第3章 第1話 ノアの冒険者登録
第3章の始まりです。
設定を考えてる間って、どうしてこんなに楽しいんでしょうね。
某TRPGでもオリジナルの技能や流派、種族を作って遊んでいました。凝りすぎて複雑になってしまうまでがテンプレです。シンプルイズベスト!
ノアが大通りを歩く。
大切な人と一緒にいないときノアは完全に無表情だが、その美しさは全く損なわれず、人形のような美貌が道行く人の視線を釘付けにしている。
ノアが向かっている先は冒険者ギルドだ。場所は覚えている。王都には1度しか来ていないが、ノアにはそれで十分だった。
ノアが冒険者ギルドの扉を開いて中に入ると、ちらりとノアを見た冒険者がすぐに興味をなくして会話に戻る。などということはなく、二度見した後に驚愕の表情で硬直していた。男性も女性も関係なく、ノアの容姿に見惚れてしまっている。
それを、ノアは気にした様子もなく受付へ歩いていく。
「本登録をしにきた。これが仮登録のカードだ」
そう言って、受付の女性にカードを差し出す。受付の女性は、なんとか平静を装っていたものの、ノアの声を聞いて決壊してしまい硬直する。その表情は、もはや何を信じていいのかわからないといった様子で、疑問に塗りつぶされていた。
そこに、硬直した受付嬢よりも立場が高いであろう女性がやってきて、対応を引き継ごうとし驚いた表情になる。ただし、他の人とは理由が異なった。
「あら?もしかして以前に仮登録してた、白い少年じゃない?」
この女性は、ノアたちが以前王都に来て仮登録を行った際、その説明をしてくれた受付嬢だ。今では、受付の従業員を取り仕切る立場になっている。
「そうだ。本登録を頼む」
「あら、登録してくれるんだ。嬉しいけど、しないって言ってなかったっけ?気が変わったの?」
どうやら、以前ノアが言ったことを覚えていたようだ。どうしたのかと、ノアに尋ねてくる。ノアとしては答える必要性を感じないが、答えるのが普通であると教わっているため、それを実行する。
「来年から学園に通う。その間の繋ぎだ」
「へ?学園に通うの?でも、年齢的に無理なんじゃない?」
確かに、学園への入学は10歳で下級部に所属するところから始まり、そのまま中級、上級へと上がっていくため、中級、上級の入学試験などはない。例外として、他の学園から転学してくる場合はあるが、それでもいずれかの学園に通っていたという実績がある。学園と全くの無関係な人間が途中から学園に所属するなど、国中のほとんどの人間が耳にしたことのない話だ。
しかし、実はどの学園にも、編入のシステムが存在している。基本的に、平等を前提とした学園は、たとえ相手が貴族階級であっても、贔屓することはないが、力のある立場の人間から推薦を受け、推薦を受けた本人も一定以上の素養を身につけている場合は、編入することが認められる。
これは、普通に入学するよりも遥かに難しいため、利用する人間はほとんどいない。一応、数年に1回は編入を希望する者が出てくるが、ここ100年ほどは合格者がいない。そういうこともあり、このシステムを知っている人間はほとんどいないのだった。
「俺は編入だ」
「え、そういうシステムがあったの?初耳だわ…」
ということでノアは編入するわけだが、ノアを推薦したのは3人だ。ベルライト、ミルフェ、それからヴィオラになる。ベルライトが、ミルフェとヴィオラに頼んで推薦をしてもらった形になる。
この推薦は破格のものだった。元とはいえ冒険者ランク7が1人に、現役の賢者が2人である。賢者が1人でも推薦すれば、受けた人間はよほど悪くない限り合格できると言ってもいい。なのにそれが2人、加えて元ランク7の冒険者だ。推薦状を受け取った学園長が、一体どんな怪物が編入するのか戦々恐々としたのも無理はない。
だが、ノアはなんでもない話とばかりに、実際に何も感じていないが、登録の話に戻すのだった。
「それより登録だ」
「あ、そうだったわね。えっと、この用紙の項目を埋めてちょうだい。説明はいる?」
「必要ない」
「それじゃ、お願いね」
用紙に書かれている項目は「名前」「種族」「年齢」「性別」「スキル」「適性属性」「戦闘スタイル」「特技」「備考」になる。最低限名前さえ書けばいいが、基本的には備考以外の項目は書かれる。当然、理由があって項目が存在するからだ。
まずは名前だが、これは単純に個人を特定するためだ。ギルドからの呼び出しがある場合も、基本的に登録された名前が用いられる。ちなみに、正確な特定を行う場合は、ギルドカード作成時の血液と魔力によって行う。
種族、年齢、性別は、余計ないざこざを防ぐために、ギルドからパーティーメンバーを募集している冒険者へ紹介するときに用いる。種族による文化の違いを気にする人や同年代でパーティーを組みたい人、それから女性が安心してパーティーを組めるようになどが挙げられるだろう。
ところで種族だが、この世界には多くの『人間』に分類される種族が存在する。
サクラやサンサーシャ、それにノアのような『人族』が最も高い割合を占める。『只人族』とも呼ばれることがあるが、これは人族を下に見る表現であり、使い方によっては争いの種にもなりかねないため注意が必要だ。基本的に、人間の能力は人族を基準として考えられる。
次に人口が多い種族は、『獣人族』だ。獣耳に尻尾や体毛、鱗、角など多種多様な外見的特長を持っている。特長によって、『猫人族』や『犬人族』と呼ぶこともあるが、その場合の人口に占める割合はかなり低くなる。また、人族と比較して、身体能力が高く魔力が少ないといった特徴もある。
続いては、ワカナのような『森人族』や『岩人族』それから『魔人族』となる。森人族はいわゆるエルフであり、長い耳と高い身長、スレンダーな体系、1000年という長い寿命が特徴だ。人族と比較して、魔力が多く身体能力が低い。しかし、魔力による身体強化が行えるため、決して非力というわけではない。蛇足だが、ワカナは意外とスタイルが良く、何がとは言わないが人族の平均より大きい。
岩人族は、低い身長とがっしりした体形が特徴のいわゆるドワーフだ。髭を伸ばす文化があるだけで、特段毛深いというわけではない。寿命は200年程度になる。人族より高い筋力と同程度の魔力を持つが、足が遅い。
魔人族は、人族と似たような体系をしているが、肌が青白く人によっては尖った牙や爪、角、羽、尻尾といった特徴がある。潜在能力が高いほど、このような特徴が見られる。人族よりも多い魔力、500年と長い寿命を持つが、血の気が多く寿命以上に早死にしやすい。
他にも、非常に高い能力を持つ『龍人族』や褐色の肌を持つ『闇人族』、長い時間を水中で過ごす『水人族』などのような、人口が非常に少ない種族がかなりの種類存在する。
スキル、適性属性、戦闘スタイル、特技も、パーティーメンバーを募集している冒険者への紹介に用いるが、種族などとは違い、そのパーティーに必要であったり欠けていると思われる人材を、ギルドが独自に選出する際に使用する。どのようなスキルを持っているといったことは、冒険者たちに直接詳細を話すことはなく、あくまでギルド側が、紹介する時の判断材料として利用する。
ここで、スキルとはなんなのかだが、スキルとは1人1人が持つ才能あるいは得意分野のようなものである。走るのが速い、絵がうまい、指先が器用、そういった才能の魔力版と言えるものだ。例えば、身体能力強化のスキルを持っていれば、その人が持つ様々な能力から見て魔力による身体強化の効果が高く、使用する魔力量に対する効率も良い。
ただし、あくまで個人個人で最も得意なものは何かを示しているため、スキルを持っていなくとも、持っている人間と同じだけの力を発揮することは訓練次第で可能である。複数の優れた点があったとして、最も優れているものがスキルとして認識されるだけなのだ。ゆえに、複数の同じぐらいの才能を持っている場合、スキルを判定する神器がうまく動作せず、スキル不明になることがある。
そしてオリジンとは、その才能が一般的に見て異常とも言えるほど優れていたり、まねできないほど特殊なスキルに対して使われる。稀にいる、異常に足が速い人間や非常に運が良い人間を見たことがあるだろう。一応、オリジンと呼ばれるものであってもスキルの一種であるため、理論上スキルがなくても再現可能と言われているが、オリジンを再現できる人間は今までに観測されていない。
適性属性はそのままだ。その人の持つ魔力が、どの属性に変化しやすいかを表す。これも才能の一種であるため、スキルとして持つ人間は多い。しかし、どの属性の魔法が使えるかは大切な要素なので、スキルとは別に情報が管理されている。
戦闘スタイルもそのままだ。どの武器を使うか、魔法による遠距離攻撃をするのか、援護や補助を行うのか、といった情報をギルド側が把握することで、紹介の際の判断材料として大いに役立っている。
特技は、他の3つの内容に含まれないその人ができることを追加で書く項目になる。探索が得意、料理が得意、魔法薬の作成ができる、などなどパーティーを組む利点を書かれることが多い。
ノアは、当然のように最低限の名前だけを書くと、受付嬢に用紙を渡す。
「そうだわ、ノアくんだったわね。それにしても、何年も受付をしてきたけど、名前しか書かないのはあなた以外見たことないわ。書いたほうがいいと思うけど…」
「必要ない。発行してくれ」
「もう、仕方ないわね。情報は変わってないし、仮証を使って…これでよし。はい、これが本登録のギルドカードよ。ランクは1から、これからよろしくね、新人さん」
受付嬢が、ウインクをしながらギルドカードをノアに渡す。とうとうノアは、冒険者ギルドへ正式に登録されたのだった。
「それで、今日はもう夜になるから、依頼を受けるのは明日以降にしなさい。私がお勧めを紹介するわ。っと、名前を教えてなかったわね。イルミルよ、覚えておいてね、ノアくん」
「イルミルだな、明日また来る」
そう言ってノアが出て行こうとすると、イルミルに呼び止められた。どうやら言い忘れたことがあったようだ。
「ノアくん、宿泊する場所は決めてるの?もし決まってないなら、通りに出てから左手に見える『蒼の水鳥亭』がお勧めよ。私の紹介って言えば、悪いようにはされないはずだわ」
「蒼の水鳥亭か、わかった」
「あ、そうそう、ノアくんは技巧を何か使える?」
もう1つ忘れていたことがあったらしい。
技巧は、武術技巧と魔術技巧の2つに分類される。武術技巧は、魔法を使うことなしに使用できる技術のことで、魔術技巧は、魔法を使うことを前提とした技術だ。武術技巧は、魔法を使って再現した場合でも、その武術技巧が使えるとみなされる。目的とされる結果が得られれば問題ない。
例えば、武術技巧には『連撃』と呼ばれるものがあり、同じ箇所に0.03秒以内で一定以上の威力を込めた2回攻撃を行うという技術になる。これは、魔力による身体強化だけでなく、強化魔法による強化や、使えるのであれば時間魔法による『クイックセルフ』によって、自身の時間だけを加速して再現してもいい。
魔術技巧は、魔法なしでは成り立たない技術である。『連続魔法』のように、0.06秒以内に同じ魔法を使うものや、『混合魔法』のように異なる2つの魔法を合成する、などいずれも魔法の使用が前提だ。
「使えるが、どうした」
「あら、本当に使えるんだ。えっと、ランクアップの足しになるから、試験を受けてみない?使える技巧の種類によって、次のランクアップに必要なポイントが、割合で少なくなるのよ。今日はもうクエストを受けるには遅いし、ゴンソウルさん、あ、ギルドマスターのことね、も暇してると思うから、どうかしら?」
どの技巧が使えるかの認定試験は、ギルドマスターあるいはランク7以上の冒険者でギルドに認められた者が試験官となって行われる。一定以上の実力がなければ、受験者の技が技巧と認められるまでに昇華されているか判断がつかないせいだ。
「ふむ、受けておこう」
「よし、それじゃあちょっと待っててちょうだい。すぐに呼んで来るわ」
イルミルがゴンソウルを呼びにいく間、待機しているノアに多くの視線が集まっていた。もともと、会話中も相当な数が集まっていたが、会話の内容を聞いたこともあって、さらに多くの視線が集まることになったのだ。冒険者ギルドに登録したてで技巧を扱えるものは少ない。それと、ギルドの看板であるイルミルに、あんなぶっきらぼうな態度をとる人間もいなかった。いくら見た目が良いとはいえ、イルミルのファンからは多少なりとも恨みを買っていた。
「おう、待たせたな!久しぶりじゃねぇか、坊主。よし、こっちだ」
「それじゃ、ノアくん。頑張ってね」
ゴンソウルと共にノアが訓練場へと向かう。ゴンソウルも、自分を打ち負かした人間ということもあって、ノアのことを覚えていたようだ。
「いやぁ、おめぇさんみたいな逸材が入ってくれる気になって助かるぜ。最近はどこのギルドも人材不足だからな!それで、どの技巧に挑戦するんだ?」
「武術技巧だ」
ゴンソウルとしては、その武術技巧の中で何に挑戦するかを聞きたかったわけだが、どうやらうまく伝わってなかったようだ。
「その中で何にするんだ?」
「武術技巧と言った。全部だ」
なんと、ちゃんと伝わった上での言葉だったようだ。冒険者ギルドに登録した直後に、全ての武術技巧に挑戦すると言ったのは、ノアが初めてだ。ゴンソウルでさえ、技巧の判定はできるが、全ての技巧は使えない。そもそも、半分だって使えれば異常なのだ。剣を極めたからといって、弓まで極めているわけがない。ついででできるほど、技巧は生易しい技術ではない。
「本当に全部やるのか?」
「言ったはずだ。それで、始めていいのか?」
「…わかった、まずは剣の『連撃』からだ!気合入れてけよ!」
そして、2時間にわたって認定試験は続き、最後の『天翔駆』と呼ばれる、空中を一定以上の速さで移動し、地面に降りることなく3回以上方向転換する技巧を終えて、今回の試験が完了した。
「本当に、できるもんなんだな…よ、よし、戻るぞ。カードにも登録しなきゃなんねぇからな」
かつて、武術技巧を全て修めたのは、ランク9の冒険者が1人『朝露の翁』と呼ばれる老仙人ただ1人だけである。ゴンソウルも彼の戦う姿を1度だけ見たが、あれほど美しい戦い方を見たことはなかった。感動すら覚えたものだ。
「イルミル、こいつが認定のリストだ。カードに登録してやってくれ」
「了解しました。それにしても、意外と時間がかかりましたね。どれど…ほぇっ!?」
「静かにしろ。わかってると思うが、ばらすようなことはすんなよ」
「は、はい…わかっております…」
大声を上げそうになったイルミルに、ゴンソウルが釘を刺す。ギルドの信頼にもかかわるのだ。よくよく気をつけなければならない。
「それじゃ、ノアくん。カードを貸してもらえるかな?」
「ああ」
震える手で、イルミルがノアからギルドカードを受け取る。彼女は、未だかつて武術技巧を全て扱える人間など見たことがなかった。まさか、15歳で成人なりたての女の子みたいな男の子が、それを達成できるとは。
登録を終えて、ノアにギルドカードを返す。イルミルは、こんなに疲労感を覚えたのはいつ以来だろうかと、半ば現実逃避しかけていた。
「はい、登録が終わりました。お返ししますね」
「また明日来る」
「はい、お待ちしてます」
ノアは気にもしなかったが、なぜかイルミルは敬語になってしまっていた。実際に登録してみて、その数に圧倒されたようだ。
そのままノアが受付を離れようとすると、2人組みの冒険者がノアの前に立ちはだかる。イルミルのファンであり、ノアの態度が気に食わないと感じた冒険者だ。ランクは2人とも4でそれなりに優秀な冒険者である。ベテランと呼ばれるランク5までもう少しらしく、ランク5になったらイルミルに告白しようと考えているようだ。
「おい、坊主。ちと面貸せや」
「まさか逃げねぇよなぁ?」
なまじ実力があるせいか、ノアのことを心配そうに見守る者は多いが、助けに入ろうとする者はいなかった。2人組みの素行が普段からあまり良くなく、逆恨みされたらたまらないというのもあるだろう。
しかし、イルミルはそんなことを気にするような立場ではない。2人組みを注意しようと口を開きかけて、そこで気がついた。ノアは既に、ギルド入り口のドアを開けて外に出ようとしていたのだ。2人組みも完全に混乱してしまい、状況を全く把握できていない。突然目の前からノアが消えてしまい、目を白黒させている。
そして、イルミルから不審な目を向けられていることに気がつくと、ばつが悪そうに元いた場所に戻っていくのだった。ノアに対する恨みを、より募らせながら。
ギルドを出て、ノアはイルミルに言われた宿、蒼の水鳥亭へと向かう。夜を迎えた通りは人こそ少ないが、料理店や酒場などはむしろ賑わいをみせ、夜の静けさを全く感じさせない。ノアはその賑わいをみせる宿屋の1つに入っていった。
中では、看板娘と思われる可愛らしい青髪の女の子が、同じく美しく長い青髪の女性から料理を受け取って客に運んでいた。この店も酒類は提供されているみたいだが、酒がメインの酒場とは異なり混沌とした喧騒は繰り広げられていない。純粋に料理を楽しみ、会話を楽しんでいるようだ。
そこで、入ってきたノアの姿に気がついた看板娘が、元気よくノアに挨拶する。料理を運ぶ途中のため、ノアのことをよくは見ていなかったようだ。おかげで、運んでいる料理を落とすような粗相はしなかった。
「いらっしゃいませー!少々お待ちくださーい!」
その間に、ノアは受付と思われる場所まで歩いて行っていた。そして、その姿を見た客が、手に持っていた食器を取り落として硬直する。さらにその様子を見たほかの客が、不審に思って硬直した客の視線を追ってまた硬直する。そんな光景がそこらで繰り返されていた。
料理を運び終わって、ようやくノアのほうを見た看板娘もまた硬直してしまった。急いでいるわけではないため、ノアは気にする様子もなく待っているが、固まった空気はなかなか流れてくれることはなかった。
しばらくして、ようやくその流れを断ち切る声が厨房のほうから聞こえてくる。先ほど看板娘に料理を手渡していたこの宿の女将が、突然静かになった室内を不審がって、次の料理を手にしつつ出てきたのだ。
「どうしたの、突然静かにしちゃって?それとアルクア、次の料理ができたから早く運びなさいな。あら、綺麗な子ね。食事かしら?それとも宿泊?」
「宿泊だ。取りあえず1週間分頼む」
「はいはい、ちょっと待っててね。アルクア、早く運んでちょうだい。えっと、宿泊だったわね」
アルクアと呼ばれた看板娘は、はっとした表情で硬直から立ち直ると、慌てた様子で料理を客の下へと運ぶ。同時に客のほうも我に返る。室内に再び賑やかさが戻ってきた。
「お名前はなんですか?」
「ノアだ」
「ノアさん、っと。1週間の宿泊ですね。代金は1日銅貨30枚で、先払いになります。食事は朝と夜の2回、料理の内容はメニューから好きに選んでもらえますが、3品以上は別料金がかかるので注意してくださいね。それと、身体を洗いたい場合は、裏庭に場所があるのでそこでお願いします」
ノアが1週間分の代金として、銀貨2枚と銅貨70枚を渡すと、女将はそれを確認しノアに鍵を手渡す。ノアは鍵を受け取ると、勧められるがままに料理を注文して、食事を取ることにした。今日のお勧めは、フライングラビットのシチューだそうだ。ノアとしては別に食事を取る必要性を感じないし必要もないが、人間らしくあるために食事を取ると決めている。
アルクアがノアに料理を運んでくると、彼女はそのままノアの隣に座って話しかけてきた。注文が一旦途切れたこともあり、女将からは許可をちゃんと貰ったらしい。ノアがこの宿に初めて来たことと、見た目は絶世の美女で少々近寄り難かったが、年齢も近いだろうということで話をしてみたかったようだ。
「えっと、ノアさんだったよね。わたしと同い年ぐらいに見えるけど、いくつなの?あ、わたしは今年で16なんだけど」
「15だ」
ノアが答えた瞬間、アルクアが停止した。その様子をノアは気にすることもなく、黙々と食事を取り続けている。よく煮込まれた野菜のうまみと、普通の兎よりもっちりとして脂肪分を含んだ肉は、食べた客にこの上ない満足感を与えるが、そんな感想と無縁のノアは無表情のまま淡々と口に運んでいた。
しばらくして再起動したアルクアは、なんとかノアとの会話継続を試みる。
「はっ!?ノアさんって、男の子だったの?それとも声だけ変えてるとか…」
「男だが」
「ほぇぇ、こんなキレイな男の子初めて見た…それに年下だったんだ。落ち着いてるからむしろ年上だと思ってたよ」
ノアほど綺麗な男性を見たことがないとアルクアは言うが、そもそも女性を含めてもノアほど綺麗な人物を見たことはなかった。この国の女王や王女、それにアイドルと呼ばれる人たちも相当な美人だが、ノアの美しさは彼女たちと比較しても群を抜いている。まるで、おとぎ話に出てくる女神のようだ。
「ところで、王都には何しに来たの?よく成人してすぐ冒険者になりに来る人がいるけど、ノアくんはさすがに違うよね?だって、こんなにお肌キレイだし」
ノアが男性かつ年下だと判明したからか、アルクアはノアのことを君付けで呼ぶようにしたようだ。
確かに、ノアの姿を見て冒険者を連想する人はいないだろう。戦う人間にしてはあまりにも綺麗な肌は、どこかの箱入り娘だと言われたほうがしっくり来る。ここに来たのも、家出のために来たと言われたほうがまだ納得できるというものだ。
「冒険者だ」
「えええぇぇぇぇえええええっ!?ノアくん冒険者になるの!?そんな危ないことしないで、もっと別のところで働こうよ。ノアくんなら、どこのお店でも人気者だよ?なんならうちでもいいし」
ノアが戦えると思わないアルクアは、心配して別の仕事を進めるが既に冒険者になった後だ。それに、ノアは冒険者の仕事を危険だと思っていない。そもそも、ノアを傷つけられる存在など、いたらいたでそれこそ大事件になっている。それが魔物なら、国1個が滅びる覚悟が必要だろう。
「え、もう冒険者になっちゃったの!?あ、危ないんだよ?大丈夫なの?」
アルクアは心配するが、ノアは気にする素振りも見せない。その後も彼女との会話は続くが、ノアは淡々と答え淡々とシチューを食べ続けるのだった。里の住人以外との会話は、まだまだ拙いようだ。
ノアは何も感じていないと思っているが、思っているだけだ。
岩を水滴が削るように、周囲はノアに影響を与える。
ノアの心もいずれは――




