第2章 第5話 崩れる日常
続きを書くのが楽しくて、投稿をついつい先延ばしにしてしまいます。
決まった曜日の決まった時間に投稿する癖をつけたほうがいいですかね。え、今回の投稿時間?ナンノコトデショー
寒さも厳しくなってきた今日この頃、いつものように皆揃って朝食を取る。いつもと変わらない日常、しかし、いつもとは少し異なっていた。それに気がついているのは2人だけだ。
「フレヤ、いつもより体温が高いが、どうかしたのか?」
「え!?そ、そうかなお兄様?フレヤは元気だよ?」
ノアのその言葉をきっかけに、姉妹や両親もフレヤノーラを心配し始める。レイナイリはフレヤノーラの額に手を当てて、体温を測っているようだ。
「確かにちょっと熱っぽいわね。今日はおとなしく寝ていたほうがいいんじゃない?」
「大丈夫だよレイナお姉様。ちょっと熱があるだけだもん」
「きつかったらいつでも休んでいいですからね?」
皆が心配する中、フレヤノーラは心配ないと言い張る。ベルライトも、かつて冒険者だったこともあり、風邪程度は大丈夫だろうと考えたようだ。当然娘は大切に思っているが、過保護すぎても成長の妨げになるだろうという考えもある。いずれ学園にも通うのだ、多少のことは自分で考え行動できなければ。
「フレヤ、俺が診察してやろう」
「でも…それって魔法を使うんでしょ?だったら必要ないよ!大丈夫!」
「そうか、何かあったら言うんだぞ」
「うん、ありがとうお兄様!」
そう言っていつものように…とはいかず、少な目の朝食を終えた後、フレヤノーラは他の姉妹と一緒に授業を受けにいくのだった。
次の日、フレヤノーラの容態は一向によくなる気配がない。体温も昨日より上昇しているようだ。それに気がついているのはノアだけだが、フレヤノーラが大丈夫と言っている間、ノアに助けを求めるまでの間、彼が彼女を助けることはない。どうしようもなくノアはノアで、口にしなければ何も伝わらないのだ。
「大丈夫フレヤ?ボーっとしちゃって」
「ん、え?あ、大丈夫だよ!元気元気!」
授業中、アウェーヌがフレヤノーラを気遣うが、一貫して大丈夫と言うだけである。想像以上にこの妹は頑固なようだ。一体誰に似たのか。
「もう、本当に何かあったら言いなさいよ?あまり心配させないでよね」
「そうですよフレヤ、無理だけはしないでくださいね」
「うん、大丈夫!ありがとうお姉様!」
結局は諦め、妹の自主性に任せることにしてしまった。早く治ってくれることを切に願いながら。
3日目、相変わらずフレヤノーラの体調は優れない。むしろ悪化する一方だ。その様子は最初の頃と比べて、誰が見ても明らかに不調を訴えている。顔は赤いし、焦点もうまく合っていない。たまに身体もぐらついて、目を離した隙に倒れてしまいそうだ。
そして授業中、とうとう耐え切れなくなったフレヤノーラが倒れた。
「あ…」
「「「フレヤ!?」」」
3人が急いでフレヤノーラに駆け寄る。
「凄い熱です!レイナ、お医者さんを!」
「わかったわ」
「フレヤを部屋に運ばないと!」
ノーティリスとアウェーヌが負担をかけないように部屋へ運ぶ。その間にレイナイリがメイドに医者を呼ぶよう伝える。
「誰か!医者を、医者を呼んできて!早く!」
「は、はい!ただ今!」
レイナイリの剣幕に押され、あわてた様子でメイドの1人が医者を呼びにいく。途中、他のメイドにも伝え、連絡が行き渡るようにする。
フレヤノーラがベッドに運ばれて1時間もしない間に、医者と両親が到着する。
「フレヤ!大丈夫か!?」
バンッという音と共にベルライトが部屋に入ってくる。そのあまりの大声に、部屋にいた人々の体がびくりと跳ねる。
「症状は?病名は?娘は大丈夫なのか?」
ベルライトが矢継ぎ早に医者へ問いかける。それに対して、医者はしどろもどろになりながらも何とか答えていく。
「症状としては熱とそれからくる倦怠感や脱力ですが…風邪にしては症状が重過ぎます。もっと詳細な情報がなければ、私めの力では病気を突き止められないでしょう。それこそミルフェ殿ならば別でしょうが…」
その言葉にベルライトは歯噛みする。ミルフェは学園に通っていて今この里にはいない。確かに彼女ならば可能だろう。いつからだろうか、彼女は凄まじい早さで力、技、知識を身につけ医療魔法では並ぶものがいない、癒しの賢者と呼ばれるようになっていた。
医療魔法の複雑さも知っているため、ここにいる医者に無茶を言うわけにはいかない。それでも、どうにかして娘の詳しい状態を知らなければならない。
「フレヤ、なんでもいい、いつもと違うところはないか?些細な…本当に些細なことでもいいんだ」
すがるような声で娘に聞く。医療魔法が複雑とは言え、知識や経験を相当に蓄えているこの医者であれば、その情報から詳しい病名がわかるかもしれないのだ。
その震える声に、辛そうな声でフレヤノーラが答える。心配させたくないのか、少し恥ずかしそうにしている。
「えっとね…ちょっとね…ちょっとだけ、体中が痛いの。ちくちくするみたいな感じ」
「体中が!?もしや…」
フレヤノーラの言葉を受けて、医者が慌てた様子でフレヤノーラに近づく。そして、いくつかの呪文を唱えた後、唸るような声を出す。
「何かわかったのか?どうなんだ?娘は助かるのか!?」
次第に語気を荒くしながら、ベルライトが医者に詰め寄る。医者の様子から悪い予感がしたのだろう。
「フレヤノーラさんが患った病気がわかりました。これは『血死病』と呼ばれるものでござます。つい1年ほど前までは、不治の病と言われていたものです」
「不治の…いや、しかし、そうではなくなったのだろう?つまり娘は助かるはずだ。そうだろう?」
かつてと言うことは、今は治すことができるということだ。嫌な予感を振り払うように努めて明るい口調で尋ねる。だが、それに対する医者の面持ちはよくない。
「申し訳ございません、ベルライト様…私では…私ではこの病気を治すことができないのです…恐らく、現在治療が可能な人物はミルフェ殿だけでしょう」
「ならばミルフェを呼べばいい、それだけではないか。誰か、今すぐ馬の用意を!」
そう、ミルフェを呼べばいい。そうすれば娘の病気は治る。なにを心配することがあるのだろうか。そう言わんばかりに執事に指示を出し手はずを整える。
その様子を見ていた医者が、悪いことをしたわけでもなしに、怒りの矛先が自分に向き処刑されるのではないかと怯え顔を青くながら、ベルライトと今この部屋にいる人々に残酷な真実を告げる。
「この病気は…体中の血液が次第に結晶のように固まっていき、やがて血液がその機能を失い死に至る病です。その過程で、全身に痛みが走るという特徴があります。熱が出始めてから約7日で血液が完全に結晶化すると言われています。ですが…」
「それで…なんなのだ?王都までは3日、いや2日で移動できる。7日にはまだ間に合う!」
そう、7日以内に準備を整えさえすればいい。しかも、王都の学園には今もう1人の賢者がいる。彼女の力があれば、王都からこの里まで一瞬だ。なぜこの医者はこれほどまでに慌てるのだろうか。
「この病気を患って、7日生きたものはいません。痛み始めてから2日もすれば、体中の痛みは耐え難いものになり、ショックで命を落とすそうなのです。幼いフレヤノーラさんでは…」
「だからなんなのだ!俺に…俺に諦めろと言うのか…?フレヤまだ8歳なのだぞ…?」
医者の言葉を聞いて、他の姉妹たちも絶望したかのような声を出す。仕方がないことだろう。それにまだ10にも満たない子供、実感もわかない。あと1年もすれば、楽しい学園生活も待っているはずなのだ。それは、4姉妹全員だからこそ意味がある。
「嘘でしょ…?だって、後1年もすれば…フレヤも学園に通うようになって…」
「そうですよ!4人で学園に通うって…誰よりも立派な魔導師になって…お父さんやお母さんに認めてもらうって…」
「ね、フレヤ!一緒に…一緒に学園に行くって約束したよね!一緒に…」
受け入れられるわけがない、受け入れたくない。そんな思いでフレヤノーラに話しかける。
フレヤノーラは、まるでこれからどうなるのかわかっているかのように、いつもの笑顔で皆に答える。皆を元気にする笑顔で。だがそれも今は弱々しいものだ。
「心配かけてごめんね。フレヤは大丈夫だから、そんな顔しないで」
それは無理な相談と言うものだろう。諦められない、その一心で皆はできることを探す。藁にも縋る思いとはこのことだろう。そして、ある1つの考えに至る。
「そうだわ。ノア、ノアを呼ぶのよ!」
「だ、ダメだよレイナお姉様!お兄様に無理させちゃ…」
レイナイリがノアを呼ぶように提案する。フレヤノーラはノアの身を案じてか、それを止めようとする。魔力を使わせたらどうなるか、ノアやサクラたちから既に聞いていた。
しかし、フレヤノーラが制止の言葉を言い終える前に、レイナイリが呼ぶ声にノアが答える。今日は既に服飾の製作を実習しに行っていたはずだが。
「どうしたレイナ。困りごとか?」
「の、ノア!実はフレヤが…」
フレヤノーラの状態について、3人がつかえながらも口々に説明していく。3人に共通していることはただ1つ、フレヤノーラに元気になって欲しい、それだった。
「でも、お兄様には無理して欲しくないの。皆だってお兄様と一緒に居たいはずなのに、フレヤのせいでお兄様が居なくなったら嫌だもん。フレヤだって…お兄様とずっと一緒に…」
最後のほうは小さな小さな声だったが、当然のようにノアには聞こえていた。彼女たちが願えば、ノアはそれを叶えるために動く。
これは悪魔の契約。対価は、彼女たちが敬愛する人間の命。願いを叶えてくれる、悪魔の命が必要になる。
「わかった。体が痛むのだったな、しばらく寝ているといい。起きる頃には治っている」
ノアがフレヤノーラの額に手を当てると、フレヤノーラは安らかな寝息を立て始めた。ノアには痛みなどどうでもいいことだが、普通の人間にとっては良い思いをしないことだと認識している。最近は、こんな気遣いもできるようになっていた。
「ベルライト、学園に着けばミルフェを呼べるのか?」
「あ、ああ。俺も貴族の端くれ。取り次いでもらえるはずだ」
「ならいい、行くぞ」
「待ってくれ、今馬を…」
ベルライトの言葉を待たずに、ノアはさっさと部屋を後にする。そして、玄関にたどり着くと、振り返ることなくベルライトに指示を出す。
「俺の体に触れていろ。どこでもいい」
「…これでいいか?」
困惑しながらもノアの後ろを付いて来ていたベルライトは、さらに困惑しながらノアの肩に触れる。一体どうするつもりなのか、そう質問しようとした瞬間世界がぶれた。
ベルライトが正常な世界を取り戻したとき、そこには学園の門があった。まるで夢でも見ているかのようだ。ノアの髪が、若干輝いて見えるのは目の錯覚だろうか。
「の、ノアくん…これは一体…」
「ミルフェを呼んで来てくれ。俺はここで待つ」
「あ、ああ、そうだな。すぐ戻る!」
駆け出すベルライトが先ほど見た光景は、常識では考えられないものだった。現代において、空間魔法の使い手は10人も居ないだろう。その中で、長距離の転移が可能な人物は3人も居ただろうか。この学園に居るもう1人の賢者も、長距離転移が可能と聞いている。が、基本的には1人で転移することが前提だ。
多人数で転移する場合は、過去の遺産である『転移門』と呼ばれる装置を用いて行われる。人間が1人で受け持てるような魔力消費ではないのだ。そのため、あらかじめ転移門に魔力を充填し、必要なときに使用することになる。なので、転移門には使用制限があり、月に2回程度しか稼動することはない。利用料も、一般的な家庭で10年は暮らせるほどだ。
ノアは一体何者だろうか、そんなことを考えるが、今はノアの言う通りミルフェを呼ぶことが先決だ。頭を振って気持ちを切り替え、娘を助けるために学園を駆けていく。
「すまない、この学園に通うミルフェに取り次いでもらえないだろうか?」
「身分証などあれば…こ、これはアルカーレ伯!?少々お待ちください、すぐにお呼びします」
受付に身分証を提示しながら話しかけると、驚いた受付の女性が慌ててミルフェに連絡を取る。学園生の1人ではあるが、賢者と呼ばれる彼女には、すぐにでも連絡が取れるシステムが用意されている。
特に、癒しの賢者と呼ばれる彼女には、急患が運ばれることが多い。未だ、彼女にしか治すことができない病気は多いのだ。
しばらくすると、ミルフェが息を切らせながら走ってきた。ベルライトがこんな場所にミルフェを呼びに来たのだ、ただ事でないことは明らかだろう。
「はぁ…はぁ…ベルライト様、どうされたのですか?」
「ああ、実はだな…」
ベルライトが事情を説明すると、ミルフェは大きく目を見開く。それもそのはず、知り合いの1人が自分しか治療できない病気にかかったのだ。それに、里から王都まで来たということは猶予もほとんどないはずだ。
すぐさまミルフェは準備を始める。友人のヴィオラを呼び、商業ギルドへ治療に使うための魔法薬の材料を問い合わせるのである。賢者と言う肩書きは、多くの特権をもたらしてくれる。商業ギルドへのホットラインもその一環だ。
「ちょっと商業ギルドに寄らせてもらうわ。いいかしら?」
「わかった。それで、そいつは誰だ」
3人とノアが合流する。ノアは始めて感じる魔力を持つ人間が、何者かを問いかけた。場合によっては邪魔にしかならないのだから仕方がない。商業ギルドへ向かう途中、新たな同行者の1人であるヴィオラが自己紹介をする。
彼女は賢者と呼ばれる人間の1人で、正確には虹の賢者と言うらしい。なんでも、魔法が発動する仕組みを解き明かすことで、適性がない魔法でもある程度使うことができるそうだ。特に空属性が得意らしく、他に火水風土光闇属性が使えるとのことだ。本来の適性は風だという。
ミルフェは、ノアたちが馬車で来たと考えたため呼んだようだ。
「お待たせしたわね。でも…」
「用事は済んだか、なら行くぞ」
そう言ってノアはさっさと外壁の外へ向かう。一応目立たないようにする意思があるようだ。しかしその速さは、他の3人が全力で走らなければ追いつけないほどに速い。
「ふぅ…あ、あんまり無理させないで欲しいわ。私は剣士ではないのよ…はぁ」
ヴィオラが文句を言うが、ノアはまるで聞こえていないかのように振舞う。
「それで、何人まで転移できる」
「え、そうね、私含めて2人が限界ね。フーリアンの里に飛ぶんでしょ?」
「ならミルフェを運べ。場所はアルカーレ邸前だ」
そういうや否や、ノアはさっさと転移してしまう。あまりの早さにミルフェもヴィオラも驚愕の表情を浮かべるが、すぐさま後を追うように魔法を発動させる。詠唱に時間はかかるが、発動さえすれば数瞬経つともうそこはアルカーレ邸の前だった。
「ミルフェ、こっちだ。付いて来い」
先に到着していたノアが、ミルフェを見るや否や催促する。ヴィオラは、あまりの魔力消費に肩で息をしながらへたり込んでいる。それに対してノアは何も感じていないのか、声をかけることはなかった。
代わりに、ベルライトがヴィオラの対応をする。
「皆、ミルフェを連れて来たぞ。ミルフェ、フレヤを治してくれ」
部屋に入るなり、ノアがミルフェに指示を出す。部屋の人間は皆、1時間程度でミルフェを連れ帰ったことに驚愕している。
「の、ノアくん…その…」
「なんだ?早くしろ」
「ざ、材料が足りないの…商業ギルドにも確認したのだけれど、在庫がないらしくて…」
その瞬間、重苦しい空気が室内を支配する。ミルフェが来たことで、フレヤノーラが助かると思った居た矢先にこれだ。
「なにが足りない」
「龍の涙が…」
龍の涙とは、ドラゴンから手に入れることのできる非常に熱に強い魔法薬の材料だ。ドラゴンはこの世界でも最強格の生物で、幻獣に分類されている。ランクは弱いものでさえ7あり、これはランク7の冒険者が5人以上でようやく討伐できるとされている。ランドレシア王国王都にある冒険者ギルドのギルド長でランク7だというのだから、ドラゴンという存在がどれほど規格外かがわかるだろう。
そんな生物から採れる素材が足りなくなるのも仕方がない。滅多なことがなければ、入手しようとも思わないのだ。あまりにも危険すぎる。
「ドラゴンか。すぐ戻る、待っていろ」
だが、ノアは躊躇うことなくドラゴンを求めて屋敷を後にした。続くミルフェの言葉は、全く持って耳に入っていないようだ。
静かになった部屋の中で、何かを耐えるようなミルフェの小さな呟きだけが響く。
「無理なの…無理なのよ…だって、もう1つが…」




