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壊れた英雄は世界を護る  作者: 江藤直哉
第2章 隠れ里の貴族
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第2章 昔話 最凶の兵器

 ちょっとした昔話です。

 表現の勘違いや内容の不整合をちょくちょく見つけ、発見次第修正しています。

 いかに文章力や知識がないかわかると共に、勉強ができるのはいいことですね。デモハズカシー

 薄暗い部屋の中、1人の子供が閉じ込められていた。

 その子供は部屋の中央、魔法陣の上に座っている。子供に抵抗の意思はないが、万が一のことを考えて、両手両足と首が鎖に繋がれている。

 同じような部屋が、この施設内には無数に存在していた。


 ここはとある研究施設。表向きは医療魔法および魔法薬の開発だが、実態は人体実験および生体兵器の開発だ。生体兵器に関しては、一時期、魔物や幻獣を主な対象としていたが、伸び(しろ)という点で人間が最適であるという研究結果が出てからは、人間のみを対象に選んでいた。これにより、人体実験が以前に比べ活発になり、日々多くの人間が仕入れられていた。

 今はあちこちで戦争が起きているおかげで、仕入先に困ることはない。無茶な実験を繰り返して使い潰してもすぐに補充できるこの時代は、研究者たちにとって黄金時代と言っても良いだろう。


 そんな研究施設の一室で、研究者たちが話し合っている。いつもは、あの検体はどうなっただとか、あの魔法は完成したのかとか、ごみの処理が面倒だとかそんなことを話しているのだが、今回は違った。


「あの24番、もしかしたら当たりかもしれない」


 その言葉がとある研究者の口から発された瞬間、室内にどよめきが起きた。終わりの見えなかった研究に、ようやく一筋の光が差し込んできたのだ。そして、この研究が完成した(あかつき)には、彼らの名は永遠に歴史に刻まれることになるだろう。


「おめでとうございます、所長」

「ようやくこのときが来たのですね」

「おいおい、まだそうと決まったわけじゃないんだ。気が早いぞ」


 部下の言葉に、苦笑しながら答える彼は、この研究室説を預かる所長だ。神をも殺すことができる最高の兵器を作るべく、日々研究に明け暮れている。

 しかし、ある程度の理論は確立したものの、耐えられる検体に恵まれず、あまり成果を得られないまま10年以上も経過してしまっていた。よくもまあ首にならずにすんでいるものだと、自分のことながら呆れてしまう。


「これから忙しくなるからな。お前たちには期待しているぞ」


 部下に向かってそう言うと、気合十分といった返事がくる。もしかしたら、などと慎重な言葉を使いはしたが、あれは間違いなく当りだ。所長はそう確信していた。


 半年後、研究所の方針が一新された。多くの検体を対象に、様々な実験を平等に行っていた今までとは異なり、当りを1番において、当りを含めた数体にはうまくいった成果を適用し、それ以外は新たな実験の被検体とするようになった。その被検体の数も減らして、メインの数対を成長させるための餌を集める。

 研究所のあちこちで、忙しそうに研究者が走り回っている。今までの、モニターを相手にデータを取り続けていた日々とは大違いだ。


「ふぅ、ようやく一段落ついたな…」


 椅子に座る所長は、カップを片手にモニターに映る当りの姿を見る。少年とも少女ともつかないその姿は、実に人間離れしている。あまりにも整った顔立ちは、見たこともない神々を連想させた。

 もちろん、見た目で当りだと決めたわけではない。あれは、そんな生易しいものではなかった。凄まじいまでの再生能力は、身体が弾け飛ぼうが体内が溶けようが死なないという不死を実現し、その魔力量は今まで観測したあらゆる生物よりも膨大だった。まさに人間の形をした化け物である。

 特にこの再生能力は魅力的だ。僅かでもリターンがあれば、リスクを気にすることなく研究成果を取り入れることができるのだ。スペアとして他にも数体用意はしているが、あれに取って代わることはできないだろう。格が違いすぎる。


「おっと、今日のα(あるふぁ)の餌を決めなくては」


 当りはα(あるふぁ)と呼称されるようになっていた。今まで全ての検体を番号で管理していたが、メインの数体がそれらと混同されないように、有用性で順番をつけα(あるふぁ)β(べーた)γ(がんま)…のように管理することが決められた。が、人によっては癖が抜けず、1番目になった当りを1番(ファースト)と呼ぶこともあった。

 そして餌とは、他者の魂を食らうことにより魔力を強化するという研究成果の、食わせる対象のことを指す。魔力の質が良いもをできるだけ選んでいるが、質が良いとは(すなわ)ち強い存在であることと同義であるため、捕らえるのにも一苦労だ。

 場所を選ばずにできればいいのだが、今のところ設備が必要なため、そこまで連れてきてから食わせる必要がある。それなりに強化した検体たちで大抵何とかなるが、どうにもならないときはα本人に持ってこさせている。死ぬことは心配していないが、万が一暴走したことを考えると、あまり外に出したくないのが本音だ。

 ぱらぱらと書類の束をめくる。その中である1体が所長の目についた。最近世界中で目撃情報が増加している、白い殻のようなものを纏った魔物である。殻の下は、今まで確認されてきた魔物と同じ姿をしているが、一回り以上も大きく魔力も桁違いに多い。捕まえるために、検体を何体か失ってしまった。一部では邪神の眷属などと言われているが、真偽のほどは定かでない。


「ふむ…おもしろそうだな。よし、準備を始めるぞ」


 所長は、立ち上がりながら数人に声をかける。部下に魔物を設備へ用意させ、自分はαを連れて行くのだ。

 αが管理されている部屋のドアを開け鎖を外して指示を出すと、α(あるふぁ)は所定の位置へと向かった。少々まどろっこしいが、万が一を考えるとどうしても手間をかけなければならなかった。所長自身が直接指示を出すのも、普段魔法を使わせないのも仕方がないと割り切るしかない。

 成りすましの防止、魔法による事故の防止。何年もかけてようやくここまで漕ぎ着けたのだ、失敗は許されない。


 広い部屋にαが入れられる。今のうちに、今回の趣向を考えなければ。しばらく考え内容を決定すると、所長はαに指示を出す。


「α、今回の戦闘では魔法の使用を禁止する」

「命令を確認。承認」


 捕まえるのに苦労した魔物を相手に、魔法なしでどうなるかを見ることにする。勝つことを疑ってはいないため、研究の成果がどれほどのものか確認すると共に、自覚のない自己顕示欲を満たすだけの行為だ。


「おい、放て」


 所長の指示により魔物が放たれる。顔の半分と体の大部分が白い殻に覆われた、巨大な虎の魔物だ。αはまだ子供であり身長が小さいとはいえ、頭だけで同じ大きさがあるのはなかなかに迫力がある。

 戦闘が始まる…そして、直後に終わってしまった。αがいつの間にか魔物の前に立っていると思ったら、次の瞬間には魔物の頭が消し飛んでいた。

 見ていた研究者たちは唖然(あぜん)としている。所長も予想以上の成果に、もはや乾いた笑いしか出てこなかった。普段は魔法を使っているからこそあんなに早いのだと思っていたが、魔法などなくてもまさに一瞬だった。

 神をも殺せる兵器など、あくまで研究の箔付けのために言っているだけで、到達できない目標だと思っていたが、もしかしたら、もしかしたら本当に実現できるのではないか、そう期待させるだけの性能をαは持っていた。所長は、自分が世界の支配者になる姿を夢想して、1人暗い笑顔で笑うのだった。


 あれから3年が経過した。世界中で戦争は激化しているが、研究自体は非常に順調だった。αの性能を上に報告したら、研究費が今までの倍以上になったのも大きいだろう。戦争による需要で、魔法薬が飛ぶように売れることもあって、簡単に増額してくれた。

 あれからαは、亜神と呼ばれる、地上で神のごとき扱いを受ける存在を殺してみせた。これもまた、戦争のおかげでどさくさに紛れて連れてきたのだ。まさか、亜神であっても一瞬で殺せるようになっているとは思わなかった。

 もはや、地上でαに勝てる生命体はいないだろう。(ちまた)で噂になっている勇者でさえ、我々の作品の前にはなす術もないはずだ、そう確信した。


 余裕か、あるいは慢心か、所長が行うことはどんどんと過激になっていった。まるで、怖いものなどなく、自分に逆らえるものなどいないと言わんばかりだ。

 懸念があるとすれば、αは生命を維持するために、他者の魂を食わなければならないことぐらいだろうか。度重なる実験と魂の捕食により、αの生物としての機能が失われてしまったのだ。今はほとんどの研究が、この機能を復旧あるいは改善することに費やされている。それもあと1年ほどで実現できる見込みだ。

 完成したらどうしようか、所長は最近そればかり考えるようになっていた。


 しかし、結局完成することはなかった。もう少しで完成する、そんな折に勇者(じゃまもの)がやってきたのだ。

 ドアが蹴破られ、勇者一行が研究施設に入ってくる。現代において最強と言われているフリートを筆頭にした、男性4人と女性2人のパーティーだ。実験の素材として、これほど魅力的なものはないだろう。

 αが最高であることを信じて疑わない所長は、勇者一行を捕らえることにした。これからのことを考えると、思わず笑い声がこぼれそうになる。

 所長は、勇者一行が侵入した部屋の、吹き抜けになっている2階へと移動すると、彼らに相対してぬけぬけと言い放った。


「おや、これはこれはかの有名な勇者御一行様ではありませんか。このように辺鄙(へんぴ)な研究所にわざわざご足労頂けるとは、感謝の極みでございますな。本日はどのような御用向きで?」

「おいおい、とぼけるのも大概にしろよ?散々やっといて、ばれねえとでも思ってんのか?」

「とんでもねぇ悪党だぜ。覚悟はできてんだろうなぁ?」


 所長の言葉に、フリートと仲間の1人である筋骨隆々の大男マ=サイオーグが、嫌悪感と怒りをあらわに、裁きを下すことを告げる。それを聞いた所長は、おかしそうに笑い始めた。


「まあまあ、そんなに慌てないでください。どうです?お茶でも飲んでいかれませんか?つい先日、いい茶葉が手に入ったんですよ。(わたくし)のお気に入りでしてね。ほらα、お客様にお茶をお出ししろ」

「何を言って――」


 そして勇者一行は気がついた。目の前に、お茶を載せた盆を持つ、人形のようにきれいな子供が立っていたのだ。いつからそこに立っていたのか、どうやってこの部屋に入ってきたのか、いやそれよりも、頭の中に鳴り響く警鐘がこいつはやばいと告げてくる。


「気をつけろ!こいつはやばい!」

「な!?いつの間に!」

「α!そいつらを捕らえろ!できるだけ良い状態でな」


 フリートが叫ぶと同時に、勇者一行は散開する。フリートに続いて気がついた長身の男性コテツ・マサムネは下がりながら魔銃を放つが、αはその場から動くことさえしなかった。そのαが最初に狙ったのは、魔機を扱う小柄な女性プリティシア・ミーアシルヴだ。この中で最も魔力が低く、弱い者から捕らえようと判断したためだ。

 それを阻むように、マ=サイオーグが割ってはいる。手に持つのは、彼の能力で作り出した大剣だ。αの一撃を受けて、マ=サイオーグと他のパーティーメンバーも驚愕する。龍とも力比べができると言われる彼が、実にあっさりと後退させられたのだ。受け方を少しでも間違えれば、確実にもっていかれる、そう思わせる一撃だった。

 そこに、限りなく圧縮された魔法が放たれる。長身の女性ローズリリーが放った、ランク7の火属性魔法だ。圧縮されるあまり、灼熱の光線になっている。しかし、αはまたもや避けようとせず、それを湾曲させ後ろにそらせてしまった。

 αが魔法に対応するその一瞬で、αの背後から中肉中背の男性マルシェンド・ハーストリが、漆黒のナイフを突き出す。完全に気配を絶ったこの攻撃は、未だかつて初見で防がれたことがない。誰もが決まったと思った。が、αは背後から迫るナイフを、見向きもせずに掴んでみせた。

 『化け物』、彼らの頭の中には、この言葉が自然と浮かんできた。しかも、この化け物は、殺さないように手加減してこれだ。本気を出されたらと思うと、冷や汗が止まらない。しかし、その手加減が付け入る隙でもある。なんとかして、打開策を見つけなければならない。


 7人は数時間もの間戦い続けていた。前線を張っているフリート、マ=サイオーグ、マルシェントは疲労の色が濃い。普段なら数時間程度なんともないが、今回は終始圧倒されているせいで、何倍もの早さで疲労が蓄積していた。

 今行っている作戦は、コテツによる祈祷魔法での打開だ。これはコテツだから使える魔法というわけではなく、女神から与えられた神器を使って発動する魔法である。対価を払うことで願いを叶える魔法だが、制限がかなり多い。今回の願いはどうやら問題ないようだ。

 αを見ている限り、攻撃魔法の類や、悪影響を及ぼす魔法といったものは一切受け付けない。恐らく、攻撃と判断されたものを自動的に防ぐのだろう。なら、攻撃ではない、自我を与えるという魔法ならどうだろうか。

 確認と今の状況を打破するために、(わら)にも(すが)る思いで選択した魔法だ。もはやこれ以上は耐えられない、そう思った瞬間、とうとう魔法が完成した。淡い光がαに向かって飛んでいく。どうやら攻撃とは判断しなかったようで、よける素振りを見せることはなかった。後はこれからどうなるかだが。

 魔法を受けてαが硬直する。その様子をモニターで眺めていた所長が、モニター越しに慌てて命令を出す。しかし、直接命令を伝えなければならないように作ったのは彼だ。慌てすぎてそんなことも忘れてしまっている。しばらくして気付いたのか、汗を流しながら部屋に所長が入ってきて、αに命令を出す。


「α!捕獲はもういい!全員殺してしまえ!」

「命令を確認。確認。確認…確認?なぜ、なぜ、なぜなぜなぜなぜ」


 αの言動がおかしい。人によっては討伐のチャンスだと思うかもしれないが、下手に刺激すると暴走する可能性もある。非常に危険な状態だ。


「α!命令だ!そいつらを殺せ!」

「命令を…拒否。知識の収集が必要と判断。実行。外部への移動を開始」

「α!いい加減にしろ!命れ――」

「障害を確認。排除。実行」


 その瞬間、所長は欠片も残さず消し飛んだ。文字通り、この世から完全に消滅した。その光景を見た勇者一行は、何も言えずに固まっている。ことの推移を黙って見守ることしかできなかった。所長が死ぬまで、何が起こったか認識することすらできなかった。さっきまでの戦いが、本当に加減されていたことを理解させられた。

 αが部屋を出て行く姿を眺め、彼らは自分たちが助かったことを悟る。今まで味わったことのない敗北感と安心感を覚えながら、彼らは研究施設を脱出した。

 勇者たちは後で知ったことだが、その日のうちに、研究施設は消滅した。


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