔力消費が抑えられているおかげで、皆と同じ時間に朝食が取れるのは良かった。
「今日はサクラもワカナもサーシャも用事があって俺は1人で過ごすわけだが、何か俺がやっておくことはないか?」
「うーん、家で本を読んでいていいんじゃないかしら?」
「そうね、いつもサクラがお世話になってるし、たまにはお家でゆっくりししてもいいのよ」
「しかしだ、俺も世話になっている身、狩でもしてきた方がいいのではないか?俺の年ぐらいになると狩の手伝いをすると聞いたぞ」
「ノアくんは目が見えないのだから無理はしなくていいんだよ」
なぜか俺の周りの人間は目が見えないことを過剰に心配する。確かに認識の精度は落ちるが、認識できないわけではない、現に今の生活で不便を感じたことはない。
「俺にとって目が見えないなど些細なことだ、気にする必要はない」
「そんなこと言ったって心配だわ」
「なら問題ないことを証明しよう」
その後もサクラの一家に引き止められたが、実際にできることを示したほうが早いだろう。実績さえあれば問題ないことは、1000年前に学んだことだ。
食事を終え、サクラが出かけるときに俺も家を出た。しかし今すぐ狩に出ることも考えたが、あまり早すぎると獲物を保存しておく手間がかかる。まずはアルカーレ邸で新しい料理の本を探し、昼過ぎに狩に出かけるのがちょうどいいだろう。
そう考え、アルカーレ邸へ足を運ぶことにした。
程なくしてアルカーレ邸に到着した。1人で来るのは初めてだが、どうすればいいかは憶えている。呼び鈴を鳴らすとメイドが出て来たので、目的を告げ中に入れてもらい書庫へ向かう。
今回も本を借りていこうかと考えたが、持ち出す必要もないと思い直しメイドにここで読むことを伝えると、メイドは帰るときに誰かに声をかけてくれと言い持ち場に戻っていった。
さっそく本を探そうと周囲を感知すると、本を読んでいる少女の存在を近くに感じた。アルカーレ家の4姉妹が1人、次女のノーティリスだ。
「あら、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「珍しいですね、他の方は誰もいないのですか?」
「今日は俺1人だ」
「本を探すのをお手伝いしましょうか?」
「位置は覚えているから問題ない」
彼女は同年代の人間と比較して随分と賢い。確か俺の4つ下で4歳かそこらだったはずだが、毎日のようにここで本を読み知識を蓄えているらしい。サクラ達よりも賢いのではないだろうか、物覚えもいいが頭の回転が速い。
「相変わらずすごい人ですね、その記憶力が羨ましいです」
「確かに便利だな」
「私も1回で憶えられれば、何度も同じ本を読まなくてすむんですが…」
「脳を改造すればできるぞ」
「…それは嫌ですね…」
そんなことを話しながら目的の本を取りにいく、この国の料理とレシピが載っている本だ。50種類程度のレシピしかないため、予定通り時間内に読み終わるだろう。俺は椅子に腰掛けてレシピを暗記し始める。
目が見えていないせいで以前より時間がかかってしまうが、本の文字を指でなぞっていき文章を読み取る。
「料理の本ですか、なんか意外です」
「料理は詳しくないからな」
「本当になんでも勉強するんですね」
それからしばらく、ほとんど会話することもなくそれぞれ本を読み進めていたが、ちょうど昼時にノーティリスから声をかけられた。
「お昼ごはんはどうしますか?」
「この本を読み終えたら狩に行く予定だから不要だ」
「狩ですか…その、目は大丈夫なんですか?」
「問題ないことを証明するために行くようなものだ」
「本当になんでもありですね、ですが気をつけてください」
そういって彼女は書庫から出て行き昼食を食べに行った。俺はそれから30分程度で本を読み終え、本を元の位置に戻すと書庫を後にした。途中すれ違ったメイドに帰ることを伝えると、そのまま森へ向かう。
まだ時間に余裕があるため魔力は温存し、生物の気配を頼りに獲物を探す、狙いは猪だ。誰かが狩って来ることがあるので、この森にいないことはないだろう。
猪を探している途中様々な生物や薬草を見つけるが、あまり余計なものを採っていると邪魔になってしまう。最低限魔力切れ対策用の魔法薬に使う材料だけを採取し、他のものには手をつけないようにする。魔法を使えば保存は容易いが、この程度のことにいちいち魔法は使っていられない。
そうしてしばらく森の奥へ進んでいると、俺はようやく猪の気配を察知した。さっさと終わらせよう。
とりあえず髪飾りを刀に変形させ、返り血で汚れないように頭を切り飛ばす。魔法を使わない場合、汚れを取るにも手間がかかるため、それなりに注意しなければならない。
「血抜きに使う紐がないな」
狩ったのはいいが、木に吊り下げるための紐がないことに気付く。草木は気配がほとんど感じられないため、編むための草を探すのは時間がかかってしまうが仕方ない、そう思ったが別に紐である必要性はなかった。
先ほど使った刀を、木の枝に猪を引っ掛けるためのフックに変形させ血抜きを開始する。
終わるまでそれなりに時間がかかるので、瞑想をしながら待機するか。今回はかつての友が使っていた剣術をなぞることにしよう、彼は剣聖に教わったと言っていたな。
そろそろ日が傾き始める時間のはずだ、音の調子から血もだいぶ抜けたようなので、木からフックを外し肩にかけやすい形状にしてから家に持ち帰る。
魔法を使わずに狩をしたのは初めての経験だったが、こんなに時間がかかるとは思っていもいなかった。探すのにも時間がかかり、狩り終わった後も時間がかかる。それに、汚れないようにしなければならないし、持ち運べる量にも限界がある。
ノアは魔法を使う自分と比較して今回の狩を振り返っているが、普通の人間は魔法が使えたとしてもここまでスムーズに狩を行うことはできない。
魔力による探知はできるだろうが、見つけた後獲物に気取られることなく数秒で討ち取ることはできないし、血を抜くような魔法や持ち運ぶための魔法を使うこともできない。そんなことができるなら、猪や熊のような動物ではなく、魔物でも狩って依頼の達成なり素材を売なりした方が遥かに儲かる。魔法もそんな魔法が使えるなら、教師や研究者にでもなった方が安全かつ安定した生活が送れることは間違いない。
そんなことを知らない非常識なノアは、相変わらずずれたことを考えながら、自分よりも遥かに大きな猪を手に魔力を使っていないとは思えない速度で帰るのであった。
目を閉じてから景色で時間を知ることはできなくなったが、日が暮れる前に家にたどり着くはずだ。そんなことを考えながら里の中を歩いていると、周りに人が集まって来る気配を感じた、この時間に人が集まるのは珍しい。
そんなこともあるだろうと気にせず歩いていると、サクラの気配を感じた。どうやらこちらに近付いて来ているようだ。
「ちょっとノア、どうしたのよそれ!?」
「?狩に行くといっただろ?獲物だ」
「大丈夫なの?怪我とかしてないわよね?」
「猪相手に怪我なんてする分けないだろ?それに俺は狩に行ったんだ、戦闘をしに行ったわけじゃない」
「へ、どういうこと?」
「狩とは一方的に獲物を殺すことだろ?なら狩に行くのに危険なんてないし、戦闘も起きるわけないじゃないか、予定外の出来事もなかったしな」
サクラとしばらく話しながら歩いていると、近づいてくる別の気配を感じた。ワカナとサーシャが来たみたいだ。
「ちょっとノア、どうしたのそれ!?」
「それ猪ですよね?頭がないみたいですが」
サーシャがサクラと同じことを言った。なぜ皆はこんなに驚くのか。
「こんなに大きな猪見たの始めてかも。と言うか重くないのノア?」
「大きさのせいで持ちづらくはあるが、重さは気にならない程度だぞ」
「ノア、それはおかしいと思うわ…それで、この猪はどうするつもりなの?」
どうやらこの重さを持つことは普通ではないようだ。いまいち普通の人間の基準と言うものがわからない。今まで読んだ本には書いてなかった。
「猪は家でサクラ達と食べる予定だ。狩の目的の一つは食料の確保だろ?数日は困らないと思うがどうだ」
「え、この大きさの猪を4人で食べきるつもりなの?さすがに無理だと思うわ…」
「なに、要らないなら捨てればいい」
「うーん、それはそれでもったいないし…里の皆で食べるのはどうかしら」
「サクラがいいなら勿論それでいいぞ」
「ありがとうノア。それじゃあ父さんと母さんを呼んでくるから、サーシャたちと話して待っててくれるかしら」
「わかった、よろしく頼む」
俺が返事をすると、サクラは走って両親を呼びに行った。言われたとおりサーシャ達と話しながら待機しておこう。
「ねーノアノア、その猪どうやって狩ったの?」
「探し出してから、刀で首を切り落としただけだな」
「へぇ、ノアくんは刀を使われるんですね。使い手はかなり少ないらしいのですが、さすがノアくんです」
「あたし刀って見たことないんだけど、どんな武器なの?」
「刀と言うのはですね、もともと一部の地域で使用されていた武器です。普通の剣と比べると細身で、切ることに特化された造りになっています。その性質上とても壊れやすいらしく、使えるようになるまでに時間もお金もかかるみたいですね。また、刀を造ることができる職人の方も少ないみたいで、これらの理由から刀を扱う人は少ないみたいです」
「なるほどー、ノアはすごいってことね!でもなんでまた刀を使ってるの?」
「ああ、昔の友が『俺も刀使ってみてぇな。誰か教えてくんねぇかなー』っと言ってな。いずれ教えられるように使い始めたんだ」
「お友達に教えるために始めたんですね。なんかノアくんらしいです」
「その友達っていのは…「ノアー!戻ったわよー!」」
俺が刀を使うことについて話していると、呼びに行っていたサクラが両親を連れて戻ってきた。
「呼んできたわ。父さん、ノアが担いでるこの猪なんだけど」
「おお、これはまた立派な猪だ!ノアくんも無事みたいで何よりだよ。それで、この猪は皆で頂いてもいいのかな?」
「かまわない、好きに使ってくれ」
「早速里の人を集めてこないと、今夜はちょっとしたお祭りね。ありがとうねノアくん」
サクラの父親が猪を解体する準備を、母親が里の人間を集めて調理の準備を始めた。俺も言われて猪を指定された場所に置いておく。
「おー、ノアのおかげでなんか面白いことになったねー」
「めったにないことなので、なんだか楽しいですね。私も準備を手伝ってくるので、終わったらまたお話に来ます」
「わたしも手伝ったほうがいいかしら」
「あたしは味見ぐらいなら手伝えるかなー」
「それは手伝いになってないでしょ。おとなしく待ってなさい」
「はーい。あ、そうだ、ノアが使ってる刀ってのちょっと見せてよ!」
「ん、いいぞ、ほら」
猪を固定する必要がなくなったため元に戻していた髪飾を再度刀に変形させ、怪我をしないように注意しながらサーシャに手渡した。ワカナも興味があったのか、自分にも見せて欲しいと言ってきたので当然許可を出す。
しかし、ただ猪を狩ってきただで随分と大事になったようだ。多くの里の住人が広場に集まっている様子を感じ取ることができる。
普段はこんなに人が集まることはないため、あの猪は普通ではなかったのかもしれない。
本を読み知識を蓄えたが、未だにノアは普通を知らない。
彼の普通は異常のままだ。




