第2章 第4話 ノアの屋敷外実習
名前を考えようと悪戦苦闘しております。
たくさんの名前を考えることができる人はすごいなと、改めて実感しています。
「ノアちゃーん!これ運んでくれないかしらー?」
「ああ、いいぞ」
年配の女性が地面においてある作物を入れたかごを指してノアに頼むと、ノアはそれを他の作物が保管されている場所に運んで行く。女性は少し多く入れすぎたかなと思っていたが、ノアはお構いなしに持っていってしまった。
ノアは屋敷内での実習を終えてから、里の住人の手伝いと言う名目のもと、外で様々な経験を積んでいる。今は畑仕事を手伝っているところだ。
日に焼けることを知らない肌が、薄手の服からのぞく姿は妙に艶かしい。成長するにつれ可愛いと言うよりは、美人、綺麗といった評価が多くなっている彼は、里の住人と接する機会が増えることで、まるでちょっとしたアイドルのような扱いを受けている。
しばらくして今日の作業が終わると、最近増えてきたことだがノアは夕飯に誘われた。
「ノアちゃん、今日はありがとうね。ところで、家で夕飯食べていかないかい?」
「わかった、食べよう」
「うふふ、今日は腕によりをかけなくっちゃ」
初めて外での実習を行ったとき、ノアは食事の誘いを断ったが、後でベルライトにそのことを話した際、嫌でなければできるだけ誘いを受けて欲しいと言われたため、可能な限り食事の誘いは受けることにしていた。4姉妹は少し残念そうにしたが、週に1,2日だけのことであるため、反対はしなかった。もし反対していたら、ノアが食事の誘いを受けなかったことは間違いない。
「ノアちゃん、今日は助かったわ」
「すまないねぇ、私が手を怪我したせいで」
「なに、問題はない。俺も勉強になった」
この家の家族構成は夫婦にその母親、そして息子が1人である。普段、男2人は狩に出かけ、女2人が畑仕事をしているが、ちょうど収穫の時期にお婆さんが手に怪我をしてしまい、どうしたものかと考えているところにノアの話が舞い込んできたのだ。他の住人も気を利かせ、ノアがこの家族のもとで畑仕事の体験を行うようにしていた。
男2人が狩から戻り、一家にノアを加えて食事が始まる。当然と言えば当然だが、食事中の話題はもっぱらノアについてになった。
「ノアちゃんってば凄いのよ、物覚えはいいし重たいものも平気だし、今日はいつもの倍以上早かったんだから」
「私も様子を見せてもらったけど、凄かったわねぇ。どうだいノアちゃん、家にこないかい?」
「以前レイナたちにそのことを話したら駄目だと言われたからな。この家で暮らすことはできない」
「あらあら、残念ね」
初めて誘われたとき、ベルライトに相談しなければわからないと言って、帰宅後食事の席でベルライトにそのことを話したのだが、4姉妹に猛反対されたため以降断るようにしていた。自分の考えで断らないあたり、ノアらしさが出ていると言える。
食事を終え、しばらく会話をしてから帰宅したノアは、次の実習をなににするか考えるのだった。
「おーいノア、その柱をこっちに上げてくれ!」
「これだな」
「これ削ってくれるかい?」
「引かれた線の大きさだな」
「坊主、組み立てを手伝ってくれねぇか!」
「これでいいか?」
……
「いやー、アルカーレの旦那に言われたときはどうしたもんかと思ったが、ノアの坊主は凄いもんだな!」
「全くだ!あらかじめ勉強してたにしてもできすぎだぜ!うちの若ぇもんもこんぐらいできりゃあなぁ」
そう言って棟梁がじろりと若者たちを見る。若者たちはばつが悪そうに笑いながら、ノアが特別なのだと言い訳をした。
「まぁ冗談だ冗談!噂でしか聞いてなかったが、こりゃあ坊主が凄ぇってもんだ!がっはっは!」
ノアは今、新たな家の完成に立ち会っていた。手伝ったのは3日だけだが、その間に大工たちからは大きな信頼を得ていた。
初日の大工たちは、ノアに木材の運搬を手伝わせるだけで、建築物に直接係わる部分はさせないようにしようと話し合っていた。しかし、想像以上の怪力を見た若者の1人が、おもしろがって休憩時間に余った木材を鉋で削らせてみたところ、ノアは非常に正確かつ滑らかに削って見せたのだ。それを見た棟梁が、これならと思って様々な作業をさせてみると、どんな作業でも精密にこなし、知らないと答えた作業であっても1度見せれば問題なくできるようになっていた。
そうして、いつの間にかノアは、棟梁の相方として残りの2日間を過ごすようになるのだった。
「よぉぉっし!完成祝いだ!今日は飲むぞ野郎どもっ!!」
「「「おーーっ!」」」
「坊主も遠慮なく飲んでいけよ!」
「親方、ノアはまだ子供ですよ!」
「そういやそうだったな!がっはっは!なに、酒以外も用意するから問題ねぇ!」
お祭りのときは、3人娘や4姉妹と一緒に過ごすだけで、他の人間が近づいてくることはなかった。そのため、いつもより多くの人々に囲まれ、そして騒がしい夜を初めて体験したノアであったが、その瞳には何の感情も見られない。けれども、知識として、間違いなくノアの中に蓄えられたのだった。
ノアの実習はまだまだ続く。次は3人での狩だ。
「これを使うといい」
そう言って手渡されたのは、弓と10本程度の矢が入った矢筒だ。
「アルカーレ様から、ノアくんには普通の道具を使わせるように言われているからね」
「成る程、わかった」
ノアは答えながら弦を引き、弓の状態を確認する。そんなノアに、もう1人の同行者、弓矢を貸してくれた人物の息子が話しかける。
「よーっしノア、どっちが先に獲物をしとめられるか競争しようぜ!」
「こらっ!遊びじゃないんだぞ!」
が、父親から注意を受けてしまう。下手をすれば大怪我にも繋がりかねないため、そのあたりはしっかりとした意識を持っているようだ。
「先に獲物を見つけたほうが勝ち、ならまあ問題はないか。今回はこれで我慢してくれ」
「絶対先に見つけてやるぜ!ってか親父もやるのか?」
「当然だろう?お前たちには負けないからな」
口調は軽いものの、警戒した様子で森の中へ入っていく。今回は鹿や兎、鳥類が狩の対象だ。あくまでノアに普通の狩がどんなものかを教えることが目的であるため、わざわざ危険なことをする気はないということだろう。
しばらく森の中を進んでいくと、不意にノアが弓に矢をつがえる。そして、間髪をいれずに矢を放った。
「ん、どうしたんだいノアく…うおっ!?」
「な、なんだなんだ!?」
その動作のあまりの速さに注意することもできず、他の2人はことの推移を見守ることしかできなかった。
そんな2人を無視して、ノアは茂みの向こうへ歩いていく。そうして、2人のもとに頭を矢で射抜かれた兎を持って戻ってくるのだった。
「とりあえず兎をしとめたぞ」
不運なことに、この兎はノアの探知範囲内に入ってしまったようだ。ノアは遠くを見ることができないが、一定の範囲内であれば障害物など関係なしに認識できる。視界が木々に遮られる森の中では、有利に働くこと間違いなしだ。
「ふーむ、さすがだなノアくんは。でも、次からは声をかけてくれると助かるよ。突然あんなことされると心臓に悪いからね」
「わかった、そうしよう」
3人は再び獲物を求めて森の中を進む。
さらに2時間も探索を行ったおかげで、かなりの数獲物をしとめることができていた。兎、鳥、鹿、合わせて8匹だ。当然だがすべてノアが狩った獲物である。
「一日でこれなら、大猟だと喜んで帰るところだけど…」
「なー親父ー、まだ昼過ぎたぐらいだぜ?もう持てないし帰るのか?」
「うーむ…よし、ノアくんはしばらく見学だけにしてくれないかい?」
「ああ、わかった」
ということで、ノアは袋に獲物をまとめて放り込み、肩にかけて親子2人の後をついていくことにした。自分の世界に影響がなければ、大抵のことは2つ返事で終わらせるのもノアらしさだ。
そこから3時間ほど経過して、ようやく親子2人は鹿を発見する。途中、ノアは何度も獲物候補を知覚していたが、彼らに伝えることはなかった。見学することを徹底している。
ノアとは違う、普通の狩が始まる。
まずは父親が息子に指示を出して、少し木々の間が広い場所に向かわせる。父親のほうは息子と鹿を挟むように反対側へ回った。息子は木の陰に隠れながら、縄の端を木に巻きつける。
準備ができると、お互いに合図を送り父親が鹿に矢を射掛ける。そして、同時に自身の存在を示すかのように草や枝を踏み鳴らし大きな音を立てた。突然の痛みと音にパニックに陥った鹿は、半狂乱で音がしたほうとは逆の逃げやすい場所へと駆け出す。
だが、そこには待ってましたとばかりに息子が待ち構え、矢を放つ。再度の痛みと混乱により、バランスを崩した鹿はそのまま倒れてしまう。さらに追撃を与えると、鹿はなす術もなく力尽きるのだった。
無事に狩猟が完了した。逃げられそうな場合の縄は必要なかったようだ。
「よくやった!狙いもよかったし、もうすぐ一人前だな」
父親が、息子を褒めながら獲物に近づく。褒められた息子は、恥ずかしそうに頬をかきながら「へへっ」っと笑っていた。
「どうだいノアくん、これが普段僕たちがやっている狩りだよ。基本的には2人以上で、逃げられたときを想定しながら準備をするんだ。今回出番がなかった縄も、逃げられそうなときに脚を引っ掛けるものだしね。少し弱った鹿ぐらいなら、身体強化で何とかなるんだよ」
「皆が皆、ノアみたいに1発で獲物をしとめられるわけじゃないからな!」
ふむふむとノアが頷く。確かに、見ている限りだと矢の威力は低く、狙いも大雑把なものだった。おそらく、他の住人たちも似たようなものなのだろう。
この里で暮らす間に、ノアは全ての人間が魔法を使えるわけではないことに気がついた。むしろ、使える人間のほうが少ないぐらいだ。生活魔法でさえ、使える人間はあまりいない。3人娘やアルカーレ家が特別だと考えるほうが自然である。もし魔法が使えるのなら、狩りでこんなに苦労することもないはずだ。
「それじゃあ、時間もいい感じだし、今日は帰ろうか」
「母さん喜んでくれるかな?」
「勿論だ、しとめたのはお前だからな!そうだノアくん、今日はうちで食べていかないかい?」
「わかった、そうしよう」
3人が帰路につき、ふと今日の勝負について思い出した父親が、「今日は完敗だったな」とぼやく。それに気がついた息子は、肩をすくめるだけにとどめた。噂通り、ノアという人物がいかに万能であるかを身をもって体験したのだった。
次の日、ノアが狩ってきた獲物があまりにも多かったせいで、またしても小さなお祭り状態になってしまう。そろそろ里の住人たちも、ノアがどういう存在か理解し始めたのか、あまり驚かなくなってしまった。しかし、実際は彼らが理解したと思っている以上に、規格外な存在であることを知ることになる。それも、そんなに遠い日ではない。
カンッカンッカンッと小気味のよい音が響く。ノアは今、里で唯一の鍛冶屋にいる。この鍛冶屋で作られるものは、基本的に農具や家具、調理器具といったものだ。
現在はその鍛冶屋が包丁を作成しているところである。傍らでノアが見学をしているが、目の見えないノアにとってそれはただのポーズであり、常識に照らし合わせた行動を取っているだけにすぎない。
ノアはいつも、髪飾りにしている『新月の輝き』を武器に変形させているため、鍛冶をする必要はないのだが、何事も経験だと言うベルライトの言葉を受けて鍛冶屋に来ていた。それに、極力魔力を使わないようにしている今は、金属を変形させる手段として有用なことに違いない、そう考えた。
それなりの時間を経て、包丁ができるまでの流れを一通り見学し終える。そして、しばらくの休憩と会話を挟んで、次は鍋の作成にとりかかる。今日1日は見学の日だ。
カンッカンッと鍋の曲線を形作っていく。もう何年も鍛冶を行っているその手際は見事で、あっという間に鍋の形が出来上がっていく。ここからさらに時間をかけて、全体の厚みを均一かつ滑らかにする。途中、取っ手をつけるのも忘れてはいけない。
「今日は見学してどうだった?次からできそうか?」
「問題なくできるな」
「よし、じゃあ今度から坊主もやってみっか!」
2日目、いつもとは違うリズムで鍛冶屋から音が響き渡る。前回の宣言通り、ノアが鍛治を行っていた。それを見ている鍛冶屋の店主は、「うぅむ…」となにやら唸っている。金槌だけでここまで表面を平らにできるものだろうか、とノアが作る鍬の金属部分を見つめる。金槌が奏でるリズムも、寸分たがわず同じ間隔で聞こえてくる。もはや乾いた笑いしか出てこない。
「こんなものか」
ノアはそう呟くと、金属を冷ましてから鑢がけに入った。削る部分にばらつきがないことからも、出来上がっていた形が完璧であったことがうかがえる。考える時間などないかのような早さで鑢がかけられ、ようやく止まったかと思ったらどうやら作業自体が終わったようだ。そして、最後に柄をつけて完成となった。
「どうだ」
短くそう言って、ノアが店主にできあがった鍬を手渡す。受け取った店主は、あらゆる角度から鍬を眺め、1つため息をついた。
「こんなきれいな鍬は見たことねぇや。別段時間をかけたわけでもねぇし、特別良い素材を使ったわけでもねぇ。こりゃあ商売上がったりだな」
店主が肩をすくめながらそうぼやいた。既に心の中では、これ以上教える必要があるのか疑問に感じている。それでも中途半端なことはしたくなかったため、1日かけて様々な種類の鍛治を教えていった。
「よーっし、これで一通り終わったな!まさか1日で終わっちまうとは思ってもいなかったぜ、ぬわっははっ!」
ノアが初めて鍛治をしたとは思えない早さで製作したおかげで、数日かけて教える予定がなかったことになってしまった。こんなに優秀なら、ぜひとも弟子に欲しいと考えた店主だったが、他の住人が許さないだろうと考え直す。
その後、しばらくノアと店主は話し合い、夜もいい時間になった。
「今日は世話になったな」
「おう!こっちもいい経験ができたぜ!何か作りたくなったら、またいつでも来ていいからな!」
これを機に、鍛冶屋の店主は自分を鍛えなおすことにした。ノアの製作物を見て、新たな目標ができたのだ。
隠れ里に住む彼は、弟子が1人いるものの比較する相手がいなかった。たまに見る外の作品も、どこか遠い世界の出来事のようであり、どうも対抗意識がわいてこない。
しかし、目の前で作られたノアの作品が、彼の心に火をつけたのだ。同じ素材、同じ道具、同じ環境で作ったものに、どうしてここまで差ができたのか。考えるだけで高ぶってくる。ノアとの話で、理論的な部分を聞くことができたのも大きい。
この日をきっかけに、今まで以上に気合の入った音色が、鍛冶屋から響き渡るようになった。
ノアの実習はまだまだ続く。小さな里の中であっても、できることは非常に多い。それに、里の住人たちがしているところを見ることで、普通の人間がどこまでできるかを知識として蓄えることができている。実際に、手加減するように言えば、多少幅を持たせて加減することができるようになっていた。あくまで基準は、見てきた里の住人のものではあるが。
これなら、今後里を出るようなことがあっても、目をつけられずに過ごすことができるだろう。そう、里の住人は皆、ノアがこの里で一生を過ごすような器だとはもはや考えていない。この里の自慢なのだ。彼が望むことはないだろうが、彼はいつか世界に羽ばたくに違いない。
未知であるからこそ不気味さを覚える。
触れ合い、知ることができれば、恐れる必要はない。
スキルや技巧、主な種族の説明は第3章で行う予定です。
抜けや齟齬がないように気をつけて頑張ります。




