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壊れた英雄は世界を護る  作者: 江藤直哉
第3章 王都の冒険者
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第3章 第6話 調査を終えて

 改稿をして気づく誤字脱字の多さですよ。悲しくなりますね。

 逆に考えましょう、おかしな文章は持ち味だと…(駄目です)

 ガタッ。

 大きな音が洞窟内に響き渡る。


「あっ、やばっ…」


 音を出した張本人ウィリアムは、慌てて声を抑えながら岩陰に隠れるがもう遅い。子育て中で普段よりも警戒心の強くなったクリムワイバーンが、そんな音を聞き逃すはずもなく、ウィリアムのほうへと飛び上がる。

 気付かれたことを察したウィリアムは急いでその場を離れるも、ワイバーンのその速さにあっという間に追いつかれてしまう。


「ギャワアアァァァァアアアアアア!」

「うおおぉぉおおおぉおおおおぉぉぉぉおっ!?」


 近くに他の人間は誰もいない。護衛の2人はどちらかが付いていくと言っていたが、魔道具をパパッと設置するだけだからと言って断っていた。今頃は、残りの研究者2人、ウナとキンジの護衛に当っているはずだ。

 2人のほうは、ウィリアムとは違いワイバーンの移動経路を確認するため、危険な場所を移動しなければならずそれなりに護衛も必要であった。だからこそ、簡単な自分のほうは必要ないと護衛を断ったわけだが、こうなってしまってはもう後の祭りだ。


「あぁ…なんでこんなときに限って…」


 ワイバーンの口が、哀れな獲物を捕らえんと開かれる。柔らかそうな肉は、子供の餌にはぴったりだろう。

 その瞬間、黒い風がウィリアムを包んだかと思うと、忽然(こつぜん)と彼の姿は消え去っていた。

 ワイバーンは、突然消え去った獲物がどこにいったかきょろきょろと見渡すが、どこを見てもいない。翼の下を覗き込んでも当然だが見つからない。しばらくして諦めたのか、不思議そうな表情をしながらワイバーンは巣へと戻っていった。


「…あれっ?ここは一体…?」


 目を開いたウィリアムが見たのは、調査の間使用する拠点だった。何が起こったのかわからず、なぜこんなところにいるのか頭を捻っていると、近くから声をかけられる。

 この場にいないはずの声が聞こえてきたせいで、思わずウィリアムは飛び上がってしまった。


「怪我はないな。俺は戻る」

「の、ノアさん!?もしかしてノアさんが助けてくれたのか?」

「それが依頼内容のはずだ」

「あ、いや、そうなんだけど」


 確かに依頼主を守ることがノアとエドガーの仕事である。しかし、ウィリアムが聞きたいのはそういうことではなく、なぜあの場所にいたかということだが、混乱しているせいでいまいち頭が回らない。

 一旦頭の中を整理しようと目を閉じながら深呼吸をして、先ほどまでの出来事を振り返ったウィリアムは、多少落ち着きを取り戻しノアに再度質問をしようとして気が付く。ノアは既にそこから消えていた。


「えっ、あれっ?ノアさん?」


 折角落ち着いたばかりの思考は、再び混乱に(おちい)ってしまった。

 もともとノアが護衛していたほうでも、多少の混乱が発生していた。とはいえ、ノアがいない間に問題が起きたわけではなく、突然ノアが消えたせいだ。

 そこに、ウィリアムを救出したノアが、消えたときと同様に唐突に戻ってくる。


「うおっ!?どこに行ってやがったんだ」

「ウィリアムを拠点に救助した」

「えっ!?ウィルに何かあったんですか?無事なんですか!?」

「クリムワイバーンに襲撃されていた。怪我はない」

「そうか、無事か…ノア殿、感謝する」

「仕事だ」


 ノアが突然いなくなった理由もわかり、ウィリアムも無事であることを知った3人はほっと息を吐くが、冷静になって考えてみるとノアの行動は異常である。一体いつウィリアムの危険を察知し、どうやってそこまで移動したのだろうか。


「お前、どうやって襲われたのがわかったんだ?」

「音だ」

「音?だがノア殿、たとえ聞こえたとしても、ここからウィルの場所まではそれなりの距離がある。聞こえた頃には手遅れだと思うが?」

「地中の音を聞けばいいだけだ」

「いや、まぁ、斥候として似たようなこたぁするが…少なくとも地面に耳を付けねぇと無理だろ」


 地中を伝わる振動は、空気中を伝わる振動よりもはるかに速い。それは間違いないが、抵抗が大きいせいで振動は非常に伝わりづらくなってしまう。結果、意味のある振動として耳に届かないのだ。

 耳を地面に付けることで多少は改善されるが、何の振動か普通は判別できないし、ノアはそもそもそんなことをしていない。にもかかわらず、地面の質によって10km程度まで判別できるノアは、最高の斥候といえるだろう。


「お前がすげぇのはよくわかった。とりあえず護衛対象が無事で何よりだ」

「本当ですよ。ウィルには後でお説教をしないといけませんね」

「そのためにも仕事を再開しよう」

「ノアと比べたら頼りねぇかもしれんが、護衛は任せておけ!」


 クリムワイバーンの経路確認は、時間こそかかったものの順調に進み、基本的に使用する洞窟をいくつか特定することができた。映像を記録する魔道具の設置も無事に終えたため、後は定期的に回収と設置を繰り返しながら、映像を確認して情報の整理を行うことが主な仕事になる。

 遠隔で映像の確認ができればそれに越したことはないが、未だ実用的なものはできていない。もしかしたらできるのかもしれないが、あの国は最新技術を秘匿する傾向にあるため、しばらくはこの国にこないだろう。

 拠点に戻ってくると、気付いたウィリアムが、嬉しそうに4人に手を振りながら駆け寄ってきた。が、その表情はすぐに引っ込むことになる。


「ウィル!あなたは一体何をしているんですか!」

「えっと、ウナ…?」

「大丈夫だと言って聞かなかったから、お2人はこちらに来てもらったというのに、結局は危ない目にあってノアさんに迷惑はかけるし、そのせいでこちらも多少とはいえ遅れが生じたんですよ。そもそもウィルは――」


 ウナの説教が、川の流れのようにこんこんと続く。いつになったら終わるのか、キンジですらわからないため、彼はある提案をする。


「こうなったウナは長い。エドガー殿にノア殿、私たちは先に休もう」

「あ、ああ、わかったぜ。ウナの嬢ちゃんはなんてっか…すげぇな…」


 2時間もすると、ようやく落ち着いたようだ。ばつが悪そうな表情で、休んでいた3人に謝罪する。まあ、ノアは休んでいるわけもなく、離れた場所で警戒に当っているのだが。


「皆さんごめんなさい。すぐにご飯を準備しますので」

「僕も悪かった。次からはもっと慎重に…いや、皆の言うことをちゃんと聞くよ!うん」


 ウナにキッと睨まれて、ウィリアムは慌てて訂正する。さすがに、空気を読んだようだ。


「ノアさんにもちゃんとお礼を言っておいてくださいね」

「わかってるって。本当に感謝してるんだから」


 ウナが料理を作ってる間、ウィリアムはノアのほうへと向かう。ほとんど会話らしい会話もしないノアは、正直近寄りがたい雰囲気もあいまって怖いとすら思ってしまうが、だからと言ってお礼をしないほどウィリアムは非常識な人間ではない。

 深呼吸をして、自分を落ち着かせながら、ウィリアムはノアに話しかけた。


「ノアさん、ワイバーンに襲われたときは助かったよ。ありがとう」

「仕事だ」

「それでも、助けられたんだったらお礼は言わないと。あの時は本当に死んだと思ったよ」


 興味のなさそうなノアを前にどうしたものかと考えるが、言葉が出てこない。必死に頭をめぐらせても思いつくことはなく、ウィリアムは一度も振り向かなかったノアに背を向け皆のほうへと戻るのだった。


「ちゃんとお礼は言いましたか?」

「もちろんだよ!ただ…」

「ただ?」

「ノアさん怒ってないかなって。でも、謝ることも、お礼以上の話をすることもできなかった…」


 ウィリアムは明るい人間だ。すぐに誰とでも打ち解けられ、誰とでも話すことができる。研究所の堅物上司でさえ、ウィリアムに対しては優しい父親のような対応をしてしまうほどだ。

 それでも、ノアを前にすると言葉が出てこなくなる。何を考えてるか全くわからず、どうしていいのかわからなくなる。あんなに無機質で無感動な声は、今までに聞いたことがなかった。

 怒っているのなら謝ろうと思ったが、怒っているのかわからなければ、謝ることで逆に不機嫌になるかもしれない。普段のウィリアムからは想像できないほど、彼は悩んでいた。

 そんなウィリアムの肩が、背後からバシンッと力強く叩かれる。


「あんま気にすんな!本人に言われてから気にすりゃいいんだよ!」

「いっ!?エドガーさん!?…でも、何もわからなかったんだ。今までこんなことなかったのに…」

「だったらなんとも思ってねぇってことだろ?ノアにとっちゃ、取るに足らねぇ些細な問題だったってこった!それよりも飯だ飯!腹が減っちゃあ気分も落ち込むってもんだ!がっはっは!」


 促されるままに席に着く。目の前には美味しそうな料理が並べられていた。中にはウィリアムの好物もある。


「明日からもっと忙しくなりますからね。しっかり食べて備えましょう」

「まだまだ時間はある。が、今日はもう遅い、早く食べるぞ」

「調査は始まったばっかだからな。じっくりいこうぜ」

「…そう、そうだね。よし、いっぱい食べて、明日から頑張るぞー!」


 思い悩むのは自分らしくない。何か言われたら、そのとき反省して改善すればいい。いつも通りの自分を取り戻したウィリアムは、いつも通りの自分を信じて行動しようと心の中で誓うのだった。




 帰りの馬車の中、研究者3人は大いに喜んでいた。満足のいく結果が得られたのだ。その内容は、クリムワイバーンとサラマンドラが共生関係にあるというものである。

 アロナ火山は、(ふもと)の森はともかくとして、山中にはあまり生物が存在していない。その代わり、ランクの高い生物が高い割合を占めている。当然、クリムワイバーンがいくら強力な幻獣とはいえ、生まれてすぐから強いわけではない。外敵から子供を守る必要があるのだが、そうすると今度は餌を探しに行く時間が少なくなってしまう。もちろんクリムワイバーン夫婦のどちらかが行けばいいことだが、食べ盛りの子供たちにはより多くの食料が必要であり、1匹で探すのと2匹で探すのでは効率に差が出る。大物を狩るときや獲物の群れを見つけたときに連携をとることで、倍以上の効率にもなるのだ。

 そこで、サラマンドラの子供に与える餌もクリムワイバーンが捕って来ることで、巣にいるクリムワイバーンの子供をサラマンドラに守らせるのである。ついでに、サラマンドラはある程度体温の調整が可能であるため、クリムワイバーンの卵や子供にちょうどいい環境を提供することもできる。

 こうしてクリムワイバーンとサラマンドラが共生する様子を、うまく映像に収めることができた研究者たちは、研究所に戻ったら評価されることは間違いないと喜んでいたのだった。


「クリムワイバーンがまさかサラマンドラと協力し合ってるなんてなあ」

「意外だったな。竜や亜竜、龍といった(たぐい)は同族以外に排他的だと思っていたが」

「でも、理にはかなってますが、どういうきっかけで協力するようになったんでしょうね?」

「それを考えるのもまた私たち研究者の仕事だ」

「うおぉお!燃えてきたぁっ!」

「…ウィル、貴様は本当に研究者か?」

「どういうことだよっ!?」


 ウィリアムは本気で怒ってはいないようで、表情はすぐに笑顔へと戻る。ウナも2人の様子を見ておかしそうに笑っていた。だが、キンジだけはいつも通り真面目そうな表情で、先ほどの発言も本心からの言葉のように見えた。冗談の…はずだ。

 馬車は順調に進む。会話もはじめは順調だったが、今回の成果を十分に再確認すると、自然と話題はなくなり行きと同じように暇になってしまった。

 そこでウィリアムは、エドガーにまた話してもらおうかと思ったが、折角だからとノアに話を振ることを決心する。なぜかはわからないが、ノアとは仲良くなりたいと思ったのだ。

 しかし、話しかけるのなら何か話題が必要になる。何を話したらいいかと思案していると、ゴンソウルからノアを紹介されたときのことを思い出す。この話題なら、ここにいる人間は皆興味を持つに違いない。そう思って、ウィリアムはノアに話しかけた。


「の、ノアさん。よかったら迷宮(ダンジョン)のことについて聞いてもいいかな?」

「構わん。何が知りたい」

「いや、別に無理なら…え、いいの!?」

「お前が聞いてきたのだが」

「あ、うん、そうなんだけど…いや、なんでもない…あ、何も聞きたいことがないってわけじゃないんだ!ただ、ちょっと驚いて…」


 あまりにもあっさりと許可をもらったせいか、しどろもどろになってしまったウィリアムに、キンジが救いの手を伸ばす。しかし、キンジ自身にそんなつもりはなく、単に迷宮の話が聞きたかっただけである。折角迷宮の話を聞くことができる機会を得たのだから、有効に活用するべきということだろう。


「ではノア殿、早速1つ。迷宮の魔物は特殊な魔力を帯びているが、奥へ行くほどその影響を受けてないと聞く。実際はどうなのか、わかる範囲での見解を聞きたい」


 迷宮の魔物は、迷宮内部に漂う魔力を帯びている。これは、迷宮をある程度知っている者の間では常識だ。だが、その魔力がどれほど影響を与えているかはあまりわかっていない。ゴブリンやスライムといった、浅い階層で出現する魔物は明らかに強くなっていると言われているが、奥へ行けば行くほど迷宮外の魔物とさして違いがないとは、迷宮によく入る冒険者の話だ。

 迷宮から持ち帰られた魔物の調査も行われたが、魔物の死体からは迷宮の魔力が抜けていってしまい、魔力の残滓(ざんし)しか残らない。当然、生きた魔物の検分も何度か行っている。しかしながら、ランクの高い魔物を生きたまま捕らえることは非常に難しい上、迷宮外で時間が経てば迷宮の魔力は少しずつ抜けていってしまう。

 そいうこともあって、単に討伐しているわけではなく、調査を行っているノアに何かわからないか聞こうとキンジは考えたのだった。とはいえ、そのことを意識して迷宮に入らなければわからないことでもある。わからなければ、この会話で意識してくれれば儲けものという打算も含まれていた。


「影響は奥へ行くほど大きくなる」

「ほう、そうなのか。ではなぜ影響が少ないと言われているかは?」

「影響が相対的ではなく絶対的だからだ」

「なるほど。強力な魔物からしたら、多少迷宮の魔力の影響を受けたとしても、その影響は小さく見える。ゆえに、さほど影響がないと言われていたのか」


 調査を任されただけあってよく見ていると、感心しながらキンジは何度も頷く。一般的には、強力な魔物は迷宮の魔力を自身の持つ魔力の強さゆえ受け付けないと言われていた。

 そこへ、ウナが疑問に思ったことをノアに質問する。なんだかんだ、葛藤(かっとう)の末1番最初に話しかけたウィリアムが、最も会話から遠ざかっているという悲しい図ができてしまった。


「どうして帯びていた魔力は迷宮を出ると消えてしまうのでしょうか?」


 この質問に、勉強不足だとキンジが口を開こうとする。これに関しては既に研究されていて、研究者にとっては(彼からすると)常識であった。その質問に対して、ノアが先に答える。


「迷宮の魔力は周囲と濃度を一定に保とうとする性質がある。よって、迷宮外では魔力が霧散してしまうわけだ」

「へぇ、迷宮の魔力は、固有の濃度を持っているんですね。では、普段私たちの周囲に漂っているものと同じ魔力は、迷宮内では少ないんですか?」

「むしろ濃いな。が、そこまで差はない」

「ほぇえ、そうなんですか。ありがとうございます。やっぱり迷宮のことは、専門家の方に聞くのが1番ですね」


 別にノアが迷宮の専門家というわけではないが、ウナの中ではそういう扱いになったようだ。まあ、実際のところ、個人でノアほど迷宮を調査した人間はいないため、あながち間違いではないだろう。

 その後も迷宮談義に花を咲かせながら馬車は帰路を行く。キンジとウナの質問に、ノアが普通に答えているのを見たウィリアムとエドガーも会話へ参加し、行きと比べても賑やかだ。

 そうしていると、魔物や盗賊に襲われることもなく、とうとう一行は王都の南門に到着したのだった。


「エドガーさん、ノアさん、今回は凄く助かったよ!」

「お話もたくさんしていただいて、本当にありがとうございました」

「最初はどうなるかと思っていたが、2人を選んだゴンソウル殿に間違いはなかったな。おかげで、ウィルも無事に連れ帰ることができた」

「わ、悪かったって。もう何度も謝っただろ!」


 ウィリアムの言葉にキンジ、ウナ、エドガーの3人が笑い出す。それにつられてウィリアムもまた笑い出した。ノアだけが、最後の最後まで仮面の奥に秘めた表情も感情も見せることはなかった。

 そんなノアを、研究者の3人は不器用な人間だと判断したようだ。話してみれば、必要最低限のことしか口にしないものの、全て受け答えしていたのだから、決して冷たい人間ではないそう思った。

 さすがに、ノアが苦痛や面倒といった感覚がないため、機械的に会話していたとは夢にも思っていない。


「そんじゃ、依頼達成のサインも貰ったことだし、帰ってから1杯やるかな!皆はどうだ?」

「おおっ、いいね!」

「駄目ですよウィル。報告や精査、資料の作成なんかの仕事がまだまだあるんですから」

「えぇ~っ!?す、少しぐらい…」

「いいわけないだろ。さっさと研究所に帰るぞ」


 キンジとウナの2人に引きずられて、ウィリアムは研究所へと戻る。


「また何かあったら、お願いするよおぉぉ…」


 その様子を眺めていたエドガーは苦笑しながら3人に手を振っていた。3人が見えなくなると、改めてノアにこれからどうするのかを聞く。


「俺は報酬を受け取ったら宿に戻る」

「んじゃ、とりあえずギルドで報酬貰うか」


 2人がギルドへ戻ると、イルミルが待ってましたとばかりに声をかけてくる。エドガーはともかくとして、ノアに会えなかったのは相当寂しかったようだ。なにせ、ノアが長期の依頼を受けたのはこれが初めてであり、それまではノアがギルドに入ってから毎日顔を合わせていた。


「ノアさん、エドガーさん、依頼達成お疲れ様です。こちらが報酬となりますので、確認してください」

「おう、ありがとよ。こいつがサインだ」

「確かに受け取った」


 仮面に黒装束のノアをさすがに「ノアくん」とは呼べず、イルミルは「ノアさん」と呼ぶようにしている。心の中では、早くいつもの姿に戻って欲しいと叫んでいた。


「じゃ、オレは飲んでくっか。お疲れさん。またよろしく頼むぜ」

「ではな」


 ノアは宿へ戻る前に、気配を消しながらギルドを出て、そのままギルドの裏へと歩いていく。そして、全ての注意が向かなくなったところで変装をやめ、いつもの姿へと戻る。

 宿へ戻ると、看板娘のアルクアが驚いたような表情になった後、笑顔でノアに近づいてくる。1週間以上も帰ってこなかったノアを、非常に心配していたのだった。


「ノアくんよかった!ずっと帰ってこなかったから心配してたんだよ!怪我とかは…ないみたいだね。どっかお出かけしてたの?」

「依頼だ」

「そうなんだ。もう、言ってくれればよかったのに!」

「なぜ言う必要がある。宿の代金も問題はない」

「そ、それはそうかもしれないけど…」


 しょんぼりとアルクアがうなだれる。それでも、すぐさま持ち前の元気さを取り戻すと、ノアにどうするべきかを話す。


「いきなり何日も会えないと、ものすっごく心配になるんだよ?男の子なら、女の子をあまり心配させちゃダメなんだから」

「他人が消えたところで、どうでもいいのではないか?」

「えっ…で、でも…だって、ノアくんこと…(なんでか気になるんだもん…)」


 心の中のつぶやきは、誰にも聞こえることはない。ましてやノアに届くはずもない。それでもノアの回答は、アルクアの望み通りのものであった。


「まあいい。次からは3日以上空けるときに伝える」

「え、あ、うん!よろしくね!」


 ノアの考えはいつも変わらない。周囲の人々は変えようと努力しているが、それでもなかなか変わることはない。今回だって、伝える理由はないが伝えない理由もない、だから相手に合わせた。ただそれだけのことだ。

 一応、相手に合わせるようになったということが、成長と言えなくはないかもしれない。なにせ、ノアはなんとも思っていなくとも、アルクアは今笑顔になっている。


 武術技巧関連の補足になります。

 基本的に魔法の併用は許可されていますが、明らかに武術ではないものは認められません。

 例えば、対象を切る武術技巧で、武器に魔法を付与するのではなく、武器なしでただ魔法を対象にぶつけて達成するようなものです。

 それを判定するための試験官でもあります。そのため、試験官に求められる資質は高いです。

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