第3章 第2話 初めての依頼(複数)
この世界の通貨には大○貨というものがあります(今更)
これは○貨10枚と同じ価値ですね。ジャラジャラと何十枚も硬貨でやり取りしているわけではないのです。
それと、後書きに何かしらこの世界のことをちょっとずつ書いていこうと思います。まずは技巧編になります。
ノアが冒険者になった次の日の朝、ノアは朝食を取ると早速冒険者ギルドへ向かった。まだ早い時間ではあるが、かなりの数の冒険者が既にギルド内に集まっている。依頼によっては早い者勝ちであるため、それを求める冒険者が早くからギルドに来ているようだ。
ノアが受付に行くと、イルミルは他の冒険者の対応をしている。なので、他の受付へと向かったのだが、どうしたことか、イルミルは切りの良いところで他の人に引き継ぐと、ノアのほうへと歩いてきた。順番待ちをしていた冒険者は、あからさまにがっかりした表情になる。その中には、昨日ノアに絡んできた2人組みの姿もあった。
「おはよう、ノアくん」
「おはよう。依頼を受けたいのだが」
ノアは、依頼についての説明はまだ受けていなかったため、依頼を受けるまでの流れや依頼の種類にかんしてイルミルに質問を行った。
「えっと、まず依頼には大きく2種類あって、1つは常駐型依頼でもう1つは受注型依頼と呼ばれるものよ。常駐型依頼は、右側の掲示板に張られていて、書いてある内容のものをギルドに持ち込んでくれればそれで依頼達成になるわ。持ち込んだ分だけ依頼を達成したことになるけど、同じ依頼は1日に3回分までしか達成できないから注意してね」
常駐型依頼は、魔物の討伐であれば指定された部位を、採取であれば指定された薬草や鉱石などをギルドに持ち込めば、そこで清算が行われ報酬が支払われる。指定された部位は、基本的に価値がなく同じ魔物から1つしか取れないものになる。ただし、場合によっては価値のある部位が指定されている場合があり、その場合は報酬が普通よりも多い。
魔物によっては、素材が高値で取引されるものもいるが、常駐型の依頼に張り出される魔物は基本的に使い道のない魔物ばかりであるため、依頼達成の報酬以上の収入はあまり望めない。買い取りは冒険者ギルドでも行っている。
常駐型依頼の利点は、たまに入れ替えはあるが、期限がなく複数を同時にこなすことができるため、安定した収入を得られる点と、同じ内容がよく張り出されるため、対策が立てやすく安全性が高いという点だろう。冒険者は危険が付きまとう職であるからこそ、少しでも安全が確保できるのはありがたい。
1日3回分までというのは、特定の冒険者が狩り尽くすことで、他の冒険者が依頼を達成できなくなることを防ぐためである。
「で、受注型依頼のほうは、左側の掲示板に張ってあるものね。張ってある依頼書を受付まで持ってきて、依頼内容の詳細や期限を確認してから、ギルド側が許可を出して初めて受注できるわ。常駐型とは違って同時に受けられるのは1つまで、失敗した場合は違約金が発生する、一定以上の冒険者ランクが要求される、といった点に注意よ。基本的には難易度が高いし、とても危険な依頼が多いけど、その分見返りも大きいわね。凄いものになると、1つ達成するだけで数年間は遊んで暮らせるわよ?」
受注型依頼は、常駐型とは違い融通が利かない代わりに大きな利益がある。同じ魔物を討伐する場合でも、常駐型と受注型では収入に3倍以上の差があることもざらだ。まさにハイリスクハイリターンの、冒険者らしい仕事とも言えるだろう。
また、受注型依頼には、常駐型依頼にはないような護衛依頼や偵察以来などもある。依頼の内容によっては、お金以外に要人との繋がりといった見えない付加価値もあるが、失敗した場合は悲惨なことになるだろう。
他にも、依頼とは異なるが王都近辺には2つの迷宮が存在し、そこで魔物の素材や薬草、鉱石といったものを入手できる。1つは比較的難易度が低い学園が管理する迷宮『レニジーブ』、もう1つは冒険者ギルドが管理する迷宮『エタイデマート』だ。基本的には、迷宮内で入手した各種素材を売ることで収入を得ることになる。
迷宮へ入ることができるのは、レニジーブであれば学園生のみ、エタイデマートであれば冒険者ランク4以上の者に限られる。昔は、エタイデマートへの探索に制限はなかったが、あまりにも死者や行方不明者が多かったため、冒険者ギルドが管理を行い入場に制限を設けたのだった。以来、その数はかなり減ったが、それでも結構な人数が毎年迷宮に飲み込まれている。
常駐型依頼よりも多くの収入が見込め、受注型依頼のように縛られることがなく自由に行動できるが、イレギュラーが多く何が起こるかわからない超ハイリスクハイリターンな仕事だ。ランク4以上ともなれば、それなりに冒険者として現実を見てきたはずだが、それでも目が眩んでしまうほどのロマンと魅力が迷宮にはある。冒険者の終着点とも言えるかもしれない。
「何か質問はある?」
「常駐型はランクに関係なく持ち込んでいいのか?」
「禁止はされてないけど…ランク毎に分けてあるから、自分にあったものをやってちょうだい」
イルミルは、実力を勘違いして大怪我をする新人を何人も見てきた。毎回言い聞かせてはいるのだが、どうしても無謀なことをする人間は後を絶たない。冒険者になろうと思ってる人間であれば、それも仕方がないのかもしれないと思うが、だからといって送り出した若者が血まみれになって運ばれてくる姿は見たくなかった。
それに、ノアみたいに綺麗な子が怪我をするのは、本人はともかくとして周りが許さないと思われた。が、当の本人は危険などかけらも気にした様子がない。
「聞きたいことはそれだけだ、ありがとう」
「本当に気をつけてね。危ないと思ったら逃げるのよ。無理はしないでね」
「いってくる」
ノアはさっと掲示板を眺めて、全ての常駐型依頼を記憶すると、入り口のほうへと向かった。
すると、入り口には昨日ノアに絡んだ2人組みが待ち構えていた。昨日とは違い、入り口を塞ぐ形になっているせいで迂回できず、外に出るためにはこの2人をどかさなければいけない。
しかし、ノアは2人組みをどかすようなことをしない。2人組みから少しだけ離れたところで立ち止まると、そのまま微動だにせず2人組みが退くまで待機する。優先すべきことがなければ、ノアは時間に対して凄まじく寛容だった。それこそ、1年だろうが気にすることなく待機し続けるだろう。退屈や苛立ちと無縁のノアは、ただ待機するだけのことに苦痛を感じることがない。
そんなことを知らない2人組みは、ただただ困惑するばかりだった。ノアが来るのを待ち構え、タイミングを合わせて入り口で行く手を阻もうとしたら、少し離れた位置で完全な無表情のまま立ち止まってしまったのだ。話しかけてくるでもなく、逃げるのでもなく、ただただその場で微動だにしなくなる。その美しい顔が、何の感情にも染まっていない様子は、精巧な人形がただそこに存在するかのようだった。
こうなると、2人組みにとっては非常に気まずい状況だ。何がしたいのかは、ギルド内にいる大体の人間が理解しているだろうが、それでも今は何もすることなく入り口を塞ぐただの邪魔なやつらである。逆恨みではあるが、そんな状況を作り出したノアに対して我慢ならなくなった2人組みは、自分たちからノアに対して怒りをぶつけた。
「おい、てめえ!昨日から調子に乗りやがって、多少顔が良いからっていい気になってんじゃねえぞ!」
「先輩のオレらが、礼儀ってもんを教えてやるよ」
ギルド内に怒声が響き渡る。周囲は、迷惑そうにする人、目をつけられたくないと知らぬ存ぜぬを決め込む人、はやし立てる人、様々な反応を見せている。そんな中、ノアはといえば反応することすらしなかった。まるで、草木が風に揺れる様子をただ眺めているだけのようだ。
「聞いてんのかっ!こんガキャあ!」
「どうやら痛い目見ねぇとわかんねぇようだな。恨むならバカなことした自分を恨むんだなっ!」
そう言って、片方の男が青筋を立てながらノアに殴りかかった。それでもノアは、一切動かない。男の拳がノアの顔面に直撃した瞬間、ゴキリと嫌な音がする。殴りかかった男は最初、満足そうな表情を浮かべていたが、指先に走る痛みに気がつくと次第に表情を歪めていく。殴った指を確認してみると、思いっきり殴ったこともあって完全に折れてしまっていた。
「ぎゃああああああっ!?指が、指がぁっ!?」
予想外の痛みに、思わず叫び声を上げてしまう。冒険者なら怪我の一つや二つなどどうということはないはずだが、意識外の痛みは別だったようだ。
無抵抗だと思っていた相手からの思わぬ反撃により、仲間が殴るのを見ていたもう1人の男はさらに激昂してしまう。完全に冷静さを失い、剣を抜くとノアに切りかかった。気付いたギルドの職員が止めに入ろうとするがもう遅い。
「ふざけやがってぇ!もう勘弁ならねぇっ!死にやがれクソガキッ!」
周りで見守っていた人々も、この後の惨劇を想像して思わず目を逸らす。中には悲鳴を上げる人もいた。
「ノアくんっ!?だめええぇぇぇぇええええっ!!」
イルミルも叫ぶが、彼女に止めるだけの力はない。男の振り下ろした凶刃がノアを襲う。そして振り下ろされた剣がノアに触れた瞬間、パキンッと小気味のよい音と共に男の剣が根元から折れた。
「はっ?」
「えっ?」
男とイルミル、加えて周囲の人たちも思わず間の抜けた声を出してしまう。けれども、ノアだけは未だ何の興味もその瞳に映していなかった。
ノアが唐突に歩き出す。2人組みは、悲鳴をあげ動き出したノアを怯えた表情で見つめるが、身体は言うことを聞かずただその場で震えることしかできなかった。ノアが近くまで来たとき、恐怖でギュッと目を瞑るが、一向に何か起こる気配はない。恐る恐る目を開けると、そこには既にノアの姿はなかった。
ノアは2人組みを気にした様子もなく、ただ通れるようになった入り口から、依頼のために外へ出ただけだった。結局、最後の最後まで、ノアが2人組みに関心を持つことはなかった。いつもより強めの風が吹いた、ノアの中ではその程度の出来事が起きただけだ。
いつもなら、夜とはまた違う賑わいを見せる朝の冒険者ギルドが、今日だけはなんともいえない沈黙に支配されるのだった。
ノアにとっては、いつも通り何もない平和な日。王都外壁の門までたどり着くと、衛兵から声をかけられる。
「おう、昨日の白い坊やじゃないか。外に出るのか?」
「そうだ」
「って、装備はないのか?最低限剣と胸当てぐらいは身に着けとかないと、危険だぞ?」
「危険な場所にはいかない」
「そうか、それでも気をつけるんだぞ。王都の近くでも、何があるかわからん。あ、それと、身分証はちゃんと持っていけよ。出るときは問題ないが、入るときは持ってないと入れないからな。まあ、一応魔道具に登録されてるから入れないことはないけど、銀貨1枚必要になっちまう」
「問題ない」
ノアは、衛兵の忠告に短く返すと、ようやく冒険者としての第1歩を踏み出した。特に急ぐ必要はないため、人影が見えなくなるまではゆっくり歩いていく。それでも、普通の人の駆け足ぐらいには速いが、常識外れというほどでもない。
「夜は門が閉まるから、それまでには帰るんだぞー!」
言い忘れてたらしい衛兵のその言葉を背に、王都から最も近い魔物の生息場所へと向かうのだった。
1つ目の狩場へと到着する。薬草が採取できる場所でもあるようなので、同時に薬草を採取しておく予定だ。木々がまばらに生えているこの場所は、そこまで見通しが悪くないため、突然の襲撃はあまり気にしなくていいだろう。そもそもノアに奇襲が通用するかといわれれば、全くもってそんなことはないのだが。
そして当然だが、狩場ということでノアの知覚範囲内にもいくらかの魔物が存在した。冒険者になった者なら、いやそうでなくても最も見たことがあるであろう魔物『ゴブリン』である。小さい緑色の身体、細い手足、最低限の衣服、そして粗末な武器が特徴だ。場合によっては、冒険者の遺品と思われる装備を身に纏っている個体も存在する。
ゴブリンは他に、魔法を扱う個体や、身体が発達した個体も存在するが、この周辺にはいないようだ。ここは本当に、初心者冒険者が訪れる、実力を測るための場所なのだろう。
ノアは黙々と薬草を採取している。普通の人なら見分けられないような薬草であっても、ノアにとっては全く関係なく、入手が難しいとされている薬草もどんどん集まっていった。そこに、当然だが、ノアを見つけたゴブリンの群れが、ギャーギャーとわめき散らしながらノアを指差し、ノアに向かって走り出す。
たった一人で、装備らしい装備も身につけないまま採取している人間なぞ、ゴブリンにとってはいい獲物だ。久々のご馳走にありつけそうだと涎を垂らしながらノアに近づき、そのまま近づいた順番に首と左耳が切り落とされた。切り落とした左耳は討伐を証明する部位なので、ノアは素早く回収して腕輪に保存する。
ゴブリンたちは、何が起きたのか理解できないまま全員絶命した。ノアは血が噴出す首を気に留めることなく、薬草の採取を続けている。はたから見たら、それはそれは恐ろしい光景だった。
雪のような肌、流れるような黒髪、人形のように整った美貌を持つ人間が屈みながら薬草を採取しているところに、ゴブリンの群れが突撃したと思ったら、人間は採取を続けているのにもかかわらず、近づいたゴブリンの首が次々に飛んでいくのだ。しかも、その人間は血飛沫を撒き散らすゴブリンの死体が、まるで存在しないかのように振舞っている。第3者が見ていれば、恐ろしさに腰を抜かしていただろう。
一通り採取を行ったノアは、満足したのか次の場所へと移動を開始する。今日の予定は、ここである程度薬草を集めた後、常駐型依頼に張り出されていた魔物を時間が許す限り狩ることだ。やることが終わればさっさと移動する。急ぐことはしないが、かといって無駄なことを一切しないのがノアである。
次なる狩場、火山に行く途中も依頼にあった魔物を3回分までは狩っていく。火山の麓にある森はなかなかいい狩場で、森の中だけで依頼の6割以上が完了していた。
今のところで一番の収穫は、森に生息する豹型の魔物『フォレストパンサー』だ。緑色に黒色の斑点模様の姿は、薄暗い森の中での視認を困難にし、気配を消す能力もあいまって、ベテランの冒険者ですら不意打ちにより大怪我や死亡することがある。その危険性からランク5に登録される魔物だ。
当然だが、ランク5ともなれば素材はそれなりに高値で取引される。フォレストパンサーで特に有用な部位は、爪、牙、それになんと言っても毛皮だ。毛皮には気配を絶つ効果があるため、隠密用のフードやマントによく加工されている。
それ以外には特に目立った戦果はない。もともと、常駐型依頼に張り出される魔物はランクが低いものばかりであり、フォレストパンサーは少ない例外の中の1つなのだ。ほとんどがランク1~3の魔物で、ランク4の魔物は数種類、ランク5が2種類にランク後が1種類。これが今ある常駐型依頼の内訳になる。
その中の、残りのランク5とランク6を求めて、ノアは火山に来ていた。ランク5の魔物は山の中腹辺りに、ランク6の魔物は気温の高い場所、特に溶岩の近くに生息している。まずはランク5の魔物を狩るべく、ノアは登山を開始した。
5分も経たないうちに、目的の魔物を発見する。岩のような見た目の硬い甲殻に覆われたアルマジロ型の魔物『ロックアーマディロ』だ。その硬い甲殻は鋼鉄の剣すらもはじき、ミスリルでさえ傷をつけるのがやっとと言われている。そのため、討伐には基本的に魔法使いが必須とされる魔物だ。しかも、丸まってから転がる速さは馬よりも速く、押しつぶされでもしたらその結果は火を見るより明らかだろう。
魔法に対する耐性が高くないこと、移動が直線的で対処しやすいことから、ランクは5にとどまっているが、硬さだけならランク7にも匹敵する魔物だ。魔法を使わないノアにとっては、天敵ともなるかもしれない魔物である。
そんなロックアーマディロを前にしたノアは、いつものように警戒する様子も見せず近づいていく。縄張りに入ってきたノアに対して、ロックアーマディロは威嚇するが、当然のようにノアはそれを無視した。
警告を無視した侵入者に、ロックアーマディロは制裁を加えるべく丸まろうとする。そして、丸まろうとして気がついた。なぜ、丸まっているはずなのに視界は明るいままなのだろうか。なぜ、頭のないロックアーマディロの身体が、丸まろうと必死にもがいているのか。しばらくして、ようやく視界が暗くなり、そのままロックアーマディロは絶命した。最後まで攻撃されたことに気がつかないまま。
ノアの依頼進行は非常に順調だった。これからランク6を狩った後、残った低ランクの魔物を帰り道のついでに狩るだけなのに対して、現在の時間は午後2時を回ったぐらいだ。夕方前にはギルドに戻ることができるだろう。
手ごろな洞窟を探す途中、ノアは人間の気配を5人分感知した。さらに、その近くに20体ほどの魔物がいるようだ。だからといって加勢する気も興味もないノアは、そのまま探索を続行する。
程なくして、ノアは5人から少し離れた位置に洞窟を発見した。5人のほうからは「回復頼むっ!」「くそっ!キリがねぇ!」「ごめん、もう魔力が…」「きゃあぁぁあああっ!?」「しまった!?間に合ってくれぇええええ!」などと聞こえてくるようになった。
それを無視して洞窟に入ると、少しだけ熱気を感じる。どうやらここは当りのようだ。そのまま奥へ奥へと進んでいく。何度か魔物が襲ってくるも、ノアの相手にはならない。適当に切り飛ばすと、依頼になっていない魔物はそのまま放置して先へ行くのだった。
奥へと進むにつれ、熱気は増していく。そして、普通の人間には耐えられないほどの暑さになる頃、そこには大きな空間が広がっていた。所々に赤々とした溶岩が流れている景色は、非日常で幻想的な美しさがある。この、美しくも残酷な、死と隣り合わせの灼熱地獄に、ノアの目的は生息していた。
灼熱の炎を身に纏う蜥蜴型の魔物『サラマンドラ』だ。対策をしていなければ、まともに近づくことすらできない高温により、生半可な魔法は当る前に蒸発してしまう。加えて壁や天井を自由に動き回る機動力に、数mもの高さまで届く跳躍力を持つ。力のない人間が遭遇すれば、逃げることすら叶わず黒焦げになり、彼らの胃袋行き間違いなしだ。ランク6にもなると、その凶悪さは折り紙つきである。
その凶悪な魔物がこの空間に10匹以上存在していた。だが、ノアの目的は3匹のサラマンドラである。そんなに多く狩る必要はない。適当に3匹狩ると、後は襲ってきたサラマンドラだけを、手足の1,2本切り飛ばして無視する。力の差を理解したのか、何度か繰り返すと、自分は壁の一部と言わんばかりにサラマンドラたちは動きを止めた。
ノアが外に出ても、まだ5人の戦闘は続いていた。1人は戦線離脱しているため、実質4人か。戦闘中にだいぶ洞窟側に移動していたようで、気配だけでなく目視できる距離になっていた。男性3人に女性2人のパーティーだ。男性の1人が、女性から回復を受けているようだが、ぐったりとしていて動く気配はない。一応息はあるようだ。
魔物のほうも数を減らして、残り10匹もいない。前線を張る男性2人がなんとか押さえ込み、魔法使いの女性が魔法で援護するが、魔力が尽きかけているのか、その魔法は弱々しく有効打を与えられていない。このままいけば、近くないうちに全滅だろう。
彼らが全滅しようがしまいが関係ないと考えているノアは、そのまま彼らの側を通り抜けて王都へと帰ろうとする。そこに、魔法使いの女性から、怒りの篭った声がノアに向けて発せられた。まあ、どう見ても危険な状態である彼らを無視して、近くを通り過ぎようとしていたのだ。ふざけるなと思っても仕方がない。
「ちょっとあんたっ!どんな状況かわかってんの!?」
「死にそうだな」
ノアが答えた瞬間、魔法使いの女性は何を言われたか理解できず、戦闘中だというのに硬直してしまった。今ここを通っていこうとしたこの人間は、自分たちが満身創痍であることを理解したうえで無視していたのか。彼女は、信じられないものを見たような表情をしていた。
「ふ、ふざけないで!あんた、困ってる人を助けようと思わないの!?それでも人間!?」
「なんだ、助けてほしかったのか。ならそう言え」
そこにいる魔物たちは、ランク4の『モンテアント』だ。巨大な蟻型のこの魔物は、集団で狩をする習性がある。さらに、狩が始まる際、数体が仲間を呼びにいくため、時間が経つとその数は凄まじいことになる。200匹以上の群れに襲われ、町1つが壊滅した記録もあるほどだ。しかも、ランク4とはあくまで単体に対する評価であり、群れの大きさによってはランク6にも匹敵する脅威とみなされている。
ノアは、取りあえず全てのモンテアントの頭を切り飛ばすと、動かないように手足も全て切断した。モンテアントは生命力が強く、頭を飛ばしてもしばらく暴れまわるため、手間はかかるが手足も切り落としておいたほうが安全だ。
その様子を、4人は唖然とした表情で見つめていた。5人がかりで全滅しそうになった魔物を、たった1人で数秒のうちに殲滅したのだから無理もない。しかし、ノアはそんなことを気にするようなものではないため、自分のペースで物事を進める。
「ほら、魔法薬だ。これで助けたな」
そう言うと、人数分の魔法薬を渡してさっさと王都に帰るのだった。5人はその後、無事に山を降り森を抜け、2日かけて王都に帰り着くことができたようだ。
日が暮れる前に、ノアは王都の外壁にたどり着いた。帰る途中も魔物を狩って、依頼にあった8割近い魔物を討伐することができた。残りの魔物は、水中に住む魔物や飛行する種類の魔物になるが、効率が悪いと判断したため今回は見送っている。
衛兵に仮証を見せてノアは王都へと入る。ひとまずは冒険者ギルドに行き、依頼の精算をしなければならない。ちなみに、王都への出入りは、正式な身分証であれば提示する必要がない。魔道具により、門を通るだけで、身分証の有無や通った人間の履歴が保存される仕組みになっている。日々技術は進歩し、人々の生活を便利にしているのだ。
ノアが冒険者ギルドへ戻ってくると、イルミルが目ざとくそれを見つけ、ノアに声をかける。ノアの見た目が、どうしても戦うことができる人間に見えないせいで、余計に心配してしまうのだ。
「おかえりなさい、ノアくん。ちゃんと無事に戻ってきたみたいね。それで、常駐型依頼の魔物でも討伐してきたの?」
「ああ、精算を頼む」
「わかったわ、こっちに来てちょうだい」
イルミルは、手招きをしてノアを受付の、ある一角に呼ぶ。少し大きな机が置かれているその場所は、討伐した魔物を証明する部位を提出、鑑定するための場所である。中型の魔物ぐらいであれば、そのまま載せられるぐらいには広い。
「ここに魔物の部位を置いてくれる?」
「ここだな」
ノアが、討伐した魔物の部位を置き始める。最初はうんうんと頷いていたイルミルは、次に感心したような表情になり、そして狼狽した様子になると、最後は青くなっていた。
「ここに載らない分はどうする」
ノアに声をかけられて、イルミルははっと我に返る。これ以上、この子は一体何を討伐してきたと言うのか。そこでふと気付く、載らないということは魔物をそのまま持って来たに違いない。そして、常駐型依頼にある魔物で、そのまま持って帰ることを推奨されているのは、高ランクの3種類だったはずだ。
どうやって討伐したのか、どうやって運んでいるのか、軽い頭痛に襲われながら、イルミルはなんとか頭の中で情報を整理していく。ひとまず誰かにギルドマスターを呼んできて貰い、その間に今提出されている魔物の部位を精算する。これがいいと判断した。
「…ちょっと待っててね。ギルドマスターを呼んでくるわ。待ってる間に、今提出されている分の精算もしておきましょ」
ギルドマスターが到着するまで、討伐した魔物の精算が行われる。イルミルが知っている限りで、1度に、しかも1日でここまで大量の魔物を討伐したのはノアが初めてだ。戦争が起きていた頃は、それこそ魔物の侵攻などにより、1日数千の魔物を撃ち滅ぼす猛者がいたらしい。だがそれは、あくまで昔話でありおとぎ話の世界だ。
数えてみると、ノアは612体の魔物を討伐していた。いくら報酬が安い常駐型依頼でも、ここまで多ければかなりの額になる。特にランク4以上の魔物は、それなりに高い報酬が設定されているため、今回のノアの報酬は合計で約金貨2枚に銀貨70枚となった。一般人なら、これで2,3年は遊んで暮らすことができる額だ。贅沢をしなければ10年は普通に暮らせる。
「精算も終わったみたいだな。よう、坊主!なかなか稼いでるじゃねぇか!」
精算でそれなりに時間がかかったにもかかわらず、ちょうどよさそうなタイミングで、ギルドマスターのゴンソウルがやって来た。実はタイミングを計っていただけで、精算が半分程度終わったぐらいから、ずっと気配を消して少し離れた位置に待機していた。ちょっとだけ、ちょっとだけ誰かに気がついてほしいと思っていたが、肝心のノアが無視してしまったため、1人寂しく待機していたなんてことはない。ない、はずだ。
「そんで、どうしたんだ?」
「ノアくんが魔物をそのまま持ってきたそうなので、買取場所への案内と、ついでに今後についてノアくんと話していただきたいと思いまして」
「なんだなんだ一体。それで、坊主は何を持ってきたってんだ?」
「後は、フォレストパンサー、ロックアーマディロ、サラマンドラだな」
「…よし、着いて来い」
聞いた瞬間気が遠くなりかけたイルミルを放置して、ゴンソウルとノアは冒険者ギルドにある買取場所まで移動する。ゴンソウルのほうは、意志の力でなんとか平静を装うことに成功していた。
しばらく歩くと、倉庫のような場所に到着する。ここが魔物の買取場所、兼解体所になる。現在は、ちょうど依頼の報告が頻繁に行われる時間帯ということもあり、数人の男性が忙しなく動き回り魔物を解体していた。大きくても中型の魔物しかいないようだ。
「ゴンソウルさん!珍しいっすね、ここに来るなんて」
「ああ、こいつが何体か持って来たらしくてな。買い取りついでに、ちょっと話をしなきゃなんねぇんだ」
「おうっ!?こいつは別嬪さんじゃねぇっすか!?どこで知りあったんで?」
「こいつは男だぞ。よし、坊主、ここに魔物を出してくれ」
「わかった」
ゴンソウルに話しかけてきた男が、ノアを見ながら「えっ、男?えっ?」と言うのを無視して、ゴンソウルはノアに魔物を出すよう指示を出す。それを受けて、ノアはフォレストパンサー、ロックアーマディロ、サラマンドラを3体ずつその場に並べた。どれも、綺麗に切断された首と一緒に並べられている。
取り出された魔物を見たゴンソウルは、「うぅむ…」と唸りながらしきりに感心している。
「どれも見事な切り口だ。少しでもぶれたらこうはいかねぇ。切り終わる最後まで、刃を通す速度も落ちてねぇんだろうな。それに、坊主はマジックバッグも持ってんのか。随分と性能がよさそうで羨ましいぜ」
「うぉお!?これ、サラマンドラじゃないっすか!?解体なんざ、2,3ヶ月ぶりっすよ!腕が鳴るっすね!」
ランク6ともなれば、解体する機会はかなり少ない。ランク7になると、半年に1体ぐらいのペースになる。ランク8だともはや、ランク8の魔物全体から1体が1年に1回討伐されるかどうか程度になり、ランク9になれば数十年に1体と言われている。そもそも、討伐しなければならないランク9が出現するとは、それ即ち大陸あるいは世界の危機と言っても過言ではない。現状、討伐できる人間が世界に5人しかいないのだから無理はないだろう。
「あーくそっ!ダメだ。俺は頭がよくねぇから、いい案が思いつかねぇ!坊主、明日また俺ん所に来てくれねぇか?それまでにしっかり考えとくからよ」
「いいぞ」
「まぁ取り合えずだ。坊主、おめぇが今日やったのはとんでもねぇことだ。今はまだいいが、噂が広まりでもしたら面倒なことになる。だからなんか考えなきゃいけねぇが、今はなんも思いつかん。話があるっつったのにすまんな」
特に断る理由もないノアは、ゴンソウルの言葉に頷く。ゴンソウルがノアに依頼の報酬と、魔物の代金を支払うと、そのままノアは宿屋へと帰るのだった。
ゴンソウルは心配だった。ノアという少年は、持っている力を自覚していながら、常識と言うものを一切知らない。多少は知っているようだが、普通の人間からすればほんの一握り程度だ。もし噂になって、存在を知った誰かに利用されたら。そう思うと冷や汗が止まらなかった。
ランク6を独力で倒すことができるなら、間違いなく冒険者ランク7以上の強者と言える。いや、圧倒することができるなら、ランク8にも匹敵するはずだ。そうであれば、ゴンソウルでさえノアを止めることはできない。王都でノアを止めることができるのは、騎士団総長だけだろう。だがそれも、あくまでノアを過小評価した場合だ。
最悪の事態を頭の中から振り払うように、話を聞いていた部下に声をかける。
「おめぇも、坊主のことあまり言いふらすんじゃねぇぞ?」
「うっす、わかってますよ!その代わり、良いのが入ったらオレに解体させてくださいよ!」
「おう、わかってるよ!」
本当に良い部下に恵まれた。心配事を吹き飛ばすような気のいい返事を聞いて、思わず目頭が熱くなる。年は取りたくないものだ。
明日のことを優秀な部下の1人に相談すべく、ゴンソウルは受付のほうへと歩き出す。その姿は、心なしか嬉しそうだった。
・『挟撃』…武術技巧の1つ。武器種は剣が基本だが、他の武器でも可。異なる武器種で複数回達成することはできない。この技巧は、2回の斬撃を0.05秒以内に行う。2回目は、1回目の方向に対して反対(150度から210度の間)から行わなければならない。
・『連突』…武術技巧の1つ。武器種は剣が基本だが、他の武器でも可。異なる武器種で複数回達成することはできない。この技巧は、2回の刺突を0.03秒以内に行う。2回目は、1回目と同じ箇所に行わなければならない。




